それでも、リッチーを待っている:ボン・ジョヴィとの終わりたくない物語

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ラジオDJ、ライナー執筆など幅広く活躍されているDJスヌーピーこと、今泉圭姫子さんの連載「今泉圭姫子のThrow Back to the Future」の第115回。

今回は、喉の手術を乗り越えての復活のライヴが大好評ボン・ジョヴィの元メンバーであるリッチー・サンボラについて。リッチーのソロ作品もラインナップに入っている「BACK TO THE 90s ROCK」キャンペーン第1弾「HR/HM編」も発売中。

また、今泉圭姫子さんは10月8日にLOFT9 Shibuyaで行われる伊藤政則さんによるトークイベント「政則十番勝負2026」に出演が決定しています。

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ボン・ジョヴィ復活のライヴ

ロンドン・ウェンブリー・スタジアム3Daysを最後に、ボン・ジョヴィの『Forever Tour 2026』は幕を下ろし、9万人が集まった9月9日の最終公演では、突如2027年のツアー開催が発表されました。このニュースは、当然日本のファンを熱狂させることになったのです。まだ何も決定していません!でも当初Farewellと噂されたボン・ジョヴィのワールド・ツアーは、今やFarewellという言葉がどこかに消え、日本公演開催の希望が生まれたのです。

2022年、ジョン・ボン・ジョヴィは、損傷した喉の声帯の回復のため、声帯内方移動手術を受けました。その後、過酷なリハビリを経て、ツアーに踏み切ったわけですが、その過程では、もうツアーに出て歌えないかもしれないという絶望を経験しました。完璧に回復しなければツアーに出ないというストイックなまでのジョンの思いは、時間をかけてついに実現に至ったのです。

ウェンブリー・スタジアムの映像を見ていると、ボン・ジョヴィの楽曲は、ファンと共に歌い上げるロック・ナンバーが多いことに改めて気づきます。メンバーと同じ空間の中で共に歌う。これこそボン・ジョヴィのコンサートの醍醐味。ジョンの歌声とファンの歌声が絡み合い、大合唱となるのです。そんな光景を日本でも見たいですよね!その一部になりたいですよね?

 

脱退したリッチー・サンボラ

と言いつつ、今回のコラムの主役はリッチー・サンボラです。リッチーがボン・ジョヴィの活動を離れてから、もう13年になります。最近では、娘が嫁いだことをきっかけに、積極的に表舞台に登場しています。2013年、ツアーを離脱して、その後正式に脱退を発表した理由の一つは、娘AVAに寄り添っていたいということでした(でも正式に脱退の声明を発表していないという説もあります)。

先日、Abbey Road Studiosで行われたナイル・ロジャース&シックのイベントに登場したリッチー。ナイルと共に「Livin’ on a Prayer」を演奏、歌っている動画がアップされていました。ようやくエンジンがかかったリッチーを見て安堵し、リード・ヴォーカルのパートはシック側に任せて、いつも通りリッチーのパートだけを歌って、ギターを弾いている姿にキュン。彼の中で、ジョンと共に作り出した楽曲の数々における立ち位置は変わっていないのですね。

2018年、ロックの殿堂入りを果たし、オリジナル・メンバーがステージに揃った時は大興奮でした。1994年に脱退したアレックと共にリッチーも舞台へ上がり、久しぶりにジョン&リッチーが同じステージに立ちました。当然、バンドへの復活を期待したし、笑顔でステージに立っているメンバーを見ていると、絶対に離れてはいけない存在!と思わずにはいられませんでした。

しかし、2022年にアレックが亡くなるという悲しい出来事があり、それが直接的な原因ではないかもしれませんが、リッチーの復活は実現には至りませんでした。

 

80年代を代表する名作曲コンビ

ジョンとリッチーは、レノン=マッカートニー、ジャガー=リチャーズといった偉大なソングライティング・チームに続く、80年代に生まれた名コンビです。ボン・ジョヴィの楽曲を支えてきた、その一片がいなくなるという事態を誰が想像できたでしょうか? デビュー時から、日本で絶大なる人気を誇ったバンドであるボン・ジョヴィのステージにリッチーがいなくなる。「Wanted Dead or Alive」の歌唱は? 「Livin’ on a Prayer」で聴かせてくれるトーキング・モジュレーターは? 向かって左側の立ち位置に他の人が立つことを受け入れられない時間が流れていきました。

ジョンとリッチーは、華やかな80年代のロック・シーンの中心にいました。二人のキラキラしたルックスだけでなく、演奏力、スター然としたヴォーカル、とにかく男性ロックファンだけでなく、女性ファンをも虜にした実力派でした。そんなボン・ジョヴィに夢中になり、リッチーのギター・プレイと笑顔にきゅんとした私。

リッチーの魅力は、ジョンをサポートするだけでなく、ソロとしても才能あるヴォーカルを聴かせ、また彼のギターの音はとてもセクシーで、まるで歌を奏でているように聴こえました。私にとっては、クイーン以来の今でいう推しバンドの誕生にワクワクしたものです。そして、80年代以降も、ボン・ジョヴィの活躍は続きます。

80年代中盤、私はUK音楽が自分の基盤であると確信し、無謀にも英国に居を移そうと計画を立て始めている時でした。そんな時にアメリカの魅力的なロック・バンドに出会ってしまったわけです。

『Slippery When Wet』が初の全米1位になった週、伊藤政則さん、カメラマンのウィリアム・ヘイムスさんたちとアメリカ・フレズノでのアリーナ・ツアーを観て、会場中で初の1位をお祝いした光景は今でも忘れられません。デビュー時は、ラジオ局に足を運んで番組に出演してくれていたボン・ジョヴィは、急速に世界のボン・ジョヴィとなり、インタビューもなかなか時間が取れなくなった中、デビューから応援してきた日本のメディアに対しては、いつも快く時間を割いてくれました。(もちろん当時のレーベルの努力があってのこと)私自身、念願の渡英を実現させてからも、ドイツ、フランスとボン・ジョヴィの追っかけ取材は続きました。

ジョンとリッチーの仲に、少し不穏な空気を感じ始めたのは、1995年『These Days』をリリースした後でした。しばらくバンド活動を休止し、ソロに専念していた頃です。リッチーがソロ・アルバム『Undiscovered Soul』(1998)をリリースし、ニューヨークでインタビューすると、同時期にジョンがプロデュースするアーティストのお披露目をジョンのニュージャージーの自宅で行うということで、リッチーの取材のためにニューヨークにいたメディアがジョンの自宅に招かれるということがありました。偶然の出来事かもしれませんが、どこかピリピリ感を感じたりもしました。そんな私は、ジョンの自宅に到着すると、浮かれて夜のプールを散歩したり、とミーハー気分を味わってしまいました。

しかし、そんな時期を経て、ジョンとリッチーは再びボン・ジョヴィとして、5年振りの新作『Crush』を発表しました。離れていた二人は、その期間、偉大なるボン・ジョヴィとして活動を続けていくことに意味を見い出せたのかもしれません。アルバムのプロモーション来日では、久しぶりにメンバー全員でのインタビューが実現しました。

アルバム・タイトル『Crush』について尋ねると、「いろいろな意味があるけれど、たとえば、スヌーピーがリッチーにクラッシュしているという意味でも使われる」とニヤッと笑いながら答えるジョンの横で、豪快に笑うリッチー。からかわれた私はかなり恥ずかしかったのですが、二人のそんな姿を見て嬉しくなったものです。ミュージシャンですから、クリエイティヴ面での衝突はあるだろうけれど、素晴らしい楽曲を生み出す二人の絆は崩れない、という思いはますます強くなったのです。

 

離脱と脱退

しかし、再び大きな壁にぶつかります。前述したように、リッチーは、2013年のツアーを離脱し、2014年にはオリアンティとの活動をスタートさせました。脱退の事実は免れられない状態だった時、リッチーは、オリアンティと共に来日。二人を目の前にしての特殊な形でのインタビューで会うことになりました。

ソロをやるなら『Stranger in This Town』から演奏してほしいと伝えると、オリアンティが「そのアルバムは知らないわ」と。「君がまだ子供だった頃にリリースしたんだけどね。」といった私には無用のやり取りがありましたが(笑)、リッチー、しっかりしてくれ、という思いが強くなり、インタビュー後に“ボン・ジョヴィに戻ってほしい”と恐れ多くも伝えてしまいました。その時の答えは、「スヌーピーの気持ちはわかるけれど、今は無理なんだ〜」と、その声がか弱かったのを覚えています。

あれからずっと、しつこいぐらいにこの思いは変わらなかったのですが、2年前のドキュメンタリーを見て、もうその呪縛から解放されよう、今のボン・ジョヴィと向き合おう、そしてジョンとリッチーの決断を尊重しよう、という思いに変わりました。

その後、ジョンがリハビリを乗り越え、デヴィッド・ブライアン、ティコ・トーレスと共にボン・ジョヴィを守り続けてきたことは、マジソン・スクエア・ガーデン、ウェンブリー・スタジアムに集まった多くのファンの存在が証明してくれました。ボン・ジョヴィを世界のバンドへ押し上げたファンへの感謝の『Forever Tour』と言えます。

リッチーが最近リリースした「I Pray」から「Born to Rock」までの6曲は、リッチーらしいギター・プレイ、そしてロック然としたヴォーカルが聴けます。バンドを離れた一番の要因と言われている子育てを経て、これからはロック道をひたすら追求して歩んでいって欲しいと思うのです。ただ、それぞれが、それぞれの場で「You Give Love a Bad Name」「Livin’ on a Prayer」「It’s My Life」を演奏している姿を目にすると、まだまだ切なさでいっぱいになってしまいます。

現在、ツアーでボン・ジョヴィを支えてくれているミュージシャンたちの存在を無視するのは、十分失礼なことだと思っていますが、心に残されている歌声、ギターは、いつまでもジョンとリッチーです。

ちなみに、私が応援する球団オリックス・バファローズは、この2、3年ほど、ホームでの試合開始前と勝利後、「It’s My Life」が球場に響き渡るように流れます。選手を鼓舞する楽曲として存在しているのです。私にとっては、ジョンとリッチーの演奏、歌声が、さまざまな場所で存在していることを心から嬉しく思うのです。現在行われているアジア大会では「Livin’ on a Prayer」がテーマですよね!

このコラムを書きながら思ったのは、結局私はまだ、リッチーが戻ることを期待してしまっているということでしょうか!!自問自答しております(汗)

Written By 今泉圭姫子


リッチーのソロ『Undiscovered Soul』もラインナップに入っている
「BACK TO THE 90s ROCK」キャンペーン第1弾「HR/HM編」発売中


2026年10月8日19:30開演:LOFT9 Shibuya
チケットはこちら


今泉圭姫子のThrow Back to the Future』 バックナンバー

 



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