忘れられた90年代バンド10組:そろそろ再評価すべき忘れられたアーティストたち

June 22, 2018


忘れられた90年代バンド10組:そろそろ再評価すべき忘れられたアーティストたち

嗚呼、90年代。それまでにはあり得ないようなバンドたちがチャートのトップに上り詰め、メインストリームから離れたインディ・アーティストが多くのリスナーから支持を得ていた時代だ。ある意味アンダーグラウンドにとってこれほど安楽な時代はなかった。しかし、素晴らしいレコードが成功を収める一方で、同じように素晴らしい作品が見落とされるのは避けられないことだった。この10組のグループが入ったこの記事は、全てを網羅した完璧なものというわけではないが、そろそろ再評価すべき忘れられた90年代バンドを取り上げていこう。

 

■モーフィーン
“次の注目バンド”というステイタスがぴったりのバンドといったら、ユニークな“ロウ・ロック”サウンドとカリスマ性のあるフロントマンのいるこのトリオだろう。これぞ贅沢な90年代の産物だ。モーフィーンはそれ全てをバリトン・サックス、ドラム・キット、そしてベースで成し遂げた。マーク・サンドマンはベースから弦を2本取り外し、残りの2弦で全ての音が出せると主張した。マーク・サンドマンの曲がこれほど知的かつ印象的で、バンドのメンバー達が一緒にこれだけの名演奏が出来なかったら、これほど完璧なまでのカッコ良さを生み出せなかったかも知れない。モーフィーンは、ジャム・バンド・ファンとオルタナティヴ系を味方に付けるタイプのグループだった。悲しいことに、マーク・サンドマンが1999年7月に、イタリアのパレストリーナのステージ上で、心臓発作で亡くなったことでバンドは終わりを迎えたが、残ったメンバーは今日、ヴェイパーズ・オブ・モーフィーンとして活動している。

■ザ・ポウジーズ
シアトル出身の90年代バンドが、全てグランジと関係していたわけでは決してない。ザ・ポウジーズは、世界中がラウドなものを求めていた時代に、美しく構成されたポップ・ソングでその思いを伝える報われない仕事に取り組んでいた。しかしながら彼等は、スタート当初からカルト・バンドとして慕われていた。同じレーベルの同僚エイミー・マンもそんなひとりであり、彼等のサード・アルバム『Frosting On The Beater』をポップの傑作と表した。しかし彼等自身にとってのザ・ポウジーズのベスト・アルバムといったら、次作『Amazing Disgrace』だろう。グランジ・サウンドに魅力的なハーモニーが加わったこのアルバムは、チープ・トリックが一度もやることのなかったタイプの素晴らしいアルバムだった(実際チープ・トリックのメンバーふたりがゲスト出演している)。フロントマンのジョン・オウアとケン・ストリングフェロウが、90年代にビッグ・スターの再結成に参加したのも至って自然の流れだった。ケン・ストリングフェロウはR.E.M.とも長年関わっていた。バンドはこの夏、当時のレコーディング・ラインナップと同アルバムの25周年を祝うツアーに出る。

■エラスティカ
彼等の1995年のセルフ・タイトル・デビュー作は、ギャラガー兄弟率いるオアシスの作品を除いて同年UKで最も賞賛されたが、時の流れと共にこの不朽の名作の凄さは忘れられてしまった。曲の長さが2分及び3分の短い曲が次々と登場する『Elastica』で、ジャスティーン・フリッシュマンは生まれながらのポップ・スターのような自信たっぷりの態度をみせる。ワイヤーとザ・ストラングラーズを称えたような曲が幾つかあるということで、ちょっとした騒ぎにもなったが、どちらもエラスティカの歴史感覚を示しただけだった。彼等は独自の素晴らしいフックをたくさん持っていた。

■ヘルメット
もしシアトルがペイジ・ハミルトン率いるヘルメットのを出し抜いていなかったら、ニューヨーク・シティを根城とするヘルメットがグランジの父として浮上していたかも知れない。熱狂的音楽ファンの為のメタル・バンドとして誕生したヘルメットは、洗練された曲作りと、大音量と最高のリフによるチープなスリルを融合させた。ペイジ・ハミルトンはクラシックの教育を受けていて、ポップ・クロスオーヴァーにはあまり縁がなかったが、時おりコーラス・フックを考えつくことはあった。ヘルメットの出世作『Meantime』は、マスロック・ムーヴメントにインスピレーションを与え、90年代バンドに、よりラウドでトリッキーでよりブルータルな新しい方向性を示した。

■ティーンエイジ・ファンクラブ
時にはメンフィス生まれの元祖パワーポップ・バンド、ビッグ・スターの弟子として注目されるスコットランド出身のティーンエイジ・ファンクラブは、ザ・バーズやバッファロー・スプリングフィールドまで遡りロック史を幅広く理解し、その上ゴキゲンなノイズ・ジャムにも躊躇なく取り組んだ(マタドール・レーベルに別れを告げた、彼等の『The King』というインストゥルメンタル中心のアルバムも必聴)。しかし彼等を有名にしたのは、ポップをベースにしたアルバム『Bandwagonesque』だった。それはその強引な働きかけにより、グループを『Saturday Night Live』に登場させることに成功した。

■バットホール・サーファーズ
ニルヴァーナの成功後、アンダーグラウンドの雰囲気を持つ90年代バンドのほぼ全てが、メジャー・レーベルと契約を交わした。それはアメリカで最も契約に漕ぎ着けそうになかったような、このバンドでさえも例外ではなかった。アルバムを生意気にもレッド・ツェッペリンの名曲「Stairway to Heaven」をもじった『Hairway To Steven』と名づけた僅か数年後、グループはレッド・ツェッペリンのメンバー、ジョン・ポール・ジョーンズと共にスタジオ入りし、『Independent Worm Saloon』(1993年)を制作した。ジョン・ポール・ジョーンズは、ポール・レアリーのサイケなギター・リードとギビー・ハインズの型破りなカリスマ性は、レッド・ツェッペリンとさほど違わないと感じ、それはいま考えてみると正しかったようだ。バンドの大胆なユーモアのセンスにも拘らず、同アルバムとこれに続く『Electriclarryland』は、驚くほどクラシック・ロック寄りの作品だった。彼等がラジオで口に出来るような名前を選んでさえいれば…。

■アス・ポニーズ
バンド名の選び方によって、商業的な成功を断ってしまったバンドといえば、アス・ポニーズ(Ass Ponys)だ。その名前はオザーク高原の奥深くの何処か、そういったような僻地からやってきた変わり者達によるバンドのような響きがした。実際のところ、彼等はシンシナティ出身だったが、フロントマンのチャック・クリーヴァーのとぼけたユーモアのセンスは、どこか別の場所から派生したものなのだろう。例えるならば、片田舎から来たランディ・ニューマンといったところか。“スネイク”と呼ばれることを強く望む男が登場する「Little Bastard」はカレッジ・ラジオ・ヒットになったが、チャック・クリーヴァーの最も簡潔な歌詞はアーティスティックな性格の女性に宛てたものだった。

“靴下で完成させた人形 / アヒル型の洗濯挟みに模造毛皮の猫 / おばあさん、それいったい何なのさ?”

■ザ・ステアーズ
当時最も不思議な一発屋、ザ・ステアーズは、この20年後にザ・ストライプスがやったこと全てをやってのけたUKのトリオだった(エルトン・ジョンと親しくすること以外は)。彼等はガレージや、ヤードバーズ・スタイルのブルース・ロックを、その若々しい精神と(彼等は全員ティーンエイジャーだった)洒落たサウンドで蘇らせた。そこへドラッグや大麻に関するユーモアを幾つか投入すれば(アルバム最初の3曲は「Weed Bus」「Mary Joanna」「Mr. Window Pane」)、もれなく成功作の完成だ。そうして仕上げに彼等は、これを全てモノラルでレコーディングするという行為に出て、その後のロック・リヴァイヴァルの先を行った。しかし、なぜ上手くいかなかったのだろう? 無法者の格好をしたトリオが写るアルバム『Mexican R&B』のタイトルのジョーク(ザ・フーの“Maximum R&B”をもじったもの)が、みんなには理解できなかったのかも知れない。

■ロイヤル・トラックス
プライマル・ブルース系ロックをプレイするベースレスの二人組バンド? 商業的可能性はあるかも知れないが、とにかくまだその時ではなかった。ロイヤル・トラックスは、非常にワイルドな音楽を提供し、それは当初ジェニファー・ヘレマのダークな語り口と、ニール・ハガティーのディストーションの壁にマッチしていた。最初は猛烈に実験的だったが、契約を交わし、60年代、70年代、80年代の音楽を独自に表現したアルバムを3枚制作した後(年代順に『Thank You』『Sweet Sixteen』『Accelerator』)デュオは事実上ストレートなロック・バンドになった。

■ザ・ジェラルディン・フィバーズ
「Country Feedback」とは、R.E.M.にとっては曲タイトルであるが、ザ・ジェラルディン・フィバーズにとっては生き方だった。聴いた途端にその場で動けなくなってしまいそうな声を持つ、フロントウーマンのカルラ・ボズリッヒは、素晴らしいストレートなカントリー・シンガーになれたと思われるが、彼女は根っからとことん尖がっていた。1995年のシングル「Dragon Lady」に注ぎ込む激しい感情は、聴き手を疲れさせるか、死ぬまでのファンにさせるか、そのどちらかだろう。カルラ・ボズリッヒのフィルム・ノワールな歌詞は、1997年のアルバム『Butch』の頃には、現在のウィルコ以上にワイルドになれる空間を確保していた、ギタリストのネルス・クラインという、相性抜群の相手と出会っている。

Wirtten By Brett Milano


♪ プレイリスト『90s

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