(function(h,o,t,j,a,r){ h.hj=h.hj||function(){(h.hj.q=h.hj.q||[]).push(arguments)}; h._hjSettings={hjid:104204,hjsv:5}; a=o.getElementsByTagName('head')[0]; r=o.createElement('script');r.async=1; r.src=t+h._hjSettings.hjid+j+h._hjSettings.hjsv; a.appendChild(r); })(window,document,'//static.hotjar.com/c/hotjar-','.js?sv=');
Join us

Stories

LGBTQに愛された15人のパイオニア:人生肯定的なポップスを歌い、作品を通じて社会の変化を促そうとしたアーティストたち

Published on

パイオニアはさまざまなかたちで現れてくる。LGBTQの音楽ファンは、さまざまなアーティストを応援してきた。応援する理由はさまざまだ。活気あふれる人生肯定的なポップ・ソングが心に強く響いたからその歌い手を応援するという場合。あるいは、作品を通じて社会の変化を促そうと努力を続け、実際に社会を動かすのに一役買ったアーティストを応援するという場合もあった。理由はともあれ、そうしたミュージシャンたちは、みな讃えられるべきだろう。

今回の記事では、LGBTQに愛される代表的なミュージシャンをリストアップしている。その中には「どうしてこの人を選んだのだろう?」と疑問に思われる例もあるかもしれない。今回は「LGBTQを社会の側が受け入れるため、そしてその立場が認められるために長らく活動してきた人」も選んである。たとえばマドンナもそのひとり。彼女は世界的な大スターという立場で、当時の社会の中では性的志向の“陰”の側面だった部分にスポットライトを当てようとした。

それは、「ゲイの解放」がほとんど進んでいなかった70年代初期に世界初の「同性愛」ロック・スターとして自らを売り出した人たち(たとえばジョブライアス)と同じくらい勇敢なことだった。ジョブライアスが世間から冷たい反応を受けたのと同じように、挑発的な姿勢を採ったマドンナが激烈な攻撃にさらされたことも忘れてはいけない。

こうした勇気は、パイオニアを特徴付けるDNAだと言える。今回リストアップしたミュージシャンは、みな自分なりのやり方を毅然とした態度で貫き通している、あるいは貫き通した人たちだ。今の私たちは、多くの人たちがたくさんの戦いに勝利したあとの時代に生きている。しかし21世紀の今でさえもLGBTQの受け入れを求める戦いは世界のたくさんの国で絶え間なく続いている。今回のリストにスローガンがあるとすれば、「人の心を本当に結びつけるメッセージを作り出せれば、変化は訪れる」というものになるだろう。素晴らしい音楽、素晴らしいスタイル、あるいはただただ素晴らしい娯楽は、政治的なスローガンと同じくらい力強く人の心に訴えかけることができるのだ。

これから順不同で挙げる15人のミュージシャンは、ファンが自分の声を見出すのを後押しした人たちである。

 

フレディ・マーキュリー

フレディは、ロック・ミュージシャンの中でも最高に個性的なショーマンであり、他の誰にもできないようなかたちで観客を魅了した。1985年のライヴ・エイドクイーンが披露したパフォーマンスは伝説の域に達している。フレディの性的志向がクイーンの音楽とイメージに影響を及ぼしたのは確かだ。とはいえこのバンドは、ひとつひとつの壁を乗り越え、誰も遠ざけることなく、ありとあらゆるジャンルと浮気をしてきた。それはディスコ風の「Another One Bites The Dust」やオペラ風の「Innuendo」を聴けばわかることだ。

Queen – I Want To Break Free (Official Video)

 

レディ・ガガ

レディ・ガガは、セカンド・アルバムのテーマのひとつにちなんで、自らのファンを「リトル・モンスター」と呼んでいる。彼女も、自らのファンとほとんどスピリチュアルな結びつきを築き上げたミュージシャンのひとりとして挙げることができるだろう。これまで出してきた作品の中で、ガガは自らが直面してきたさまざまな困難を明らかにしてきた。そしてダンス・ポップを通してシアトリカルなパフォーマンスを作り出し、そこで愛することと受け入れることを強く訴えるメッセージを描いてきた。

Lady Gaga – Born This Way

 

エルトン・ジョン

70年代は、誰もがエルトン・ジョンのレコードを1枚は持っていたように思える。とはいえ当時の彼は、ゲイ男性の権利向上のために自分の立場を利用するほどの余裕がなかった。それが変わったのは、AIDSチャリティのために積極的に活動するようになってからのことだ。そうした活動は現在も続いている。

2005年、イギリスで「市民パートナーシップ」(同性のパートナーにも夫婦とほぼ同等の権利を認める制度)が導入された初日に、エルトンはデヴィッド・ファーニッシュと長年に渡ってパートナーの間柄にあったことを公表している。

Elton John – Don't Go Breaking My Heart (with Kiki Dee)

 

ABBA

ユーロヴィジョン歌謡祭でスウェーデン代表として優勝したABBAは、70年代から80年代初期にかけて歴史に残る大人気ポップ・グループとなった。ABBAのほろ苦い名曲の数々は『マンマ・ミーア!』の映画や舞台の大ヒットで不朽のものとなり、ありとあらゆる結婚式で歌われている。2018年には新曲が制作中というニュースが流れ、ファンを驚かせた。

Abba – Dancing Queen (Official Video)

 

デヴィッド・ボウイ

デヴィッド・ボウイは、権威主義と保守主義が強固だった時代に挑発的なイメージと言葉とたわむれていた。1972年に音楽番組『Top Of The Pops』に出演した彼は、ミック・ロンソンと同性愛的な雰囲気を漂わせながら「Starman」を演奏。若者の胸をドキドキさせると同時に、その親の世代の血圧を上昇させた。しかしこの演奏によって、イギリスではスーパー・スターの座を確固たるものにもした。その後まもなく、他の国の人々も彼の魅力に気づいていった。

DAVID BOWIE – Starman (TOTP)

 

マドンナ

マドンナは、ポピュラー・カルチャーからヒントを得て、それを自らの挑発的なスタイルに盛り込んでいく技に長けている。そうやって姿を変えるたびに、彼女は批判に晒されてきた。とはいえ、マドンナが30年以上に渡って独特な流儀で時代の流れに乗ってきたことを誰も疑うことはできない。

AIDSの爆発的な流行がピークに達したころ、彼女は大スターという立場を利用して、LGBTQの受け入れと権利拡張という当時としては物議を醸すメッセージを先頭にたって広めていった。

Madonna – Express Yourself (Official Music Video)

 

ジュディ・ガーランド

同性愛が受け入れられるどころか違法だった時代、伝説の大スター、ジュディ・ガーランドは苦悩に満ちた生活を送った。1961年のダブル・アルバム『Judy At Carnegie Hall』(のちにルーファス・ウェインライトが全曲をライヴで再現している)はグラミー賞を受賞し、彼女のキャリアのピークとなった。

しかしジュディは1969年に若くして亡くなってしまう。彼女の死は、ニューヨーク・シティで「ストーンウォールの反乱」が起きるきっかけになったと言われている(この歴史的な事件をきっかけに、アメリカでは同性愛者の権利獲得運動が始まった)。そして彼女が歌う「Over The Rainbow」から、LGBTQのアイコンとなっているレインボーが生まれたとされている。

Over The Rainbow (Live At Carnegie Hall/1961)

 

ダスティ・スプリングフィールド

伝説的な完璧主義者ダスティ・スプリングフィールドは、自信喪失に苛まれると共に、自らがレズビアンであることが世間に知られることを恐れていた。彼女は「You Don’t Have To Say You Love Me」といった名曲を60年代に立て続けに発表していた。そうした曲は自分で作った曲ではなかったが、ダスティの歌声には歌詞の一言一言を聴き手に信じさせる説得力があった。

彼女は世間の前から姿を消していた時期がかなりあったが、1987年にペット・ショップ・ボーイズのヒット曲「What Have I Done To Deserve This?」にゲスト参加してカムバック。それから亡くなるまでの数年間に新たなアルバム2枚を作り上げている。

You Don't Have To Say You Love Me

 

カイリー・ミノーグ

カイリー・ミノーグは、オーストラリア出身の歌手の中では史上最高の世界的成功を収めた。当初はその人気が長く続くかどうか疑う声も多かったが、彼女は挑戦的な態度を貫き通したまま30年間に渡って活動を続けている。カイリーは、活動初期からゲイ男性からの支持を集めてきた。その特徴とも言える活気あふれるポップ・ダンス・グルーヴは、アルバム『Golden』でナッシュヴィル・サウンドと融合。これもまた全英チャート1位の大ヒット作となった。

Kylie Minogue – Hand On Your Heart – Official Video

 

シェール

もしかするとあの有名なボブ・マッキーのドレスを着てテレビに出演したおかげかもしれないが、シェールはデビュー当時からゲイ男性の目には特別な存在に映った。ソニー・ボノとの結婚はトラブル続きだったが、ソニー&シェールの活動そのものは大成功を収めた。やがて彼女はソロとして独立し、映画やソフト・ロックといった方面で大活躍するようになる。そして1998年、ゲイを讃える「Believe」を発表。忠実なるファンに恩返しをすると共に、キャリア最大のヒット・レコードを手にした。

Cher – Believe (Official Video)

 

モリッシー

人をからかうようなセクシーな(しかもなぜか中性的な)モリッシーの振る舞いは、世の人を誘惑すると同時に苛立たせている。しかし彼は、80年代のディスコ・ポップに疎外感を持っていたインディーズ・ファンの心を掴む術を心得ていた。2013年に自伝を出版した際の有名な声明によれば、彼は「ホモセクシャル」ならぬ「ヒューマセクシャル」だった(写真家のジェイク・オーウェン・ウォルターズと恋愛関係にあったと本人は告白している)。

All You Need Is Me

 

ペット・ショップ・ボーイズ

1985年以降、ペット・ショップ・ボーイズはあからさまな意見表明をほとんどしていないにもかかわらず、現代のゲイの生活について多くを表現してきた。ニール・テナントとクリス・ロウは、ライヴ・ショー、映画のサウンドトラック、そして過去30年に発表された中でも最高の部類に入るポップ・ソングを通じて、エレガントなビジュアルと音楽を描き出している。

Pet Shop Boys – It's A Sin

 

ジョブライアス

ゲイであることを公表したロック歌手ジョブライアスは、1973年にデビュー・アルバムを発表して当時全盛のグラム・ロック・シーンに登場した。しかしその売り込み方が災いしてしまい、当時の世間一般からは冷淡な扱いを受けた。セカンド・アルバムも前作に続き不発に終わり、彼は1975年に引退を表明する。長年のファンだったモリッシーは90年代初期に彼をカムバックさせようとしたが、時既に遅し。ジョブライアスはAIDSが原因の合併症で既に10年近く前に亡くなっていた。

Jobriath I'maman

 

シルヴェスター

華やかなディスコ・スター、シルヴェスターは、今よりもLGBTQが受け入れられていない時代に勇敢な道を歩んだ。彼の最大のヒット曲「You Make Me Feel (Mighty Real)」は永遠の名曲として聴き継がれるだろう。これがサンフランシスコのディスコ・シーンを賑わせたころ、AIDSの爆発的な流行が始まろうとしていた。やがて1988年、シルヴェスターもAIDSで命を落とすことになる。

You Make Me Feel (Mighty Real)

 

k.d.ラング

カントリー・シンガー・ソングライターのk.d.ラングは、社会への積極的な働きかけと音楽活動での成功を両立させてきた。最初にヒットしたのは、ロイ・オービソンとのデュエットでグラミー賞を受賞した「Crying」のカヴァーだった。1992年のアルバム『Ingénue』に収録された「Constant Craving」が最大のヒット作となった年、彼女は自分が同性愛者であることをカミングアウト。カナダを代表するLGBTQミュージシャンのひとりであるラングは、テレビや映画にもたくさん出演している。

k.d. lang – Constant Craving (Video)

 

Written By Mark Elliott



Share this story
Share
日本版uDiscoverSNSをフォローして最新情報をGET!!

uDiscover store

Click to comment

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Don't Miss