“私はあなたの所有物じゃない” 女性の自立を主張してきた、女性たちによるアンセム15選

11月 7, 2017


“私はあなたの所有物じゃない” 女性の自立を主張してきた、女性たちによるアンセム15選

「You’d think that people would have had enought of silly love songs / くだらないラヴ・ソングには、誰もが飽き飽きしてると君は思ってるだろう」とポール・マッカートニーは「Silly Love Song」の冒頭で歌ったが、これに同意する女性ミュージシャンもいるようだ。失恋や片思いなどを歌った歌やアンセム、ロマンティックなバラードが作られるたびに、女性アーティストは力強い歌詞を通して女性の自立を主張してきた。挑む対象が性別による固定観念から生じる制約であれ、悪い異性関係であれ、音楽業界そのものであれ、女性を力づけるアンセムは、個人的な事柄を政治的なものへと変え、あらゆるジャンルや時代に影響を及ぼした。60年代の女性解放運動から、70年代に誕生した初の女性パンク・ロッカー、そしてその後、90年代以降のライオット・ガールズ(90年代前半にシアトル近郊のオリンピアから始まったフェミニズム思想)に至るまで、それぞれの時代には特徴的な考えが伴った。しかし、スタイルとサウンドは様々であれ、根底に流れるメッセージは同じだった。

こうした女性たちに活動の場を解放したジャンルがいくつか存在する。70年代、シンガー・ソングライター・ブームが訪れると、大勢の女性たちが自分の楽曲を演奏し、名声を手にした。それから10年後、パンクが女性だけのバンドに門戸を開いた。彼女たちは、他人の楽曲をただ歌うことに甘んじる必要がなくなったのだ。そして今や、ポップ・ミュージックもフェニミスト精神を受け継いでいる。ここでは、時代を先取りしていた草分け的な女性たちを振り返ってみよう。

■レスリー・ゴーア「You Don’t Own Me(邦題:恋と涙の17才)」(1963年発売『Lesley Gore Sings Of Mixed-Up Hearts』 に収録)

女性シンガーは、男性が男性の視点で書いた曲を歌う操り人形だと考えられることが多かった時代、レスリー・ゴーアによる1963年のシングル「You Don’t Own Me」は、非常に珍しいものだった。これはフェミニストたちのアンセムで、男性デュオが書いた楽曲だったのだ。

フェミニズムの第二波と見事にタイミングを合わせた「You Don’t Own Me」でレスリー・ゴーアは、男性がこれ見よがしに侍らせる‘多数のおもちゃ’のひとつになることを拒み、彼氏を捨てる。また、同曲の根底には、ほどなくして世界中で爆発することとなった性的解放のメッセージも流れていた。なお、見事なプロダクションはクインシー・ジョーンズによるもので、レスリー・ゴーアの印象深い声を引き立てており、17歳とは思えない思慮深さを演出している。

以後、同曲はジョーン・ジェットからダスティ・スプリングフィールドにいたるまで、あらゆるアーティストにカヴァーされた。それでもやはり、レスリー・ゴーアのヴァージョンが指標であり続けている。1964年に収録された『T.A.M.I.ショウ』でのパフォーマンスは、ビーチ・ボーイズザ・ローリング・ストーンズといった格上のアーティストを超えるほど、堂々たるものだった。(*この曲は女性が全ての人権をはく奪された世界を描き2017年エミー賞を独占したドラマ『The Handmaid’s Tale(侍女の物語)』でも印象的に使われている)

Lesley Gore – You Don't Own Me (HD)

Lesley Gore - You Don't Own Me (HD)

 

■ニーナ・シモン「Ain’t Got No, I Got Life」(1968年リリースの『Nuff Said』に収録)

公民権運動家で、自立を目指して闘う戦士だったニーナ・シモンが歌う曲は、大半が個人的・社会的で政治色が強いものだった。ニーナ・シモンは由緒あるジュリアード音楽院で学んだが、フィラデルフィアにある名門校、カーティス音楽学校へ進学するための奨学金を却下されてショックを受け、却下されたのは自分の才能ではなく自分が黒人であるのせいだと常に考えていた。映画音楽、ジャズ、ソウル、クラシック等、ニーナ・シモンがどんな音楽をやろうと、彼女のその後のキャリアは、カーティス音楽学校に却下されたことに対する反論だとも考えられる。

ニーナ・シモンは、黒人のために、そして女性のために多くのアンセムをレコーティングしたが、「Ain’t Got No, I Got Life」は60年代後半に若いリスナーを惹きつけた1曲で、彼女の作品の中でも自立を歌ったとりわけ素晴らしい楽曲だ。「私には髪の毛も、頭も、脳も、耳もある」とニーナ・シモンは歌い、さらに口、笑顔、舌、顎、首、乳房を加えると、さらには心臓、魂、背中、性別と続けていく。しかし、最も重要なのは、彼女には自由があり、自分の人生がある、ということだった。

こうして挙げられた言葉のほとんどには、裏の意味も含まれていた。例えば、ニーナ・シモンは誰も支えてくれない時、自分の背中を支えた。また、彼女の‘乳房’と‘性別’は、彼女の遺伝子構造の一部だ。彼女の脳、耳、口は、ニーナ・シモンという女性を作っている。型にはめることなど不可能で、はっきりと自分の意見を述べることに心血を注ぐ、恐れ知らずな声を持つ女性だ。

Ain't Got No, I Got Life – Nina Simone

Ain't Got No, I Got Life - Nina Simone

 

■ヘレン・レディ「I Am Woman(邦題:私は女)」(1972年リリースの『I Am Woman』に収録)

ヘレン・レディの代表曲「I Am Woman」が持つ、ゆったりとしたカントリー調の雰囲気に騙されてはいけない。この曲のメッセージはもっと勇ましいのだ。当初は1971年のアルバム『I Don’t Know How To Love Him』用にレコーディングされた曲だが、映画『Stand Up And Be Counted』のオープニングに使われたことで知名度が上がった。1972年のアルバム『I Am Woman』へ再収録されたことによって、新たなリスナーを手に入れると、同曲はチャートの首位を獲得。ヘレン・レディは70年代を通じて、女性のエンパワーメントのアイコンとなった。

また、彼女にはそうなる資格もあった。オーストラリア系アメリカ人のヘレン・レディが、後年オーストラリアのサンデー・マガジンに語ったところによれば、ヘレン・レディが同曲を書いた頃、「私が考えていた女性であることの意味を語っている曲が他に見つからなかった」という。そして彼女は、世界大恐慌、2つの世界大戦を生き抜き、夫の暴力に苦しんだ女性血縁者からインスピレーションを受けると、ソングライターになりたいという思いからというよりも、必要に駆られて同曲を書いたのだった。

これを皮切りにグロリア・ゲイナーの「I Will Survive」をはじめとするアンセムが続々と生まれた。ヘレン・レディの「I Am Woman」は誇りをもって、女性が譲れない一線を引いたのだ。現在「I Am Woman」の説得力は弱まっているだろうか? 40年が経った現在、ケイティ・ペリーの「Roar」は、ヘレン・レディの心情をそのまま繰り返し語っている、ケイティの支持は大きいだろう。

Helen Reddy – I Am Woman (Midnight Special – Feb 2, 1973)

Helen Reddy - I Am Woman (Midnight Special - Feb 2, 1973)

 

■ジョニ・ミッチェル「Coyote」(1976年リリースの『Hejira(邦題:逃避行)』に収録)

ボブ・ディランが1975年に行ったツアー「Rolling Thunder Revue」にジョニ・ミッチェルが参加した期間は極めて短かったが、それでも同ツアーの経験をきっかけに、不朽の名曲が生まれた。俳優/脚本家で、同ツアーを題材に『ローリング・サンダー航海日誌 – ディランが街にやってきた』を執筆したサム・シェパードとの情事を歌ったジョニ・ミッチェルの8枚目のアルバム『Hejira(邦題:逃避行)』に収録された「Coyote」は、暖かい思い出の曲でありながらも、独立を宣言した曲でもある。

男性優位のロック界の中で、ジョニ・ミッチェルは希少な存在だった。男性アーティストと肩を並べ、時には彼らを凌駕しただけでなく、男性アーティストからも実際にその実力を認められていたのだ。だからこそ、サム・シェパードと関係を持った時、ジョニ・ミッチェルは何も取り繕わなかった。彼女はめくるめく情事を楽しみながらも、ゆくゆくは彼と別れることになると知っていた。誰かの道についていくのではなく、自分の道を進むためだ。「後悔はない、コヨーテ」と彼女は歌う。「あなたはヒッチハイカーを拾っただけ/フリーウェイの白線に囚われているあなた」 。

落ち着いた態度で豊かな自我を持ち、自分のヴィジョンには徹底的にこだわる。こうした資質は数十年にわたって男女双方のミュージシャンに影響を与えた。現代ではおそらく、ローラ・マーリングがジョニ・ミッチェルに近いだろう。ローラ・マーリングの「I Was An Eagle」は根源的に「Coyote」と同質で、ローラ・マーリング自身の確固たる自我を引き出している。

Joni Mitchell – Coyote (The Last Waltz)

Joni Mitchell - Coyote (The Last Waltz)

 

■チャカ・カーン「I’m Every Woman」(1978年リリースの『Chaka』に収録)

アシュフォード&シンプソンのソングライティング、アリフ・マーディンのプロデュース、さらにはルーファスとヒットを飛ばした本人の経歴と三拍子揃ったチャカ・カーンのソロ・デビュー・シングルに、失敗の可能性など皆無だった。「I’m Every Woman」は、アメリカのR&Bチャートを楽々と制し、イギリスでもシングル・チャートで11位を記録。極めて明瞭なプロダクションと、自立した女性に向けた明白なメッセージを持つ同曲は、即座にフェミニストのアンセムとなった。

約40年が経った今でも、この曲はチャカ・カーン本人と同様、時代を超越しており、全く古くなることがない。1992年にはホイットニー・ヒューストンが映画『ボディガード』でこの曲をカヴァーし、90年代の‘ガール・パワー’・ムーヴメントに火がつく一因となった(そしてまた、スパイス・ガールズを受け入れる準備ができていた世代に、‘女性のエンパワーメント’というテーマを再紹介した)。チャカ・カーンは2010年代前半、ホイットニー・ヒューストンのヴァージョンをプロデュースしたデヴィッド・フォスター、ルーファスのオリジナル・ギタリストだったトニー・メイデン、期待の新人シンガー、ジュディス・ヒルと同曲を見事にパフォーマンスすると、この名曲を次世代へと伝えた。(面白いことに、ジュディス・ヒルのデビュー・アルバム『Back In Time』はプリンスによるプロデュースで、チャカ・カーンが1984年にイギリスとアメリカで初めてナンバーワンを獲得した「I Feel For You」もプリンスによる楽曲だ)。

♥ Chaka Khan & David Foster ♥ I'm Every Woman Live HD

♥ Chaka Khan & David Foster ♥ I'm Every Woman Live HD

 

■ザ・スリッツ「Typical Girls」(1979年リリースの『Cut』に収録)

女性の独立を扱った音楽の全てで繰り返し登場するテーマは、‘女性’と銘打って販売されるものへの拒絶反応だ。そして、出来合いの理想像に中指を突き立てることに関しては、パンク・ロッカーの右に出る者はいないだろう。ザ・スリッツのギタリスト、ヴィヴ・アルバータインは、社会学の本で偶然見つけた言葉から、「誰が“TYPICAL GIRL(典型的な女の子)”を作り出したのか」という疑問を抱いた。そこから楽曲「Typical Girls」が誕生し、女性だけで構成されたパンク・バンド、ザ・スリッツの代表曲となった。この曲は、若い女性に関するあらゆるステレオタイプ(例えば、若い女性は繊細で感情的だという決めつけや、盲目的に流行を追う不安な消費者であるという決めつけ)を批判している。

1979年のデビュー・アルバム『Cut』に収録された「Typical Girl」は、ポスト・パンク時代の決定的作品のひとつとしてもてはやされた。しかしながら、ザ・スリッツ自体の勢いは長くは続かなかった。ワイルドなライヴで知られていた彼女たちの魅力は、激しさと奔放さにあった。ザ・スリッツのベーシスト、テッサ・ポリットは、クリエイティヴなアプローチに関してこう語っている。「あれは単なる、本能的な女性の音楽だった。男性みたいに演奏しようなんて思ってはいなかったから。ただ自然体でいただけ」。彼女たちを中傷する者も多かったが、BBCのDJジョン・ピールは「彼女たちはパンクの真髄そのものだ」と語っている。シンガー、アリ・アップの皮肉っぽいドイツ語訛りと、自由なパンク/レゲエ・スタイルを擁したザ・スリッツのあくまで自然体なパフォーマンス・スタイルは、何十年にもわたって他のバンドに模倣されている。

The Slits – Typical Girls

The Slits - Typical Girls

 

■グレイス・ジョーンズ「Private Life」(1980年リリースの『Warm Leatherette』に収録)

アルバム『Warm Leatherette』中でひときわ際立つ1曲。グレイス・ジョーンズが表現する軽蔑の気持ちが、この曲の趣旨を全て物語っている。どんな恋愛問題を抱えているにせよ、この曲の主人公は、そんな問題には関わりたくないと思っている。男性側は、彼女に対して心理的に脅しをかけていると思っているかもしれないが、感情に流されずに歌うグレイス・ジョーンズのヴォーカルは、この状況の中で実際に優位に立っているのはどちらかを明確に示している。

グレイス・ジョーンズのヴァージョンは、1980年6月にシングルとしてリリースされた。それはプリテンダーズによる「Private Life」のオリジナル・ヴァージョンが世に出てからわずか5カ月後のことである。しかし、この曲を書いたプリテンダーズのフロントウーマン、クリッシー・ハインドは、すぐに曲をグレイス・ジョーンズに譲った。「初めてグレイスのヴァージョンを聴いた時、この曲はこう歌われるべきだって思ったの!」と後にクリッシーは語っている。「実際、私のキャリアの中でも、あれはハイライトのひとつだった」。

70年代後半のディスコ・シーンからキャリアをスタートしたグレイス・ジョーンズは、レゲエとニュー・ウェイヴをダブ的にミックスし、80年代を先導した。また彼女は、その中性的なルックスときっぱりとした態度でアイコンとなり、自分のものなら自分が手にして当然だというその考えには、多くの女性がインスパイアされた。

Grace Jones – Private Life (1980)

Grace Jones - Private Life (1980)

 

■パット・ベネター「Hit Me With Your Best Shot」(1980年リリースの「Crimes Of Passion」に収録)

この曲と、この曲を収録したアルバムのタイトルは、どちらも暴力を暗示しているが、それは決して偶然ではない。パット・ベネターは戦いながら登場したのだ。この曲の歌詞は、傷心を抱えながらも表向きは挑戦的だが、曲の中には暴力的なパートナーへの強い批判が込められているのが分かる。「あなたって本当に手ごわい人」と、彼女は「正々堂々と戦わない」男性について歌っているが、彼女の声からは冷笑的に男性を批判していることが分かる。

「Hit Me With Your Best Shot」は米国内で100万枚以上のセールスを記録し、ロック・アンセムの座を確実なものとしたが、後年には予想外の展開が待っていた。スポーツ・イヴェントのスタンドでよく歌われるだけでなく、コンピューター・ゲームにも使われ、さらにはエミネム/D-12にもサンプリングされたのだ(同名の未発表曲)。こうして同曲は、さまざまなジャンルや年齢層に広がっただけでなく、性別を超えて受け入れられるようになった。

Pat Benatar – Hit Me With Your Best Shot (Live)

Pat Benatar - Hit Me With Your Best Shot (Live)

 

■ダイアナ・ロス「It’s My Turn」(1981年の『To Love Again』に収録)

70年代を通じ、シュープリームスの一員として、そしてソロ・アーティストとしてスポットライトを浴びてきたダイアナ・ロスだが、80年代に入ってもそのスポットライトを他に明け渡すつもりなどなかった。1980年公開の映画『It’s My Turn』用に書き下ろされ、シングル「It’s My Turnとしてリリースされた。ダイアナ・ロスはこの曲を情緒的に歌い上げると、80年代も世界最高峰の女性アーティストの1人として君臨すべく、スポットライトにさらなる一歩を踏み入れただけでなく、自身が辿ったスターへの道のりを語るのだった。

史上屈指のガール・グループであるシュープリームスでキャリアをスタートしたダイアナ・ロス版の「My Way」ともいえる「It’s My Turn」は、ダイアナ・ロスのその他のアンセムに比べて知名度は低いかもしれないが、この曲ではスターになるのを待ちわびていた彼女のもとに、とうとうスターになる順番が回ってきたその瞬間の様子が見事に歌われている。若年層に再発見されるべき同曲だが、近年ではこの曲を進んでカヴァーする若手スターがいない。これはおそらく、現在にはもうダイアナ・ロスのようなアーティストがいないとう、極めて単純な理由によるものだろう。

It's My Turn Live Diana Ross 1994

It's My Turn Live Diana Ross 1994

 

■ルシンダ・ウィリアムズ「Changed The Locks」(1988年リリースの『Lucinda Williams』より)

ルシンダ・ウィリアムズに関わった男には、災難が降りかかる。1988年にリリースされたセルフ・タイトルのサード・アルバム収録の「Changed The Locks」は、パンク的姿勢を貫いた空中サーカスのようなカントリー・ロックだ。ライヴでのルシンダ・ウィリアムズは、ニール・ヤング&クレイジー・ホース全盛期の傷だらけの栄光を彷彿とさせるパフォーマンスで、別れた恋人に二度と煩わされないように取ったさまざまな行動について、軽蔑の念をたっぷり込めて歌っている。

カントリー・ミュージックは概ね威勢が良いものだが、この別れの曲は、特に顔面を直撃するような威勢の良さがある。ルシンダ・ウィリアムズは、この曲の中で彼を家から追い出すだけでなく、彼が自分を探せないよう、街を通過する列車のルートまで変えてしまう。それどころか、街の名前まで変えてしまうのだ。この曲は、ルシンダ・ウィリアムズのキャリアのハイライトとなり、彼女は徹底的に自立した女性としてのイメージを確立した。

同曲のリリース時、‘オルタナティヴ・カントリー’という言葉はまだ生まれていなかったが、「Changed The Locks」は、若年リスナーに軽視されがちなカントリー・ミュージックを活性化させた‘オルタナティヴ・カントリー’というサブジャンル誕生の道標となった。カントリー・ミュージックは後に‘クール’なイメージを得たが、その直接的なきっかけとなったのは、威勢の良いこのアンセムのおかげだと言えるだろう。

Lucinda Williams Live HQ, Changed the Locks, 2001 Vh1,Best Audio Version

Lucinda Williams Live HQ,  Changed the Locks, 2001 Vh1,Best Audio Version

 

■ソルト・ン・ペパ「None Of Your Business」(1993年リリースの『Very Necessary』より)

80年代後半から90年代前半にかけてのラップは女性に対する態度が酷いと批判する人々には、最初の女性ラップ・グループの一人であるソルト・ン・ペパのヒット曲「None Of Your Business」を聴かせて、ミュージック・ヴィデオを見せてみよう。「Push It」や「Let’s Talk About Sex」といったセックスを率直に語るシングルでブレイクしたシェリル・‘ソルト’・ジェイムズ、サンディ・‘ペパ’・デントン、DJデイドラ・‘スピンデレラ’・ローパーの3人、男性優位というヒップホップの常識を覆し、ボビー・ブラウンの「My Prerogative」に対する女性側からの回答を提示した。彼女たちを「“セクシー”すぎるし率直すぎる」と批判する人々に対し、この曲は疑問を投げかける。「あなたの人生でそれが何か問題なの?/どうして私の生き方に干渉するの?」。

ソルト・ン・ペパは、ヒップホップ・シーンでごく初期に登場し、そして最大の成功を収めた女性ラップ・グループとして、セックスをポジティヴにとらえる楽曲をリリースすると、キャッチーなベースラインに乗せてタブーなテーマを取り上げ、こうしたテーマを現実的に語った。気分を害する人々もいたが「None Of Your Business」はグラミー賞まで獲得し、グループがメインストリームにも受け入れられたことが証明された。リリックとパフォーマンスに体現された屈託のない態度が、ソルト・ン・ペパの魅力のひとつである。彼女たちの曲を聴くと、まるで玄関口で誰かの話を盗み聞きしているかのような気分になるだろう。

salt 'n pepa – none of your business (original video)

salt 'n pepa - none of your business (original video)

 

PJハーヴェイ「Man-Size1993年リリースの『Rid Of Me』より)

PJハーヴェイほど性差による政治な問題を真正面から取り上げたミュージシャンはほとんど存在しない。90年代に旋風を巻き起こしたイギリス出身の先見的な彼女は、セカンド・アルバムの『Rid Of Me』で、ポスト・パンクの精密さと感情を吐露したリリックを使い、戦闘を開始した。「Man-Size」は過度の男らしさに関するステレオタイプに同意しながら、女性の服のサイズに関する虚栄心を示唆するだけでなく、伝統的な男女間のパワーの力学を覆している。

この曲を通して、PJハーヴェイは男性になりすまし、文字通り「全てをさらけ出して」いる。そして曲の終盤では、残された女々しさを燃やし尽くす。40年代50年代に活躍した作曲家コンビロジャース&ハマースタインは、ネリー・フォーブッシュに「あの男をこの髪から洗い流そう」と歌わせたが、PJハーヴェイは、その髪にガソリンを浴びせるのだ。『Rid Of Me』収録の別曲「50 Ft Queenie」と同様に不遜な「Man-Size」は、アルバムのトラックリスティングではオーケストラ・ヴァージョンの後に収録されているが、アルバムからのシングルとなった。モダンなストリング・アンサンブルをバックに、同曲は情緒不安定な室内楽、もしくはフェミニストがキャンプファイアーで流す音楽にも聞こえてくる。

男女間で戦いがあった場合、それが個人間の問題であろうと、PJハーヴェイはその戦いに勝ってやると決心していた。彼女は公の場で特定の考えと提携するよりも、音楽に語らせることを選んだ。そんな彼女が作った「Man-Size」や「Dress」といった楽曲は、ロマンティックな男女関係を語ることなく、女性が置かれた状況を論じている。

PJ Harvey – Man-Size

PJ Harvey - Man-Size

 

■ジル・スコット「One is the Magic Number」(2000年リリースの『Who Is Jill Scott? Words And Sounds Vol.1』より)
ジル・スコットは知っている。頼れるのは自分だけであるという答えを出すために、複雑な計算など要らないことを。フィラデルフィア出身のソウル・シンガー/詩人、ジル・スコットのデビュー・アルバムは、思慮深い楽曲と賢明な歌詞に満ちている。彼女はまた、「One is the Magic Number」の冒頭で「私以外は誰もいない、1は魔法の数字/生ける時も死す時も、必要なのは1だけ。分かる?」とスペイン語で話し、自明の理はひとつの言語にも制限されていないことを証明している。そして彼女は、ここにカスタネットと高々と鳴るトランペットを加え、さらなる効果を出している。

満足感よりも苦痛の方が、より多くのインスピレーションを与えてくれると信じ込み、ソウル・シンガーには厄介な恋愛をしてほしいと思うファンもいるが、同アルバムとアーティストとしてのジル・スコットの素晴らしさは、その多面性にある。彼女は恋愛や失恋に関するあらゆることを同じニュアンスで歌うことができた。同アルバムからヒットしたのは「He Loves Me (Lyzel in E Flat)」だが、「One Is The Magic Number」で、ジル・スコットは他人との関係のみで自分の個性が決まるわけではないということを実証した。わらべ歌のような構成の「One Is The Magic Number」は、記憶を思い起こさせるデバイスのように作動し、自分自身を愛することが最も大切な愛だということを思い出させてくれる。かつてホイットニー・ヒューストンが「Greatest Love Of All」で歌っていたことは、正しかったということなのだろう。(*「Greatest Love Of All」は誰かへ対するラブソングではなく、自分自身を愛することの重要さを歌った曲)。

Jill Scott – One Is The Magic Number [#] (H.Q)

Jill Scott - One Is The Magic Number [#] (H.Q)

 

■ル・ティグラ「Keep on Livin」(2001年リリースの『Feminist Sweepstakes』より)

女性を力づける曲の全てが「私は女性!この雄叫びを聴いて」という激励のポップ・ソングなわけではない。エレクトロクラッシュ・バンドのル・ティグラは、2000年代初頭のキャッチーなパンクに乗せて、暴行を受けた経験を克服する曲を書いている。怒れる女性/ライオット・ガールのレジェンド・バンド、ビキニ・キルのキャスリーン・ハンナのサイド・プロジェクトから生まれたル・ティグラは、社会政治的なリリシズムをラジオでもかかりやすいエレクトロ・ポップに融合することに成功した。

キャスリーン・ハンナは、JDサムソン、トラブルメイカーズのバンド・メイトだったジョアンナ・フェイトマンとともに、‘アンダーグラウンド・エレクトロ・フェミニスト・パフォーマンス・アーティスト’を自称すると、恐れ知らずの音楽を作った。その中で、レズビアンであるJDサムソンの加入によって、2000年代初頭のインディ・ミュージックに、LGBTのテーマも取り込んでいる。

ご想像どおり『Feminist Sweepstakes』(*フェミニストなんて宝くじにあたるぐらいしかいないの意味)といったアルバムのタイトルからも想像できるように、ル・ティグラは政治的な主張をはっきりと打ち出しており、「Keep On Livin’」も例外ではない。『Uncut』誌は同アルバムを「今シーズンで最もキャッチーなセクシュアル・ポリティックスのレッスン」と評した。しかし、「Keep On Living’」は、リスナーのiPodをパワーアップする以上のことを成し遂げた。同曲は、マニフェストというよりも、あらゆるタイプの精神的トラウマを生き抜いた人に向けた手引書と言える。人生は続き、ドラム・マシーンも鳴り続けるということを語っているのだ。キャスリーン・ハンナとJDサムソンという2人のチアリーダーがいるのだから、この曲を聴けば彼女たちの言葉を信じる気になるだろう。

Le Tigre – TKO

Le Tigre - TKO

 

■ケイティ・ペリー「Roar」(2013年リリースの『Prism』より)
フェミニズムの第三波を受けて、ポップ・プリンセスの多くが、ポップ・スターに従来求められる姿という制約を超えて、自己主張を始めた。わざとらしいラヴ・ソングやパーティ・アンセムはトーンダウンし、自立を高らかに宣言する曲が増え、新たな世代の女性ファンに自己主張する勇気を与えたのだ。

ヘレン・レディの「I Am Woman」を21世紀向けにリブートしたケイティ・ペリーの「Roar」も、男性的なロックの名曲であるサバイバーの「Eye Of The Tiger」やクイーンの「We Are The Champions」を歌詞の中に取り込みながら、ケイティ・ペリーの新たなイメージを自由に表現している。同曲のミュージック・ヴィデオでは、窮地に陥った乙女(ケイティ)が、クイーン・オヴ・ザ・ジャングル(ジャングルの女王)へと変貌を遂げている。

その表現方法は機微に欠けるかもしれないが、こうしたポジティヴな自己主張は、思春期の若いファンに多大な影響を与えた。レディー・ガガと同様、ケイティ・ペリーはアウトサイダーに味方することが多い(「Last Friday Night (TGIF)」のビデオを見れば一目瞭然である)。しかも彼女は、両手を広げて彼らを受け入れながらも、彼らがメインストリームの一部だと感じられるように取り計らっている。ソーシャル・メディア上のいじめが一向に収まりそうもない現代社会の中で、ケイティ・ペリーのセルフ・エンパワーメント(自分に力を与えること)のメッセージは、特に共感を呼ぶものである。

Katy Perry – Roar (Official)

Katy Perry - Roar (Official)


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