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ルイス・キャパルディがカムバックするまでの2年間:メンタル悪化で歌えなくなってからの復帰
新人ながら2019年のUKチャートにて年間1位を記録し、全米シングル・チャートでも1位を獲得し、そのままエド・シーランやアデルのような成功の道を進むかと思われたルイス・キャパルディ(Lewis Capaldi)。
しかし、その成功へのプレッシャーや元々不安定であったメンタルの不調が重なってしまい、2023年のグラストンベリー・フェスティバルのメインステージのパフォーマンスで歌えなくなってしまい、そのまま約2年間の間、表舞台から姿を消してしまった。しかし、2025年のグラストンベリーで復活を果たし、新曲「Survive」は今年1番の売り上げを記録して全英シングル1位を獲得し、セールス面でも成功のカムバックを果たした。
このカムバックについて、音楽ライナーの新谷洋子さんに解説いただきました。
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グラストンベリーでの劇的な復活
さる6月末のグラストンベリー・フェスティバルに先立つ数日間、英国のメディアは、毎年数組用意されているシークレット・アクトは誰なのかという話題で持ち切りだった。果たして、初日27日の夕方、メイン・ステージにあたるピラミッド・ステージに現れたその一組、かつ“シークレット”どころか出演が確実視されていたのが、ほかならぬルイス・キャパルディである。
思えば、ちょうど2年前の2023年6月24日に同じステージに立ったものの、不本意な形でパフォーマンスを終えた彼。自分の名前を連呼するオーディエンスに、「こういうことって二回目のほうが成功すると言いますよね。今日は短いセットなんですが、一回目に終えられなかったことを今度こそ完遂します」と告げ、35分・計7曲のセットを披露した。報道を見る限り、ロードやハイムといった他のシークレット・アクトを遥かに凌ぐ熱狂的反響を呼んだようで、パフォーマンスそのものも手放しの称賛を浴びており、因縁の場所で絶好の再スタートを切ったと言えよう。
https://twitter.com/UNIVERSAL_INTER/status/1938972447447097406
デビューからの記録的な大ヒット
そもそも2年前にここで何が起きたのか、ここで少し記憶をリフレッシュする必要があるのかもしれない。生まれ故郷はスコットランドのグラスゴー、4歳で歌に目覚め、11歳の時から地元のパブなどでギター片手に歌っていたこのシンガー・ソングライターは、2017年に自主制作のシングルでデビュー。
見た目はいたって地味ながら、ブルージーな深みがあるソウルフルな歌声でじわじわと人々の心を掴み、メジャー・レーベルと契約してピアノ・バラード仕立てのシングル「Someone You Loved」を送り出したのが、2018年のことだ。
これが全英・全米両チャートで1位を獲得する大ヒットを博し(MVは今年の春にYouTubeでの再生回数が10億回を突破!)、類稀な歌声に加えてコメディアン級のユーモアも備えたルイスの名前はお茶の間レベルにまで浸透することになる。
翌年5月にお目見えしたファースト・アルバム『Divinely Uninspired to a Hellish Extent』も全英ナンバーワンに輝いて、2年連続で英国内のベスト・セリング・アルバムとなり、最終的に売り上げは世界で1千万枚を突破。ブリット賞では最優秀新人賞と最優秀楽曲賞を受賞し、飛ぶ鳥を落とす勢いを誇っていた。
しかしパンデミックに行く手を阻まれて、ソールドアウトのツアーの中断に追い込まれた彼は、帰郷して2枚目のアルバムに着手。思いのほか困難を極めたその制作プロセスは、Netflixで配信されたドキュメンタリー・フィルム『ルイス・キャパルディ:今、僕が思うこと』(2023年)に赤裸々に記録されている。内容は衝撃的だった。
メンタルの悪化と新作、そして歌えなくなったグラストンベリー
華々しくブレイクしながらもルイスはプレッシャーに酷く苦しみ、パンデミックという特殊な状況も相俟ってメンタルヘルスは悪化するばかり(実は2019~2020年の時点でパニック発作に頻繁に悩まされていたと、のちのインタヴューで明かしている)。さらにトゥレット症候群を患っていることが判明したために休養と治療に専念し、2022年夏にようやく活動を再開。翌年5月にセカンド・アルバム『Broken by Desire to Be Heavenly Sent』のリリースに漕ぎ着けたわけだ。
アルバムは発売初週に10万枚近くを売り上げて2枚連続の全英1位に輝き、3枚の全英ナンバーワン・シングルを輩出。ツアーも順調にスタートしたのだが、それも束の間、多忙な生活がまたもや精神的負担となって6月初めに幾つかの公演のキャンセルに踏み切り、「今後の公演で最良な形で歌えるように、僕が愛することを長く続けられるように、立ち止まって回復する時間が少し必要なんです」とメッセージを添えた。
同月末には前述したように一旦グラストンベリーの大舞台に立ったものの、喉の不調に見舞われ、焦る気持ちがトゥレットを引き起こし、ハイライトであるはずの「Someone You Loved」の途中で声が出なくなってしまう。代わりに観客が大合唱で引き継ぐという感動的なシーンが生まれたのだが、「この先また少し休むことになりそうです。もしかしたら今年一杯、僕の姿をあまり目にしないかもしれません。でも戻って来てまたみなさんと対面する時にも、僕のライヴを観たいと思っていてくれたらと願っています」と告げて、彼はステージをあとにした。
ルイスはその言葉通り、「時間をかけて精神面と肉体面双方の調整」を行なうべく、当面のツアー活動を休止。ヘッドライナーを務める予定だったレディング&リーズ・フェスティバルやフジロックフェスティバルへの出演もキャンセルされ、以後目立った動きがないまま2年が過ぎた。
そして今年5月初めになってエジンバラで開かれたチャリティ・イベント(メンタルヘルス啓発週間に合わせて企画されたトム・ウォーカー主催のコンサート。ルイスはサプライズ・ゲストとして登場し、収益は自殺予防に取り組む団体に寄付された)でのウォームアップを経て、6月27日、グラストンベリーに堂々カムバック。同時に、待望のニュー・シングル「Survive」も届けてくれたのである。
全英1位のカムバック・シングル「Survive」
すぐさま全英チャートで初登場1位を記録した「Survive」は、「Someone You Loved」の共作者でもある、ローマンズことサム・ローマン(エド・シーラン、ベンソン・ブーン)とのコラボで生まれたドラマティックなアンセム。バンド編成のオフィシャル・ヴァージョンもさることながら、あとで公開された、生々しい歌声が彼の苦しみと決意を切々と伝えるピアノ伴奏のヴァージョンも必聴だ。
自身が語ったメンタルヘルス
グラストンベリーで歌った際には「この2年間は僕にとって最高の時期じゃなかった。辛い時もあった。それと闘って克服することについて曲を作りたかったんです」と紹介したが、今回の試練が背景にあることは、「How long till it feels/Like the wound’s finally starting to heal?(傷口が癒え始めるまでにいったいどれだけの時間がかかるんだろう?)」と問いかける最初の1行を聞けば明らかだろう。
サビでは「I swear to god I’ll survive(僕はなんとかして生き延びると神に誓うよ)」と叫ぶようにして歌い、どん底からの再起を自分に誓う。ならば、ルイスはどうやって生き延びることができたのか? この問いに答えているのが、7月初めにYouTubeで公開された9分ほどの映像『Lewis Capaldi on Mental Health, Music and His Return to the Stage(ルイス・キャパルディが語るメンタルヘルス、音楽、そしてステージへの復帰)』だ。
グラストンベリー公演の6日前に親友によるインタヴュー形式で収録された映像の中で、彼はまず2023年のグラストンベリー公演を振り返り、2曲目の時点ですでに限界を感じていたと語る。
「自分にこんな仕打ちをしていてはいけないし、他の人たちに対しても良くない。ライヴをこんな形で観たくはないはず。僕自身は、“もはやこれまでだな”と感じていました」
さらにそんな状態に陥った理由について、「あんなにも不安にかられてしまったのは、その瞬間を全力で生きていなかったからですね」と分析しつつ、一人のセラピストとの出会いに救われたと話している。
「2年に渡って彼と話してきましたが、素晴らしいんです。これまで出会った中で最高のセラピストです。他のセラピストたちには――彼らに落ち度はないんですが――僕は嘘をついているような気がしていた。自分自身に対しても。“こんなことを聞きたいんじゃないかな”と思ったことを話して、早く終わらせようとしていたんですよね」
「セラピーは楽しいものじゃないし、本当に苦労しました。それでも続けられているのは、自分が元気でいることがいかに大切なのか理解できたから。セラピーのおかげで、ここしばらくの間で最高の気分になれたんです」
彼はまた、「自分が不安を抱えた人間であることはこの先もずっと変わらない」とも言う。
「僕は今まで精神的にも肉体的にも自分の面倒を見ることを怠り、自分と交わした約束を破ってきた。でも、不安をずっと抱え続けるんだということを受け入れて、基礎になるレベルを維持する方法を学んだんです。毎日が最高の状態である必要はないし、アップダウンもあるでしょう。それでもグラつかず、ハッピーであり続けるというのは素晴らしいことですね」
このようにして自分の内にバランスを見出したルイスは、身をもって実感したセラピーの利点をできるだけ多くのファンと分かち合いたいと、映像の最後でひとつのユニークなプロジェクトを発表する。オンラインでセラピーを提供する企業BetterHelpとタッグを組んで、自身がカムバックまでに費やした734日間に因み、計734,000時間分のオンライン・セラピーを希望者に無料で提供するという試みだ。
そう、ここに辿り着くまでにそれだけの時間を要しはしたが、9月には英国とアイルランドを周るアリーナ・ツアーも控え(全17公演は瞬時に売り切れた)、2度のリセットで勝ち取ったベストなコンディションで彼は、輝かしくも傷だらけのストーリーの続きを綴ろうとしている。
Written By 新谷洋子
ルイス・キャパルディ「Survive」
2023年6月27日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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