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LANY『Soft』解説:交通事故での入院と療養を経て作り上げた新作アルバム

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現在はポール・クライン(Paul Klein: Vo, Keys, Gt)とジェイク・ゴス(Jake Goss: Drs, Sampling Pad)の二人組となっている米ロサンゼルス発のバンド、LANYが2025年10月10日に6枚目のアルバム『Soft』を発売した。

このアルバムについて、音楽ライターの新谷洋子さんによる解説を掲載。

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血だらけの手と真っ白い子羊

先頃リリースされたばかりのLANYの最新作『Soft』のジャケットに写っているのは、包帯を巻いた血だらけの手で真っ白な子羊を抱き締める、ポール・クラインとおぼしき男性の姿。

子羊といえばキリスト教においては無垢さや贖いの象徴であり、バイオレンスとイノセンスを激しく対比させた鮮烈なイメージは、このアメリカン・バンドの今までのアルバムがまとっていたクールな佇まいのヴィジュアルを振り返ってみると、さすがに衝撃的だ。前作『Beautiful Blur』でひとつの試練を乗り越えたばかりだというのに、今度は何が彼らに起きたのか? またもや穏やかならぬ出来事を示唆するジャケットである。

そう、2014年にポール(ヴォーカル/ギターほか)、ジェイク・ゴス(ドラムスほか)、レス・プリースト(キーボードほか)のトリオでデビューしたLANYは、時間をかけて世界中をツアーし、ゆるやかな音楽性の変化を映したアルバムをハイペースで発表。日本を含めてグローバルな規模で熱いファン層を築いてきた。しかし2022年になってレスが、バンド誕生の地ナッシュヴィルに戻ってプロデューサー業に専念するべく、バンドを脱退。翌年9月末に登場した5作目『A Beautiful Blur』は、初めてポールとジェイクのふたりだけで制作したアルバムとなった。

デュオになったことでLANYはどう変わるのかと注目を集めた同作は果たして、発売直前にタイトルとジャケットが突如変更されるという騒動があったりしたものの(聞けばSUMMER SONIC 2023出演のために日本に滞在していた時に「変えなければ」と悟ったそうだ!)、いつになくオーガニックなロック寄りのサウンドで“新生LANY”を印象付けて、彼らは新たなチャプターに突入。昨年無事に結成10年のアニバーサリーを迎えている。

 

交通事故での入院

その後、2024年2月からワールド・ツアーをスタートし、サポート・メンバーを交えてまずは3カ月間にわたって北・南米を旅したのだが、またここで事件が起きた。活動拠点のロサンゼルスにふたりが戻って間もない6月初めのある夜、ベスパに乗って自宅の近くにあるジムに行ったポールは、帰り道で交差点に突っ込んできた車と衝突。路上に投げ出されて顔や肩やふくらはぎに骨折や裂傷を負い、ふと意識を取り戻したら病院に向かう救急車の中にいたという。

本作からのシングル曲「Last Forever」のシネマティックなミュージック・ビデオには、まさにその一部始終が脚色を加えて再現されており、ヘタをすれば命を落とす可能性すらあったそうだ。

【和訳】LANY – Last Forever / レイニー

よって、さすがに1週間後に始まる予定だったオセアニア・ツアーこそキャンセルせざるを得なかったものの、驚いたことに2カ月間の療養とリハビリを経て、ポールはライヴ活動に復帰。8月12日にハンガリーのシゲト・フェスティバルで、松葉杖に助けられながらもステージに立ち、秋にはLANYが絶大な人気を誇っているアジアを周る大規模なツアーに出た。

日本でも9月に、単独公演では過去最大規模となる2公演(会場は東京ガーデンシアターとZEPP NAMBA)を売り切り、インドネシアやフィリピンではスタジアムを超満員にしたといい、彼らがカムバックを急いだ理由が分かるというものだ。

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思いがけないオフの時間

こうしてLANYは相次ぐ試練を克服したわけだが、10年間で5枚のアルバム――2017年の『LANY』、2018年の『Malibu Nights』、2020年の『Mama’s Boy』、2021年の『gg bb xx』、『A Beautiful Blur』――を発表し、その合間には毎回ツアーを行なってノンストップで走り続けたふたりにとって、この事故がもたらした思いがけないオフの時間は自分たちの立ち位置を確認する機会を提供。

特に、自宅でじっとして過ごすしかなかったポールは、読書をしたり思索に耽ったりしながら、自分の生き方について、人生の意義について、じっくり考えることができたという。

「生き延びたことに僕は感謝の気持ちで一杯だけど、あの日、自分の中の一部分が無くなってくれたんじゃないかと期待してもいるんだ。僕は自分の中の不要な部分にすがりついていたから。憤りだったり、許しの気持ちが欠けているところだったり。僕はひどく辛辣で冷淡な人間になりつつあった――思いやりがない人間にね」

 

アルバムの内容

このような気付きを受けて、療養期間に早速本作に向けて曲作りに着手した彼は、硬化してしまったネガティヴな部分を自分の中から取り除いて、ソフトな部分を引き出すようにして、非常に内省的な曲を綴っている。そういう意味で今回のリリシストとしてのポールのアプローチを最も分かりやすく物語っているのが、自分の生き方を再検証する「Act My Age」だろうか。

元を正せば南部オクラホマ州の保守的な環境で育った彼は、そこに留まっていたら家庭を持って普通の生活を送っていただろう自分がミュージシャンとして自由気ままに生きていることを踏まえて、“年齢相応”とは何を指すのか?この生き方を選んだことで失ったことはあるのか?今のままでいいのか?と自問する。

LANY – Act My Age (Official Lyric Video)

また従来以上に献身的なラヴソングが多いことも本作の特徴であり、ただ甘いだけではなく、随所でさりげなく事故に触れたり、死生観を映す伏線を忍ばせている。ラヴソングならではの身近なボキャブラリーを介してより大きな問いかけをしている――と、言い換えることも可能なのかもしれない。冒頭の表題曲然り、「Sound of Rain」然り、宗教的な陶酔感を湛えた「Know You Naked」然り、永遠の愛を誓う「Last Forever」然り……。

【和訳】LANY – Know You Naked / レイニー

全編を通じてトーンは謙虚で、ジェントルで、感謝の気持ちにあふれ、今自分が手にしている大切なものを何としても守らなければという強い使命感を帯び、アルバムジャケットに込めた意味がだんだんクリアになってくる。

前作の「Congrats」や『gg bb xx』の「never mind, let’s break up」ほか、過去の作品にたびたび見られた棘や毒を含む曲も見当たらず、唯一別れの歌と推察される「Good Parts」でさえ、相手を突き放すのではなく美しい思い出を大事にしたいと訴えており、ここでも今までの自分との決別を試みていると言えよう。

LANY – Good Parts (Official Lyric Video)

同様の傾向は歌詞だけでなく、サウンドからも感じられる。セルフ・プロデュースのファーストを経て、これまでマイク・クロッシー、タイラー・ジョンソン、アンドリュー・ゴールドスタインなどなど英米の実力派プロデューサーたちとコラボしてきた彼らは、今回初めてトミー・キングを起用。ロサンゼルス出身、かつては鍵盤奏者としてサンダー・キャットやカマシ・ワシントンを支え、ハイムやヴァンパイア・ウィークエンドの作品で活躍するソングライター兼プロデューサーだ。

LANYのデフォルトと言えばご存知の通り、メロウでクリーンでどちらかというとひんやりとした感触のメロディックなエレクトロ・ポップであり、例えば『Mama’s Boy』ではアメリカーナ、『gg bb xx』ではダンス・ミュージックの要素をそこにプラスするなどして表現の幅を広げてきたのだが、『Soft』では前作に通ずる生楽器の存在感を随所で維持しつつ、エレクトロなデフォルトに回帰。

多くの曲でR&Bやソフトロックのスタイルにも接近し、とろりとしたサックスやエレピを効果的に用いることで柔らかさが醸され、敢えてハードなエッジ――ドラムンベース(「Why」)やUKガレージ(「Destiny」)の跳ねるビート、ヴォコーダーで加工した声、ひっかき傷のような歪んだ音、ざらついた音――を合間に織り込むことで、その柔らかさがさらにいっそう強調されている。

「世界が突きつける試練は人間を簡単に硬化させてしまう。一番難しいのがそれに抗うこと――つまりソフトであり続けること」なのだとポールは本作に寄せて語るが、2025年ヴァージョンのLANYは殻を破ってソフトな自分たちを前面に押し出し、同時に、ソフトであり続けるために必要な逞しさや大らかさを身に付けるに至ったようだ。

LANY – Destiny (Official Lyric Video)

Written By 新谷洋子


LANY『Soft』
2025年10月10日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music




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