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『ルイス・キャパルディ: 今、僕が思うこと』が映し出す脆さを隠すための鎧と絶望の果てに出来た新作

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Lewis Capaldi - Photo: Gus Stewart/Redferns

2019年5月17日に発売したデビュー・アルバム『Divinely Uninspired to a Hellish Extent』がUKチャートで大成功を記録し、2019年と2020年の2年連続で全英年間アルバム・チャート1位を獲得したスコットランド出身のシンガーソングライター、ルイス・キャパルディ(Lewis Capaldi)。

そんな彼が、4年ぶりとなるセカンド・アルバム『Broken By Desire To Be Heavenly Sent』を2023年5月19日に発売する。このアルバムに先駆けて、彼のドキュメンタリー映画『ルイス・キャパルディ:今、僕が思うこと』(原題:How I’m Feeling Now)がNetflixで公開され、UKでは公開直後からNetflixの映画ランキングで連日1位を記録している。

そんな話題のドキュメンタリーについて、音楽ライナーの新谷洋子さんにレビューいただきました。

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Lewis Capaldi: How I'm Feeling Now | Official Trailer | Netflix

 

大ヒット中のドキュメンタリー

「彼のデビュー・アルバムのセールスは1千万枚を超え、100万枚以上のコンサート・チケットを売って、わずか数年のうちにパブからクラブ、アリーナ、そして大型フェスティバルへと活動の場を広げ、その間自分らしさを頑なに維持し続けてきました」

冒頭で、BBCラジオの6 Musicなどでお馴染みのプレゼンター、マット・エヴェリットの声がこんな風に総括する、華々しいブレイクを果たしてから4年。ようやく完成させたセカンド・アルバム『Broken By Desire To Be Heavenly Sent』のリリースを前に、ルイス・キャパルディの初のドキュメンタリー・フィルム『ルイス・キャパルディ: 今、僕が思うこと』がNetflixで公開され、大ヒットを博している。

監督はジョー・パールマン。陸上競技の元スター選手モハメド・ファラーを題材にした『Mo Farah: No Easy Mile』(2016年)やマンチェスター・ユナイテッドの伝説的監督マット・バスビーの伝記作品『Busby』(2019年)を手掛け、ブロス(Bros)の再結成劇を描く傑作『After The Screaming Stops』(2018年)で英国アカデミー賞テレビ部門の最優秀プログラム賞及び監督賞候補に挙がった、英国人のドキュメンタリー作家だ。

ミュージシャンのドキュメンタリーと言えば、華やかなサクセス・ストーリーの向こう側にあるリアリティ――つまり、スターの素顔に迫って表と裏を対比させるというのがひとつの主要な定型であり、本作も大まかにはそのカテゴリーに属する。ただ、ルイスの場合はご存知の通り、“ワン・イン・ア・ミリオン”の歌声のパワーもさることながら、自分の容姿などをネタにした自虐ユーモアをこれでもかと振りまく、コメディアン的キャラが浸透しており、“表”の印象が極めて明るい。歌がめっぽう巧い愉快なヤツ”というか。

『After The Screaming Stops』でも、一世を風靡した兄弟アイドル・グループの転落と再起の過程を赤裸々に描き出したパールマン監督は、そんな“表”の彼と、今まで我々が知らなかった“裏”の彼をヴィヴィッドに対比させながら、もっぱら後者を丁寧に掘り下げており、少なからぬ衝撃を用意している。

 

想定外だったドキュメンタリーの制作

もっとも、こうまでヘヴィな作品に仕上がったのは、ルイスにとっても監督にとっても想定外だったのではないかと思う。本作の概要が最初に報じられたのは2021年6月だったが、企画そのものは2019年から進んでいたそうで、当初はキャリア最大規模のツアーとセカンド・アルバムのメイキングで構成されるはずだった。つまり、大ブレイクのセレブレーションという趣が強い作品を思い描いていたのだろう。

思えば彼は2020年1月にソールドアウトの来日公演を東京で行ない、その後ヨーロッパと英国で、デビュー・アルバム『Divinely Uninspired To A Hellish Extent』(2019年)の発表前に売り切れていたというアリーナ・ツアーをスタート。2月のブリット賞では最優秀新人賞と最優秀楽曲賞(「Someone You Loved」)に輝き、3月半ばにはロンドンのウェンブリー・アリーナの大舞台に立つ。キャリアは順風満帆だった。

Lewis Capaldi – Someone You Loved (Live From The BRIT Awards, London 2020)

しかしそこにパンデミックが起きる。

ツアーの全日程を終えることは叶わず、監督のカメラは帰郷するルイスに寄り添って、スコットランドのウィットバーンへ――。そして、グラマラスなショウビズの世界と、人口12,000人の小さな町でのスローな生活のギャップに戸惑いつつ、実家で両親に見守られながら、セカンド・アルバムに向けて曲作りに着手する彼の姿を追いかけるのである。

そう、本作のひとつの軸として浮かび上がるのは、ミュージシャンを志すルイスを幼い頃から支えてきた、父マークと母キャロルとの関係だ。末っ子で、デビュー後も実家で暮らしていたせいか親子は仲睦まじく、彼が地に足をしっかりつけて「ずっと自分らしさを頑なに維持」できている理由が窺える。

 

“2枚目”へのプレッシャー

ところが肝心の新曲作りは早々と暗礁に乗り上げ、ルイスはかなり重症の“セカンドのプレッシャー”に直面。時にコンピューターの画面越しに、時にひざを突き合わせて、複数のソングライターたちとアイデアを交換しながら曲を形作っていくプロセスは非常に興味深いのだが、出来に納得できず、いわゆるインポスター症候群(注:何らかの成功を収めたにもかかわらず、自分が過大に評価されていて、周囲を欺いているような罪悪感を抱く心理状態)に苦しむ彼。エルトン・ジョンからの励ましの言葉も、LAで行なった売れっ子たち(オリヴィア・ロドリゴとのコラボで知られるダン・ニグロとエイミー・アレン)とのセッションもスランプの打破にはつながらず、何曲書いても決定的なシングルが生まれないまま、すっかり自信を失っていく。

両親とのやり取りがここでも印象的で、まさに自身が患うインポスター症候群を恋愛の文脈に落とし込んだ曲「The Pretender」をルイスがふたりに聞かせると、父は「イマイチ」、母は「もっといい曲が書けるはず」と忌憚ない感想を口にする(この曲は最終的にはアルバムに収録されている)。「重要なのは、“これって本当のルイスなのか?”ってことじゃない?」という母の指摘も真理を突いているが、そんな家族ならではの愛の鞭に対し、ヒットしなければ話にならないというビジネス面からの厳しい意見を述べるマネージャーとの会話は、グローバルなスーパースターの肩にのしかかる荷の重さを物語るものだ。

 

パニック発作と痙攣の悪化、そして休養

ほかにも、大好きなライヴができないパンデミックという特殊な状況、思い出が詰まった実家からの引っ越し、様々な要因が積み重なり、だんだん笑いの分量は減っていく。やがて、限界にまで高まった不安とプレッシャーが心気症やパニック発作を引き起こし、持病の痙攣が悪化。怖気付いた子どもみたいな表情を浮かべながら、激しい体の震えを止めることができずにいるルイスの姿は、辛くて、痛々しくて、観ていられない。もはやそこに“歌がめっぽう巧い愉快なヤツ”の面影はなく、コメディアン的なキャラは彼にとって、内面の脆さを守り、押し隠すための鎧だったのではないかと感じずにはいられなくなる。

結局ルイスはアルバム制作を中断し、4カ月間休養に専念。監督も彼をそっとしておいたのだろう、この間に起きたことはフィルムでは一切触れていないが、ここにきて痙攣の原因はトゥレット症候群にあることが判明し(昨年9月に彼はインスタグラム・ライヴでファンにこの件を報告している)、専門的な治療を受けて、心と身体の双方のケアをしながら作業を再開すると、ようやくカムバック・シングルとなる「Forget Me」が誕生する。

休養前と休養後の違いは一目瞭然で、一気に勢い付いたルイスは昨秋その「Forget Me」をUKチャートの1位に送り込み、見事にトップに返り咲いたところで、本作はフィナーレを迎えるのだ。

【和訳】 ルイス・キャパルディ – フォーゲット・ミー / Lewis Capaldi – Forget Me

エンドロールを彩るのは、フィルムとタイトルを共有する「How I’m Feeling Now」。アルバムの収録曲の中でも最後に書き上げたというこの曲で、ルイスは珍しく、人間関係ではなく自身のメンタルヘルスを題材に選び、“正直に言おう、僕はどうしようもなく混乱している、でもきっとそこに辿り着く”というドン底からの叫びを刻みつけた。この言葉通り、彼は危機を乗り越えたのである。

Lewis Capaldi – How I'm Feeling Now (Official)

今年に入ってからも、エド・シーランと共作した「Pointless」と「Wish You The Best」の2曲のシングルが、相次いで全英1位を獲得。これでナンバーワン・シングルの数は5つになった。まだ1枚しかアルバムを発表していなアーティストとしては、驚異的な記録である。

【和訳】 ルイス・キャパルディ – ポイントレス / Lewis Capaldi – Pointless

そしてメディアでは何もなかったかのようにまた爆笑トークを炸裂させ、2月のブリット賞のレッド・カーペットで『NME』誌の記者にニュー・アルバムについて訊ねられた際には、「完全なるゴミですね。わざわざ聴く必要はないし、俺自身もすでに飽き飽きしています」と真顔で答えていたルイス。

現実には、苦しみと絶望の果てに生まれた「Haven’t You Ever Been In Love Before?」に彼が格別の思い入れを抱いていることは本作が一切合切バラしているわけで、とてもじゃないが軽々しくは聴けない。リリースされた暁には、その重みをしっかり受け止めたいと思う。

Written By 新谷 洋子



ルイス・キャパルディ『Broken By Desire To Be Heavenly Sent』
2023年5月19日発売
CD&LPiTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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