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オノ・ヨーコ86歳の誕生日:世界に平和と相互理解を広めた‘世界で最も有名な無名アーティスト’

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アートに関するオノ・ヨーコの好奇心は今も実に旺盛だ。それを思うと俄かには信じられないことだが、彼女は2019年2月18日で86歳になった。1933年2月18日に東京で生まれたこの日本人アーティストは、有力な文化人としての品格と反発力を保ちながら、ほぼ半世紀に渡って立派な活動を繰り広げてきた。

オノ・ヨーコがジョン・レノンと出会ったとき、ジョン・レノンはおそらく世界で最も有名だった四人組の一員だった。彼が亡くなってから今までの数十年間、彼女はジョン・レノンの名前を自分の心の中に留めるだけでなく、世界中の人たちと分かち合ってきた。2016年、オノ・ヨーコは自分の誕生日の前日にロンドンでNMEアワードのインスピレーション賞を受賞した。プレゼンターを担当したのは、ソニック・ユースのサーストン・ムーアだった。

オノ・ヨーコはまた、従来のポップ・ミュージックの枠内では収まらないかたちでの自己表現をジョン・レノンに勧めた女性でもあった。ザ・ビートルズ(と1960年代)が終わりを迎えつつあったころ、彼女は次第に目立つ存在になっていった。そしてジョン・レノンの対等のパートナーとして、騒然とした世界に平和と相互理解を広めるための活動を精力的に続けた。

ONO/Tenaglia – Walking On Thin Ice (Maestro Version) 2016

ONO/Tenaglia - Walking On Thin Ice (Maestro Version) 2016

 

都合良く見過ごされがちなことだが、世界が失ったのがヒーローだったのに対し、オノ・ヨーコが失ったのは心の友でもあるパートナーだった。ふたりの関係は1970年代には紆余曲折があったものの、そこから立ち直るのに十分なくらい強かった。その結びつきは、最後の数年間はかつてないほど強固なものになっていた。それゆえジョン・レノンがオノ・ヨーコとの愛について歌った一部の曲(告白調の「Woman」や、やるせない「Grow Old With Me」)は、今も聴く者の胸をかき乱す作品となっている。

そして今に至るまで、オノ・ヨーコは、ある意味、かつてジョン・レノンが言っていたように‘世界で最も有名な無名アーティスト’のまま。世界的に名前は知れ渡っているけれど、本人の功績は必ずしも認められているわけではない。しかし、さまざまな平和活動に献身的に参加する姿、さらには毎年ジョン・レノンの命日や彼の誕生日に寄せて発表される彼女のメッセージを見れば、その偉大さがよくわかるはずだ。

Yoko Ono Interview on The Jonathan Ross Show 11 May 2013

Yoko Ono Interview on The Jonathan Ross Show 11 May 2013

 

2013年、有名なメルトダウン・フェスティヴァルがロンドンのサウス・バンクで行われたが、そのときオノ・ヨーコはキュレーターに選任されていた。そうした最近の動きからすると、彼女は受けてしかるべき称讃をじきに受けることになるのかもしれない。誕生日おめでとうございます!

Written by Paul Sexton


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