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フレディ・マーキュリーに影響を与えた偉人たち:ボウイやエルトン、プレスリーからアレサ、ジミヘンまで

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ことカルチャーにかけては、フレディ・マーキュリーはまるでスポンジのように、私たちが考え得るありとあらゆるものからアイデアを吸い上げた。ジャンルの壁をものともしない彼の音楽同様、クイーンのフロントマンは芸術的な表現の流儀を分け隔てする必要性など一切感じていなかった。かくしてフレディ・マーキュリーが受けた影響は、他のロック・シンガーからオペラ界のスター、映画界の大物たち、更にその間に位置する数え切れない人々までに及んだ。その全てが積み重なり、フレディ・マーキュリーという唯一無二の音楽的レジェンドを形成されていったのだ。


エルヴィス・プレスリー

フレディ・マーキュリーが初めてエルヴィス・プレスリーを耳にしたのはインド・ボンベイ近郊の寄宿学校で生活していた1950年代で、以来、彼は生涯を通じてこのシンガーのファンであり続けた。「子供の頃、僕は合唱団に入っていて、ただただ歌うことが好きでした。そして、エルヴィス・プレスリーの曲を真似して歌っていたある日突然、僕にも曲が書けて、自分の音楽を作ることができるんだということに気がついたんです。いわゆる天賦の才と言われるものでしょうか」と、フレディ・マーキュリーは、彼の発言をまとめた書籍『Freddie Mercury: A Life, In His Own Words』の中で語っている。

1979年、フレディ・マーキュリーがクイーンのために書いたプレスリーへのトリビュート・ソング「Crazy Little Thing Called Love(愛と言う名の欲望)」は、全米でNo.1を獲得した。ギタリストのブライアン・メイはこう語る「あの曲はフレディからエルヴィスへの賛辞なんです。フレディはエルヴィスが大好きでしたから」。

フレディ・マーキュリーはこの曲での自らのヴォーカルについて、エルヴィスの歌声に似ていると発言している。

「あの曲での僕の声はちょっとエルヴィス・プレスリーに似ていますよね。勿論無理してそういう風にしたわけではなく、純粋に偶然の産物でした。あの曲の歌メロはずっと低めなので、そのまま歌えば即エルヴィスっぽくなるんです。曲自体が50年代のテイストを持っているから尚更です。僕のガールフレンドが最初にあの曲を聴いた時、カヴァー曲だと思ったというのも無理もないんですが、無論それは真実ではありません。あれは僕が書きました。お風呂に入ってる最中にね」

Queen – Crazy Little Thing Called Love (Official Video)

 

デヴィッド・ボウイ

フレディはデヴィッド・ポウイを心底敬愛していた。そしてこの宇宙人のような英国人シンガーソングライターとエルヴィス・プレスリーとの間にある共通点を見出していた。

「人々はショウビズっぽいフィーリングを、胸が躍らされるものを求めてるんです。どうしてデヴィッド・ボウイやエルヴィス・プレスリーがあそこまで成功したと思いますか? 彼らがオーディエンスの朝食にシャンパンを振る舞ったから? いいえ、彼らこそが人々が求めてたそのものだったからです」

1980年、フレディ・マーキュリーはボウイがブロードウェイで演じた舞台版『エレファント・マン』を鑑賞し、その傑出した才能を誉め讃えた。それから1年も経たないうちに、彼らは「Under Pressure」でコラボレーションすることになる。レコーディングが行なわれたのは1981年6月のことだった。フレディは当時の思い出をこう語っていた。

「デヴィッド・ボウイと一緒に仕事をできるのはこの上なく光栄でした。‘Under Pressure’は全くの偶然から生まれた曲です。デヴィッドがある日、当時モントルーに所有していたレコーディング・スタジオで作業中だった僕たちを訪ねて来て、遊び半分に一緒に演奏しはじめたんです。とても自然に、でもあっという間にこの曲が完成しました。違うタイプのアーティスト同士が、タイミング良く出会って、お互いの相性さえ良ければ、それ以上重要なことはないんです。僕ら2人共、結果には大満足でした」

Queen – Under Pressure (Official Video)

 

ライザ・ミネリ

フレディは、1930年代のベルリンを舞台に、ライザ・ミネリが若きアメリカ人女性サリー・ボウルズを演じた1972年の映画『キャバレー』の大ファン だった。また、破天荒な女優兼シンガーのメイ・ウェストの大ファンでもあったフレディ・マーキュリーいわく、「僕はキャバレーっぽいものが好きなんです。実のところ、僕が物心ついてから最初にインスパイアされたもののひとつが“キャバレー”でした。ライザ・ミネリは文句なしに大好きで。何もかもが素晴らしい。彼女の歌の表現の仕方といったら、まさにエネルギーの塊なんです」

フレディ曰く、バンドとしてのクイーンには「レッド・ツェッペリンよりもライザ・ミネリの方が共通点が多いと思います。僕らはロックン・ロールの伝統よりもショウビズの伝統により則っていますから」。

そして彼はライザ・ミネリには圧倒的な存在感があると語っていた。

「ステージに出た時、お客さんに魔法をかけられるか否か、それは努力して何とかなるものではありません。ライザ・ミネリの場合は何もしなくても強烈な才能がにじみ出ているんです。彼女のエネルギーとスタミナはステージの上から伝わってくるし、それを観客に届けることで良い影響を及ぼしてる。彼女から学ぶことは沢山あります」

CABARET ('72): "Maybe This Time"

 

ジョン・レノン

1980年12月9日、クイーンはロンドンで行ったコンサートで、その前日にニューヨークで殺されたジョン・レノンへのトリビュートとして「Imagine」を歌った。フレディ・マーキュリーはザ・ビートルズのシンガーでありソングライターだった彼の大ファンだったのだ。

「ジョン・レノンは本当に偉大な、文字通りの天才です。ザ・ビートルズのごく初期の段階から、僕はずっとジョン・レノン作品が好きでした。理由はわかりませんが。彼にはとにかく特別な魔法があったんです。正直なところ、僕は自分とジョン・レノンを並べて考えることなんてできやしません、僕の知る限りにおいて彼は最も偉大な人物ですから。才能が及ぶ及ばないなんて言う次元の問題ではなく、世の中には、あることにおいて誰よりも優れた人間が存在するもので、僕にはジョン・レノンがやってたようなことをやれるだけの才覚は備わってないと思う、ってただそれだけのことなんです。おそらくあんな人は金輪際出て来ないでしょう。ジョン・レノンは唯一無二であり、不世出であって、それが世の定めですから。僕は彼のことを心の底から敬愛していて、それが全てです。ジョンが亡くなったって聞いた時、僕は本当にショックで言葉も出ませんでした」

Imagine – John Lennon & The Plastic Ono Band (w the Flux Fiddlers) (official music video HD long v)

 

エラ・フィッツジェラルド

スイスでの生活を楽しんでいたフレディ・マーキュリーは、1978年に、スタン・ゲッツカウント・ベイシーレイ・チャールズらが出演したモントルー・ジャズ・フェスティバルを訪れ、同年発表したクイーンのアルバムに『Jazz』というタイトルまで付けた(ただしこのアルバムにジャズのトラックは1曲も収録されていない)。

そんなフレディはエラ・フィッツジェラルドの歌声を愛聴していた。「だから‘Living On My Own’ [1985年]ではスキャットを披露しているんです。エラ・フィッツジェラルドがずっと昔に演っていたような感じでね。今の流行ではありませんが」と彼は語っていた。

Freddie Mercury – Living On My Own (Official Video Remastered)

 

アレサ・フランクリン

クイーン・オブ・ソウルの異名で知られるアレサ・フランクリンも、フレディ・マーキュリーに多大な影響を及ぼした人物のひとりである。

「僕は歌手の中で誰よりもアレサ・フランクリンが好きなんです。彼女は間違いなく史上最高の声の持ち主のひとりで、彼女の歌はまるで夢のようです。彼女の半分でも上手く歌えたらいいのにと思います。彼女は極自然に、ありったけの情感を歌に込めることができるんです。彼女が歌う歌詞のひとつひとつが、深い意味と豊かな表現に溢れていて、永遠に聴いていられます。アレサはずっと僕の世界の一部なんです。‘Natural Woman’は永遠のお気に入りの1曲ですが、彼女の作品はどれも好きです。アルバムで特に気に入ってるのは『Amazing Grace』。ちょっとゴスペルっぽいアルバムなんですが、折に触れ聴いてはもの凄く沢山の刺激をもらっています。いつかアレサには‘Somebody To Love’を歌ってもらいたいです」

Aretha Franklin – Natural Woman

 

ジョニ・ミッチェル

70年代当時のスターたちの中で、フレディ・マーキュリーに影響を及ぼしたのが、カナダ出身のシンガーソングライターのジョニ・ミッチェルだった。

「僕はジョニ・ミッチェルの歌をいたく気に入っています。彼女の歌い回しには折々畏怖の念を感じ、彼女の書く曲の素晴らしさにも度肝を抜かれてばかりなんです」

Joni Mitchell – Big Yellow Taxi (Painting With Words And Music)

 

ティアーズ・フォー・フィアーズ

クイーンのフロントマンであるフレディ・マーキュリーは、とりわけ自身の音楽プロジェクトに携わっている時期は、新しいレコードはほとんど買わないと語っていた。しかし、例外的に幾つかの80年代のバンドに関しては、名前を出して称賛しており、その筆頭格が1981年にローランド・オーザバルとカート・スミスによりバースで結成された英国のポップ・バンド、ティアーズ・フォー・フィアーズだった。

「僕がティアーズ・フォー・フィアーズを好きなのは、彼らの書く音楽に凄く共感できるからなんです。リズム志向でありつつ、同時に凄くアグレッシヴな面もあります。フロー&エディは純粋にすごく面白くて、好きです。ザ・ヒューマン・リーグは現在の音楽シーンで屈指の優れたバンドですし、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド やパンダー・バレエも素晴らしいバンドです」

Tears For Fears – Shout

 

ボーイ・ジョージ

80年代半ば、フレディ・マーキュリーはボーイ・ジョージとよくつるんでおり、1985年にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行なわれたファッション・エイド・チャリティ・ショウでは2人揃って写真に写っている。ボーイ・ジョージは彼らの友情を良き思い出として語っていた。フレディ・マーキュリーはカルチャー・クラブのシンガーであるボーイ・ジョージの音楽のファンだった。

「ボーイ・ジョージはビジュアル的にすごくかっこいいんですが、どれだけイカしたイメージを持っていても、どんな素晴らしいビデオを作っていても、もし彼の書く曲が良くなければ、あんなに売れることはなかったはずです。彼自身もずっと言ってることですが、たとえ頭にティーポットを被ってたって、売れるものは売れる。ボーイ・ジョージは素晴らしい才能の持ち主です。僕は彼のことが大好きで、僕らはとても良い友達になりました。彼は、個人の性的嗜好に対する社会の耐性を高めることに多大な貢献を果たした実に勇敢な青年です。ボーイ・ジョージは最新のグラム・ロックのムーヴメントをつくり出しだとも言えますが、それを個人で、彼なりのやり方で成し遂げました。彼にはそのために必要不可欠な、持久力も備わっていたんです」

Culture Club – Do You Really Want To Hurt Me (Official Video)

 

エルトン・ジョン

エルトン・ジョンとフレディ・マーキュリーはとても親しく、ウィットに富んだ友情を育んでおり、互いにシャロンとメリーナというあだ名で呼び合うような仲だった。エルトン・ジョンによれば、フレディが1991年11月にエイズで亡くなった後、彼の自宅に小包が届き、開けてみると中には彼が昔から好きだったヘンリー・スコット・テュークの絵が入っていたと言う。プレゼントに添えられたカードには、「親愛なるシャロン、これならきっとお気に召すんじゃないかと思って。愛をこめて、メリーナ。楽しいクリスマスを」と書かれてあった。

フレディ・マーキュリーはエルトン・ジョンへの敬意を公の場でもこう語っていた。

「エルトンは愛すべき友人です。彼のことはこの命ある限り愛して止まないし、最高にイカしてると思っています。僕にとって彼は、例えて言うなら、ハリウッド最後の大物女優のひとりのような存在です。彼はずっとロックン・ロールの先駆者であり続けている。初めて会った時から彼は最高でした。とにかくすぐに仲良くなった。彼は‘Killer Queen’を褒めてくれてね、それを口にした人は皆、僕のホワイトリストに載るんです。僕のブラックリストの方はもうパンパンで、縫い目がほつれかけていますけどね」

Queen, Elton John & Axl Rose – Bohemian Rhapsody (Freddie Mercury Tribute Concert)

 

モンセラート・カバリェ

フレディ・マーキュリーはオペラ界を代表するソプラノ歌手、モンセラート・カバリェの大ファンで、1988年にはアルバム『Barcelona』でコラボレーションを果たしている。

「僕にとって、レジェンドっていうのはモンセラート・カバリェみたいな人のことです。彼女こそがレジェンドで、それに比べたら僕なんてただの気取り屋ですね」と、彼は冗談混じりに語っていた。

Freddie Mercury & Montserrat Caballé – Barcelona (Original David Mallet Video 1987 Remastered)

 

ルチアーノ・パヴァロッティ

フレディは、イタリア人テノール・オペラ歌手であるルチアーノ・パヴァロッティのファンでもあり、彼のレコードを聴くことを習慣にしていた。彼はロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで、ヴェルディの『Un Ballo In Maschera』で歌うパヴァロッティに観て圧倒された、と友人たちに語っていた。フレディーのステージ・ショウ『Time』に出演したドラマーのデイヴ・クラークは、フレディ・マーキュリーのオペラに対する情熱は、ある意味、ロック・ミュージックに対する画期的なアプローチにつながるものだったと証言している。

「フレディはいつも音楽に対していつも情熱を燃やしていました。彼はソプラノ・オペラ歌手のモンセラット・キャバリエのビデオをよく見せてくれたんですが、あれは素晴らしかった。僕は、フレディの先進的な発想が好きでした。彼は“Bohemian Rhapsody”を生み、更に1988年には、『Barcelona』でロックン・ロールにオペラを導入するという冒険に出た。パヴァロッティが‘Nessun Dorma’を演ったのはその後でしたから。フレディこそがイノベーターだったんです」

Queen + Luciano Pavarotti – Too Much Love Will Kill You

 

ロバート・プラント

フレディ・マーキュリーは自分さえ気に入れば、同時代の他のバンドへの称賛を惜しまず、中でもロバート・プラントに対しては、手放しで誉めちぎっていた。

「レッド・ツェッペリンはまさしく最も偉大と呼ぶに相応しく、ロック・バンドとしてあれだけの成功を手にしたのも当然のことです。ロバート・プラントは僕らの時代における最もオリジナルなヴォーカリストのひとりで、彼は僕にとって永遠にお気に入りのシンガーです。僕についても彼は色々良いこと言ってくれてるみたいですしね」

Queen & Robert Plant – Crazy Little Thing Called Love (Freddie Mercury Tribute Concert)

 

ジミ・ヘンドリックス

60年代末、フレディ・マーキュリーがまだイーリング・アート・カレッジに通う学生で、ミュージシャンとして大いなる野心を抱えていたファルーク・バルサラだった頃、彼は寝室の鏡に自らのアイドル、ジミ・ヘンドリックスの写真を飾っていた。1970年9月18日、ロンドンにおいて27歳の若さでこの世を去った偉大なるシンガー兼ギタリストを、彼はいつも絶賛していた。

「ジミ・ヘンドリックスはとにかく美しい人で、卓越したショウマンであり、ひたむきな情熱を持ったミュージシャンでした。僕は彼が演奏すると聞けば、国中どこへでも足を延ばしました。だって彼はロック・スターが持つべきものを全て持っていましたから。独自のスタイルと圧倒的な存在感をね。彼は何ひとつ無理強いする必要はありませんでした。ただふらりと姿を現すだけで、あっと言う間に会場は火の海になるんです。彼は全てにおいて、僕がなりたいと願うものそのままでした。ジミ・ヘンドリックスはとても重要な存在であり、僕にとってのアイドルなんです。あのステージでの佇まいに、ロック・スターの何たるかが凝縮されていました。彼を誰かと比べるなんて到底できませんし、彼の代わりになれる人間なんてどこにもいないのです」

The Jimi Hendrix Experience – Foxey Lady (Miami Pop 1968)

 

Written By Martin Chilton



フレディ・マーキュリーの全キャリアを網羅したボックス・セット


『ネヴァー・ボーリング – フレディ・マーキュリー・コレクション』
3SHM-CD+ブルーレイ+DVD

『ネヴァー・ボーリング – ベスト・オブ・フレディ・マーキュリー』CD
『MR. バッド・ガイ(スペシャル・エディション)』CD
『バルセロナ (オーケストラ・ヴァージョン)』CD
https://www.youtube.com/watch?v=tcCC5TC3eFQ

 


クイーン『Ballet For Life』
日本盤 2020年1月15日発売
Blu-ray / DVD
[収録内容]
●ドキュメンタリー(2017年/約58分)
●バレエ(1997年/約90分)
●メイキング・オブ(1997年/約23分)
※日本語字幕付き


“日本のファン投票によって選曲されたベスト盤”
クイーン『グレイテスト・ヒッツ・イン・ジャパン』

2020年1月15日発売
SHM-CD+DVD / SHM-CD
配信まとめリンク
https://umj.lnk.to/queen_best


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