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007音楽史を彩った忘れがたい楽曲たち:主題歌だけではない、挿入歌や関連曲たち

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ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第22回。今回は007シリーズの主題歌や挿入歌、そしてそれ以外の関連楽曲について。

*コラムの過去回はこちら

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007シリーズの魅力の一つに、音楽がある。

わたしをその音楽世界に目覚めさせたのは、日本独自編集と思しきLP『All About 007』(同題のものが複数存在したようだ)。ボンド・ファンのわたし(小学生)のために母が買ってくれた、「007サウンドトラック・ベスト選」みたいなコンピレーションである。もっとも、有名シンガーが歌った有名主題歌は——権利の関係なのか——かなりの確率で入っていない!という、いま思えば偏った選曲ではあった。

しかし、その偏りがわたしの潜在的な嗜好に合致したのだろうか。それら、007の主題歌・挿入歌のおかげで、わたしは黒人音楽とその親戚たちを広く浅く愛聴するようになったのだ。

ここでは、007音楽史を彩った忘れがたい曲たちをいくつか紹介したい。ごくごく私的なチョイスだし、そのLPで知ったものが中心ゆえに、60年代から80年代までのものに限られてしまうが。

 

Kingston Calypso (1962) / 『ドクター・ノオ』挿入歌

そもそも007の原作者イアン・フレミングが執筆活動に励んだのは——イングランドではなく——ジャマイカの別荘「ゴールデンアイ」においてだし、映画第1作『ドクター・ノオ』の舞台もジャマイカ。その映画化にあたってロケハンを担当したのは別荘の大家の息子でジャマイカ育ちのユダヤ系イングランド人青年クリス・ブラックウェルであり、彼はロケハンで得た資金を投入して自分の弱小レーベル「アイランド・レコーズ」を大きくし、やがてレゲエを世界に広めることになる。後年、その別荘をボブ・マーリーが買うという展開まであり、つまりジャマイカ音楽と007は不思議な縁で結ばれているのだ。

シリーズ第1作『ドクター・ノオ』の挿入曲に注目したい。映画の冒頭、暗殺者トリオ”The Three Blind Mice”が登場するシーンで流れる、通称「Kingston Calypso」という曲である。軽快でパーカッシヴなトラックに合わせ、マザーグースの一編「The Three Blind Mice」のリリックを改変して歌うもの。いわばジャマイカ版「クックロビン音頭」、パタリロ殿下もビックリだ。

Kingston Calypso (Remastered 2003)

演奏は、劇中の別場面に出演もしているバイロン・リー&ザ・ドラゴネアーズ(Byron Lee and the Dragonaires)。リーダーのバイロン”ザ・ドラゴン”リーは、ジャマイカに初めてエレクトリック・ベースを導入し、アトランティック・レコーズの現地重役を務め、レコーディング・スタジオ等も展開した偉大なミュージシャンにしてプロデューサーだ。エレキベース導入の理由は音色ではなく「持ち運びに便利」という実利的なものでしびれるが、なぜ”ザ・ドラゴン”なのか? 同姓のBruceがドラゴンと呼ばれるのと同じで、バイロンは中国系の「李」さんなのである。

この曲に惹かれた子ども時代のわたしが知らなかったこと。それは、バイロン・リーのみならず、レスリー・コンやマイキー”マオ”チャン、VPレコーズのチン・ファミリー(そしてのちにはショーン・ポール)といった中国系のプロデューサーやミュージシャンがジャマイカの音楽業界に多大な貢献をしてきたという事実だ。さらには、香港&広東省とジャマイカ、カナダとインドを結びつけてしまった大英帝国パワー。そんなことを研究(?)するようになったのは、ずいぶんと大人になってからだが。

なお、件の暗殺者トリオ”The Three Blind Mice”も「中国系のジャマイカ黒人」と設定されている!という説まである。これについては、さらなる研究を待ちたい。

Dr. No & The Three Blind Mice

 

We Have All The Time In The World (1969) / 『女王陛下の007』主題歌

1964年の『ゴールドフィンガー』でショーン・コネリー演じるボンドは言った。「ビートルズを聴くときは耳栓をすべし」と。

このセリフが象徴するように、007シリーズが音楽に関して保守的な姿勢を見せることもしばしばある。実際、マット・モンローが歌った「From Russia with Love」やトム・ジョーンズ御大がメキメキと絶唱する「Thunderball」あたりは、60年代産にしても古めかしく聞こえるのだ。決して若者ではないスパイを主人公にしている以上、音楽的立ち位置がなかなか難しい、ということである。

しかし!生きているうちにレジェンドとなった別格の存在が歌えば、そういった障害を全て軽々と飛び越えてしまう。その人がサッチモことルイ・アームストロングであり、その曲が「We Have All The Time In The World」だった。1969年作『女王陛下の007』は、史上唯一の「一作だけボンド」のジョージ・レーゼンビーが主演、ボンドの生涯でたった一度だけの結婚も描かれる例外的かつ番外的で評価に悩む作品だが、サッチモが歌うこの曲のタイムレスな存在感は揺るがないのだ。

Louis Armstrong – We Have All The Time In The World

なお、この『女王陛下の007』でヒロインのテレサ・ディ・ヴィセンゾを演じたのは『ゲーム・オブ・スローンズ』のオレナ・タイレルこと故ダイアナ・リグであることは忘れないようにしたい。

The Lovers – Bond & Tracy Montage – We have all the time in the World [James Bond Essentials]

 

Diamonds Are Forever (1971) /『ダイヤモンドは永遠に』主題歌

007シリーズの複数作品で主題歌を担当したシンガーは、この人しかいない。UKシングル・チャートを制覇した初めてのウェールズ人でもあるシャーリー・バッシーことDame Shirley Veronica Bassey, DBE。彼女は、「レッドドラゴンの国」ウェールズが誇るナイジェリア系シンガーであり、007の音楽の美しさを体現するソウルであり、UKが内包する多様性を象徴する存在でもある。

黄金に執着する変質犯罪王をテーマにした1964年の『ゴールドフィンガー』、ショーン・コネリーが復帰した1971年の『ダイヤモンドは永遠に』、ロジャー・ムーアが宇宙に進出してしまった1979年作『ムーンレイカー』の計3作で主題歌を歌い、さらに、紆余曲折を経て不採用の憂き目を見たが1965年の『サンダーボール作戦』の主題歌となるはずだった「Mr. Kiss-Kiss Bang-Bang」も歌った。

Mr Kiss Kiss Bang Bang (1992 Remaster)

そんなシャーリーの007曲たちの中でも最高なのは、クールでメランコリックなのに、ファンキーでソウルフルな「Diamonds Are Forever」である。キラキラとしたイントロから艶めかしくもミステリアスな歌い出し、大仰にならずに盛り上げる展開部(サビ?)。16ビートを刻むハイハットも、控えめなカッティングを聴かせるギターも、要所要所で目立つベースも素晴らしい。ソウルと映画音楽が溶け合った姿として理想的なのではないか。

映画自体はなんど見ても不可解(特に葬儀屋&コメディアンと騙し合うくだりは意味不明……でも好き)だが、コネリーにとって最後の本家007シリーズ出演となったことを惜しむ当方の心情と、砂ぼこりが舞うラスヴェガス&南アフリカの風景が妙にマッチ、この物憂げな曲調をさらに味わい深いものとしている。

Diamonds Are Forever • Theme Song • Shirley Bassey

 

Fillet of Soul-New Orleans / Live and Let Die / Fillet of Soul-Harlem (1973) / 『死ぬのは奴らだ』主題歌・挿入歌

エンタテインメントの王道を歩む超メジャーシリーズなのに、後輩の芸風を取り入れる。それはウルトラマンも007も同じである。

1973年の『死ぬのは奴らだ』は、折からのブラックスプロイテーション映画ブームに刺激を受けて作られたもの。だからこそ、ハーレムを舞台にアストン・マーティンではなく巨大なキャディラックが走ったり、ニューオリンズ名物のジャズ葬式が描かれたりするわけだ。

しかし、不徹底な面が目立つ作品でもある。スタッフの中には「悪役を黒人俳優たちで固めるだけでなく、ヒロイン役にダイアナ・ロスを」と望む声もあったが、そこまで踏み込む勇気が制作首脳陣にはなかった。

また、本気で黒人映画ブームに便乗するなら、音楽でもアイザック・ヘイズなりカーティス・メイフィールドなりを起用すべきところを、主題歌「Live and Let Die」はポール・マッカートニー&ウィングスである。だが、そんな不満を吹き飛ばしてくれるのが、その主題歌の劇中版。それこそが「Fillet of Soul」なのだ。

……というようなことは全て後知恵である。わたしだって、小学生の頃から「ブラックスプロイテーション」のなんたるかを知っていたわけではない。映画が後半に差し掛かったあたりにて、ニューオリンズのバーで明らかに場違いな客であるロジャー・ムーアに語りかけるように歌う黒人女性——B. J. Arnauという名前も後から知った——の豊かな声に、ただただ圧倒されたのだ。約3分半の曲の中で歌パート自体は1分ほどで終わってしまうが、上記のシャーリー・バッシー以上にパワー&インパクトがあった。

このB. J. Arnauとシャーリー・バッシーのおかげで丸屋家では「007の歌は黒人女性が歌うべし」という思想が確立され、のちにグラディス・ナイトの「Licence to Kill」も同様に歓迎されることとなる。

Live And Let Die – James Bond alternate themes

 

The Man With The Golden Gun [Jazz Instrumental] (1974) / 『黄金銃を持つ男』主題歌?

王道なのに後輩の真似をする007。1974年の『黄金銃を持つ男』は、折からのカンフー映画ブームに触発されてアジアに目を向けた作品である。舞台は香港とマカオとタイ。しかし、そんな設定とは関係なく、主題歌を歌うのはスコットランドの女性歌手ルルだ。とはいえ、先に触れた通り件のLP『All About 007』には有名シンガーが歌った有名主題歌が入っていないケースが多々あり、ゆえにルルの「The Man With The Golden Gun」をわたしが聴くのは後年のことである。

LP『All About 007』に収録の「The Man With The Golden Gun」はインスト版。だが、ただ単にルルの歌を抜いたものではなく、極端にデキシーランド・ジャズ的なアレンジがなされた珍バージョンだった。飄々としてユーモラス、快活で愉快な逸品。「そうか、ジャズとはこんなに楽しいのか」と思い込んだわたしは、続いてモダン・ジャズを聴き、巨大な壁にぶち当たるのだ……。

それにしても……アジアが舞台なのに、なぜデキシー? クリストファー・リー先生(原作者イアン・フレミングのいとこにして『ロード・オブ・ザ・リング』のサルマンだ!)が演じる敵フランシスコ・スカラマンガの屋敷内にあるウェスタン風テーマパークの場面で流れているBGMのフル・バージョンかもしれない。だがそうだとしても、ウェスタンなのになぜデキシー? ニューオリンズも舞台である前作『死ぬのは奴らだ』ならわかるのだが。

04 The Man With the Golden Gun (Jazz Instrumental)

 

Bond 77 (James Bond Theme) (1977) / 『私を愛したスパイ』挿入歌

前項までを読めば、各時代の流行に飛びつく007のフットワークの軽さはわかってもらえただろう「ブラックスプロイテーション」「カンフー」と映画界の流行を反映した前2作に続き、1977年作『私を愛したスパイ』は『JAWS/ジョーズ』に影響された海洋モノである……パーラメントの1978年作『Motor Booty Affair』同様に。そして、そのパーラメントが同アルバムから放ったヒット”Aqua Boogie (A Psychoalphadiscobetabioaquadoloop)”と同じく、音楽的な流行にも便乗している。

そう、ディスコだ。

冒頭、ボンドがアルプス斜面をスキーで滑りながら繰り広げるKGBとの銃撃戦を彩るのが「ジェイムズ・ボンドのテーマ」の1977年バージョン。ビョンビョン言ってるシンセベースとポコポコ叩かれるパーカッションの勇み足ぶりも微笑ましい、極端なディスコ版である。「ツァラトゥストラはかく語りき」ですらディスコ・ファンクになるのだから、もちろんボンドだってディスコ化上等! 導入部から当時の音楽シーンを反映した珍しい例だ。

The Spy Who Loved Me – Ski Chase

 

Never Say Never Again (1983) / 『ネバーセイ・ネバーアゲイン』主題歌

先に紹介した通り、『ダイヤモンドは永遠に』はショーン・コネリーにとって「最後の本家007シリーズ出演作」。ということは、「コネリー出演の番外編」が存在するわけだ。

それが1983年の『ネバーセイ・ネバーアゲイン』。元祖ボンドのショーン・コネリーが主演なのに正調007作品には数えられない本作は、著作権闘争(イアン・フレミング vs 脚本家)と確執(本家制作会社 vs ショーン・コネリー)の産物ではあるが、同時に、キム・ベイシンガーにバーバラ・カレラにマックス・フォン・シドー師匠(三つ目の鴉)、ローワン・アトキンソン(Mr.ビーン/ジョニー・イングリッシュ)やバーニー・ケイシー(NFL出身のブラックスプロイテーション・スター)が出てくる豪華作品でもある。

興味深いことに、本作では音楽も権利を巡る争いとなった。当初、主題歌になる予定でフィリス・ハイマンが「Never Say Never Again」という曲を録音していたが、サウンドトラックを担当したフランスの作曲家/ピアニストのミシェル・ルグランが「主題歌もわたしに権利があるはずだ」と訴訟に出る構えを見せる。こうしてフィリス・ハイマン版は長らくお蔵入りし、ルグランが書いた全く同じタイトルだが全く別の曲、「Never Say Never Again」が主題歌となった。

歌うのはラニ・ホール(Lani Hall)という女性シンガー。このラニさんはハーブ・アルパートの妻にして、(アメリカ人だが)セルジオ・メンデス&ブラジル66のリードシンガーを務めていた人物! 彼女の「Never Say Never Again」も、やはりブラジル的なクールに漂う情念が感じられる逸品で、わたしにとってはMPB(Musica Popular Brasileira)への入り口の入り口となった。

Never Say Never Again • Theme Song • Lani Hall

Written By 丸屋九兵衛


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映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』

2021年10月1日(金)全国公開
公式サイト Twitter

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』日本版本予告(2021年全国公開)

連載『丸屋九兵衛は常に借りを返す』 バックナンバー


■著者プロフィール

maruya

丸屋九兵衛(まるや きゅうべえ)

音楽情報サイト『bmr』の所有者/音楽評論家/編集者/ラジオDJ/どこでもトーカー。2020年現在、トークライブ【Q-B-CONTINUED】シリーズを展開。他トークイベントに【Soul Food Assassins】や【HOUSE OF BEEF】等。

bmr :http://bmr.jp
Twitter :https://twitter.com/qb_maruya
オンライントークイベント:https://peatix.com/group/7003758/events
手作りサイト :https://www.qbmaruya.com/

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