丸屋九兵衛 連載第5回「その頃は『ネオ・ソウル』なんてなかった」

August 29, 2017


丸屋九兵衛 連載第5回「その頃は『ネオ・ソウル』なんてなかった」

音楽情報サイト『bmr』の編集長を務めながら音楽評論家/編集者/ラジオDJなど幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第5回です。コラムの過去回はこちら


第5回【その頃は「ネオ・ソウル」なんてなかった】

ディアンジェロの『Brown Sugar』がリリースされたのは1995年の7月。当時のディアンジェロは……えっ、21歳? 若い身空で成熟しすぎである。なんなんだ、この熟れ具合は。いま聴いても、この音楽的老け込み方は衝撃だが、当然ながらリアルタイムでのショックも相当なものだった。

だが、『Brown Sugar』がハッキリと大成功作品と見極められたのは、同1995年8月(タイトル曲がR&Bチャート5位まで上昇)から12月(「Cruisin'」が同10位)の間と思われる。

この成功は大きかった。その大きさは、他社の反応からわかる。つまり……この成功劇を見たソニーは、同年暮れ頃に決意したのだろう。それまで寝かせておいたマックスウェルのデビュー作『Maxwell's Urban Hang Suite』を、「今やったら当たるんちゃうか」と世に送り出す(そして、やはりヒットする)。それが翌1996年の4月だ。

こうしてR&B界に新たな潮流――のちのネオ・ソウル――が始まったのだ。

70年代ソウルからの多大な影響。プログラミングではなく、「演奏」という行為の重視。アーティスト自身によるクリエイティヴ・コントロール……作詞作曲もプロデュースも、人によっては演奏も。自然な流れとして、黒人音楽界の主流(今も昔も)であるプロデューサー主導体制との差別化。

ただし。

注意せねばならないのは……この間、アメリカでは、このジャンルを指す用語が定まっていなかったということだ。まだ「ネオ・ソウル」もなく、紛らわしい「オーガニック・ソウル」もない。「ディアンジェロに始まるあの流れ」としか呼びようがなかった、とも言える。

だが、ここ日本には呼称があった。それは「ニュー・クラシック・ソウル」だ。

ディアンジェロが静かな嵐を巻き起こしつつあった、95年の夏・秋。ジャム&ルイスがプロデュースし、ちょっとした話題になっていた曲があった。“Heaven”というそれは、ソロというグループのデビュー・シングルだ。同曲を収めたソロのデビュー・アルバム『Solo』は1995年12月に発売される。そのCDのバックインレイの一部には、タイトルというわけでもないのに、目を惹く形で何やらプリントされていた。

それが「NEW CLASSIC SOUL」という文字。そういえば、その前にUKの雑誌か何かで、今後の音楽界のトピックを問われたジャム&ルイスが「これからはNEW CLASSIC SOULだ!」と宣言していたんだったか?

とにかく、日本のメディアは――まあハッキリ書くと『bmr』は――その「ニュー・クラシック・ソウル」を採用し、ジャンル名として使っていくことになる。

問題は、そのソロというグループが、その後でジワジワと確立されていく、「ディアンジェロ~マックスウェル~エリック・ベネイ~エリカ・バドゥ」等の系譜とは、アーティスト性がずれていたことだ。

確かに「70年代ソウルからの多大な影響」はある。しかしソロは、本質的にはヴォーカル・グループであって、セルフ・プロデュースなマルチ・インストゥルメンタリストではない。そもそも、多くの曲をジャム&ルイスが手がけ、彼らのレーベルからリリースされているわけだから、「プロデューサー主導体制との差別化」とも縁遠い。

と、そんな矛盾を感じながらも、日本のメディア(とはいえ、こんな音楽を本気で論じようとするのは、数ある媒体のごくごく一部だったが)が「ニュー・クラシック・ソウル」というタームを使っているうちに登場したのが……エリカ・バドゥである。

彼女の“On & On”がリリースされたのは1996年12月。かつてディアンジェロをフックアップした敏腕音楽ビジネスマン、キダー・マッセンバーグが設立したKedar Entertainmentの第一号アーティストとして。そんなこともあってキダー社長は、このエリカ・バドゥのデビューにあたって、より意識的なマーケティングを仕掛けてきた。

そこで彼が打ち出したのが新たなジャンル名。それが「ネオ・ソウル」だったのだ。

彼の決断が1年早く、95年末であれば、日本のメディアも悩まずに済んだのに……。とにかく、本国で示されたのを機に、日本でも段々と「ネオ・ソウル」が広まっていった。とはいえ、「ニュー・クラシック・ソウル」という呼び方は、その頃の日本ではすでに市民権を獲得しており――この音楽を好む層の中に限って、だが――その後も数年は生き残ることになる。

日本で音楽評論をやる上で、時に困惑するのは……英語圏との用語のズレである。それどころか、ジャンル認識が大いに食い違うこともままあるのだ。

20年ほど前か、日本のテレビ番組で……とある女性タレントが「いま、パンクが流行ってるじゃないですか」と発言すると、司会の板東英二さんが「ああ、ヘビメタのほうで」と返す(そして誰も突っ込まない)という展開があった。これはもう、板東さんがそういう人だから諦めるしかないのだろうが、日米の音楽ジャンル認識の食い違いも、実はこれに近いレベルなのだ。

それが証拠に……イグジビットが司会する自動車改造番組『ピンプ・マイ・ライド』では、「ヴァン・ヘイレンのファン」を自称する女性が「パンクロック・フォーエバ~!」と叫んだりしていたのだよ。

こんなジャンルやサブジャンルの線引きの差、テクニカルタームの違いが顕著だからこそ、アーティストの伝記はともかく、米英の音楽研究書は容易に和訳できない。そのおかげで、日本の先生方が書いた、つまらない音楽書が生き残れるわけだが。

さて、ジャンル呼称の話に戻る。

ネオ・ソウルはいいのだ。問題は「オルタナティヴR&B」なる言葉である。

当時のアメリカでも、「ネオ・ソウル」が定着する前のああいった音楽の通称として用いる人がいた。わたしなぞは「なんでもかんでもオルタナティヴの一言で済ませたらアカンやん!」と、その大雑把さ、エエ加減さに腹が立っていた。

「ニュー」と「オルタナティヴ」の問題。それは、どんな時代にも、「新しいもの」「これまでとは違う(alternative)もの」が存在する、ということだ。絶え間ない世代交代に晒されるのがわかっているのに、絶え間ない世代交代のたびに範囲をアップデートせねばならないジャンル名をつけるとしたら……浅知恵と呼ばざるを得まい?

当時、アメリカの大雑把な人々が「オルタナティヴR&B」と読んだのは、エリカ・バドゥやマックスウェルだった。今では、ジェネイ・アイコというかフランク・オーシャンというかFKAツイッグスというか、とにかくヒップスターが特定のビールを飲みながら聴くタイプの音楽が、「オルタナティヴR&B」に括られるらしい。

いい加減にしてくれ。わたしは、どちらの流れも好きだけど。


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ブラウン・シュガー (デラックス・エディション)

2017.8.25 発売

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■著者プロフィールmaruya

丸屋九兵衛(まるや きゅうべえ)

音楽情報サイト『bmr』の編集長を務める音楽評論家/編集者/ラジオDJ/どこでもトーカー。2017年現在、トークライブ【Q-B-CONTINUED】シリーズをサンキュータツオと共にレッドブル・スタジオ東京で展開中。

・9月23日(土)開催のトークライブは2本だて
第1部:秋分の日のエイリアン! 怒涛の異星人狂想曲
第2部:ブラック・ミュージック解読講座:差別用語の基礎知識

bmr :http://bmr.jp
Twitter :https://twitter.com/qb_maruya
手作りサイト :https://www.qbmaruya.com/

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