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ザ・キュアーのペリー・バモンテが65歳で急逝。その功績を辿る

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Photo: Barry Brecheisen/WireImage

ザ・キュアー(The Cure)でギターとキーボードを担当していたペリー・バモンテ(Perry Bamonte)が65歳で逝去した。

ザ・キュアーは2026年1月2日に公式サイトで声明を発表し、ペリーが「クリスマス期間中、短い闘病の末に自宅で亡くなった」ことを明らかにした。声明ではさらに、「寡黙ながら内に強い情熱を秘め、直感に優れ、常に揺るがず、並外れて創造的な“テディ”は、温かい心を持った、ザ・キュアーの物語において欠かせない存在だった」と述べている。

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The Cure – Alone (The Show of a Lost World – Live from Troxy 2024)

ペリー・バモンテは1980年代を通じて、ザ・キュアーのローディーおよびギター・テックとしてバンドを支えていたが、1990年にロジャー・オドネルの後任として正式メンバーとなった。

アルバム『Wish』(1992年)、『Wild Mood Swings』(1996年)、『Bloodflowers』(2000年)、『Acoustic Hits』(2001年)、『The Cure』(2004年)では、ギター、6弦ベース、キーボードを担当。『Wish』には、1992年に全米シングル・チャート(Billboard Hot 100)で20週にわたってランクインしたヒット曲「Friday I’m in Love」が収録されている。

The Cure – Friday I'm In Love

バンドの声明によると、ペリーはザ・キュアーでの最初の在籍期間中、14年間で400公演に出演。2022年にバンドに再加入してからは、さらに90公演を行い、2024年11月1日に最新作『Songs Of A Lost World』のリリースを記念して、ロンドンのトロクシーで行われ、後にコンサート・フィルムとして公開された公演にも参加していた。

1960年9月3日、ペリー・アルカンジェロ・バモンテはロンドン東部でピーターとジョイのバモンテ夫妻のもとに生まれた。デヴィッド・ボウイやジェフ・ベックの熱心なファンとして育ち、10代からギターを始めたペリーは、いくつかのバンドで活動した後、弟ダリルの口利きでザ・キュアーのローディーとなった。

5人兄弟の2番目だった彼は、両親、妻のドナ、そして兄弟のうちカーラとダリル・バモンテ(デペッシュ・モードのローディーやザ・キュアーのマネージャーを務めた)を後に残した。

ジェフ・アプターによる著書『Never Enough: The Story of the Cure』によると、フロントマンのロバート・スミスの姉ジャネットは、ペリーがバンドに加入する前、1か月間彼にピアノの基礎を教えたという。同書の中でロバート・スミスは、「代わりにプロを雇うこともできたが、全曲を熟知している人物を使う方が理にかなっている」と語っている。

ペリーもまた、同書で、バンド加入について「とても自然な流れだった。すでにメンバー全員と友達で、常に一緒に過ごしていたから、メンバーへの移行は簡単だった」と振り返っている。

ザ・キュアーは2019年にロックの殿堂入りを果たしている。

Written By Sam Armstrong


ザ・キュアー『SONGS OF A LOST WORLD』
2024年11月1日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music


ザ・キュアー『Songs of a Live World: Troxy London MMXXIV』
2024年12月13日発売
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