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スライ&ロビーのスライ・ダンバーが73歳で逝去。その功績を辿る

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ジャマイカ出身のドラマー/プロデューサー、スライ・ダンバー(Sly Dunbar)が逝去した。享年73。スライ・ダンバーは、ベーシストのロビー・シェイクスピア(2021年に死去)とともに結成したリズム・セクション兼プロダクション・チーム、スライ&ロビー(Sly & Robbie)の一員として、レゲエの枠を超え、世界中の音楽シーンに多大な影響を与えてきた。

妻のセルマは、キングストンのThe Gleaner紙に対し、スライが長期にわたる闘病の末、2026年1月26日に自宅で反応のない状態で発見されたことを明かしている。スライの家族はTMZへの声明で次のように述べている。

「スライ&ロビーの一員として、スライは何世代にもわたるレゲエとジャマイカ音楽のサウンド形成に貢献しました。彼の並外れた才能、革新性、そして永続的な貢献は決して忘れられることはありません。スライの音楽、精神、そしてレガシーは世界中の人々に影響を与え、この困難な時期に寄せられた愛とご支援に深く感謝しています」

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その半生

スライ&ロビーは、レゲエ、ダブ、ダンスホールの進化において極めて重要な役割を果たした。13回のグラミー賞ノミネートと2度の受賞を含むキャリアの中で、スライはボブ・マーリー、ピーター・トッシュ、ブラック・ウフル、グレゴリー・アイザックス、リー・“スクラッチ”・ペリーといったジャマイカ音楽界の錚々たる面々と共演したほか、ボブ・ディラン、ザ・ローリング・ストーンズ、グレイス・ジョーンズ、ハービー・ハンコック、セルジュ・ゲンスブールといったジャンルの枠組みを超えた伝説的アーティストたちのセッションにも参加している。

Sweetheart Like You

1952年にローウェル・フィルモア・ダンバーとして生まれたスライは、ジャマイカのキングストンで育ち、15歳で最初のバンドであるヤードブルームズに加入しキャリアをスタート。その後、スカタライツのロイド・ニブに師事し、ジャマイカ国内およびアメリカのドラマーたちの演奏を丹念に研究することで、彼は唯一無二のドラミング・スタイルを確立していった。その革新的スタイルが最初にレコードで広く聴かれることになったのが、デイヴ・アンド・アンセル・コリンズによる1970年のヒット曲「Double Barrel」だった。

Dave and Ansel Collins – Double Barrel (Official Video)

1972年、スライはジョセフ・ホー・キムのチャンネル・ワン・スタジオのハウスバンドであるレヴォリューショナリーズで演奏していた際に、ロビー・シェイクスピアと出会う。

共に活動する中で、この二人のミュージシャンは、 The Independent紙の言葉を借りれば“グルーヴと推進力の達人”となり、ジュニア・マーヴィンの「Police and Thieves」やマイティ・ダイアモンズの「Right Time」といった作品に、その見事なケミストリーをもたらした。彼らは、1978年には、ザ・ローリング・ストーンズとのツアーでピーター・トッシュをバックバンドを務めている。

Right Time – Mighty Diamonds

1980年、彼らは自身のレーベル、タクシー・レコード(Taxi Records)を設立し、1982年の『Crucial Reggae』や1987年の『Rhythm Killers』など、スライ&ロビー名義のアルバムを次々と発表。なかでも1989年のアルバム『Friends』は高く評価され、グラミー賞で最優秀レゲエ・アルバム賞を受賞。スライ&ロビーとしての国際的評価を決定づける作品となった。

彼らは、それ以前の1985年にも、ブラック・ウフルのアルバム『Anthem』のプロデューサー兼バンド・メンバーとして同部門の初の受賞者となっている。タクシー・レコードはその後も、チャカ・デマス・アンド・プライヤーズ、アイニ・カモーゼ、ビーニ・マンといったアーティストの作品を世に送り出し、ダンスホールおよびレゲエ・シーンの発展に大きく貢献した。

Simply Red ft Sly and Robbie – Night Nurse (Official Video)

1980年代、スライ&ロビーは、アイランド・レコード創設者クリス・ブラックウェルがバハマに設立したコンパス・ポイント・スタジオのハウスバンド、コンパス・ポイント・オールスターズのメンバーとして活動し、ボブ・ディランの1983年発表作『Infidels』、グレイス・ジョーンズの3作のアルバムなどに参加している。

スライ&ロビーはまた、いち早くデジタル録音技術の実験を始め、ダンスホール音楽の基盤を築いた先駆者としても知られている。1990年代からこのサウンドを本格的に取り入れていった彼らが1992年に制作に関わったチャカ・デマス・アンド・プライヤーズのシングル「Murder She Wrote」もその影響力を象徴する作品のひとつだ。

彼らは、21世紀に入ってからも世界的ポップ・シーンで存在感を維持し続け、1996年にはフージーズのリミックスを手掛けたほか、2001年にはノー・ダウトの「Hey Baby」と「Underneath It All」といったダンスホール色の強いヒット曲のプロデュースを担当している。

Chaka Demus, Pliers – Murder She Wrote

Written By Devon Clarke



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