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D姐の洋楽コラム:第4回 孤高のカリスマ? 問題児? マッド・リチャードと最高傑作『Urban Hymns』

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アクセス総数5億ページ超の大人気サイト「ABC振興会」を運営しながら、多数のメディアで音楽やセレブに関する執筆やインタビューなどをこなす米国ハリウッド在住の「D姐」さんの連載コラム「D姐の洋楽コラム」第4回です。コラムの過去回はこちら


第4回【孤高のカリスマ? 問題児? マッド・リチャードと最高傑作『Urban Hymns』】

UKで12週1位を獲得した名盤『Urban Hymns』が1997年にリリースされるまでに、ザ・ヴァーヴは2枚のアルバムをリリースし、そして既に最初の解散を経験していた。ザ・ヴァーヴといえば『Urban Hymns』であり、「Bitter Sweet Symphony」だと言っても過言ではないのは、同作で世界的な成功を収めているまさに真っ只中の絶頂期に2度目の解散でバンドの終焉を迎えてしまったことも大きいが、ザ・ヴァーヴにはそう言い切ってしまうには勿体なさすぎるリアリティがあった。

「俺は空を飛べる」発言に代表される破天荒な言動の数々から「マッド・リチャード(狂気のリチャード)」と異名をとる奇才リチャード・アシュクロフトの高い音楽性とカリスマ性、時に「呪われているんじゃないか!?」とヴァーヴの呪いと言われたほどトラブルに見舞われ(自業自得の悪さも多いが)、ワイルドで濃く短い独自の生き様を歩んできた彼らを、このアルバムはそれまでに同世代のバンドが見たことのなかった景色を高みの見物に誘った歴史的な一枚だった。Haigh_Hall_03_14a_HIGH_RES_NEG_SCAN_RETOUCHED

全世界に中継された2005年の「LIVE 8」でコールドプレイのクリスが、リチャードを壇上にあげる際に「世界で最も素晴らしいシンガー」と謳って紹介したものだから、最近はこの煽りとともにリチャード・アシュクロフト=素晴らしいシンガー説が定番化している感があるけれど、ロック史に残るこの名盤『Urban Hymns』は、第一次解散中だったこともあってリチャード一がほとんど一人で書き上げたものであり、彼のソングライティング能力はシンガーの素質以上に、類い稀な才能に溢れていることに他ならない。

リチャード自身、当初はこのアルバムはソロ名義でリリースして『Bottling At The End』というアルバムタイトルも考えていたらしいが、11歳にしてサラリーマンの父親が脳出血で突然死し「周りの友達がアニメの話題をしている中で、俺だけは人間の生と死や社会に疑問を抱いていた」り、密教的な薔薇十字団に傾倒していた母親の再婚相手である義父に影響され、独自の精神的成長で独特の世界観を構築していたリチャードが、バンドという形態から解放され、それまでの2枚のアルバムによってもたらされたロックスターという地位から得た正と負の効果が肉体的・精神的にもたらしたプレッシャーと、より深く自分自身への精神的邂逅をと向き合ったことが、「Sonnet」や「The Drugs Don’t Work」(全英1位)「Lucky Man」(全英7位)と言った名曲で辛いほどに浮き彫りになっている。

The Verve – The Drugs Don't Work (Official Video)

 

と言っても、リチャードの魅力は孤高のカリスマというだけではなく、こちらもまた類い稀なレベルの問題児であったことも、長年ファンから愛されてきた理由の一つだろう。セカンド・アルバム『Northern Soul』ツアー中の1996年の第一次解散では、ぶっちゃけていうとギターのニック・マケイブの不仲が極限になり、ニックがバンドにいることを不快に思うようになったリチャードは、幼馴染でもある他のメンバー2人を率いてバンドを脱退してニック抜きで別バンドを作ると言い出して、じゃあ俺だって脱退してやるとニックが言い出して解散状態になり、すると今度はリチャードがバンドに戻って、結果的にニックが「自主的にバンドを辞めた」形で追い出すことに成功したという大人げなさすぎる解散劇しかり(笑)。

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しかし『Urban Hymns』のレコーディングを進めていたものの、やはりニックがいないとダメだと気がついたリチャードは、レコーディング後半ではあったがニックに電話をして復帰を懇願したことで、同作はサウンド的にも完成した。ニックは電話口で9時間に渡って愚痴り、ようやくニックが復帰を了承した。そんな経緯があったので、アルバム・ジャケットを初めて見るときにちゃんとニックがいるか、不安になった人もいるかもしれない。しかし何より最初にニックの顔を確認しようとしたら、ニックどころか「バンドが1,2,3,4…っていうか5人!?人数増えてるぅ!」とびっくりした人も多いだろう。

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この5人目のVerveは、のちにデーモン・アルバーン一派のギタリストとして重宝されるサイモン・トング。物静かなギター職人というイメージがあるけれど、トングは『Urban Hymns』でも、ギタリストとしてリチャードのサポートに徹する彼らしいいい仕事をしている。ザ・ヴァーヴ解散後は、脱退したグレアム・コクソンの穴を埋めるためにブラーの『Think Tank』世界ツアーにギタリストとして参加し、のちにゴリラズやデーモンのソロ活動のレコーディング&ツアーにも参加、デーモンがザ・クラッシュのポール・シムノンと結成したスーパーバンド「ザ・グッド,ザ・バッド・アンド・ザ・クイーン」の正式メンバーとしても知られることとなった。実はトング加入前にギタリストとして採用されたのはスウェードをクビになっていたバーナード・バトラーで、バトラーをオーディションで採用したものの、3日でクビ(笑)。結局、学友だったサイモン・トングがギタリスト兼キーボードとして加入となった。

リチャードとニック、この因縁の二人の出会いは、ティーンエイジャーの頃に遡る。結成メンバーのうち、リチャードとベースのサイモン・ジョンズ、ドラマーのピーター・ソールスベリーと後に加入するサイモン・トング(そもそもサイモンとピーターにコードのイロハを教えたのはトングである)は日本でいう中学時代からの幼なじみで、彼らは高校で一年先輩だったギターのニック・マケイブと出会ってバンドを結成する。地元の英雄でもあるストーン・ローゼスはリチャードに最も影響を与えたバンドの一つだが、ニックとの出会いは彼にとってのストーン・ローゼスにおけるジョン・スクワイアを得たのかもしれない。最初のギグは彼らがまだ18歳の頃、友人の誕生日パーティだったが、すぐにマンチェスター郊外のウィゲンの地元ではバズり出して、それから1年も経たないうちに、当時スマッシング・パンプキンズと契約してたインディーズのHUTレーベルと契約。昔からリチャードの並外れた存在感は健在だったようで、ニックは最初に学校でリチャードを初めて見たときに「カリスマ性がすごかった。なぜかわからないけど、彼は絶対に将来スターになる気がした」と思ったらしい。

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93年にリリースされたデビューアルバム『Storm In the Heaven』はサイケデリックなサウンドにシューゲイザーの影響をもろに受けた感が漂い、エクスペリメンタルなニック・マケイブのギターが、リチャードのヴォーカルと対等、時に凌駕してしまうことさえあった。確かにとてもいいアルバムで評価は高かったのだけど、パルプやブラー、スウェードといったバンドが台頭し、90年代前半のブリットポップが席巻する英音楽業界に風穴を開けるほどの影響力を与えるには至らなかったが、これはザ・ヴァーヴが『Urban Hymns』で爆発する伏線に過ぎなかった。

デビュー後もライブで人気を高め、ファースト・アルバムから一気に頂点まで上り詰めたオアシスのオープニングアクトとしてツアーに参加。ザ・ヴァーヴは当初「“スピード”・バンド」と呼ばれたようにドラッグ漬け。ツアー先のホテルを破壊することも日常茶飯事であり、マスコミの取材だって平気ですっぽかす、そんな彼らがギャラガー兄弟に気に入られないわけがない。米ロラパルーザ(当時はツアー形式のフェスだった)ではドラムのピーターがホテルの部屋破壊で逮捕され、リチャードは飲み過ぎでぶっ倒れて病院に緊急搬送されたこともある。

とはいえ、オアシス、特にリチャードにとっても兄貴分的存在のノエルは彼の表面的なロックスターなノリだけでリチャードを気に入っていたわけではなかった。サイケ色が影を潜め、オルタナロックサウンドに広がりを見せたザ・ヴァーヴのセカンド・アルバム『Northern Soul』(1995)に収録されたタイトル曲は、リチャードに捧げたオアシスの『(What’s the Story) Morning Glory?』収録の「Cast No Shadow」へのアンサーソングでもあったのは有名な話である。

常に不満を抱いてもがき苦しんでいるリチャードが抱える心の闇を感じ取っていたノエルは「Cast No Shadow」の中で、すぐに誤解されてしまうリチャードを「場所と時代を間違えて生まれてきてしまって、太陽さえも彼の影を作れない」と歌っていて、この曲を聴いたリチャードは涙があふれんばかりだったという。がしかし、1997年9月にリリースされたオアシスのサードアルバム『Be Here Now』は初日セールス記録を樹立した大ヒットでアルバムチャートを驀進していたが、5月リリースの「Bitter Sweet Symphony」(全英2位)がイギリスだけではなくアメリカでも大ヒットしていたザ・ヴァーヴがその1ヶ月後にリリースした『Urban Hymns』であっさり首位を奪ってしまったのは、なんとも皮肉であり、当時、社会現象的高まりを見せていたオアシスからザ・ヴァーヴが王者を奪ったのは、まさしく事件だった。

またザ・ヴァーヴの特筆すべきところは、同時代のいわゆるブリットポップの他のUKバンドに比べ、アメリカでも商業的に成功を収めていたことだろう。最初のアメリカツアーはブラック・クロウズのサポートであったが、フェスでも確実にピックアップされる存在になっていた。セカンド・アルバム『Northern Soul』からの「This is Music」や「History」のシングルカットでも、バンドは知名度を上げていたが、それを決定的にしたのはやはり永遠のアンセム「Bitter Sweet Symphony」に他ならない。

The Verve – Bitter Sweet Symphony (Official Video)

 

イギリス国内の音楽賞だけではなく、MTVのビデオ・ミュージック・アワードや米グラミー賞にもノミネートされてザ・ヴァーヴを特別にさせたこの曲だが、オーケストラ・バージョンのザ・ローリング・ストーンズの「Last Time」をサンプリングとして使用許可を得ていたにも関わらず、「使用部分が長すぎる」とストーンズのマネージャーから告訴され、当初の「50-50」から一転、「100-0」のロイヤリティを払わなければ、楽曲の全面撤去を迫られたという経緯により、ザ・ヴァーヴにはロイヤリティは全く支払われなくなってしまうことになったという物凄いオチがある。そもそもストーンズの「Last Time」自体が米ゴスペルグループのザ・ステイプル・シンガーズの曲をオマージュしているだけに、最大のヒット曲のロイヤリティがもらえないというツイて無さが冒頭の「ヴァーヴの呪い」と呼ばれる一因でもあるが、”there is no such thing as bad publicity / 悪評も宣伝のうち”と言われるように、「あのストーンズから訴えられたバンド」というニュースは、スキャンダル好きのアメリカでザ・ヴァーヴと楽曲を注目させるに一躍買っていた一面もあったように思う。

そして「Bitter Sweet Symphony」で幕を開ける『Urban Hymns』の成功で、ザ・ヴァーヴは米ローリングストーンズ誌の表紙を飾るという快挙も成し遂げた。しかし欧州ツアー中にまたもニックが脱退、これはヘッドライナーとしての全米ツアーでは数万人規模のアリーナ/スタジアムツアーを敢行しようとした矢先のことで、サポートバンドの(今、Banksyの中の人ではないかと話題のロバート・デル・ナイヤ率いる)マッシブ・アタックが降板し、ツアーは縮小してしまう。オアシスでもブラーでも、(当時の)レディオヘッドでも成し遂げられなかった欧米での天下獲りを目前にザ・ヴァーヴは珠玉の名作『Urban Hymns』を残して解散してしまった。

中学生の頃、同級生からつけられたリチャードのあだ名は「Jesus(キリスト)」だった。当時から人の注目を常に集めたカリスマで、地元のユースサッカーチームでもスター選手で、大して勉強しなくても学業も優秀だったというが、生来の「コーキー」(生意気)な性格が災いして他人と衝突していた。『Urban Hymns』で26歳の破天荒なリチャードがレジェンドとなったのは、キリストと友人たちから呼ばれた男にふさわしいクオリティの楽曲とステイタスだったのかもしれない。

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■著者プロフィール

ABC振興会D姐(Dane/あね/ねえ)

米国ハリウッド在住。セレブやエンターテイメント業界のニュースを独自の切り口で紹介する、アクセス総数5億ページ超の大人気サイト「ABC振興会」を運営。多数のメディアで音楽やセレブに関する執筆、現地ロサンゼルスでのテレビやラジオ、雑誌用のセレブやアーティストのインタビューやレッドカーペット等の取材をこなす。

ABC振興会:http://abcdane.net
Twitter:https://twitter.com/Dane_ABC

*毎週金曜日FM OH!17:00〜鈴木しょう治さんの「MUSIC+ FRIDAY」のコーナー「ハリウッド・ニュース from LA」に出演中

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