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Classical Features

TikTokで最も再生された作曲家のひとり、ルドヴィコ・エイナウディとは

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©Ray Tarantino

先日、「経験を重ねて」(原題:Experience)がTikTokで総再生数150億回を超え、話題を集めたルドヴィコ・エイナウディ。新作『Underwater』も米国、英国、オーストラリア、カナダといった各国でクラシック・チャート1位を獲得、ヒットを記録し、注目を集めている。数々の映画音楽やCM音楽を手掛ける一方、環境保全活動の一環で氷山の上で演奏するなど注目を集める作曲家/ピアニスト、ルドヴィコ・エイナウディとは?原典子さん(編集者・ライター)のコラムで掘り下げる。




変わらない音楽の核はピアノ

2021年(日本では2022年1月)にリリースされたルドヴィコ・エイナウディの新譜『アンダーウォーター』のキャッチコピーには「20年ぶりのピアノ・ソロ・アルバム」と書いてある。ということは、2001年リリースのアルバム『イ・ジョルニ』以来ということになる。

Ludovico Einaudi – I Giorni

そこで、ひさしぶりに『イ・ジョルニ』を聴いてみた。静謐な美しさをたたえたピアノ。枯山水の庭のように究極のシンプルさを追求し、ひとつひとつの音まで精緻に作り込まれた音楽。それでいて、親しみやすいメロディが聴く者の心にすっと寄り添い、さざ波のようにエモーションをかきたてる――。それは『アンダーウォーター』においても、少しも変わらない。今も昔も、ソロであっても、弦楽器やエレクトロニクスの音が入っても、エイナウディの核にあるのはつねにピアノ。静寂よりも静かな音楽で人々の心に安息の場を与えてきた。

エイナウディはこれまでたびたび日本を訪れてきた。初の来日公演は2008年。その頃は「ヒーリング」系のピアニストとしてプロモーションされていたことを憶えている。すでにヨーロッパでは新譜をリリースするごとにベストセラーを記録するスターだったエイナウディも、まだ日本では知る人ぞ知る存在であった。変化が訪れたのは、フランス映画『最強のふたり』(エリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュ監督)の音楽を手がけてから。2012年に日本公開されたこの映画の大ヒットによって、エイナウディの名は広く日本でも知られるようになった。

Einaudi: Una Mattina

同時に、ポスト・クラシカルという文脈のなかでエイナウディが語られるようになったのも、マックス・リヒターやヨハン・ヨハンソンらが一般的な人気を獲得した2010年代以降だろう。そしてストリーミング時代を迎えた現在、エイナウディは世界でもっとも多くの再生回数を誇るクラシックのピアニスト・作曲家という称号を得た。10~20代の若者たちは、「クラシック」だとは思わずにエイナウディの音楽をイヤフォンで愛聴している。

つまり、この20年あまり、エイナウディの音楽の核は変わらずとも、それを受容する人々と社会が変わってきたということではないだろうか。癒しのピアニスト、映画音楽の巨匠、ポスト・クラシカルの重要人物、ストリーミング界の巨人……そのとき、そのときによってエイナウディのキャッチフレーズは変わってきた。けれど、彼はつねに自分だけの美を追い求め、調和のとれた庭を築き上げてきたのである。

Ludovico Einaudi – "Elegy for the Arctic" – Official Live (Greenpeace)

現代音楽、ロック、民族音楽からの影響

とはいえ、エイナウディがこのようにシンプルなスタイルを確立するに至る道のりには、じつに多様な音楽経験があった。

1955年、イタリア・トリノに生まれたルドヴィコ・エイナウディ。祖父はイタリア共和国第2代大統領を務めた経済学者、父は老舗出版社「ジュリオ・エイナウディ・エディトーレ」の創立者、母方の祖父はシドニー・オペラ・カンパニーを創設した指揮者・ピアニストという名門一族である。現在、イタリア政府音楽大使を務めるエイナウディ氏にインタビューでお会いしたとき、ノーブルで知的なオーラをまとった哲学者のような印象を受けたのを憶えている。

姉の影響でビートルズの洗礼を受け、エレキ・ギターを弾いていたというエイナウディ少年。最初に買ったアルバムが『リボルバー』だったそうだが、弦楽八重奏からインドのタブラやシタールまで、あらゆる音楽をのみ込んだロックはエイナウディに大きな影響を与えた。

その後、ミラノのジュゼッペ・ヴェルディ音楽院で作曲を学んだエイナウディは、1982年に卒業後も同音楽院の大学院に進み、ルチアーノ・ベリオに師事した。ベリオといえば20世紀を代表する作曲家であるが、エイナウディはベリオを通じてアルメニアの民族音楽に関心を持つようになったのだという。それはのちに、アルメニアの民族楽器ドゥドゥクとコラボレーションしたアルバム『Eden Roc』(1999年)に結実している。

Ludovico Einaudi – Eden Roc Live @ Palazzo Te (Mantova)

アカデミックな経歴からすれば、前衛的で難解な現代音楽の作曲家として大成していてもなんら不思議はなかったエイナウディだが、大学院を卒業後も独自の道を模索していく。ダンスカンパニーのために書いた音楽集『TIME OUT』(1988年)はヤマハのミュージックコンピューター(CX5)を使ったかなり前衛的な作品となっているが、エレクトリック・ハープのために書いた作品集『スタンツェ』(1992年)ではエイナウディらしい神秘的な響きの世界を創出している(演奏しているハープ奏者チェチーリア・シャイーは、指揮者リッカルド・シャイーの妹)。

エイナウディが現在のような音楽のスタイルを確立したのは、初のピアノ・ソロ・アルバム『ル・オンド』(1996年)からだろう。“Le Onde”とはイタリア語で「波」の意で、ヴァージニア・ウルフの小説『波』にインスピレーションを得て書かかれた。エイナウディは学生時代以来はじめてピアノ・ソロに挑んだというが、寄せては返す波のようにミニマル的なメロディやリズム繰り返しながら、千変万化の表情を見せていく音楽はまさに彼の真骨頂。セールス的にも、初のヒット作となったのだった。

Ludovico Einaudi – Le Onde (Official Music Video)

聴く者の記憶にある映像を喚起する音楽

続けてヒットを記録したのが、2枚目のピアノ・ソロ・アルバムである先述の『イ・ジョルニ』(2001年)。エイナウディがアフリカのマリを旅したときの印象をもとに作られたアルバムで、タイトル曲の「イ・ジョルニ(彩りの日々)」はダニエル・ホープをはじめ多くのアーティストにカヴァーされている。

この曲を自身のデビュー・アルバムに収録した左手のピアニスト ニコラス・マッカーシーにインタビューしたとき、「自分のいちばん幸せだったときの記憶を、エイナウディの音楽は呼び起こしてくれる」と語っていたのが印象的だった。聴く者の心の奥底に眠っている遠い記憶、その情景をよみがえらせ、内面から感情を揺さぶる音楽。ひとことで言うと「映像喚起力」の高い音楽。それこそが世界中の人々にエイナウディの音楽が愛される理由なのではないだろうか。

そして映像との親和性の高さは、エイナウディが音楽を手がけた数々の映画が物語るとおりである。ジュゼッペ・ピッチョーニ監督『もうひとつの世界』(1998年)、ロベルト・アンドー監督『そして、デブノーの森へ』(2004年)、エリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュ監督『最強のふたり』(2011年)、是枝裕和監督『三度目の殺人』(2017年)と着実にキャリアを積み上げ、2021年の第93回アカデミー賞では、エイナウディが音楽を手がけたフロリアン・ゼレール監督『ファーザー』(2020年)とクロエ・ジャオ監督『ノマドランド』(2020年)が作品賞および多くの部門賞に輝いた。

Ludovico Einaudi – Oltremare

親しみやすいメロディの源泉は?

エイナウディの音楽が愛される理由として、もうひとつ挙げられるのが「親しみやすいメロディ」である。ミニマル的な手法、弦楽器や電子音響を絡ませたサウンドなど、知的な仕掛けがあちこちに施された音楽でありながら、メロディは誰ひとり拒絶することなく、聴く者の心にすっと入っていく。このメロディはどこから湧き出てくるのか。

おそらく、エイナウディが「クラシック(現代音楽)の作曲家」の道を突き進んでいたら、こうしたメロディは生まれてこなかっただろう。マリを代表するコラ奏者、バラケ・シソコとのコラボレーション・アルバム『ディアリオ・マリ』(2003年)では、アフリカの民謡のように素朴なメロディを聴くことができる。

また、ピンク・フロイドの『狂気』にインスパイアされ、悪夢の風景を描いたアルバム『NIGHTBOOK』(2009年)では、ロバート・リポックとのコラボレーションによるエレクトロニック・ミュージック的なサウンドやビートのなかで、エイナウディらしいメロディが展開していく。同じ年にはロバートとロナルドのリポック兄弟とのコラボレーションによる「ホワイトツリー」名義で作ったアルバム『クラウドランド』(2009年)も発表しているが、こちらはより実験的。アルヴァ・ノトやエイフェックス・ツインなどにも通じるものがある。

エイナウディの音楽が内包する多様性をもっともヴィヴィッドに感じることができるのがライヴ。2017年にワールドツアーの一環として日本を訪れたときは、アルバム『エレメンツ』(2015年)の参加メンバーを軸にしたバンドを引き連れ、チェロやヴァイオリン、エレキ・ギターやベース、パーカッションやウォーターフォン、そしてライヴ・エレクトロニクスを駆使した力強いサウンドで、静謐なアルバムとは違った世界を見せてくれた。

エイナウディのメロディは、クラシックだけではない多様な音楽を滋養として生まれてくる。そして、こうしたポップネスと実験性の絶妙なバランスにこそ、エイナウディのヒットの秘訣があると言えるだろう。

最新作『アンダーウォーター』で到達した境地

さて、そろそろ最新アルバム『アンダーウォーター』の話に戻ろう。コロナ禍でイタリアがロックダウンに入った2020年3月から4月にかけて、エイナウディはいち早く自宅から配信ライヴを行ない、アップライト・ピアノ1台で録音したデジタル・アルバム『12 Songs From Home』をリリースした。それからコロナ禍が長引くことさらに2年……エイナウディはなにを思い、ピアノに向かっていたのだろうか。

Ludovico Einaudi – Rolling Like A Ball (Performance Video)

その答えは『アンダーウォーター』というタイトルそのものにある。エイナウディは外界からの干渉が届かない水中に潜り、自身の内なる世界と向き合いながら筆を進めていた。「このアルバムは、これまでのどの作品よりも自然に生まれたものです」という言葉どおり、それは「composing(作曲する)」というよりも「writing(書く)」と言った方がしっくりくる行為だったという。

これまでのアルバムのブリリアントな音色とは違い、少しくぐもった、丸みのあるあたたかなピアノの響きにふわっと包み込まれる。水のなかで身体の力をすべて抜いて、おだやかな流れに身を任せるまま、浮遊しているような心地。世界が大きな不安に覆われている今、こうした音楽が与えてくれる時間はますますかえがえのないものになっていくに違いない。

孤高の道を歩んできた音楽家は、今日も変わらずピアノに向かう。

Ludovico Einaudi – Atoms (Performance Video)

Written by 原典子


■リリース情報


ルドヴィコ・エイナウディ『Underwater』
2021年1月21日発売
iTunesApple Music /Amazon MusicSpotify




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