ワッツタックス・コンサート:ソウル版ウッドストックが残した意義と黒人らしさの祝福

Published on

Illustration: Sean Mack ©uDiscoverMusic

1972年8月のある蒸し暑い日、当時の最大級のコンサートを見ようと、多くの黒人たちが大挙してロサンゼルス・メモリアル・コロシアムを埋め尽くした。このコンサート、ザ・ワッツタックス・コンサート(The Wattstax Concert)は、黒人らしさを祝福することで自らを癒そうとする文化的な試金石となって今も語り継がれている。

<関連記事>
【特集一覧】ブラック・ミュージック・リフレイムド記事一覧
クインシーの助言で生まれたアイザック・ヘイズの全米1位獲得サントラ

ワッツタックス・コンサートは、ソウル版ウッドストック以上の存在であり、当時全開だった「黒人は美しい(Black is Beautiful)」を標語にしたムーブメントを写し出した。70年代初期は、60年代の闘争とベトナム戦争の辛苦の傷跡が色濃く、この運動はそれを癒す役割を果たして、団結とコミュニティと文化への感謝の念が生まれていた。

コミュニティ内の生き生きとしたアートと音楽を披露しようと、ワッツ暴動の翌年、1966年に始まったワッツ・サマー・フェスティバルの一環としてこの歴史的なコンサートは行われた。毎年恒例となっていたフェスティバルの呼び物はアフリカン・アート、パレード、美人コンテストであり、60年代後半にはヒュー・マセケラやモハメド・アリなど有名人も招待されていた。

その当時、モータウンのニックネーム「ヒッツヴィル」に意図的に対抗して、スタックス・レコーズは「ソウルヴィル」を名乗り、街で起きていることを聞きつける一番のレーベルとして自負があり、1970年初頭には、アル・ベルがメンフィスで起こしたスタックスほど、黒い音でチャートを席巻したレーベルはなかった。そのスタックスが、黒人向けのコンサートを、黒さを打ち出すことについてはチャンピオンであったレーベルの宣伝をするための絶好の機会としてワッツ・サマー・フェスティバルと組み、収益全額をコミュニティに寄付することにした(誰もが入れるように観客の入場料は1ドルの設定だった)。

このイベントはまた、1970年代の幕開けを通じて流動的だったスタックスのアーティストの顔ぶれに光を当てる機会でもあった。スタックスは、1967年の自家用飛行機の事故でオーティス・レディングとバーケイズのオリジナル・メンバーのほとんどを失ったことはよく知られており、「Soul Man」のヒットでレーベルのスーパースターだったサム&デイヴはその翌年にアトランティック・レコーズに移籍している。そんな損失を軽減するために、アル・ベルの肝いりで、頼みの綱のアイザック・ヘイズや、新しいスターだったテンプリーズやソウル・チルドレン、新生バーケイズ、そして1968年にスタックスに入った伝説的グループ、ステイプル・シンガーズの曲を次から次へとリリースした。これらのプロジェクトは、レーベルの立ち位置を梃子入れし、再構築するためだった。ベルはワッツタックス・コンサートを、レーベルの新しい声を固定する素晴らしい方法だと捉えていたのだ。

ザ・ワッツタックス・コンサート

皮肉にもモータウン所属の歌手、キム・ウェストンが国家をソウルフルに歌い上げてオープニングを飾り、続いて若かりしジェシー・ジャクソン卿が熱のこもった、後にトレードマークとなる「私は尊重されるべき存在である(I Am Somebody)」から始まるスピーチを行った。そして、ウェストンが黒人の若者の集団を率いて、黒人のナショナル・アンセムと呼ばれる「Lift Every Voice & Sing」を歌い上げ、コンサートの雰囲気が整った。

ザ・ステイプル・シンガーズはスタックスでは比較的新顔だったものの、1950年代終わりの選挙登録運動でのパフォーマンスまで遡って、黒人運動で長年歌われてきた伝統が浸み込んでいるバンドであった。彼らは足を踏みしめながら「Respect Yourself」をパフォーマンスし、メイヴィスの特徴的な声を中心にグループが魂をかき立てるように「I’ll Take You There」を歌い上げて、ロサンゼルス・メモリアル・コロシアムをバプティスト教会に変えた場面は、コンサート冒頭のハイライトとなった。

スタックスのショーケースの効果は絶大で、観客はソウル、ブルース、ロック、ポップまで堪能したため、ライブ・パフォーマンスの素晴らしさで定評のあるレーベルとなった。ブルースのギタリスト、アルベート・キングは「I’ll Play the Blues For You」や「Killing Floor」といったスタンダードを演奏し、カーラ・トーマスは「Gee Whiz」や「B-A-B-Y」といった懐かしいポップ・ソウルを軽やかに歌い上げた。

ザ・バーケイズは爆発的な「Son Of Shaft」のパフォーマンスをやり遂げ、ファンク・ロックの凄腕のパフォーマーであることを知らしめた。ザ・テンプリーズ、ウィリアム・ベル、ランス・アレン、ルーファス・トーマス、ルーサー・イングラム、ザ・ニューカマーズもそれぞれ素晴らしいパフォーマンスを見せた。レーベルのアーティスト達をホストに、ベルやエディ・フロイドといった人気者が先導してのゴスペルの「Old Time Religion」の大合唱もあった。

スケジュールの問題で、出演できなかった有名アーティストも数組いたが、出演を果たしたレーベルのアーティストにとっては、もっとも人々を魅了した最高水準を記録した日となった。そして異論を挟む余地がないハイライトは、アイザック・ヘイズのトリのパフォーマンスだ。

お馴染みの剃り上げた頭とサングラス、一目で彼とわかる金のチェーン・ベストをなびかせ、アイザック・ヘイズは全霊を込めて「Theme from ‘Shaft’」(映画の著作権の問題で、翌年のコンサート・フィルムから当初は外された)「Soulsville」「Never Can Say Goodbye」を歌い輝いた。このパフォーマンスは、彼こそレーベルの礎であり、ワッツタックス全体を締める祝祷を務めたことで、ヘイズこそ新しい黒人としての意識、そして気負わないクールなメンフィスのソウルを体現する存在であるのを再認識させた。この1日を締めくくる彼のステージで、黒人としての覚醒が結晶化した日となったのである。

ワッツタックス・ドキュメンタリー

コンサートの映像のドキュメンタリーは『ワッツタックス/スタックス・コンサート(原題:Wattstax)』と題され、コンサートの翌年に公開された。作品は当日のコンサートだけでなく、1970年代初頭のワッツにおける黒人の生活の記録でもあった。スタックス・レコードのアル・ベルは、映像作家のデイヴィッド・ウォルパーとメル・スチュアートを起用しつつ、コンサートとコミュニティのインタビュー映像では大半が黒人のフィルム・クルーを雇っている。

このドキュメンタリーには、ワッツ暴動の映像と、幅広いスターダム及び社会・政治的の影響力において絶頂にいたリチャード・プライヤーによる政治的、文化的なユーモラスなコメントも入っていた。2004年、スチュアートは伝説的なコメディアン、リチャード・プライヤーとの邂逅についてこう振り返っている。

「まず彼に話しかけてみたんです。『女性についてどう考えていますか? 性については?』とか、『ブルースについては? ゴスペルは?』とか聞いたんですね。どの話題でも彼は頭に浮かんだことを30分は話し続けました。結局、その映像を使いました。あまりに見事だったので」

ワッツタックスのドキュメンタリーは、黒人が見栄を張らず、断固とした正直さで黒人の問題を語ることで、フィルターなしでその時代を映し出し、ザ・エモーションズやジョニー・テイラーといった当日出演できなかったスタックスのアーティストの映像も含まれている。アイザック・ヘイズのパフォーマンスにおける編集上の困難や、R指定によって幅広いオーディエンスを見せられないなど問題はあったものの、このコンサート・フィルムはゴールデン・グローブで最優秀ドキュメンタリーのノミネートを受けた。

ワッツタックス・コンサートの遺産

ワッツタックス・コンサートには批判もあった。イベントで警官の姿が目に付いたのは批判され、地域のリーダー達はフェスティバルが草の根運動から離れて著しく商業化されたと感じた。しかしながら、このコンサートのスピリットは非常に力強く、その後何十年も生き続けている。11万人もの観客を集めたことで、1963年のワシントン行進についで、当時としては2番目に最多のアフリカ系アメリカ人を集めたイベントでもあった。そしてワッツに住む人々のために、計7万3千ドルもの寄付金が集まる結果となったのだ。アル・ベルは2004年にこう語っている。

「ワッツタックスでは、黒人のプライドと、労働者階級と中産階級のアフリカ系アメリカ人特有の生活様式、人生におけるポジティブな特性を見せられると私たちは信じていたんです。それと同時に、まだ私達が人間として認識され、尊重され、受け入れられるように、アメリカの社会においてほかの民族グループが当たり前のように享受していた『平等』を勝ち取ろうともがいていた時代に、内面でどう感じているか、洞察しているかをも明らかにしたんです」

ベルとスタックスの面々は、当時、声を上げることを強く欲していたコミュニティにその機会を与え、公民権運動が高揚していた時代から有害だと言われ軽視された文化に対しては発信するプラットフォームを供給したのだ。ワッツタックスは記録であり、一つの勝利であった。当時の闘いがいまだ共鳴する現在において、コンサートの意義と、現在でも続くその意味、アメリカにおける黒人の経験を讃え、広めることは重要なのである。

Written By Stereo Williams

uDiscoverミュージックで連載している「ブラック・ミュージック・リフレイムド(ブラック・ミュージックの再編成)」は、黒人音楽をいままでとは違うレンズ、もっと広く新しいレンズ−−ジャンルやレーベルではなく、クリエイターからの目線で振り返ってみよう、という企画だ。売り上げやチャート、初出や希少性はもちろん大切だ。だが、その文化を形作るアーティストや音楽、大事な瞬間は、必ずしもベストセラーやチャートの1位、即席の大成功から生まれているとは限らない。このシリーズでは、いままで見過ごされたか正しい文脈で語られてこなかったブラック・ミュージックに、黒人の書き手が焦点を当てる。




Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
Exit mobile version