ジャ・ルール『RULE 3:36』解説:24歳で初の全米1位となったセカンドアルバム
HIP HOPの輸入盤アナログ・レコードが音楽サイトuDiscovermusicの名前を冠したシリーズ「uDiscovermusic. VINYL HIP HOP」としてカラー・ヴァイナル、日本語半掛け帯付きとして2025年7月4日に数量限定で発売される(一部タイトルの発売日は除く)。
今回このシリーズで発売されるのは以下の全8タイトル。それぞれのアルバム解説を掲載。このページでは2000年に発売されたジャ・ルール『RULE 3:36』についてライター/翻訳家の池城美菜子さんによる解説を掲載。
<タイトル一覧・クリックすると解説がご覧になれます>
・パブリック・エネミー『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』
・ウォーレン G『Regulate… G Funk Era』
・DMX『… And Then There Was X』
・ジャ・ルール『RULE 3:36』
・50セント『Get Rich or Die Tryin’』
・2パック 『Best of 2Pac, Part 1: Thug』
・プッシャ・T『Daytona』
・ケンドリック・ラマ―『Black Panther: The Album』
ジャ・ルールとアーヴ・ゴッティ
低音のダミ声で、アシャンティやリル・モー、ジェニファー・ロペスらとR&Bの要素が多い曲をヒットさせたラッパー。今世紀初頭のジャ・ルールの全盛期を覚えている人は、「Put It On Me」や「Always On Time」といったヒット曲の印象が強いはず。
本稿で取り上げるセカンド・アルバム『RULE 3:36』は、ハードコアだった1999年のデビュー作『Venni Vetti Vecci』から大胆に方向転換、さらに知名度を上げた人気アルバムだ。もっとも、『Venni Vetti Vecci』からはキャッチーなフックが印象的だった「Holla Holla」が大ヒットしていたので、東海岸では彼の存在は知れ渡っていた。フックを作るのが得意な彼の長所がよく出ているので、訳出してみよう。
Holla, holla
All my niggas that’s ready to get dollars, dollars
Bitches know who can get ‘em a little hotter, hotter
Come on, if you rollin’ with me (follow, follow)
It’s Murda..
やぁ こんちは
金を稼ぐ気がある俺の仲間たちみんな
誰が熱くしてくれるかわかっている女の子たち
おいでよ 俺と一緒に行動する気があるなら(ついて来て)
これがマーダー
20世紀の終わり。ヒップホップ・レーベルとしてトップを走っていたデフ・ジャム・レコーズは、本拠地ニューヨーク出身のラッパーが多かった。この時期、勢いがあったのは、ジェイ・Z(1969年生まれ)、DMX((1970年生まれ)、そしてジャ・ルール(1976年生まれ)。
じつは、この3人は縁というか因縁というか、とにかくつながりが深い。3人をつなぐのはクィーンズ出身でDJから身を起こしたプロデューサーであり、レーベルのA&Rでもあったアーヴ・ゴッティ。黒人とフィリピン系アメリカ人の両親をもつ彼は、インディー・レーベルのTVTでまずヒップホップ・アルバムの制作にかかわるように。同じクィーンズ出身のジャ・ルールは彼の秘蔵っ子であり、まずクリス・ブラックとO-1とキャッシュ・マネー・クリックとして活動を始める。ローカルで名前が少しずつ売れ始めたのだが、クリス・ブラックが逮捕されて懲役5年を言い渡されたことから空中分解。
だが、アーヴはジャ・ルールをソロ・アーティストとして売り出すことを決意。1995年にはTVTに在籍していたマイク・ジェロニモの「Time To Build」に、昔から知り合いのジェイ・Zとまだ無名だった DMXとともに、ソロで初めて参加している。
TVTからデフ・ジャムに移ったアーヴは、すぐに頭角を現す。ジャ・ルールやDMXと契約したり、ジャッキー・チェンとクリス・タッカーの大ヒット映画『ラッシュアワー』のサントラ用の曲としてジェイ・Z「Can I Get A…」をリル・ロブとプロデュースしたり。「Can I Get A…」は、もともとジャ・ルールのための曲であった。先に聴いたジェイ・Zが自分の曲にほしがったため、フックを書いたジャ・ルールがアミルと一緒にフィーチャリングされたのだ。
当時のジェイ・Zの最大のヒットとなり、映画のシーンを挟んだMVは音楽系のケーブルテレビ局でヘヴィーローテーションになった。ジャ・ルールの顔も広まったので、必ずしも悪い話ではなかった。
ミスター106&パーク
1999年にデビューを果たすも、強めの低音ヴォイスと上半身の露出が高めの装いでDMXとイメージが被ってしまう。このプロトタイプの元祖はもちろん、トゥパックである。そこで、2000年10月にリリースしたセカンド・アルバム『RULE 3:36』で、ジャのほうが思い切って音をR&Bに寄せ、ポップ化した。
タイトルの3:36は聖書のヨハネの福音書3章36節を指す。「御子を信じる者は永遠のいのちを持っているが、御子に聞き従わない者はいのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる」という1節であり、ジャ・ルールの深々深さと攻撃性の両方が出ている。
アルバムのなかでは「ミスター106 & パーク」と2回も名乗ってもいる。「106 & Park」は黒人向けのエンタメ系ケーブルテレビ局、BET(その名もBlack Entertainment Television)のカウントダウン番組。セントラルパークのすぐ北、イースト・ハーレムにあったスタジオから夕方に放映されていた同番組が始まったのは2000年の9月だから、新番組の宣伝を買ったようにも聴こえる。BETの姉妹局であるMTVは、1998年に同じ時間帯に「Total Request Live(TRL)」をスタートさせており、ティーンネージャーが放課後に観る番組として人気を博した。
ヒップホップとR&Bに特化した「106 & Park」は、ブラック・ミュージック版のTRLという位置づけだった。だが、このジャンルからもミリオンを売るアーティストが続出したため、2000年代は人気ラッパーやR&Bシンガーがどちらにもランクイン出演した時期もあったのだ。ジャ・ルールはそういったタイプのアーティストの先駆けだ。
彼は当時、20代前半。ほかのデフ・ジャム所属ラッパーより若く、カウントダウン番組のコア視聴者と年齢が近かった。レーベル全体の売上を上げないといけなかったアーヴともに狙いを定めてセカンドでポップ・ラップに舵を切ったともいえる。ちなみに、DMXのデビュー作『It‘s Dark and Hell is Hot』のエグゼクティヴ・プロデューサーもアーヴだ。
『RULE 3:36』のファースト・シングル「Between Me & You」では、新人だったクリスティーナ・ミリアンをフィーチャー。豪邸のプール・パーティーに露出度高めのファッションと若者が憧れそうな設定に、当時のファションを合わせていた。
この頃のMVは流行を「作る」側であり、雑誌と同じくらいみんな参考にしていたし、その流行の世界中のヒップホップ好きにまで届いていた。日本でもヒップホップ・ファッションに特化したファッション誌が売れていたし、そのスタイリングの参考が、アメリカのヒップホップ誌とMVだったのだ。
R&B寄りの代表曲
セカンド・シングル「Put It On Me」は、やはりフィメイル・ラッパーのヴィータを招いたラヴソングだった。このコーラスも甘めだ。
What would I be without my baby?
The thought alone might break me
And I don’t wanna go crazy
But every thug needs a lady
彼女がいなかったら俺は何者なんだろう?
考えるだけで挫けそうだ
大騒ぎしたくないけれど
どんなワルでも本命の彼女は必要なんだ
この「どんなワルでも本命の彼女は必要(エヴリーサグ・ニーズ・ア・レディ)」のラインはくり返し引用されている。
サード・シングルでは、以前のようなハード路線でジャ・ルール本人もプロデュースに参加している「6 Feet Underground」だったが、それほどヒットしなかったため、次の「I Cry」で路線を戻した。
ザ・オージェイズの名曲「Cry Together」をサンプリングしたこの曲は、アーバン系のラジオでよくかかっていた。じつは、彼は翌年の2001年にハイスクール・スウィートハート(=高校時代からの彼女)のアイーシャさんと結婚、いまでも仲がいい。正直、ラッパーとしては珍しいパターンだ。
I love my life, I love my wife
but bad times’ll prevail, and overwhelm me
I’m livin’ in hell but livin’ wealthy
And know these hoes love me because I’m a star
I can’t even cop a drink at the bar
Get me some bottles of that Remi Martin, let’s get the party
Crackin’ right here, fuck V.I.P
自分の人生が好きだし 嫁も愛してる
でも悪いことに負けそうになる 圧倒されるんだ
地獄の生活だよ 金はもっているけど
あばずれ女は俺がスターだから好きなんだ
バーでドリンクを手に入れるのも大変
レミ・マーティンをボトルでくれ パーティーを始めよう
ここで開けるよ VIPセクションとかどうでもいい
と、なかなかリアル。本作でジャ・ルールのスタイルは固まり、アーヴ・ゴッティのレーベル、マーダー・インクの中心アーティストとして、レーベルメイトのアシャンティと数々のヒットを生み出していく。アシャンティもフックが書けるタイプのR&Bシンガーで、大ブレイクした。
ラッパーからタレントへ
『RULE 3:36』はルーツ・レゲエを取り入れた「It‘s Your Life」から、当時のラッパーにしては珍しくジャ・ルールがフックを歌っているディスコの要素が入った「Extasy」まで幅広い。マーダー・インクの仲間が参加した「Extasy」では、パーティードラッグとしてアメリカで蔓延し始めていたMDMAを暗に指していた。やはり、当時の若者の風俗を反映する存在だったのだ。
DMXとのいざこざをうまく交わしたものの、2000年代には同郷の50セントと激しいビーフが勃発。アーヴ・ゴッティとドラッグ・ディーラーの大物との関係が噂され、レーベルごと警察の捜査が入ってしまうニュースもあった。近年では、詐欺師のような人に名前を貸してしまい、音楽フェス、ファイアー・フェスティバルが大失敗に終わっている。盟友アーヴ・ゴッティは糖尿病を患い、今年の2月に亡くなった。こう書くと、災難続きに見えるが、ジャ・ルール本人の明るいキャラクターのおかげか、仕事が途切れない人でもある。
じつは、2004年に発売された6枚目のアルバム『R.U.L.E.』の対面取材でさんざん待たされた挙句、第1問を聞こうとした瞬間に、リリース前だった音源がリークされた、という情報を側近の人が本人に耳打ちしてしまったことがある。目の前でわかりやすく落ち込んで、「ごめん、とてもじゃないけどいま、取材は無理だ」と謝られ、リスケジュールになった。
20〜30分経ったところでリークされた事実は変わらないのだから、インタビューが終わってから耳打ちしてほしかった、と思ったのを覚えている。だが、この時のとても人間らしいジャ・ルールの印象は強烈で、ずっと人気者として活躍できるのはチャーミングな性格だからかな、と思っている。
Written by 池城美菜子 (noteはこちら)
ジャ・ルール『RULE 3:36』
オリジナル: 2000年10月3日発売
再発LP: 2025年7月4日発売
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