50セント『Get Rich or Die Tryin’』解説:金持ちになるか、目指しながらくたばるか

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HIP HOPの輸入盤アナログ・レコードが音楽サイトuDiscovermusicの名前を冠したシリーズ「uDiscovermusic. VINYL HIP HOP」としてカラー・ヴァイナル、日本語半掛け帯付きとして2025年7月4日に数量限定で発売される(一部タイトルの発売日は除く)。

今回このシリーズで発売されるのは以下の全8タイトル。それぞれのアルバム解説を掲載。このページでは2003年に発売された50セント『Get Rich or Die Tryin’』についてライター/翻訳家の池城美菜子さんによる解説を掲載。

<タイトル一覧・クリックすると解説がご覧になれます>
パブリック・エネミー『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』
・ウォーレン G『Regulate… G Funk Era』
DMX『… And Then There Was X』
ジャ・ルール『RULE 3:36』
50セント『Get Rich or Die Tryin’』
2パック 『Best of 2Pac, Part 1: Thug』
・プッシャ・T『Daytona』
ケンドリック・ラマ―『Black Panther: The Album』


 

「憎まれっ子、世にはばかる」。また、これとほぼ同意義の「The devil’s children have the devil’s luck (悪魔の子どもたちは悪魔のツキまで受け継ぐ)」は、50セントのためにあることわざだと思う。ドラッグ・ディーラーの母親から生まれて苦労して育つも、デビュー作の「金持ちになるか、目指しながらくたばるか(意訳)」で2003年を制し、大人気ラッパーに。本稿では、そのデビュー作を解説する。

ラッパーとしての全盛期は長くなかったものの、実業家としての才覚を発揮して、2024年のインタビューで40ミリオンドル(1ドル=145円計算で58億円)の資産を持っていると答えていた。それでも、もっとも稼いでいたときの6分の1との見積もりもあり、「小銭君」という芸名とは真逆の、デビュー作のタイトル通りの人生を歩んでいる。

1975年7月6日にカーティス・ジェームス・ジャクソンとして生まれた彼は、ニューヨークのクィーンズはサウス・ジャマイカ地区で育ち、12歳からハスラー業で稼ぎ始めた。法に触れる仕事に嫌気が指してラッパーを志したのが1996年、まだ未成年のとき。

同郷のRun-DMCのジャム・マスター・ジェイからラップを教わったのだから、ラッキーだ。だが、ジャム・マスター・ジェイとは契約せず、人気プロデューサーのトラック・マスターズを通じてコロンビア・レコーズと契約。1999年に、EP『Power of the Dollar』の「How To Rob」が話題を呼んだが、翌年の5月に昔の因縁が原因で9発撃たれてしまう。一命を取り留めたものの、コロンビア・レコーズに契約を打ち切られることにもなった。

 

新しいバースデー・ソングの「In Da Club」

海賊版として流通した『Power of the Dollar』に収録されていた「Ghetto Qu‘ran」で、大物ドラッグディーラーのケニース“シュープリーム”マクグリフの名前を出していたことで、報復を恐れたニューヨークのレーベルのブラックリストに載ってしまう。それでも、襲撃から5ヶ月に体調を整えたのだから、不死身だ。

マクグリフが手を回してニューヨークのスタジオが使えなかったため、カナダでミックステープをレコーディングした。この2000年の『Guess Who’s Back?』がエミネムの耳に留まり、ロサンゼルスに呼んでドクター・ドレーに紹介したのは有名な話だ。

ドレーのもとでミックステープ『No Mercy, No Fear』をリリース。これに収録されていた「Wanksta」がニューヨークのストリートでヒットした。当時は、レコード店や路肩でミックステープと呼ばれた海賊版のCDがこっそり売られていた。筆者も『Guess Who’s Back?』と『No Mercy, No Fear』を難なく買えた記憶がある。

「In Da Club」のMVに宙吊りで登場したときは、イメージ通りで笑ってしまった。ギャングスタ・ラッパーながら、優しい声できついことをラップする、というギャップも良かった。この「なんだかんだ、おもしろい」特性でトラブル・メーカーだとわかりながらも、50セントの動向を気にしてしまう人は多いだろう。

Ni**as heard I fuck with Dre, now they wanna show me love
When you sell like Eminem, then the hoes, they wanna fuck
Look homie, ain’t nothin’ changed, hoes down, G’s up
I see Xzibit in the cut, hey, ni**a, roll that weed up
If you watch how I move, you’ll mistake me for a player or pimp
Been hit with a few shells, but I don’t walk with a limp (I’m aight)
In the hood in L.A., they sayin’, “50, you hot”
They like me, I want ‘em to love me like they love Pac
But holla in New York, the niggas’ll tell you I’m loco
ドレーと組んでると知ったとたん奴らは好意を示す
エミネムみたいに売れたら あばずれたちが手を出してくる
いいかみんな 何も変っちゃいない 女たちは横たわり札束は積み上がる
イグジヴィットがいるな やぁ ハッパを巻いててよ
俺の動きを見ていたら プレーヤーかピンプかと勘違いするかもね
弾丸を数発浴びたんだ でも足を引きずってはないよ(俺は大丈夫)
LAのフッドではみんな「50、イケてるね」って言ってくれる
好かれてるんだ 2パックみたいに愛されるといいな
でもニューヨークで人に会うと 俺は頭がおかしいって言われる

「誕生日みたいにクラブで盛り上がろう」というフックのおかげで、バースデー・ソングとしていまだに重宝されている名曲だ。50のリリックは写実的で、出来事をそのままラップするスタイル。ニューヨークでは鼻つまみ者だったのに、エミネムとドクター・ドレーに見出されて運気が上がっている雰囲気がよく伝わってくる。

 

LLクール・Jを参考にしたラヴソング

セカンド・シングルは「21 Questions」。ハードコア路線を突き進むことを勧めたドクター・ドレーには収録自体を見合わせるようにアドバイスされた曲だが、50セントは恋愛をテーマにした曲も自分らしいと考えていた。この曲のお手本は、クィーンズ出身の大先輩、LLクール・Jだそうだ。

名前自体、「レディース・ラヴ・クール・ジェームズ」のアナクロムであるLLクール・Jは、「Around the Way Girls」で「ふつうの女の子が好きなんだ」と1990年にラップした。50の「21の質問」のフックとコーラスは切実だ。

Girl, it’s easy to love me now
Would you love me if I was down and out?
Would you still have love for me?
ガール いまの俺を好きになるのは簡単だよね
でも俺が落ちぶれて金がなくなってもまだ好きなままかな?
それでも俺を愛してくれる?

If I got locked up and sentenced to a quarter century
Could I count on you to be there to support me mentally?
If I went back to a hooptie from a Benz
Would you poof and disappear like some of my friends?
If I was hit and I was hurt, would you be by my side?
もし俺が25年の刑を食らってぶち込まれても
精神的に俺を支えてくれるって信頼していいの?
ベンツからポンコツ車に戻ったら
何人かの友だちみたいにパって消えたりする?
攻撃されて怪我をしてもそばにいてくれる?

「21も質問攻めにしてごめんね」と言いながら、畳みかける50。故ネイト・ドッグの低音ヴォイスが効いた、重めのラヴソングだ。

「P.I.M.P」のリミックスではGユニットのロイド・バンクスとヤング・バックと一緒にスヌープも参加しているので、ドクター・ドレーの人脈が総出である。同じく女性がテーマだが、こちらは「キャデラックには乗ってないし、パーマヘアでもないけど、俺はピンプだよ」と、女性を金儲けの道具に扱うメンタリティを曲にしている。リミックスのMVでは、スヌープの存在感にさすがの50セントも負けている。やはり、コミック仕立てにできるあたりも、彼の強みだ。

 

ジャ・ルールとの確執

50セントと同郷、同じ年のジャ・ルールのビーフは有名だ。ジャ・ルールの相棒でデフ・ジャムのA&Rだったアーヴ・ゴッティが50と契約しなかったり、彼らのマーダー・インクが50と仲が悪いケニース“シュープリーム”マクグリフと近かったりと、90年代からの因縁がある。前述の「Wanksta 」はデビュー作にも収録された。

You say you a gangsta, but you never pop nothin’
We say you a wanksta and you need to stop frontin’
You go to the dealership, but you never cop nothin’
You been hustlin’ a long time and you ain’t got nothin’
自分でギャングスタだとか名乗るけど 銃を撃ったことないだろ
だからお前は真似っこなんだよ 粋がるのはやめろよ
車のディーラーに行っても 何も買えないし
長いことハスリングしていたのに何も持っていない

成り上がりを意味する「wannabe」とギャングスターをくっつけた造語、「ワンクスタ」は言葉自体が流行した。ジャ・ルールを指すのでは? と噂があったが2003年に50は否定している。ただし、自分のクルーのGユニットやエミネムを巻き込んで、ジャ・ルールを名指ししたディス曲はほかにたくさん存在する。このビーフは、本物のギャングが絡んだため、近年のドレイクVSケンドリック・ラマーより緊迫感があった。

ジャム・マスター・ジェイが殺された際も50セントと仲が良かったから、という説まで囁かれた。ふたりは何回もいちおう、和解しているもののいまだにSNSで小競り合いをしている。

 

映画の成功と実業家

ドクター・ドレーほか、エミネムもプロデューサーとして参加している本作は、いま聴いても隙がない。2005年には、エミネム『8マイル』に倣って、同タイトルの半自伝映画が作られた。久しぶりに見返したら、90年代のニューヨークの風俗がそのまま出てきて、記録としても重要な作品になっていた。

実業家として優秀すぎて、音楽に集中できない珍しいタイプの人でもある。2015年には自己破産をしているが、税金逃れという噂があった。リック・ロスやザ・ゲームなど、さまざまなラッパーとのビーフをやめないのも戦略的である。ドラマや映画のプロデューサーとしてヒット作品を手がけているので、根本的にものすごく賢い人なのだろう。同年代の同業者には嫌われがちだが、ブルックリン・ドリルの故ポップ・スモークなど、彼を影響元としてあげる後輩も出ている。

Written by 池城美菜子  (noteはこちら)


 

50セント『Get Rich or Die Tryin’』
オリジナル: 2003年2月6日発売
再発LP: 2025年7月4日発売
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