トゥパック『Best of 2Pac, Part 1: Thug』全曲解説:11曲でも重層的で聞きやすいベスト盤

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HIP HOPの輸入盤アナログ・レコードが音楽サイトuDiscovermusicの名前を冠したシリーズ「uDiscovermusic. VINYL HIP HOP」としてカラー・ヴァイナル、日本語半掛け帯付きとして2025年7月4日に数量限定で発売される(一部タイトルの発売日は除く)。

今回このシリーズで発売されるのは以下の全8タイトル。それぞれのアルバム解説を掲載。このページでは2007年に発売された2パックの『Best of 2Pac, Part 1: Thug』についてライター/翻訳家の池城美菜子さんによる解説を掲載。

<タイトル一覧・クリックすると解説がご覧になれます>
パブリック・エネミー『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』
・ウォーレン G『Regulate… G Funk Era』
DMX『… And Then There Was X』
ジャ・ルール『RULE 3:36』
50セント『Get Rich or Die Tryin’』
2パック 『Best of 2Pac, Part 1: Thug』
・プッシャ・T『Daytona』
ケンドリック・ラマ―『Black Panther: The Album』


 

トゥパックのラッパーとしての活動期間は実質、5年しかない。生きている間にリリースされた作品の数よりも、死後に出た未発表曲集やベスト盤、企画盤の数の方が多いのだ。ベスト盤としては、亡くなった2年後にリリースされた2枚組の『Greatest Hits』が有名だ。代表曲をほぼ網羅し、未発表曲を4曲収録した25曲入りのアルバムは、ヒップホップで9枚しか成し遂げていないダイヤモンド・セールス(1000万枚)を記録。ボブ・マーリー『Legend』のように、ファンがくり返し聴くだけでなく、「名前は知っているけれど、きちんと聴いたことがない」という人の入門編として長年、機能している。

『Best of 2Pac』は2007年暮れに発売された、2部作のベスト盤。『Greatest Hits』と重複している曲も少なくないのだが、1枚目を「サグ」、2枚目を「ライフ」と分けていることから、内容とサウンドの並べ方により気を遣った作品と言える。また、代表曲の別テイクやリミックスもあり、ファンにとっては十二分に楽しめる内容だ。「サグ」のパート1のフィジカルが改めて発売されるのを記念して、本稿では2025年目線で解説しよう。

 

1. 2 of Amerikaz Most Wanted

4作目『All Eyes On Me』からのシングル。「アメリカの最恐指名手配2人」とでも意訳したくなる、トゥパックとスヌープ(ドギー)ドッグのタッグ、プロデュースはドッグ・パウンドのダズ・ディリンジャーと、「ウェッサイ」の当時のエッセンスが詰まっている。スヌープは殺人容疑の起訴で無罪を勝ち取り、トゥパックは1995年に保釈されたときの解放感を込めて、「Aint’ Nothing but a gangsta party(ギャングスタのパーティー以外の何ものでもない)」とラップする。

1996年の7月4日、ロサンゼルスのハウス・オブ・ブルースのライブで生前のトゥパックが最後にパフォーマンスしたのが、この曲だ。2ヶ月後の9月7日に狙撃事件が起きてしまった。このライヴの様子はYouTubeに上がっている。スヌープとトゥパックが揃ったときに発するカリスマ性は類がないので、ぜひ観てほしい。

 

2. California Love

1995年の暮れにリリースされ、1996年を席巻した『All Eyes On Me』のシングル。もともと、ドクター・ドレーが自分のアルバム用に制作していたが、シュグ・ナイトの強い要望でトゥパックの曲となった。

彼が「西海岸側」であるのをはっきりアピールした歌詞は、今日においてもカリフォルニア讃歌として愛されている。ザップのロジャー・トラウトマンのトークボックスのロボ声と、『マッドマックス/サンダードーム』を模したMVで、90年代半ばにGファンクを次の段階に引き上げた。

 

3. So Many Tears

1995年3作目『Me Against the World』収録。トゥパックを世に出したデジタル・アンダーグラウンドのショック・Gがプロデュースしている。スティーヴィー・ワンダーの「That Girl」をサンプリングし、ハーモニカの音色が切ない。聖書の引用から始まり、小学校から辛かったと吐露する最初のヴァース、仲間の死を悼むコーラス、音楽業界の非情さを訴えるセカンド・ヴァースへとつながる。3つめのヴァースはこうだ。

Now, I’m lost and I’m weary, so many tears
I’m suicidal, so don’t stand near me
My every move is a calculated step
To bring me closer to embrace an early death,
now there’s nothin’ left
いま俺は途方に暮れて疲れ切っている たくさんの涙を流してきた
自殺しそうなんだ だから近くには立たないで
一挙一動を計算している
早世を受け止めるほうへ近づけるように
もう何も残っていない

亡くなった仲間を悼みつつ、被害妄想が進んでパラノイアすれすれになっていく様がすごい。「サグ(ちんぴら)・ライフ」を標榜した人だが、つねにその原因となる社会構造にも触れている点に、活動家の資質が覗く。

 

4. I Ain’t Mad At Cha

これも『All Eyes On Me』から。「I’m not mad at you(お前のことは怒ってないよ)」と語りかけているのは、一緒に悪さをした幼なじみ。トゥパックはいまだにハスリングをしている友人も、刑務所でブラックムスリムに改宗した友人にも「俺はいいと思うよ」と相手の生き方を肯定しようとするが、最後のヴァースでは裏家業で成り上がった昔の友人に狙われていることがわかる。それでも、「怒ってないよ」とラップするトゥパックから、静かな凄みを感じる。デバージの「A Dream」をサンプリングしたプロデューサーはダズ・ディリンジャー。

 

5. How Do U Want It

男性R&Bグループでも、ひときわ「ワル」を押し出し、デス・ロウと近かったジョデシィから K-Ciとジョジョが参加しているセクシーな曲だ。「どうしてほしい?」と迫る性豪系の曲は多いが、トゥパックの場合はMVに本物の人気ポルノ女優を呼び、高級娼館からストリップクラブまでをセットにして一味ちがった。

クインシー・ジョーンズ「Body Heat」をサンプリングしたのはメキシコ移民のプロデューサー、ジョニー・J。トゥパックの曲を多く手がけた人だが、彼も2008年に飲酒運転で収監されたときに飛び降り自殺をして、39歳の若さで亡くなっている。

 

6. Trapped

1991年のデビュー作『2Pacalyspe Now』のリードシングル。80年代を引きずった懐かしいフローだが、黒人男性とストリート、警官と刑務所の悪循環を切り取った社会的、政治的なリリックをすでに書いていて、評価が高い。

You know they got me trapped in this prison of seclusion
Happiness, living on the streets is a delusion
Even a smooth criminal one day must get caught
Shot up or shot down with the bullet that he bought
Nine-millimeter kickin’ thinkin’ about what the streets do to me
‘Cause they never taught peace in the Black community
この刑務所に隔離されて閉じ込められている
幸福にストリートで生きられるなんて幻想だ
どんな抜け目のない犯罪者も必ず捕まるから
自分で買った弾丸をぶっ放したりそれで撃ち倒されたり
9ミリ口径が火を吹きストリートが何をしてくれたか考える
ブラック・コミュニティでは誰も平和なんて教えてくれなかったから

プロデューサーのピーウィーが、ジェームズ・ブラウンをサンプリングして作ったトラックは抑えめでソリッドだ。ピーウィーは、オークランドのドン、トゥー・ショートのバンドであるデンジャラス・クルーのメンバーである。

 

7. Changes

『Greatest Hits』に収録された未発表曲で、社会意識の高いリリックが賞賛され、死後に発表された曲としては珍しくグラミー賞の最優秀ラップ・ソロ・パフォーマンス部門でノミネートされた。R&Bトリオのタレントと一緒に1992年にレコーディングされた。ブルース・ホーンスビー&ザレンジズの「The Way It Is」のサンプリングが効果的だ。

Cops give a damn about a negro
Pull the trigger, kill a nigga, he’s a hero
“Give the crack to the kids, who the hell cares?
One less hungry mouth on the welfare”
First ship ‘em dope and let ‘em deal to brothers
Give ‘em guns, step back, watch ‘em kill each other
“It’s time to fight back,” that’s what Huey said
Two shots in the dark, now Huey’s dead
警官が黒人にちょっかいを出してくる
引き金を引いてひとり殺したら 奴は英雄扱い
「子どもにクラックを与えろよ 誰が気にするんだ?
福祉に頼ってる腹を空かせた奴がひとり減るだけ」
まずドラッグを渡して黒人に売らせればいい
銃を渡せよ お互い殺し合う様子を高みの見物 
「やり返す時が来た」とヒューイが言った
暗闇に銃弾が2発 それでヒューイは死んだ

警官の黒人への暴力や、犯罪に染める構造を語っているのは、ブラック・パンサー党員の母親をもつトゥパックらしい。この「ヒューイ」をパンサー党のリーダー、ヒューイ・P・ニュートンのことだ。あとのヴァースでは正しい食生活の大切さを説きながら、「中東でも戦争をしている」と嘆く。なんとか事態を変えよう、という呼びかけるリリックだが、書かれてから30年以上が立ってもあまり変わっていないことにがっかりする。

 

8. Hail Mary

トゥパックが別名義、マキャベリでリリースした5作目『Don Killuminati: The 7 Day Theory』の曲。このメアリーは、聖書に出てくるマグダラのマリア、メアリー・マグダレンのこと。7つの悪霊を追い出してもらい、イエスの最期を見届けた聖人だ。

I ain’t a killer, but don’t push me
Revenge is like the sweetest joy next to gettin’ pussy
Picture paragraphs unloaded, wise words bein’ quoted
Peeped the weakness in the rap game and sewed it
Bow down, pray to God, hopin’ that he’s listenin’
Seein’ niggas comin’ for me through my diamonds when they glistenin’
Now pay attention: bless me please, Father, I’m a ghost
In these killing fields, Hail Mary, catch me if I go
俺は人殺しじゃないけど 刺激しないでくれ
復讐はセックスの次くらいに甘い歓びだから
浮かんだパラグラフは発射され 賢い言葉は引用される
ラップ・ゲームの弱点を見つけては縫い合わせる
頭を垂れて 神に祈る 聞き届けてくれますように
奴らは俺を目がけてくる ダイヤがギラついているから
よく聞いてくれ どうぞお恵みを 父なる神よ 俺は幽霊です
この戦場で メアリーに敬礼を 俺が行くときは受け止めて

おどろおどろしいトラックに聖書の引用と復讐、殺伐としたラップ・ゲームでの自分の言葉の重要性まで描いていて、巧みだ。『Don Killuminati: The 7 Day Theory』は死後のリリースとなったため、予言のように響く。

 

 

9. Unconditional Love

『Greatest Hits』に収録された未発表曲のひとつ。もとはトゥパックがデス・ロウで巻き返しを図っていた友人、MCハマーのために書いた曲であり、トゥパックがラップしたデモ音源が残っていたため、リリースされた。ジョニー・Jが作ったトラックは、代表曲「Dear Mama」を思わせる曲調。何があっても裏切らない家族愛や友情についてラップしている。

 

10. Dear Mama (New Remix Version)

デス・ロウに移籍する前の3作目『Me Against the World』は、R&Bプロデューサーのソウルショック&カーリーンや、ニューヨークの重鎮イージー・モービーもプロダクションに加わり、素のトゥパックの素顔が覗ける作品だ。

ヒップホップのママ・チューンの最高峰、「Dear Mama」のリミックス・ヴァージョンでは、アンソニー・ハミルトンが渋い美声を重ねている。オリジナル・ヴァージョンより音を絞り、トゥパックの声色がより迫ってくる。このベスト盤のハイライトだろう。

 

11. Resist the Temptation (Thug Version)

1991年のデビュー・アルバムのためにレコーディングされた未発表曲。フィーチャーされている女性ヴォーカルの主はアメール・ラリュー。1995年に2人組のグルーヴ・セオリーとしてデビューし「Tell Me」をヒットさせた。ソロになってからはネオソウルにシフトして日本でもファンが多いシンガーだ。意外な組み合わせだが、無名時代にふたりが出会ってレコーディングした様子を想像すると楽しい。誘惑に抗おうとするリリックが、初期のトゥパックらしい。

 

以上、11曲。1枚通して聴けるように構成されたため、聴きやすい。「サグ」編とはなっているが、ならず者として生きていくしかないメンタリティーと、構造的な社会問題まで織り込まれて重層的だ。半世紀にひとり出るか出ないかレベルの天才である。

Written by 池城美菜子  (noteはこちら)


2パック『Best of 2Pac, Part 1: Thug』
オリジナル; 2007年12月3日発売
再発LP: 2025年7月4日発売
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