パブリック・エネミー結成35年後の脱退劇の真相と米大統領選とミュージシャンたち

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(C) Ronnie Randall Retna

1985年に結成されたヒップホップ・グループ、パブリック・エネミー(Public Enemy)。そんなグループが米大統領選の民主党候補を決める争いをしている候補者の一人、バーニー・サンダースの応援パーティーへの参加で揉めた結果、中心メンバーのフレイバー・フレイブ(Flavor Flav)が脱退したことが日本でも話題となりました。

そんな政治に近い存在のグルーブ、パブリック・エネミーの歴史と、大統領選とミュージシャンとの関係について、ライターの池城美菜子さんに執筆いただきました。


バーニー・サンダース応援大会での出来事

2020年は、4年に1度の米大統領選挙の年にあたる。11月3日の投票まで8ヶ月ある3月上旬の争点は、共和党のトランプ大統領を迎え撃つ民主党の指名を受ける候補者の選定。今年に入って候補者乱立の様相を呈していたのが、いまの時点で5人に絞られ、実質上は2人の闘いになる見通しだ。

1人目は、もともとは無所属で根強い支持層をもつ左派のバーニー・サンダース上院議員。公立大学の授業料無料化、最低賃金引きあげを掲げているので、若者の支持者が多い。もうひとりは、オバマ政権で副大統領を務めた中道派のジョー・バイデン氏。その行方を大きく占うスーパー・チューズデー前の3月1日の日曜日、ロサンゼルスでサンダースを応援する大会が開かれた。17,000人ものサポーターを集めた大規模な集会の目玉はヒップホップ界の重鎮、パブリック・エネミー(PE)のパフォーマンスだった。ところが、その出演を巡り、直前にオリジナル・メンバーのフレイヴァー・フレイヴが脱退(というかクビ)のほうが大きなニュースになってしまった。(パフォーマンスの模様は下記動画の1時間58分ごろからご覧になれる)

 

Twitterで流れてきたニュースをベッドの中で読んだ私の最初の反応。「てか、フレイヴァー・フレイヴってまだPEだったんだ」(そのまま熟睡)。起きてみたら、「大統領選を巡ってパブリック・エネミーが分裂、大変!」「パブリック・エネミーでさえ、政治のためにここまでするんだよ(だから、私たちも興味をもとう!)」的なつぶやきで私のTwitterのタイムラインは大にぎわい、さらっと報じた音楽サイト多かった。

大前提として、影響力をもつ著名人が政治的、社会的な発言をしたり、活動をしたりするのはすばらしいし(自然だと思う)、ファンの私たちは投票に行ったほうがいいし、政治に興味をもったほうがいい。でも。でもでも。アメリカで政治的な活動をするヒップホップ・グループって言ったら、まずパブリック・エネミー(正確にはチャック・D)でしょー、なんでそこで感心したり、驚いた体でニュースにしたりするの? と違和感があり、以下のようにつぶやきました。

ええ。そうしたら、「じゃあ、池城さん、自分で書いてくださいよ」との発注がuDiscovermusicからきた。自分で入れたツッコミを自ら回収する羽目になる、2020年らしい流れ。‥‥この記事で伝えることは大まかに2つです。

1. パブリック・エネミーってこういうグループ
2. アメリカのアーティストが政治/社会に参加する意味

 

パブリック・エネミーの歴史と政治

まず、1から。パブリック・エネミーは1980年代ヒップホップ黎明期に政治的/社会的な怒りとメッセージのこもったラップ、キレキレのスクラッチを含む革新的なトラックで、世界に「ラップ・ミュージック」の意義を伝えた功労者だ。2020年現在、ヒップホップ・アクトとしては7組しかいない「ロックの殿堂入り」を果たしたレジェンド(あとはグランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイブ、ランDMC、ビースティ・ボーイズ、N.W.A.、2パック、ノトーリアスB.I.G.)。

昨年、プリンスとスパイク・リーの関係についての記事を書いたとき、ヒップホップが広まり始めた80年代に、両者どちらも「(ヒップホップは)よくわからないけれど、パブリック・エネミーは意義があっていい」と発言した事実が出てきた。つまり、PEはヒップホップが新奇なジャンルだった上の世代やブラック・カルチャーに疎い人々にとって、「納得しやすい」存在であった。

パブリック・エネミーとスパイク・リーの関係は深く、1989年、スパイクの『ドゥ・ザ・ライト・シング』のエンディングで「Fight The Power」が流れたのは、その後、ブラックパワーを標榜するヒップホップ・カルチャーがメインストリームになっていく、力強い幕開け宣言でもあった。

 

その一方で、PEは戦闘的な態度と発言でなんども物議をかもした。有名なのは、「情報局長(ミニストリー・オブ・インフォメーション)」との肩書きだったプロフェッサー・グリフが「世界の悪事はすべてユダヤ人が仕掛けている」と発言して大騒ぎになり、結果、グループをクビになった事件(ただし、そのあともチャックDは彼と別の形で音楽活動をしている)。オリジナルDJのターミネーターXも脱退して、DJロードに代わっていたので、最初からのメンバーはチャックDとフレイヴァー・フレイヴだけになっていた。

 

フレイヴァー・フレイヴはテレビタレント?

近年は大きなヒット曲こそ出していないものの、30年以上も存在感を保っていたのはすごい。フロントマンのチャックDが抜きん出た存在ではあるが、実は、アメリカではフレイヴァー・フレイヴもリアリティTVの人気者としてかなり有名だ。それが、PEが80年代からのヒップホップ・アクトのなかで現役感がある理由のひとつになっていると思う。

首からぶらさげたバカでかい時計が目印のフレイヴァー・フレイヴは、合いの手を入れたり、観客を煽ったりする盛り上げ役のハイプマン。教条的で、一歩まちがえば堅苦しくなりがちなチャックのラップの緩和剤の役目もある。だが、ラッパーとしての客演やラジオホストとしてずっと活躍しているチャックDとは違い、00年代頭のフレイヴァー・フレイヴはニューヨークで住む場所にも困る状態になり、心配したチャックがロサンゼルスに呼んだところ、テレビ番組のプロデューサーの目に止まったという。そこで、ピークを過ぎた著名人に共同生活をさせるリアリティ番組「サーリアル・ライフ」に抜擢されて、ブレイクしたのだ。番組で共演したシルベスター・スタローンの元奥さんのブリジット・ニールセンと男女の仲になり、2005年にはその生活を見せる「ストレンジ・ラヴ」が放映された。

彼女と別れた2006年からは20人もの女性がフレイヴを取り合う(「バチュラー」と同じ形態)「フレイヴァー・オブ・ラヴ」が2年半も続いた。MTVの姉妹局、VH1はインターネットの普及で音楽ビデオをテレビで流す需要が減ったあと、有名人のドタバタを見せるリアリティTVを量産した。俳優やミュージシャンに新しいキャリアを提供したプラスの面もあるが、基本的にケンカや競争を見せ場にする構成で、バカバカしく悪趣味だ。キャラクターが立っているフレイヴァー・フレイヴと相性がよかったのだと思うが、黒人男性の悪い見本を意図的に演じているようにも見えて、チャックDを含めて批判する人も多かったし、私も苦手でチャンネルを合わせたことはほとんどない(その結果、上記のキツめのTweetにつながる)。

 

本題のクビになった件、サンダース議員をサポートする署名には、チャックD以下、現メンバーの4人がサインをしているが、フレイヴはしていない。チャックは曰く、「彼は政治的な発言をしない」のではなく、「金にならない仕事はしたくない」が主な理由だそう。フレイヴはここ数年、レコーディングやコンサートをすっぽかすことも多かったため、堪忍袋の緒が切れたのが真相らしい。「35年も一緒にやってきたのに」とフレイヴは抵抗している。テレビで忙しかったころは別行動だっただけで、脱退ではなかったらしく、そこは私の勘違い(ごめんなさい)。彼が心を入れ替えたら、そのうち復帰する可能性もあるだろう。

 

はっきりと支持者を表明するアメリカのミュージシャンたち

バーニー・サンダースの支持を表明しているミュージシャンは、ザ・ストロークス、ジャック・ホワイト、ウィークエンド・ヴァンパイアー、ボン・イヴェール、アリアナ・グランデ、カーディー・Bなど、ジャンルや世代を超えて大勢いる。トランプ大統領の支持を表明して大炎上したカニエ・ウェストの音楽的な弟分キッド・カディもバーニーの集会に参加したし、パブリック・エネミーと縁の深いスパイク・リー監督も熱心な彼のサポーターである。

「バーニー」の愛称で知られる彼は、ポーランド系ユダヤ人であり、人権を重んじる福祉重視派。「金持ちがより富む仕組みを変えよう」との彼の主張を聞いていると、公平で明るい未来が覗ける気がして私も好きなのだが、3月12日現在、バイデン元副大統領のほうが有利とのニュースが入ってきている。

2016年の就任以来、次から次へと舌禍事件を起こしつつ、「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(MAGA/アメリカを再び偉大に)」をスローガンに反移民を掲げ、保守的な政策で熱狂的な支持と敵意に近い反感の両方を集めているトランプ大統領は、わかりやすくダイレクトな影響力がある。再選を目指して、なりふり構わない大衆迎合主義(ポピュリズム/一貫した政策ではなく、世論でウケのいいほうに流れる)を発動しまくっているため、なんだかんだ強い。対する民主党は苦戦を強いられており、現実的に勝てそうなバイデン氏に民主党内が傾いているわけだ。

トランプ大統領はミュージシャンには嫌われており、2017年1月の就任式ではパフォーマンスしてくれるアーティストを探すのに苦労した。「Hold On, I’m Coming」で知られるソウルのサム&デイヴのひとり、サム・ムーアと、R&Bのクリセット・ミッシェルが引き受け、250,000ドル(約3,000万円)以上だったと言われるギャラを受け取ったのだが、クリセットは業界から大反発をくらい、その後のインタビューで「大失敗だった」と認めている。

たまたま、私はこのふたりがアルバムを出したときに、対面インタビューをしている。どちらも明るく、よく話してくれるタイプ。熱心なトランプ大統領支持者ではなく、就任式という晴れの舞台に立つのも悪くない、くらいの気持ちで引き受けたのではないか。政治的な発言をすると嫌われる日本の著名人の状況とは真逆で、アメリカのセレブリティは、はっきり支持政党を表明し、選挙の応援を熱心にする人が多い。2008年と2012年にオバマ元大統領が民主党候補として大統領選に出馬したときは、グラミーの授賞式かBETアワーズかと見紛う勢いで、人種関係なく多くのミュージシャンが応援していた。

もちろん、彼らの発言は影響力があるが、アメリカの投票率が日本並みに低いのも事実で、彼らは「まず投票に行こう」との呼びかけをしている。アメリカのアーティストや俳優は世の中を変えたい、という思いをはっきり言葉に出し、行動する。選挙の結果がすべてではなく、4年前も民主党候補に名乗りでたバーニー・サンダースが打ち出して支持が高かった政策を、結果的にトランプ大統領が取り入れたこともわかっているのだと思う。あと8ヶ月間、好きなミュージシャンの主張に耳を傾けつつ、大統領選の行方を見守りたい。

Written by 池城美菜子
(*池城さんのブログはこちら



パブリック・エネミー / Public Enemyを聞く

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