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アカペラが愛され続ける理由:その軌跡を代表的アーティストとともに辿る

想像してみてほしい。2010年代に、楽器を一切使用しない作品がグラミー賞を受賞し、プラチナ・ディスクを獲得、さらにチャート首位にまで上り詰めた。そんな事実は、一見するとポップ・ミュージックにおける全く新しい現象のように思える。
しかし、アカペラ・グループ、ペンタトニックス(Pentatonix)の驚異的な成功は、実際には音楽の最も古い伝統の一つを現代に蘇らせたものだった。何百万ドルものレコーディング・スタジオや、Pro Toolsのようなデジタル録音システムが存在するはるか以前から、人々は「声」そのものを楽器として音楽を生み出してきた。
その歌声は、バーバーショップ・カルテットの緻密なハーモニーとなり、バプテスト教会で響き渡るゴスペルとなり、あるいは街角で歌われるドゥーワップ・グループのコーラスとなって、人々の暮らしの中で受け継がれてきたのである。
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アカペラ・ブームの再来
近年のアカペラ・ブームの再来には、人気TV番組“The Sing-Off”の存在が大きく貢献したと言っていいだろう。2009年から2014年にかけてNBCで全5シーズン放送されたこのアメリカのTV番組は、オーディション番組のフォーマットを、伴奏を一切用いないアカペラ・パフォーマンスに特化させたものだった。その結果、新たなアカペラ・ブームを巻き起こしただけでなく、審査員を務めたベン・フォールズやショーン・ストックマンのキャリアも新たな注目を集めることになった。
さらに同番組では、レナード・コーエンの「Hallelujah」にまたひとつの発表の場が与えられた。今や同曲は、意味深いソングライティングによる名曲版「Louie Louie」とでも呼べる存在になっている。つまり、それほどまでに数え切れないほどカヴァーされる、現代のスタンダード・ナンバーとなったのである。
2011年の第3シーズンに出場するために結成されたペンタトニックスは、見事優勝を果たし、その後、史上最も商業的に成功したア・カペラ・グループとなった。クリスマス・ソングやポップ・スタンダード、そしてもちろん「Hallelujah」などのカヴァー曲を録音した後、オリジナル楽曲も積極的に発表するようになった。
彼らはまた、洗練されたスタジオ・プロダクションと、人の声だけで作り上げたリズム・トラック(ヴォーカル・パーカッション)を組み合わせることで、アカペラ作品でもラジオで流れる最新ポップスと遜色ないほどモダンでスタイリッシュなサウンドを実現できることを証明したのである。
“The Sing-Off”が人気を博していた同時期、2012年公開のヒット映画『ピッチ・パーフェクト』は、アメリカの大学に古くから根付くアカペラ・グループ文化に改めてスポットライトを当てた。
こうした大学アカペラ・グループの歴史は古く、その起源は1909年にイェール大学で結成されたウィッフェンプーフス(Whiffenpoofs)までさかのぼる。この名門グループは、後にスタンダードとなる「The Whiffenpoof Song (The Little Lost Lamb)」を生み出したことでも知られており、作曲家コール・ポーターや、インターネット時代を代表するシンガー・ソングライター、ジョナサン・コールトンといった著名人も輩出している。
一方、インディアナ大学のアカペラ・グループ、ストレイト・ノー・チェイサー(Straight No Chaser)は、2009年に公開したクリスマス・パフォーマンスの動画がインターネットでヴァイラル・ヒットとなり、一躍脚光を浴びた。
その後、彼らはアトランティック・レコードと契約を結び、スティーヴィー・ワンダーやエルトン・ジョンといった大物アーティストとも共演。両者は、彼らの2013年発表のアルバム『Under The Influence』にもゲスト参加している。
アカペラの初期史
アカペラには長い歴史があるにもかかわらず、声だけで作られたヒット・レコードは比較的少ない。歌声がすべてだったポップ・ミュージックやロックンロールの初期でさえ、スタジオにはたいてい少なくとも数人のミュージシャンがいた。
注目すべき例外のひとつは、1942年から43年に起こった。当時、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)が数か月にわたるストライキを実施したため、多くのレコーディングで楽器演奏を行うことができなくなったのだ。この時期に、フランク・シナトラは、伴奏としてヴォーカル・コーラスだけを用いた約12曲を録音している。これらの作品は、シナトラ初期のレコーディングの中でも、とりわけ美しく、そして時に神秘的な雰囲気をたたえた名演として、今なお高く評価されている。
80年代には、アカペラ・ミュージックが小規模ながら再び注目を集める出来事が起こった。ビリー・ジョエルによる無伴奏曲「The Longest Time」が、1973年のプレリュードによるニール・ヤング「After The Gold Rush」の風変わりなカヴァー以来、10年以上ぶりに全米チャート入りを果たしたのだ。もっとも、厳密に言えばビリー・ジョエルは少しだけ“反則”をしている。ミックスの奥にはベース・ギターとスネア・ドラムが控えめに加えられているからだ。とはいえ、その存在はごくわずかであり、この楽曲はほとんど歌声だけで成立していると言って差し支えない。
そしてこの作品は、ザ・タイムズをはじめとする1960年代初頭のドゥーワップ・グループへのオマージュでもある。(タイトルの「Time」とグループ名「Tymes」をかけた言葉遊びにも、その敬意が表れている)
同様のノスタルジックな感覚は、ボーイズIIメンが1991年に発表した「In the Still of the Night」のヒット・ヴァージョンにもにも感じられる。リリースは1990年代ながら、その精神は1950年代のドゥーワップ黄金期にしっかりと根ざしていた。
そしてボビー・マクファーリンは、1988年のシングル「Don’t Worry, Be Happy」で大成功を収めた。この曲もアカペラ・ヒットの代表作だが、大きな特徴は、聴こえてくるすべての声をボビー・マクファーリン一人が演じているという点にある。声だけで豊かなアンサンブルを作り上げたこの作品は、アカペラ表現の可能性を改めて世に示した名曲となった。
新たな地平を切り開く
常識にとらわれない音楽家として知られるトッド・ラングレン(Todd Rundgren)は、この分野でも時代を先取りしていた。1985年に発表したアルバム『A Cappella』で彼は、現代のレコーディング・スタジオにおいて、一人の歌手がどこまで表現できるのかという新たな可能性を切り開いたのである。
トッドは、自身の声を何度もオーバーダビングすることだけでアルバムを制作。オールドスクールなコーラス・ワークから、プログレッシブ・ロック風の組曲、さらにはシングル「Something To Fall Back On」で聴かれる本格的なモータウン・サウンドまで、多彩な音楽世界を作り上げた。
さらに彼は、自らの声をサンプラーへ取り込み、重厚なリズムやオーケストラのような音響までも生み出している。こうした試みは、おそらくエレクトロニカとアカペラを本格的に結び付けた最初のアルバムと言えるだろう。
その革新的なアプローチは、後にビョーク(Björk)が2004年に発表した声だけで構成された実験的アルバム『Medúlla』や、現代のペンタトニックスが展開するアカペラ・サウンドへと受け継がれていくことになる。
現在まで長い歴史を誇るアカペラ・グループの代表格として、パースエイジョンズ(The Persuasions)の存在も欠かせない。彼らは1960年代半ばの結成以来、一度も解散することなく活動を続けており(現在もオリジナル・メンバー2人が在籍)、初期のアルバム・タイトルを借りれば、まさに「Still Ain’t Got No Band(いまだにバック・バンドなんていない)」という言葉を体現してきたグループである。
1970年代から80年代にかけて、継続的に作品を発表していたアカペラ・グループはほとんど存在せず、その意味でもパースエイジョンズは極めて特異な存在だった。
また、その活動歴には意外なエピソードも少なくない。1970年のデビュー・アルバム『A Cappella』は、フランク・ザッパ(Frank Zappa)がプロデュースを担当。さらに2000年には、ザッパへの敬意を込めたトリビュート・アルバム『Frankly A Cappella』も発表している。加えて、グレイトフル・デッドややU2の楽曲だけで構成したトリビュート・アルバムも制作するなど、幅広いレパートリーに挑戦してきた。
2017年には、ベアネイキッド・レディース(Barenaked Ladies)とのコラボ・アルバムもリリース。この作品は、パースエイジョンズのディスコグラフィの中では珍しく実際にバンド演奏が加わった作品であり、ベアネイキッド・レディースが演奏を担当し、そこにパースエイジョンズが歌声を重ねるという形で制作されている。
ヒップホップ黎明期のフリースタイル
アカペラは、ヒップホップの世界でも誕生当初から欠かせない存在だった。ヒップホップ黎明期、「2台のターンテーブルと1本のマイク」という象徴的なスタイルでサウス・ブロンクスのストリート・パーティーを盛り上げていた初期のMCたちは、万が一サウンドシステムが故障して音楽が止まってしまっても、その場でフリースタイルを披露できるよう常に備えていた。
その文化は後に、Run-D.M.C.やLL・クール・Jといった初期のスターたちにも受け継がれ、ライヴではアカペラでラップを披露する場面が演出として取り入れられるようになった。
また、当時のヒップホップでは、ヒットした12インチ・シングルのB面にアカペラ・ヴァージョンを収録することも珍しくなかった。特にTommy Boy Recordsはそのスタイルで知られ、例えばジェームス・ブラウン(James Brown)とアフリカ・バンバータ(Afrika Bambaataa)による「Unity」には、圧倒的な迫力を放つヴォーカルのみのアカペラ・ミックスが収録されている。
さらに近年では、ジェイ・Z(Jay Z)の『Black Album』やナズ(Nas)の『Stillmatic』といった名作アルバムのアカペラ音源も流通しており、DJやリミックス・クリエイターたちによって数え切れないほどのマッシュアップや再構築作品が生み出されてきた。
より近年のヒップホップ・シーンは、おそらく史上最も奇妙なアカペラ作品とも呼べるアルバムを生み出した。そのきっかけは、実験精神あふれるデュオ、ラン・ザ・ジュエルズ(Run the Jewels)が実施したKickstarterでのクラウドファンディング企画だった。彼らは半ば冗談交じりに、「もし4万ドル集まったら、ファースト・アルバムをリミックスして、すべての楽器を猫の鳴き声に置き換える」と公約したのである。驚くべきことに、この突飛なアイデアに賛同したファンたちが目標額を達成。約束どおり制作されたのが、『Meow The Jewels』だった。
この作品では、ラン・ザ・ジュエルズの二人によるラップに合わせて、猫のゴロゴロという喉鳴らし、鳴き声、うなり声、シャーッという威嚇音、さらにはスロー再生した喉鳴らしで作られた重低音など、あらゆる音が猫の声で構成されている。ユーモアから生まれた企画でありながら、サウンド・デザインとしても非常に凝った内容となっており、ヒップホップとアカペラ表現の可能性を遊び心たっぷりに広げた異色作として語り継がれている。
結局のところ、優れたアカペラの本質とは、何ものにも飾られない「声」そのものの素晴らしさを讃えることにある。もっとも、その「声」が人間のものでなければならないとは、誰も決めてはいない。
Written By Brett Milano
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