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史上最高のブルース・アルバム120選 : 一度は聴いておきたい名盤たち

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Photo: Michael Ochs Archives/Getty Images

史上最高のブルース・アルバム。私たちはここでまた、不可能に挑もうとしている。その他のリストと同様、このラインナップも単なる思い付きで適当に作成したわけではない。持てる情報網をフルに活用し、数え切れないほどの雑誌や本に目を通すことで、なるべく説得力のあるリストを目指した。

果たして出来栄えはいかがだろうか? 我々はこのリストを作成して、改めてブルースの幅の広さに驚かされたし、ブルースと一言で言ってもその実、多種多様なタイプのものがあることが、このリストだけでもわかる。ジャズ寄りのブルースやフォーク・ブルース、ブルース・ロック、まさに王道の素朴なブルース、シカゴ・ブルース、ブリティッシュ・ブルース、カントリー・ブルース、そして白人のブルースなどなど、実にさまざまである。

愛好家ならライヴこそブルースの醍醐味だというのは言わずもがなだと思うが、リストにはステージでの名演も含まれている。ライトニン・ホプキンスやクリーム、マディ・ウォーターズ、B.B.キング、オールマン・ブラザーズ・バンド、ジミー・リード、そしてマイク・ブルームフィールドとアル・クーパーまで含まれているということからも、このリストの対象の広さが伝わるだろう。

また、リストには誰もが認める名盤も入っている。ロバート・ジョンソンの『King Of The Delta Blues Singers』、ジュニア・ウェルズの『Hoodoo Man Blues』、アルバート・キングの『Born Under A Bad Sign』、マジック・サムの『West Side Soul』などがその代表格だ。

一方で、あまり知られていないアルバムもある。ブラインド・ミシシッピ・モリスの『Back Porch Blues』、コーナー、レイ&グローヴァーの『Blues, Rags And Hollers』、タンパ・レッドの『Don’t Tampa With The Blues』などである。そうした作品もまた著名な作品群に劣らず、ここで挙げるに相応しい。

本リストでは順位付けを諦めて、アーティスト名とアルバム・タイトルをアルファベット順に並べていくことにした。言い訳のようだが、どのアルバムも詳しいブルース・ファンならコレクションに入っていておかしくない名盤だ。あなたのお手元にはどれだけあるだろう? 逆に、リストから漏れているアルバムはあるだろうか?もしあったとすれば、下のコメント欄から教えてほしい。

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1. アルバート・コリンズ『Ice Pickin’』(Alligator) (1978年)

テキサスに生まれ、”ジ・アイス・マン”の異名を取ったコリンズ (本名はアルバート・ジーン・ドリューリー) 。ブルースの名手であるライトニン・ホプキンスのいとこだが、ジョン・リー・フッカーのレコードを聴いて歌とギターに目覚めたという。

年季の入ったスタンダード・ナンバーでジョニー・”ギター”・ワトソンによる「Too Tired」とそれに劣らぬオリジナル曲 「Avalanche」が混在する名作『Ice Pickin’』は最高傑作の呼び声も高いコリンズにとって6枚目のフル・アルバムだ。激しいギターに思わず圧倒される同作は、ド派手なエレクトリック・ブルースを得意とする彼を象徴する作品だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Avalanche」

Avalanche

 

2. アルバート・コリンズ、ロバート・クレイ&ジョニー・コープランド『Showdown!』(Alligator) (1985年)

テキサス出身のベテラン2人と新進気鋭のクレイが組んだというだけでワクワクする『Showdown!』は、T-ボーン・ウォーカーによる「T-Bone Shuffle」の刺激的なカヴァーで幕を開ける。同曲を筆頭にギターの名演の数々が聴ける、ブルース界きっての楽しいアルバムだ。

確かに3人が腕を競い合う作品ではあるが、プライドがぶつかり合うような演奏ではなく、全員が進んで仲間と見せ場を分け合っているように聴こえる。1986年のグラミー賞にも輝いた『Showdown!』は、間違いなくブルース史に残るアルバムだ。

– アルバムを代表するトラック : 「Lion’s Den」

Lion's Den

 

3. アルバート・キング『Born Under A Bad Sign』(Stax) (1967年)

メンフィスに拠点を置くスタックス・レコードは南部の素朴なR&Bで知られるレーベルだったが、1967年にはブルースのジャンルでいくつかヒット・シングルを飛ばしている。その立役者がミシシッピ生まれのシンガー/ギタリストであるアルバート・キングだ。

『Born Under A Bad Sign』は迷信を題材にした表題曲 (メンフィスの有名R&Bグループ、ブッカー・T&ザ・MG’sを率いたブッカー・T・ジョーンズとの共作) が有名だが、「Laundromat Blues」や「Cold Feet」、「Crosscut Saw」などキングの他のヒット・シングルも収録。同作は南部のエレクトリック・ブルースの模範となり、オーティス・ラッシュやジミ・ヘンドリックス、スティーヴィー・レイ・ヴォーンらに影響を与えた。

– アルバムを代表するトラック : 「Born Under A Bad Sign (悪い星の下に) 」

Born Under A Bad Sign (Mono Mix)

 

4. アルバート・キング『King Of The Blues Guitar』(Atlantic) (1969年)

シルクのように柔らかな歌声と存在感のある風体で、身長は約193cm 、体重は約113kgもあったアルバート・キングは、親しみを込めて”ヴェルヴェット・ブルドーザー”とも呼ばれた。そんな彼の名前が知られるようになったきっかけは、1960年代後半に発表したアルバム『Born Under A Bad Sign』だった。

スタックス時代の作品のうち、シングルやそのB面曲、アルバム収録曲など選りすぐりの10曲を集めた本ベスト盤にも、同アルバムの表題曲が収録されている。1960年代のキングの音楽を知る入門盤としてもってこいの1作だ。

– アルバムを代表するトラック : 「(I Love) Lucy」

I Love Lucy

 

5. アレクシス・コーナーズ・ブルース・インコーポレイテッド『R&B From The Marquee』(Ace Of Clubs) (1962年)

オーストラリア人とギリシャ人の両親を持ち、パリで生まれたコーナーは、1960年代に強い影響力を誇ったブリティッシュ・ブルースの第一人者となった。彼が1961年に結成したブルース・インコーポレイテッドは、ロンドンのスタジオで本作『R&B From The Marquee』を録音した。

ブルースのカヴァーとオリジナル曲が混在した本作では、シリル・デイヴィスとロング・ジョン・ボールドリーのふたりがヴォーカルを取っている。UKでブルース・ロックの流行に火をつけたこのアルバムは、同国の音楽シーンの分岐点となった。

– アルバムを代表するトラック : 「I Got My Mojo Working」

I Got My Mojo Working

 

6. アレサ・フランクリン『The Delta Meets Detroit : Aretha’s Blues』(Rhino) (1998年)

幼少期からゴスペルに親しみ、教会で歌ってもいた”クイーン・オブ・ソウル”こと今は亡きアレサ・フランクリン。しかし、敬虔なキリスト教徒に”悪魔の音楽”と忌み嫌われたブルースにも、彼女は無縁ではなかった。

この編集盤はメンフィス生まれの彼女がアトランティック・レコードで残した作品からブルース寄りの楽曲を集めたものだ。「Today I Sing The Blues」の神懸かり的な歌唱やB.B.キングによる1969年の人気曲「The Thrill Is Gone」、セシル・ガントが1944年に発表したヒット曲「I Wonder」など聴きどころ満載だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Pitiful」

Pitiful

 

7. B.B.キング『Singin’ The Blues』(Crown) (1957年)

シンガー/ギタリストのライリー・B・キングは、B.B.キングと呼ぶ方がブルース・ファンにとっては一般的だろう。ミシシッピ出身の彼は、綿花のプランテーションに生まれた。ミュージシャンとしてデビューすると、1950年代にアメリカのR&Bチャートで1位を4度獲得。長く充実したキャリアを通してその人気は衰えなかった。

そんな彼のデビュー・アルバムである『Singin’ The Blues』は、ビハリ兄弟が創設したRPMレコードからキングがリリースした大ヒット曲などを集めた作品。夜聴くのにぴったりのスローな名バラード「3 O’Clock Blues」や「You Know I Love You」、「Please Love Me」などが収められている。

– アルバムを代表するトラック : 「3 O’Clock Blues」

3 O'Clock Blues

 

8. B.B.キング『Live In Cook County Jail』(ABC) (1971年)

ミシシッピ出身のブルースの巨匠であるキングによるライヴ・パフォーマンスの中でも一風変わった作品。1970年9月10日、広大なシカゴ刑務所の敷地内で行われた野外ライヴであり、2,000人を越える受刑者が彼の演奏を見に集まった。

ホーン隊を含むバンドを従えたキングは堂々たるステージを見せ、代表的な人気曲を惜しげもなく披露。その中には当時の旬なヒット曲「The Thrill Is Gone」や、彼が1950年代に大ヒットさせたR&Bナンバーのメドレーなどもあった。同作は米R&Bチャートで1位に輝いたが、意外にもキングが首位を獲ったアルバムはこれ1作のみである。

– アルバムを代表するトラック : 「Every Day I Have The Blues」

Every Day I Have The Blues

 

9. B.B.キング『Live At The Regal』(ABC-PARAMOUNT) (1965年)

1964年11月21日、自身のお気に入りの会場であるシカゴのリーガル・シアターで歓声を上げる熱狂的なファンの前に立ったとき、キングは39歳だった。これが彼にとって初めてのライヴ盤となったが、そこにはまさに全盛期を迎えたキングの演奏が捉えられていた。

特に、情熱的なヴォーカルと鋭いギターが見事なコントラストを生んでいる。史上最高のブルース・アルバムの呼び声も高い『Live At The Regal』は、エリック・クラプトンやマーク・ノップラーなどイギリスのギタリストに多大な影響を与えた。

– アルバムを代表するトラック : 「How Blue Can You Get」

How Blue Can You Get (Recorded Live At the Regal Theatre, Chicago, Illinois, November 21, 1964)

 

10. ベッシー・スミス『The Complete Recordings, Vol. 1』(Columbia) (1991年)

“ブルースの女帝”と呼ばれ多くの人に支持されたベッシー・スミス。ソウルフルで飾らない独特の歌唱スタイルで、1920年代に富と名声を手にした。伴奏はピアノのみでチャートの1位に立った1923年の「Down Hearted Blues」をはじめ、彼女は記憶に残るシングルの数々を世に放っている。

そんなスミスの楽曲をCD2枚組に纏めた聴きどころたっぷりの本作は、その輝かしい功績を讃える記念碑的アルバムだ。ダイナ・ワシントンやジャニス・ジョプリンなど彼女に魅了されたアーティストは枚挙にいとまがない。

– アルバムを代表するトラック : 「T’Aint Nobody’s Business If I Do」

'Tain't Nobody's Business If I Do

 

11. ビッグ・ビル・ブルーンジー『The Big Bill Broonzy Story』(Verve Folkways) (1961年)

ブルース・シンガーであるビッグ・ビル・ブルーンジーのキャリアは、波乱に満ちた長い旅路だった。アメリカのディープ・サウスにある綿花農園の劣悪な環境を飛び出した彼は、ヨーロッパのコンサート・ホールのような夢の舞台に立つまでのミュージシャンになった。

本作は、ブルーンジーが64歳でこの世を去る前年にレコーディングしたLP5枚組の長大なラスト・アルバム。「Key To The Highway」や「Southbound Train」などギターの伴奏による代表曲の演奏だけでなく、彼が自身の生涯を振り返ったインタビューにもかなりの時間が割かれている。それにより本作は、ブルーンジーを深く知ることができる”聴くドキュメンタリー”といえるような魅力ある1作になった。異なる特徴をもっていた田舎と都心部のブルースの架け橋になったシンガーを称える大作だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Southbound Train」

South Bound Train

 

12. ビッグ・ジョー・ウィリアムス『Hand Me Down My Old Walking Stick』(Liberty) (1968年)

ミシシッピ・デルタ出身のブルースマン、ビッグ・ジョー・ウィリアムスの名は今も語り継がれている。それは、彼が1935年に発表した「Baby Please Don’t Go」の影響力によるところが大きい。同曲には100近いカヴァー・ヴァージョンが存在し、中にはゼムやAC/DCなどロック・バンドがヒットさせ話題になったヴァージョンもある。

自作の9弦ギターがトレードマークのウィリアムスは、65歳になった1968年の秋にロンドンで本作をレコーディング (プロデューサーは、後にアート・ガーファンクルの「Bright Eyes」を作曲して名を馳せ、コミック・バンドのウォンブルズを率いたマイク・バット) 。

レコーディングに参加したのはベテランのブルースマンであるウィリアムスひとり。スライド・ギターのコードに乗ったパワフルなヴォーカルが、理屈抜きの無骨さを生んでいる。英国盤には、代表曲である「Baby Please Don’t Go」の激しい演奏も収録。デルタ・ブルースの最高峰だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Baby Please Don’t Go」

Baby, Please Don't Go (Live)

 

13. ビッグ・ママ・ソーントン『Jail』(Vanguard) (1975年)

アラバマ州モンゴメリー出身のウィリー・メイ・”ビッグ・ママ”・ソーントンは、200万枚を売り上げた「Hound Dog」で知られる“一発屋”である。ジェリー・リーバーとマイク・ストーラー作の同曲は1953年の米R&Bチャートで7週連続1位を獲得。後にエルヴィス・プレスリーがカヴァーしたことでも有名だ。

この名ライヴ・アルバム『Jail』にも同曲の賑やかな演奏が収録されているが、同作はモンロー州立刑務所とオレゴン州立矯正施設の2箇所で入所者を前に行われたステージの模様を纏めたもの。自信に満ちた様子のソーントンは、山火事が森を焼いていくように熱い歌声を聴かせる。

サポートにはジョージ・”ハーモニカ”・スミスやサックス奏者のビル・ポッターらが参加。彼らの演奏が「Little Red Rooster」やスロー・テンポの「Rock Me Baby」「Ball And Chain」などの楽曲を盛り上げている。そして、アルバムの最後を飾るのはエドウィン・ホーキンズ作の活気あるゴスペル・ナンバー「Oh Happy Day」だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Hound Dog」

Hound Dog

 

14. ビリー・ホリデイ『Songs For Distingue Lovers (アラバマに星落ちて) 』(Verve) (1958年)

ヴォルチモア生まれのビリー・ホリデイはジャズ・シンガーに分類されるが、ブルースにも通じるものがあった。ほろ苦いその曲調や、悪運・傷心・失望といった楽曲のテーマは彼女にぴったりだったのだ。

ベン・ウェブスターによるかすれ気味のテナー・サックスが印象的な本作アルバムは、ノーマン・グランツがプロデュースした50年代後期の逸品。ジャズのスタンダード・ナンバーの数々を自分らしく歌い上げる彼女のパフォーマンスからは、ジャズの気品とブルースの真心がどちらも感じられる。

– アルバムを代表するトラック : 「I Didn’t Know What Time It Was (時さえ忘れて) 」

I Didn't Know What Time It Was

 

15. ブラインド・ブレイク『Ragtime Guitar’s Foremost Fingerpicker』(Yazoo) (1984年)

盲目のシンガー、”ブラインド”・アーサー・ブレイクは、柔らかい歌声と流れるようなリズムのアコースティック・ギターを持ち味としていた。華やかなラグタイム調の音楽性や指弾きのギターが特徴のピードモント・ブルースを東海岸で広めたのも彼だと言われている。

ブレイクの没後にリリースされた本アルバムには、1926年から1932年までの間にパラマウント・レコードからリリースされた名曲の数々を収録。レヴァランド・ゲイリー・デイヴィスやライ・クーダー、ラルフ・マクテルらの名士たちも彼の作品の虜だったという。

– アルバムを代表するトラック : 「Diddie Wah Diddie」

Diddie Wa Diddie

 

16. ブラインド・ボーイ・フラー『Truckin’ My Blues Away』(Yazoo) (1978年)

ノースカロライナ出身のフラーは、ピードモンド・ブルースを代表するアーティストだ。ラグタイムの陽気なリズムを取り入れ、指弾きのギターを特徴とするアメリカ東海岸のブルース・スタイルである。

生まれながらにして目の病気を抱えていたフラーは、21歳頃で全盲になった。だがその作曲能力が衰えることはなく、1930年代に次々と楽曲を制作。様々なレーベルから120もの楽曲をリリースした。

入門盤として申し分ない1978年の本コンピレーション(目を引くアートワークはロバート・クラムによるもの)には、そのうち1935年から1939年に発表された選りすぐりの14曲が収められている。このアルバムはフラーならではの独特な歌とギターを存分に堪能できる1枚だ。

呑気な響きの表題曲「Truckin’ My Blues Away」や洗濯板を使用した素朴な佳曲「I Crave Pigmeat」、スライド・ギターが炸裂する物語調のバラード「Homesick and Lonesome Blues」など聴きどころも多い。

– アルバムを代表するトラック : 「Truckin’ My Blues Away」

Truckin' My Blues Away

 

17. ブラインド・ゲイリー・デイヴィス『Harlem Street Singer』(Bluesville) (1960年)

ピードモント・ブルース界の実力者であるデイヴィスは流れるような指弾きのスタイルで知られる。サウスカロライナに生まれ幼少期に視力を失った彼は、フォーク・リヴァイヴァルが始まろうとしていた1960年にこの名盤を制作。そのときすでに64歳になっていた。

1930年代からバンジョー、ギター、ハーモニカを自在に操って数々の楽曲を残したが、1930年頃からは牧師としての顔も併せ持っていたという。本作にはカントリー・ブルースとゴスペルの要素が見事に調和した12の楽曲を収録。たったひとりで演奏するデイヴィス独特のしゃがれ声やアコースティック・ギターの妙技が楽しめる。アルバムの冒頭を飾る「Samson & Delilah」は後にピーター、ポール&マリーやグレイトフル・デッドにカヴァーされた。

– アルバムを代表するトラック : 「Let Us Get Together Right Down Here」

Let Us Get Together Right Down Here

 

18. ブラインド・レモン・ジェファーソン『The Folk Blues of Blind Lemon Jefferson』(Riverside) (1954年)

“テキサス・ブルースの父”と呼ばれる盲目のジェファーソンは、路上ミュージシャンとして通行人から小銭を集めながらその腕を磨いた。初めてのレコーディングを経験したのはこの世を去る3年前のこと。初めはパラマウント・レコードでゴスペル・ナンバーを制作していたという。

夭逝から25年後にリリースされた本アルバムは、シカゴでレコーディングされた8つの楽曲を集めたもの。物悲しげなハイトーンの歌声や工夫を凝らしたギターの伴奏が印象に残る。ジェファーソンから影響を受けたミュージシャンはレッド・ベリーやジョシュ・ホワイト、B.B.キングなど枚挙にいとまがない。

– アルバムを代表するトラック : 「That Black Snake Moan No. 2」

That Black Snake Moan No.2

 

19. ブラインド・ミシシッピ・モリス (&ブラッド・ウェッブ)『Back Porch Blues』(Mempho) (1999年)

先天性の緑内障で視力を失ったミシシッピ生まれのモリスは、シカゴ・ブルースの名手であるウィリー・ディクソンのいとこだ。

ハーモニカの腕前とパワフルな歌声を誇るモリスは、メンフィス出身のギタリスト/プロデューサーであるブラッド・ウェッブの力を借りて『Back Porch Blues』を完成させた。素朴さが魅力的な11のオリジナル曲は、デルタ・ブルースの伝統に忠実な仕上がりになっている。

– アルバムを代表するトラック : 「Mysterious Woman」

Blind Mississippi Morris and Brad Webb – Mysterious Woman

 

20. ブラインド・ウィリー・ジョンソン『The Complete Blind Willie Johnson』(Columbia/Legacy) (1993年)

低く無骨なしゃがれ声と力強いスライド・ギターを特徴とするジョンソンは、ゴスペルの要素を取り入れたユニークなスタイルのブルースをテキサスで確立した。その活動期間は1927年から1930年までとあまりに短いが、後進へ与えた影響は大きい (ロバート・ジョンソンやハウリン・ウルフはそのギター・スタイルを参考にし、ボブ・ディランやレッド・ツェッペリンは彼の楽曲をカヴァー) 。

全30曲を収録した本編集盤にはジョンソンがレコーディングしたすべての楽曲が網羅されており、その才能を知るにはこれ以上ない作品。本作なしでは、ブルースの名盤を集めた本リストは成立しない。それほどの重要作だ。

– アルバムを代表するトラック : 「It’s Nobody’s Fault But Mine」

Nobody's Fault But Mine – Blind Willie Johnson

 

21. ブラインド・ウィリー・マクテル『The Definitive Blind Willie McTell』(Columbia/Legacy) (1994年)

ブラインド・ウィリー・マクテルは、ボブ・ディランがオマージュを捧げ (1983年の楽曲「Blind Willie McTell」で言及) 、オールマン・ブラザーズ・バンドがカヴァーした名ミュージシャンだ。

ジョージア生まれのマクテルは、ブラインド・サミー、ホット・ショット・ウィリー、バレルハウス・サミーなどいくつかの名義を使用しながら活動した。41曲と大ボリュームの本コンピレーションでは、素早い指さばきで12弦ギターを弾きこなすマクテルらしいピードモント・ブルースを存分に楽しめる。「Broke Down Engine」や「Southern Can Mama」などの有名曲ももちろん収録されている。

– アルバムを代表するトラック : 「Broke Down Engine」

Broke Down Engine (Blind Willie McTell) [with english subtitles]

 

22. ボ・ディドリー『His Best』(Chess) (1997年)

ボ・ディドリーの名で知られるエラス・オサ・ベイツは、ミシシッピ州マコーム出身のシンガー/ギタリスト。彼が作り出した華やかなリズム・アンド・ブルースは、後のロックやポップの誕生に繋がるものだった。

『His Best』はチェス・レコードから発表されたディドリーの楽曲のうち、特に人気の高い20のヒット曲を集めたもの。ディドリーはシカゴに拠点を置くチェスに1955年から1974年まで在籍していた。米R&Bチャートを制した「Bo Diddley」や同シングルB面に収録された「I’m A Man」、そして「Road Runner」などが本作のハイライトだ。

– アルバムを代表するトラック : 「Bo Diddley」

Bo Diddley

 

23. ボビー・”ブルー”・ブランド『The Voice (Duke Recordings 1959-69) 』(Ace) (1991年)

本名をロバート・ブルックスといい、テネシーで生まれたブランドは、長きに亘ってその人気を保ち続けた。1957年から1985年まではアメリカのR&Bシングル・チャートの常連で、その間に1位にも3度輝いている。

そのひとつである名曲「I Pity The Fool」を中心とした本ベスト盤には、メンフィスに拠点を置いていたデューク・レコード時代の彼の楽曲を26も収録。「Cry Cry Cry」「Don’t Cry No More」「Turn On Your Love Light」なども忘れてはいけないヒット曲だ。ヴァン・モリソンや、シンプリー・レッドのミック・ハックナルからも愛されたブランドは、数々の賞を受賞するとともに、R&Bとソウルの壁を壊してみせた。

– アルバムを代表するトラック : 「I Pity The Fool」

I Pity The Fool

 

24. ボニー・レイット『Give It Up』(Warner Bros.) (1972年)

ソウルフルな歌とギターのボトルネック奏法で知られるボニー・レイットは出身こそカリフォルニア州のバーバンクだが、デルタ・ブルース色の強いサウンドを奏でた。

後にジャンルの垣根を越えてポップ/ロック界で大成功を収めた彼女だが、2枚目のフル・アルバムである本作を含む初期の作品は、ブルースや旧式のジャズ、フォーク、ポップなどを自在に調和させたサウンドだった。当時、彼女は弱冠23歳ながら驚くほどの演奏技術を披露し、音楽への情熱をもって多様なスタイルを巧みに融合させたのだった。

– アルバムを代表するトラック : 「Love Me Like A Man」

Love Me Like a Man (Remastered)

 

25. バディ・ガイ『I Was Walking Through The Woods』(Chess) (1970年)

ルイジアナ出身のジョージ・”バディ”・ガイは、高らかに歌い上げるヴォーカル・スタイルが特徴のシンガーだ。彼はエレキ・ギターの華やかな演奏で厚い支持を集めてきた。

1959年、シカゴにあった小規模のインディー・レーベルであるアーティスティックでキャリアをスタートさせ、翌年にチェスへ移籍。1970年まで同レーベルに在籍した。

本作は「First Time I Met The Blues」や1962年にR&Bチャートでヒットした「Stone Crazy」など、チェス時代のガイの楽曲を纏めたもの。エレキ・ギターを使用したシカゴ・ブルースが理屈抜きの全盛期を迎えていた頃の人気ナンバーが詰まった本作は、当然、本リストに相応しい1作だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Stone Crazy」

Stone Crazy

 

26. キャンド・ヒート『Boogie With Canned Heat』(Liberty) (1968年)

1965年にロサンゼルスで結成された5人組による第2作。『Boogie With Canned Heat』には、全米トップ10入りを果たしたシングル「On The Road Again」が収録されている。小走りするようなリズミカルなグルーヴに、アラン・ウィルソンのむせび泣くハーモニカがアクセントを加える1曲だ。

他にも「Fried Hockey Boogie」や反ドラッグのメッセージが込められた「Amphetamine Annie」などの佳曲が目を引く。一般的にはロック・バンドに分類され、ヒッピーやウッドストック世代の若者からの支持を集めたキャンド・ヒートだが、その音楽的DNAはブルースに深く結びついていた。

– アルバムを代表するトラック : 「On The Road Again」

On the Road Again

 

27. チャンピオン・ジャック・デュプリー『Blues From The Gutter』(Atlantic) (1958年)

ニューオリンズ出身のデュプリーは、アフリカ系とチェロキー族の血を引くシンガー/ピアニスト。1955年に「Walking The Blues」を米R&Bチャートのトップ10に送り込んだが、その3年後に制作したアルバム『Blues From The Gutter』の方が現在では有名だろう。

同作には、ルイジアナ州の安酒場にワープしたかのような気分が味わえる、活気に満ちたピアノ・ナンバーが数々収録されている。ニューオリンズ独特の語り口が特徴的な、デュプリーらしいブルース・スタイルの1作だ。

– アルバムを代表するトラック : 「T.B.Blues」

T.B. Blues

 

28. チャールズ・ブラウン『Driftin’ Blues, The Best Of Charles Brown』(EMI) (1992年)

テキサス生まれのブラウンは化学教師からシンガー/ピアニストに転向した異色の経歴を持つ人物で、1949年から1952年にかけては、米R&Bチャートのトップ20に12曲がランクインした。このうち「Trouble Blues」と「Black Night」は首位に輝いている。

ブラウンは柔らかな歌声と滑らかな節回しで、洗練された都会派のブルースを作り出した。そんな彼は、ジョニー・ムーアが率いるトリオ、ブレイザーズの一員としてロサンゼルスでキャリアをスタート。同グループとしては1946年に「Driftin’ Blues」でR&Bチャートの2位を獲得した。

だが2年後にはアラディン・レコードからソロ・デビュー。ブラウンの作品は若い頃のレイ・チャールズにも大きな影響を与えたという。本作は、彼の初期の作品から20のヒット曲/重要曲を集めた編集盤。「In The Evening When The Sun Goes Down」「Evening Shadows」「Lonesome Feeling」など彼が得意とした、影のあるさみしげなバラードも多く含まれている。そうした楽曲でブルージーなピアノに乗って聞こえてくる彼のソウルフルな歌声は、今でも聴く人の心を癒してくれる。

– アルバムを代表するトラック : 「Black Night」

Black Night

 

29. チャーリー・マッスルホワイト『Stand Back! Here Comes Charley Musselwhite’s South Side Band』(Vanguard) (1967年)

厚い支持を集めたミシシッピ出身のハーモニカ奏者/シンガーであるマッスルホワイトは、この名アルバムでデビューを果たした。ただでさえ薄かったブルースとロックの壁を打ち破った1作だ。それは特にブギを基調とした「Chicken Shack」などの楽曲に顕著である。

収録された12曲はほとんどがオリジナルだが、ジャズ・ミュージシャンであるデューク・ピアソンの「Cristo Redemptor」をブルース調にアレンジした印象的なカヴァーも含まれている。デビュー作にして、マッスルホワイトが残した数多くの作品群を代表するアルバムである。

– アルバムを代表するトラック : 「Strange Land」

Strange Land

 

30. チャーリー・パットン『Complete Recordings : 1929-1934』(JSP) (2002年)

ザ・マスクド・マーヴェルやエルダー・J・J・ハドリーといった名義を使用することもあったチャーリー・パットンは、デルタ・ブルースの誕生に最も大きく貢献した人物といえる。ミシシッピ周辺で発展し、後進に強い影響を与えたブルースのスタイルだ。

彼のキャリアは決して長いものではなかったが、パットンは1929年から1934年まで充実したミュージシャン人生を送った。その間にパラマウント・レコードでレコーディングした51の楽曲は現在も色褪せていない。無骨だが迫力のある歌声やスライド・ギターの飾らない音色で、パットンは独自の音楽性を確立。そのアプローチは、ロバート・ジョンソンやハウリン・ウルフなど彼の背中を追うブルースマンたちのスタイルの原型にもなった。

– アルバムを代表するトラック : 「Down The Dirt Road Blues」

Down The Dirt Road Blues

 

31. クリス・バーバー、オティリー・パターソン&ザ・ブルース・バンド『Good Mornin’ Blues』(Columbia) (1965年)

UK出身のクリス・バーバーは、トラッド・ジャズのトロンボーン奏者/バンド・リーダーとして有名な人物。イギリスにおけるスキッフル・ムーヴメントや、R&Bの音楽性を取り入れたブリティッシュ・ビートのブームに火を付けた彼は、1950年代から60年代にかけて同国音楽シーンの重要人物だった。

バーバー率いるバンドは、北アイルランド出身のシンガー・ソングライターであるオティリー・パターソンや、ロンドン屈指のジャズ・サックス奏者だったロニー・スコットを迎えて『Good Mornin’ Blues』を制作。

アルバムのタイトルにもなったレッド・ベリーの「Good Mornin’ Blues」や、ライオネル・ハンプトンの「Hamp’s Blues」などのカヴァーから、バーバーとパターソンによるオリジナル曲までバラエティに富んだ楽曲が収録された1作だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Good Mornin’ Blues」

 

32. チャック・ベリー『One Dozen Berrys』(Chess) (1958年)

ロックンロール界屈指の詩人でありR&B界の先導者であった、セントルイス生まれのチャールズ・”チャック”・ベリー。彼は人の心を掴む語り口で数々の名曲を発表した。彼は黒人でありながら、その楽曲はアメリカの白人層の若者から熱烈な支持を集めた。

ギターを弾きながらダック・ウォークをする印象的なパフォーマンスで知られるベリーのセカンド・アルバム『One Dozen Berrys』には、R&Bチャートを制した「Sweet Little Sixteen」などの名曲を収録。後にザ・ローリング・ストーンズがカヴァーした同シングルのB面曲「Reelin’ & Rockin’」や全米トップ10入りした「Rock & Roll Music」なども収められている。

– アルバムを代表するトラック : 「Sweet Little Sixteen」

Sweet Little Sixteen

 

33. クラレンス・”ゲイトマウス”・ブラウン『The Original Peacock Recordings』(Rounder) (1983年)

ルイジアナ州ヴィントン生まれテキサス育ちのブラウンは、ギターの名手であるT-ボーン・ウォーカーに憧れて腕を磨いたマルチ・インストゥルメンタリスト。熱のこもったエレキ・ギターの演奏を武器にキャリアをスタートさせた。

彼はブルースやカントリー、ケイジャン、ジャズ、R&Bなど様々なジャンルを掛け合わせた独自のサウンドを誇る。特にドン・ロビーがヒューストンで設立したピーコック・レコードに残した諸作は名高く、1949年から1959年の間にすばらしいシングルを数多く制作。そのうち「My Time Is Expensive」や「Okie Dokie Stomp」「Midnight Hour」など特筆すべきものはすべて本編集盤に収録されている。

– アルバムを代表するトラック : 「Okie Dokie Stomp」

Okie Dokie Stomp

 

34. クリーム『Wheels Of Fire (クリームの素晴らしき世界) 』(Polydor) (1968年)

元ヤードバーズのギタリストであるエリック・クラプトンに、ベーシストのジャック・ブルース、ド派手なプレイ・スタイルで知られるドラマーのジンジャー・ベイカーという面々を擁したクリーム。メンバー間の関係性は不安定だったが、先進的な作品を残したスーパーグループだ。英国ブルース・ロック界の頂点に位置した彼らの活動期間は短かったが充実したものだった。

アメリカのポップ・チャートで1位に輝いた『Wheels Of Fire』はそんな彼らによる3枚目のアルバム。スタジオ音源とサンフランシスコでのライヴ音源を組み合わせた2枚組の大作である。アルバート・キングやハウリン・ウルフ、ウィリー・ディクソン、ロバート・ジョンソンらの楽曲のハードなカヴァー・ヴァージョンも含んでおり、アメリカのブルース・ミュージシャンたちから受けた影響が窺い知れる。

– アルバムを代表するトラック : 「Crossroads」

Crossroads

 

35. デレク&ザ・ドミノス『Layla, And Other Assorted Love Songs (いとしのレイラ) 』(Atco) (1970年)

1966年から1970年にかけて、ギタリストのエリック・クラプトンはスーパーグループという枠組みにとりつかれていたように思える。クリーム、ブラインド・フェイス、そして英米両国のミュージシャンが結集したデレク&ザ・ドミノスに、次々と参加したのだ。

デラニー&ボニー&フレンズのメンバーにオールマン・ブラザーズ・バンドのギタリストであるデュアン・オールマンが加わったデレク&ザ・ドミノスは、たった1枚のスタジオ・アルバムを残して解散した。アトランティック・レコード所属のトム・ダウドがプロデュースを担当し、マイアミで制作された本2枚組アルバムがその1枚だ。

ビッグ・ビル・ブルーンジーの「Key To The Highway」やチャック・ウィリスの「It’s Too Late」のカヴァーからは、グループのルーツがブルースにあることがわかる。一方で、オリジナル曲の「Layla (いとしのレイラ) 」は批評家からの絶賛を受けた名曲。本作はブルース・ロックの最高到達点といえる作品だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Layla」

Layla

 

36. ダイナ・ワシントン『Sings Bessie Smith』(EmArcy) (1958年)

アラバマ生まれのワシントンは、聞き取りやすい声とほろ苦く辛辣な語り口が魅力のシンガー。”ブルースの女王”と呼ばれるが、実際は素朴なR&Bに軸足を置きつつもジャンルに縛られない多才な歌い手だった。

本作では彼女が憧れのベッシー・スミスにオマージュを捧げており、「Send Me To The ‘Lectric Chair」や「Backwater Blues」などスミスの人気曲をニューオリンズ・スタイルでカヴァーしている。

– アルバムを代表するトラック : 「After You’ve Gone」

After You've Gone

 

37. アール・フッカー『The Genius Of Earl Hooker』(Cuca) (1967年)

独学でギターを習得したアール・ゼベディ・フッカーは、もともと言語障害のため自分で歌うことは好まなかった。おそらく彼より、彼のいとこで同じくミシシッピ出身のジョン・リー・フッカーの方が有名だろう。

アール・フッカーはシカゴで路上ミュージシャンとして下積みをした後、クラブで演奏するようになり、ついにはシングルをレコーディングするまでに上り詰めた。そうして作られたシングルのひとつでインストゥルメンタル・ナンバーの「Blue Guitar」は、マディ・ウォーターズの1962年のシングル「You Shook Me」の下地になったとされる。

その後はアメリカで放映されたビートルズのテレビ特番にゲスト出演するなど頭角を現し、1967年にデビュー・アルバムとなる本作をウィスコンシンのインディー・レーベル、クーカから発表。鋭いアタック音と明瞭なサウンドが特徴のギターを中心に据えた12のインストゥルメンタル・ナンバーが収録されている。

特に「The Screwdriver」や「Two Bugs In A Rug」にはジェームス・ブラウンの楽曲のようなファンキーさがあり、フッカーがR&Bの最先端に通じていたことが窺える。そのためか、彼の楽曲からは近年の音楽のような攻めたエッジが感じられるのだ。

– アルバムを代表するトラック : 「Two Bugs In A Rug」

Two Bugs in a Rug

 

38. エルモア・ジェイムス『The Sky Is Crying』(Rhino) (1993年)

ミシシッピに生まれ育ったジェイムスは、エネルギッシュに歌い上げる歌唱スタイルと巧みなスライド・ギターで知られる。音楽性の面では、ロバート・ジョンソン (個人的な知り合いだったという) やタンパ・レッドに触発され、エレキ・ギター主体の無骨なデルタ・ブルースを得意としていた。

1952年にはエルモ・ジェイムス名義で、ジョンソンの「Dust My Broom」をパワフルにカヴァーしてトランペット・レコードから発表。これがR&Bチャートのトップ10入りを果たしている。同曲も収録した本編集盤は、他のインディー・レーベルからリリースされたものを含め、50年代から60年代前半にかけての彼のシングルを集めたもの。「I Believe」や「Done Somebody Wrong」、「The Sky Is Crying」なども聴きどころだ。

ブリティッシュ・ビートの黎明期には、ジェイムスの音楽がザ・ローリング・ストーンズに多大な影響を与えていたと言われている。

– アルバムを代表するトラック : 「The Sky Is Crying」

The Sky is Crying

 

39. エリック・クラプトン『From The Cradle』(Reprise) (1994年)

史上屈指のギタリストとして知られるクラプトンは、ソロ13作目となる本アルバムで自らのルーツとなったブルースへの敬意を表している。マディ・ウォーターズや、タンパ・レッド、オーティス・ラッシュ、フレディ・キング、ローウェル・フルソンなど、アメリカのブルースマンたちの手で世に広まった楽曲を彼がカヴァーした作品である。批評家からは賛否両論があがったものの、『From The Cradle』は英米両国のチャートを制覇。

1995年のグラミー賞でも、ベスト・トラディショナル・ブルース・アルバム賞に輝いた。クラプトンのキャリアでも最高峰のギター・ワークが聴ける1枚だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Blues Before Sunrise」

01.- Blues Before Sunrise – Eric Clapton – From The Cradle

 

40. エタ・ジェイムス『At Last』(Argo) (1961年)

“ミス・ピーチーズ (Miss Peaches) “と呼ばれたロサンゼルス生まれの歌姫、ジェイムスは1955年から1978年の間、米R&Bチャートの常連だった。

ビッグ・バンド・ジャズを代表するグレン・ミラーによる1942年の楽曲をブルージーにカヴァーした「At Last」は、R&Bチャートのトップ5に入った不朽の名曲だ。同曲を収録する本アルバムのアレンジを手がけたのはライリー・ハンプトン。

「Tough Mary」「Girl Of My Dreams」といったノリの良いR&Bナンバーから、ストリングスを起用した品のあるジャズ調のバラード「Stormy Weather」までを含む本作は、ジェイムスがただの素朴なブルース・ミュージシャンにとどまらないシンガーであることを示した。

– アルバムを代表するトラック : 「At Last」

At Last (Remastered)

 

41. フリートウッド・マック『Mr. Wonderful』(Blue Horizon) (1968年)

マルチ・プラチナに認定された1977年のアルバム『Rumours (噂) 』でポップ界を席巻するはるか前、UK出身のフリートウッド・マックはブルース・ロックを奏でる4人組バンドだった。当時の彼らを特別なグループにしていたのは、ピーター・グリーンの魅惑的なギターの妙技である。

本作は、結成から間もない彼らがデビュー作と立て続けに発表した2作目のアルバム。プロデュースを手がけたのはブルー・ホライズン・レコードの創設者でもあるマイク・ヴァーノンだ。収録曲はほとんどがオリジナルだが、ミシシッピのデルタ・ブルースからの影響は疑いの余地がない。

2曲しかないカヴァーのひとつはロバート・ジョンソンの名曲「Dust My Broom」だが、彼らのアレンジはエレキ・ギターをメインとしたエルモア・ジェイムスによるカヴァー・ヴァージョンを下地にしたものである。

– アルバムを代表するトラック : 「Lazy Poker Blues」

Lazy Poker Blues (1998 – Remaster)

 

42. フランク・フロスト『Jelly Roll King』(Charly) (1993年)

アーカンソー生まれのフロストはギターもピアノも達者で、腕の確かなマルチ・インストゥルメンタリストだった。だが彼が名を上げたのは、伝説的なブルース・ハープ奏者であるサニー・ボーイ・ウィリアムソンに師事したハーモニカのスペシャリスト、としてであった。

1962年にメンフィスでレコーディングされた音源を中心とした『Jelly Roll King』は、フロストがフィリップス・インターナショナル (サン・レコードを興したサム・フィリップスの手がけたレーベル) と、ルイジアナを拠点としたジュエルの両レーベルに残した楽曲を集めたもの。中でも、リズムに合わせてつい身体が動いてしまう「Crawlback」「Back Scratcher」「Harp And Soul」などが同作のハイライトだ。どれもフロストの華麗なハーモニカを存分に楽しめるナンバーである。

– アルバムを代表するトラック : 「Harp And Soul」

Harp and Soul

 

43. フレディ・キング『Let’s Hide Away And Dance Away With Freddy King』(King) (1961年)

キングの名を持つブルースマンは本リストに3名登場するが、そのうち生まれの最も遅いのがフレディ・キングだ。テキサス生まれシカゴ育ちのシンガー/ギタリストである彼は、1950年代にキャリアをスタート。そして50年代の終わりにレコード契約を結んだのが、これも同名のキング・レコードだった。

シンシナティに拠点を置く同レーベルから、キングはデビュー作『Freddy King Sings』を発表。続く2作目の本作『Let’s Hide Away And Dance Away With Freddy King』は全編インストゥルメンタルで構成され、収録曲の「Hide Away」は米R&Bチャートでトップ10入りを果たした。

12曲を収録した本作では、後進に影響を与えたキングによるエレキ・ギターの演奏を堪能できる。その特徴は、パーカッシヴなアタック音やクリーンなサウンド、正確な音程などに強く表れている。その他では「Sen-Sa-Shun」や「San-Ho-Zay」も忘れてはいけない佳曲だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Hide Away」

Hideaway

 

44. フリー『Tons Of Sobs』(Island) (1969年)

『Tons Of Sobs』はイギリスのブルース・ロック・バンドであるフリーが、クリス・ブラックウェル率いるアイランド・レコードから放ったデビュー・アルバム。当時4人のメンバーは全員が10代だったが、その演奏は驚くほど成熟している。特に、自信たっぷりに聴こえるポール・ロジャースの骨太なヴォーカルと、ブルース色の濃いポール・コゾフならではの”泣きの”ギターにはベテランのような貫禄がある。

同作にはブルース・ナンバーのカヴァーもふたつ収録されている。ひとつは粗削りで激しいアレンジとなったアルバート・キングの「The Hunter」、もうひとつはハウリン・ウルフのヴァージョンで知られるジミー・オーデン作の「Goin’ Down Slow」だ。

– アルバムを代表するトラック : 「The Hunter」

The Hunter

 

45. ゲイリー・ムーア『Still Got The Blues』(Virgin) (1990年)

ブルースに深く感化されたベルファスト生まれのゲイリー・ムーアは70年代前半、スキッド・ロウというバンドのギタリストとして北アイルランドで音楽活動を開始。その後、一時的にシン・リジィにも加入した。そんな彼がソロ・デビューを果たしたのは1978年のこと。

それから12年後にリリースした『Still Got The Blues』は、イギリスでプラチナ、アメリカでゴールドに認定される大ヒットとなった。ムーアが自身のルーツとなったブルースに舵を切った同作では、ふたつのカヴァー曲が際立っている。それはシカゴのブルースマンであるジミー・ロジャースの「Walking By Myself」とジョニー・”ギター”・ワトソンの「Too Tired」だ。後者ではアルバート・コリンズもゲストとしてギターを弾いている。

– アルバムを代表するトラック : 「Still Got The Blues」

Still Got The Blues

 

46. ジョージ・”ハーモニカ”・スミス&ザ・シカゴ・ブルース・バンド『Blues With A Feeling – A Tribute To Little Walter』(World Pacific) (1969年)

アーカンソー出身のジョージ・”ハーモニカ”・スミスは、母の教えで4歳のときにハーモニカを習得。ゴスペル・グループの一員としてプロの道を歩み始めた後、ブルースに魅了されて50年代にシカゴへ移り、マディ・ウォーターズのバンドに加わった。

本作『Blues With A Feeling』は1969年に制作されたスミスのデビュー・アルバム。彼は同じくブルース・ハープの伝説的名手で、この前年に亡くなった”リトル・ウォルター”・ジェイコブスにオマージュを捧げている。

豪華すぎるバック・バンド (ピアニストのオーティス・スパンやブルース界のレジェンド、マディ・ウォーターズなど) を従えたスミスは、彼らしい印象的なアレンジでリトル・ウォルターの11曲を披露。「My Babe」や「Everything’s Gonna Be Alright」といった軽快なインストゥルメンタル・ナンバーから、いぶし銀の演奏がたまらない「Last Night」を筆頭とした影のあるヴォーカル・バラードまで聴きどころ満載だ。

アルバムを代表するトラック「Too Late」

Last Night

 

47. ギター・スリム『Sufferin’ Mind』(Specialty) (1991年)

ミシシッピ州グリーンウッド出身のスリムがレコードを制作したのは1951年から1959年までのたった8年間だった。だがその短い期間の中で、米R&Bチャートのトップに14週も留まり続ける大ヒット曲を残している。その曲とは1954年に100万枚以上を売り上げたシングル「The Things That I Used To Do」である。同曲のプロデュースを手がけ、ピアノも弾いているのは若かりし頃のレイ・チャールズだった。

そんな1曲をメインに据えた本作『Sufferin’ Mind』は、スペシャルティ・レコード (アート・ループがロサンゼルスで設立したレーベル) からリリースされたスリムの作品を纏めた26曲入りの編集盤。カラフルな衣装やド派手なライヴ・パフォーマンスで知られた彼は、いち早くディストーションのエフェクトを導入したギタリストでもあった。バディ・ガイやアルバート・コリンズ、フランク・ザッパなどもスリムからの影響を公言している。

– アルバムを代表するトラック : 「The Things That I Used To Do」

The Things That I Used To Do

 

48. ガイ・デイヴィス『Butt Naked Free』(Red House) (2000年)

アフリカ系アメリカ人の俳優、オジー・デイヴィスを父に持つニューヨーク育ちのガイ・デイヴィスは、音楽と演技 (ロバート・ジョンソンの人生を描いたオフ・ブロードウェイの演劇にはジョンソン役で出演) の二足のわらじを履く多才な人物だ。

ミュージシャンとしては低くハスキーな歌声を武器とし、1978年にデビュー。楽器はハーモニカとアコースティック・ギターを操る。本作『Butt Naked Free』は、ブラインド・ウィリー・マクテルの「Writing Paper Blues」以外すべてオリジナル曲だが、デルタ・ブルースの伝統に忠実なスタイルの作品に仕上がっている。

– アルバムを代表するトラック : 「Waiting On The Cards To Fall」

Waiting on the Cards to Fall

 

49. ハウンド・ドッグ・テイラー『Hound Dog Taylor And The Houserockers』(Alligator) (1971年)

ミシシッピ州ナッチェスに生まれたテイラーは、しゃがれ声がトレードマークのシンガー/ギタリストで、両手の指が6本ある多指症という珍しい先天性異常を持って生まれた。

本作は、シカゴ・ブルースの代表格であるテイラーが1971年に発表したデビュー・アルバム。ブルース・イグロアがシカゴで設立したアリゲーター・レコードの記念すべき第1作にもなった。テイラーならではのハードなスライド・ギターが堪能できる、直球で無骨で理屈抜きの12曲が収録されている。

– アルバムを代表するトラック : 「She’s Gone」

She's Gone

 

50. ハウリン・ウルフ『Howlin’ Wolf』(Chess) (1962年)

ハウリン・ウルフの名で知られるミシシッピ生まれのチェスター・バーネットは、体重約136kg、身長約190.5cmと目に付きやすい大男だった。だが外見以上に印象的なのはその歌声だ。深みと迫力のある大声で歌ったかと思えば、恐ろしい獣のようなうなり声を聴かせることもある。

自身の名前を冠した本作は、シカゴのチェス・レコードから1962年に発表されたウルフのセカンド・アルバム。そのほとんどはウィリー・ディクソンの作である。そんな本作はUK産のブルース・ロック・バンドに多大な影響を与えた。

ザ・ローリング・ストーンズは1964年に「Little Red Rooster」 (本作収録の原曲タイトルは「The Red Rooster」) を、その2年後にはクリームが「Spoonful」をそれぞれカヴァーしている。

– アルバムを代表するトラック : 「Back Door Man」

Howlin' Wolf – Back Door Man

 

51. ハウリン・ウルフ『Moanin’ In The Moonlight』(Chess) (1958年)

都会から離れたミシシッピで生まれたデルタ・ブルースと、エレキ・ギターを導入してそのスタイルを発展させたシカゴ・ブルース。その架け橋となったのがシンガー/ギタリスト/ハーモニカ奏者のハウリン・ウルフである。

彼は1951年から1956年の間にチェス・レコードから優れたシングルを数々リリースして頭角を現した。そのいくつかはデビュー・アルバムである本作にも収録されている。このアルバムはウルフのユニークな音楽性を幅広いリスナーに知らしめたブルース・アルバムだ。

耳を奪われる陽気なビートに乗せてギター・リフが繰り返される「Smokestack Lightnin’」はこのアルバムを代表する必聴のトラック。その他、軽快なリズムの「How Many More Years」や、ブギ・スタイルの「Baby How Long」、崩れそうで崩れない絶妙なバランスで進むリズム隊がリードする哀しげなナンバー「Forty Four」などにも要注目だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Smokestack Lightnin’」

Smokestack Lightnin'

 

52. ジェイムズ・コットン、ビリー・ブランチ、チャーリー・マッスルホワイト、シュガー・レイ・ノーシア『Superharps』(Telarc) (1999年)

それぞれがブルース・ハーモニカの代表的なプレイヤーであるコットン、ブランチ、マッスルホワイト、ノーシアの4人が手を組み、すばらしい相乗効果を生んでいる本作『Superharps』。11のオリジナル曲はどれも、肩の力が抜けた楽しげな演奏に仕上がっている。

コットン作でノリが良くエンジン全開の「The Hucklebuck」や、ノーシア作のムードたっぷりなバラード「Life Will Be Better」、アルバムを締めくくるスローなブルース・ナンバー「Harp To Harp」など多様な楽曲が聴けるのも魅力だ。そのサウンドはまさにミシシッピ・デルタで生まれたもののようだが、レコーディングはメイン州ポートランドで行われた。

– アルバムを代表するトラック : 「Mean Little Mama」

Mean Little Mama

 

53. ジェシー・メイ・ヘンフィル『She-Wolf』(Vogue) (1981年)

シンガー/ソングライター/ギタリストのジェシー・メイ・ヘンフィルが生み出す原始的で粗削りなグルーヴには、どこか惹きつけられるものがある。彼女はワン・コードの即興的な伴奏や、賑やかなタンバリン、繰り返されるギター・フレーズなどがクセになるフォーク色の強いスタイルを持つ。そのスタイルは、ミシシッピで誕生したヒル・カントリー・ブルースのお手本といえるものだ。

ミシシッピ州コモ出身のヘンフィルは、デビュー・アルバムの制作時、すでに58歳だった。『She-Wolf』というタイトルで1981年に仏ヴォーグ・レコードからリリースされた同作は、ブルースの常識を覆す画期的な作品となった。それまでのブルース・アルバムの多くを特徴付けてきた12小節の進行を無視したのである。

そんなヘンフィルは長年の間、獣のようなブルース界のレジェンドであるハウリン・ウルフを敬愛していた。彼女は女性版ウルフとしての自分の姿を想像しながら、本作の表題曲を作曲したのだという。

– アルバムを代表するトラック : 「She-Wolf」

She-Wolf

 

54. ジミ・ヘンドリックス『Blues』(MCA) (1994年)

1960年代後半、大音量でド派手なジミ・ヘンドリックスのサイケデリック・ロックは音楽シーンに強烈な衝撃を与えた。そんな彼の音楽の根底にあったのはブルースだ。

ヘンドリックスの作品はどれもブルースを下地にしているが、彼がそれに特化したアルバムを作ることはなかった。しかし1994年、6つの未発表曲を含む11曲入りのコンピレーションが登場。ハウリン・ウルフやB.B.キング (ふたりを含むブルース界のレジェンドたちがコラージュ風のアルバム・ジャケットにも描かれている) といったミュージシャンと彼との結びつきがわかるアルバムだ。

音源は1966年から1970年の間にレコーディングされたもので、「Hear My Train A Comin’」や「Voodoo Chile Blues」などオリジナル曲だけでなくアルバート・キングの「Born Under A Bad Sign」やマディ・ウォーターズの「Mannish Boy」のカヴァーも収録されている。

それに加えて同作が重要なのは、ヘンドリックスが自身のルーツであるブルースをどのように昇華させて、異次元の恐るべき音楽を作り出したか。それを窺い知れることだ。

– アルバムを代表するトラック : 「Electric Church Red House」

 

55. ジミー・リード『Jimmy Reed At Carnegie Hall』(Vee-Jay) (1961年)

ミシシッピ出身のシンガー/ギタリストでハーモニカの名手でもあったジミー・リード。彼は1955年から1961年の間に、シカゴのヴィージェイ・レコードから18ものシングルを米R&Bチャートでヒットさせた。その多くが本アルバムにも収録されているが、本作はライヴを連想させるタイトルとは裏腹に、スタジオで録音されたものだ。観客の前で演奏された訳でもない。

本作は聴きどころ満載だが、中でも「Ain’t That Lovin’ You Baby」「Bright Lights, Big City」「You Got Me Dizzy」といったリード屈指の人気曲は要チェック。ザ・ローリング・ストーンズやヤードバーズといったブリティッシュ・ビートのグループや、エルヴィス・プレスリーもリードの作品に感化されたのだという。

– アルバムを代表するトラック : 「Bright Lights, Big City」

Bright Lights Big City (Live)

 

56. ジミー・ロジャース『Chicago Bound』(Chess) (1970年)

ギターとハーモニカを操るミシシッピ出身のシンガーであるロジャースは、1950年代前半にサウス・サイドで発展したシカゴ・ブルースの重要人物だった。本作『Chicago Bound』は、ロジャースが1950年代にチェス・レコードから発表した楽曲を集めた編集盤。

収録曲にはマディ・ウォーターズやリトル・ウォルター、ウィリー・ディクソンらもゲスト参加している。アルバムを締めくくる1曲「Walking By Myself」はロジャース唯一のヒット・シングルで、1957年に米R&Bチャートでトップ20入りを果たした。

– アルバムを代表するトラック : 「Walking By Myself」

Walking By Myself

 

57. ジミー・ウィザースプーン『Spoon Concerts』(Fantasy) (1972年)

よく響く豊かな歌声が持ち味のウィザースプーンは、ブルース界きってのシャウト・ボイスで知られる。アーカンソー出身の彼は、1940年代にピアニストのジェイ・マクシャン率いるバンドに加わって名を上げた。

その後ソロ・デビューを果たし、1949年には「Ain’t Nobody’s Business」で米R&Bチャートを制覇。同曲は1959年に発表された彼の代表作『At The Monterey Festival』の目玉にもなった。同アルバムもそのまま収録した本編集盤『Spoon Concerts』は、1972年にLP 2枚組でリリースされたもの。ふたりの名サックス奏者 (ベン・ウェブスターとジェリー・マリガン) やトランペッターのロイ・エルドリッジが参加していることもあって、無骨かつ素朴なブルースと、粋で洗練されたジャズの良さが組み合わさったウィザースプーンの音楽を堪能できる。

彼は柔らかなバラードを得意としていたが、アップテンポな「Everyday I Have The Blues」や「Kansas City」でも卓越したパフォーマンスを聴かせている。

– アルバムを代表するトラック : 「Ain’t Nobody’s Business」

Ain't Nobody's Business (feat. Jay McShann)

 

58. ジョン・リー・フッカー『Alternative Boogie : Early Studio Recordings 1948-1952』(Capitol) (1995年)

ぶっきらぼうな声、力強く歯切れのいいギター、そして足踏みが生むブギ調のビートで、他のミュージシャンと一線を画したジョン・リー・フッカー。多作で知られる彼は、特徴的なデルタ・ブルース・サウンドを作り出して後進に強い影響を与えた。

CD 3枚組の本アルバムは、1970年代まで未発表のままになっていたフッカーの初期音源を集めたもので、あまり注目されていないのが勿体無い編集盤だ。後年の作品に比べ粗削りではあるかもしれないが、フッカーならではのデルタ・ブルースを、飾りのない本来の姿で味わいたいのならこれが一番だ。1951年にアメリカのR&Bチャートで1位となった「I’m In The Mood For Love」の別ヴァージョンも聴くことができる。

– アルバムを代表するトラック : 「Snap Them Fingers Boogie」

Snap Them Fingers Boogie (Remastered)

 

59. ジョン・リー・フッカー『House Of The Blues』(Chess) (1960年)

ミシシッピで育ったブルースの巨匠であるフッカーは、長年のキャリアの中でモダン、センセーション、ヴィージェイなど様々なレコード会社を渡り歩いた。特にヴィージェイには、R&Bチャートで大ヒットとなったシングルをいくつも残している。だが不思議なことに、1950年代前半にシカゴのチェス・レコードから発表したシングルはひとつもチャート・インしていない。

一方で、それらの楽曲を纏めて制作した本作『House Of The Blues』は、アルバムとして高い評価を受けている。「Walkin’ The Blues」や「Whisky & Women」などではバック・バンドも付いているが、「Sugar Mama」や「Leave My Wife Alone」などひとりで演奏している楽曲の方が間違いなくパワフルな仕上がりになっている。

– アルバムを代表するトラック : 「Union Station Blues」

Union Station Blues

 

60. ジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン『Blues Breakers With Eric Clapton』(Decca) (1966年)

マクルスフィールド生まれのマルチ・インストゥルメンタリスト、ジョン・メイオールの最高傑作である1966年の作品。ブルースブレイカーズというバンドを率いていた彼は、元ヤードバーズで当時は新進気鋭のギタリストだったエリック・クラプトンを迎えて本アルバムを制作した。

オーティス・ラッシュの「All Your Love」、フレディ・キングの「Hide Away」、リトル・ウォルターの「It Ain’t Right」といったブルース・ナンバーのカヴァーやオリジナル曲を織り交ぜた同作では、そのクラプトンの存在がバンドを勢いづけている。

全英アルバム・チャートでは6位の好成績を収めたが、程なくしてクラプトンはクリーム結成のために脱退。それでも本作は、英国ブルース・ロックを代表するアルバムとして現在でも高く評価されており、本リストにも当然加わるべき重要作である。

– アルバムを代表するトラック : 「All Your Love」

All Your Love (Stereo)

 

61. ジョン・メイオール『Crusade』(Decca) (1967年)

メイオールのバンドにはエリック・クラプトンの後釜としてピーター・グリーンが加入。さらにそこへ加わって『Crusade』でギターを弾いたのが、当時18歳で無名のギタリストだったミック・テイラー (後にブライアン・ジョーンズに代わってザ・ローリング・ストーンズに加入) である。

ウェリン・ガーデン・シティ出身の若者にとっては荷が重い仕事だったが、テイラーは直感的にブルースのスタイルを習得。本作で強烈なインパクトを残した。

特に、刺激的な内容の1曲「My Time After A While」やハードなインストゥルメンタル・ナンバー「Snowy Wood」では彼の演奏が光る。後者ではなんとメイオールとともに作曲も手がけている。

– アルバムを代表するトラック : 「Snowy Wood」

Snowy Wood

 

62. ジョニー・ウィンター『Second Winter』(Columbia) (1969年)

テキサス出身でアルビノとしても知られるジョニー・ウィンターは、速弾きが持ち味のギタリスト。15歳にしてプロになり、その10年後にはソロ・デビューを果たした。

本作『Second Winter』は、彼にとってコロンビアからの2作目となった2枚組アルバム。とはいえA面からC面までの3面しか使用しておらず、D面は意図的に空白となっている。なお、同作では弟のエドガーも鍵盤楽器を担当した。

チャック・ベリー (馬力の増した「Johnny B. Goode」が聴ける) 、ボブ・ディラン、アルバート・コリンズ、リトル・リチャードなど幅広いミュージシャンの楽曲を取り上げており、どれもブルース色の強いハードなカヴァーに仕上がっている。

その中でも特筆すべき1曲は、リフ主体のハード・ロック・ナンバーに見事生まれ変わったパーシー・メイフィールドの「Memory Pain」だろう。ウィンターの華麗なギター・テクはそれだけでもすばらしいが、感情豊かな楽曲に合わせてプレイの派手さを抑えることも彼は忘れていない。

– アルバムを代表するトラック : 「Memory Pain」

JOHNNY WINTER "Memory Pain" 1969

 

63. ジョニー・”ギター”・ワトソン『Johnny Guitar Watson』(King) (1963年)

華やかな音楽性が特徴のシンガー/ギタリストであるワトソンはヒューストン生まれ。10代の頃にロサンゼルスに移り住んだ彼は、1970年代にブルースとファンク、ソウルを融合させたパワフルなサウンドで大成功を収めている。だがそこに至る以前の彼は、社交性たっぷりのT-ボーン・ウォーカーが見せるおどけたパフォーマンスに憧れる、ひとりのブルースマンだった。

そんなワトソンが注目を集めるようになったのは1950年代のこと。柔らかな歌声やユーモアを加えた歌詞、優れたギターの腕前が彼の大きな武器だった。本作はそんな彼のデビュー・アルバムで、1957年に発表された代表曲「Gangster Of Love」のオリジナル・ヴァージョンも収録されている。

その他、軽快なビートとストリングスを組み合わせた「Cuttin’ In」や、アップテンポなR&B調の「Broke & Lonely」なども注目のナンバー。後者は、自信たっぷりに歌うワトソンのヴォーカルとノリの良いホーン隊との掛け合いが楽しい1曲だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Gangster Of Love」

Gangster of Love

 

64. ジョニー・ラング『Lie To Me』(A&M) (1997年)

ノースダコタ州ファーゴの出身でノルウェー人の血を引くラングは、グラミー賞にも輝いたシンガー/ソングライター/ギタリストだ。彼は弱冠16歳でデビュー・アルバム『Lie To Me』を全米アルバム・チャートのトップ50に送り込んだ。

当時のラングは駆け出しのブルース少年だったが、大人顔負けの卓越した音楽センスとギター・テクを持っていた。全体にブルース色が強い本作においても、表題曲や「Hit The Ground Running」、ジャズ調で自然と身体が動いてしまう「Rack ‘Em Up」など随所でその能力を遺憾無く発揮している。

– アルバムを代表するトラック : 「Lie To Me」

Jonny Lang – Lie To Me (Official Video)

 

65. ジョシュ・ホワイト『Free And Equal Blues』(Smithsonian) (1998年)

サウスカロライナ州グリーンヴィル出身のホワイトは、多くから支持されたシンガー/ギタリスト。また、俳優としても知られたほか、公民権運動における活動家としても積極的に活動。当時のフランクリン・D・ルーズヴェルト大統領とも親しい間柄だったという。

キャリアの初期にはパインウッド・トムやシンギング・クリスチャン、ティッピー・バートンといった名義でも楽曲を残したが、最終的には本名のジョシュ・ホワイト名義に落ち着いている。

本作『Free And Equal Blues』は、1944年から1946年の間にレコーディングされた彼の楽曲を纏めたもの。ブルース、フォーク、ゴスペル、ジャズといったスタイルを組み合わせたホワイトならではのサウンドを楽しめる名作だ。ライヴ音源の表題曲は、人種差別や階級制度のばかばかしさをユーモラスに描いた、心揺さぶる1曲だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Free And Equal Blues」

Free and Equal Blues

 

66. ジュニア・ウェルズ・シカゴ・ブルース・バンド『Hoodoo Man Blues』(Delmark) (1965年)

アーカンソー州メンフィス西部生まれのウェルズは、カリスマ的人気を誇ったシンガー/ハーモニカ奏者だ。『Hoodoo Man Blues』はそんな彼のデビュー・アルバムで、シカゴのインディー・レーベルであるデルマーク・レコードから発表された。

同作はバディ・ガイ (契約上の関係から”フレンドリー・チャップ”という名義で参加) による熱のこもったギター・プレイのおかげもあって、ブルース界でも一際輝きを放つ力作となっている。同作にはサニー・ボーイ・ウィリアムソンやビッグ・ママ・ソーントン、ウィリー・コブスらの楽曲のカヴァーのほか、ウェルズのオリジナル曲も収録。

後者のひとつでファンキーな曲調の「Snatch & Hold It Back」では、ジェームス・ブラウンの「Papa’s Got A Brand New Bag」への言及も見られる。1960年代を代表するブルース・アルバムと評される名盤だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Hoodoo Man Blues」

Hoodoo Man Blues

 

67. ケブ・モ『Keb’ Mo’』(OKeh) (1994年)

グラミー賞を5度に亘って受賞しているロサンゼルス出身のアーティスト、ケブ・モは、ブルース界の吟遊詩人と言える存在だ。ハットをトレードマークとする彼は、1980年に本名のケヴィン・ムーア名義で音楽活動を開始。しかしながら注目を浴びるようになったのは、ケブ・モと名乗り始めた1990年代からだった。

セルフ・タイトルの本作は、彼がケブ・モ名義でリリースした初めてのアルバム。アコースティック・ギターを中心とした昔ながらのスタイルが印象的だ。田舎と都会のブルースを融合させたようなそのスタイルの端々には、カントリーやカリプソ、フォークといった要素も感じられる。

収録曲のほとんどはオリジナルだが、ロバート・ジョンソンのカヴァーが2曲含まれているところからは、彼の音楽のルーツが窺える。

– アルバムを代表するトラック : 「Every Morning」

Keb' Mo' – Every Morning

 

68. ココ・テイラー『I Got What I Takes』(Alligator) (1975年)

迫力ある歌声で”シカゴ・ブルースの女王”と呼ばれたココ・テイラー。彼女の歌を惜しくも生で聴けなかったブルース・ファンには、本作をお勧めしよう。その唯一無二の才能が臨場感をもって伝わってくる、1975年の凄まじいスタジオ・アルバムだ。

テイラーはチェス・レコードの専属ソングライターだったウィリー・ディクソンに見出され、1966年には「Wang Dang Doodle」で米R&Bチャートのトップ5入りを果たす。1970年代にはチェスを去り、ブルース・イグロアがシカゴに設立したアリゲーター・レコードに移籍したのだった。

11曲入りの本作では、ライナーノーツの中で<沼から出てきた砂利>に例えられた彼女の歌声を堪能できる。アルバムの共同プロデュースを手がけ、自身でも巧みなギターさばきを披露しているのはギタリストのマイティ・ジョー・ヤング。酒場にぴったりの活気あるナンバー「Honkey Tonkey」から痛切なスロー・バラード「That’s Why I’m Crying」まで幅広い楽曲が楽しめる1作だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Voodoo Woman」

Voodoo Woman

 

69. ラリー・ジョンソン『Blues For Harlem』(Armadillo) (1999年)

宣教師を父に持つジョンソンは、ジョージア州アトランタ出身のシンガー/ギタリスト。エレキ・ギターを指弾きするスタイルでカントリー・ブルースを奏でるのが特徴的だ。ブラインド・ボーイ・フラーから影響を受け、レヴァランド・ゲイリー・デイヴィスに師事した彼は、1966年にデビュー・シングルとなる「Catfish Blues」をレコーディングした。

そんな彼にとって8作目となる本アルバム『Blues For Harlem』は、イギリスのアルマジロ・レコードにて制作されたもの。スピリチュアルな内容のメドレー「The Reverend & Me」はデイヴィスへのトリビュート・ナンバーとなっている。

– アルバムを代表するトラック : 「Blues For Harlem」

Larry Johnson Blues For Harlam

 

70. レッド・ベリー『King Of The 12-String Guitar』(Columbia) (1991年)

ルイジアナ州出身のレッド・ベリーは、時折震える高音域のテナー・ボイスと12弦アコースティック・ギターの伴奏で知られる。1930年代にフォーク・ブルースのスタイルでカリスマ的な人気を得た彼の音楽は、ロニー・ドネガンやボブ・ディラン、ニルヴァーナのカート・コバーンなどにも影響を与えたと言われる。

彼がこの世を去った42年後にリリースされた本作『King Of The 12-String Guitar』は、ベリーが1935年にニューヨークのアメリカン・レコード・コーポレーションで録音した楽曲を纏めた編集盤。そのうち半分はそれまで未発表となっていた音源で、悲哀に満ちたブルース調のバラードから、喪失・悪運・服役といったテーマを冷静に描いた楽曲までその幅は広い。

– アルバムを代表するトラック : 「Death Letter Blues Part 1 (死亡通知ブルース第1部) 」

Death Letter Blues Part 1

 

71. リロイ・カー『Hurry Down Sunshine』(Indigo) (1995年)

テネシー州ナッシュヴィル出身のカーは、独学でピアノを習得したシンガーだ。他のブルース・シンガーのバック・バンドなどで腕を磨いた後、ソロ・ミュージシャンとしてデビュー。代表曲でもある1928年のヒット・シングル「How Long, How Long Blues」が、彼のキャリアから選りすぐりの22曲を集めた本アルバムの目玉となっている。

そんなカーの一番の魅力は、ソフトで洗練された歌唱スタイルだ。本作でも彼のヴォーカルが生む都会的なブルース・サウンドを堪能できるが、そのスタイルはナット・キング・コールやレイ・チャールズなどにも影響を与えたと言われている。

– アルバムを代表するトラック : 「How Long, How Long Blue」

How Long How Long Blues

 

72. ライトニン・ホプキンス『The Swarthmore Concert』(Prestige/Bluesville) (1993年)

ハットとサングラスがトレードマークのサム・”ライトニン”・ホプキンスは、テキサス出身のシンガー/ギタリスト。見た目も特徴的だが、それ以上に特徴的なのは、しゃがれ声と巧みな指弾きギターで生み出されるその音楽だ。

本ライヴ盤はペンシルヴェニアで1964年に行われたフォーク・フェスティバルのステージを録音したものだが、リリースに至ったのはなんとその29年後のことだった。

同公演では、ブルースのスタンダード・ナンバーだけでなく「Mojo Hand」や「Short Haired Woman」などホプキンスの代表曲も披露。聴きごたえのある演奏になっている。これらの音源を聴くと彼の音楽がすばらしいのはもちろん、ユーモアのある話術も魅力的だったことが良くわかる。

– アルバムを代表するトラック : 「Mojo Hand」

Mojo Hand (Recorded Live at the Swarthmore College Folk Festival, Swarthmore, Pa. April 6, 1964)

 

73. ライトニン・ホプキンス『Lightnin’ Hopkins』(Verve Folkways) (1959年)

ホプキンスのキャリアは華々しく幕を開け、1940年代後半から1950年代前半にかけては「Shotgun Blues」をはじめ数々のシングルが米R&Bチャートでヒットを記録。しばらくするとその人気にも陰りが出たが、50年代の終盤に差し掛かると、一昔前のフォークやブルースに熱狂するアメリカの白人たちの間で彼の人気が再燃。そしてフォークウェイズから発表した本セルフ・タイトル作が、下降していたホプキンスのキャリアを回復させ、彼は大舞台に返り咲いたのだった。

ヴォーカルとギターのみというシンプルな構成の本作からは、ホプキンスの演奏の内に秘められた激しさがよく感じられる。そのことは、あふれんばかりの悲しみが表現された「Penitentiary Blues」やアップテンポなブギ・スタイルの「Come Go Home With Me」などで特に顕著だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Fan It」

Fan It

 

74. ライトニン・スリム『Rooster Blues』(Excello) (1960年)

オーティス・ヒックスという本名を持つひとりの男は、人目を引くステージ・ネームをつけて活動を始めた。そんなルイジアナ州出身のライトニン・スリムは、しゃがれ声が持ち味のシンガー/ギタリストである。ハーモニカ奏者のスリム・ハーポは彼の義兄弟に当たる。

ライトニン・スリムは1954年にフィーチャー・レコードからデビュー。だが数年後にエクセロ・レコード (アーニー・ヤングがナッシュボロに興したR&Bレーベル) へ移籍してから、さらにその評判を高めていった。

そして1960年に同レーベルから、デビュー・アルバムとなる『Rooster Blues』をリリース。同作には、素朴だが悲哀に満ちた「My Starter Won’t Work」やユーモアたっぷりに冷戦を揶揄した「GI Blues」、失恋を不吉なものとして描いた「Hoo-Doo Blues」など多様なシングルが集められている。一方で、軽快な表題曲やキャッチーな「Long Leanie Mama」ではしっかりとしたリズムが刻まれており、ブルースらしいサウンドが楽しめる。

– アルバムを代表するトラック : 「Rooster Blues」

Rooster Blues

 

75. リトル・ブラザー・モンゴメリー『Chicago – The Living Legends』(Riverside) (1962年)

ルイジアナ生まれのリトル・ブラザー・モンゴメリーは、幅広い音楽ジャンルに対応できる多才なピアニストだった。彼が初めてのレコーディングを経験したのは1930年代のことで、本作の制作時はすでに56歳になっていた。

彼はオリジナル曲とカヴァー曲が入り混じった11曲入りの本作をピアノ、コルネット、バンジョーの構成でアレンジし、1920年代風のニューオリンズ・ジャズを見事に蘇らせた。なお、モンゴメリーの他に本作でヴォーカルを取っているのはエレイン・マクファーランドである。

– アルバムを代表するトラック : 「Up The Country Blues」

Up the Country Blues (Remastered 2017)

 

76. リトル・ミルトン『Greatest Hits』(Chess) (1972年)

ジェイムス・ミルトン・キャンベルは、ブルースやソウルのファンの間ではリトル・ミルトンの名でよく知られている。ミシシッピ州インヴァネス出身のパワフルなシンガー/ギタリストである。表情豊かで力強い歌声を持つミルトンは、1962年から1971年までの間にチェス・レコード傘下のレーベルであるチェッカーから17のシングルを米R&Bチャートに送り込んだ。

そのうち同チャートで1位を獲得し最大のヒットとなった「We’re Gonna Make It」は、チェス時代の彼の作品の中から珠玉の12曲を集めた本ベスト盤にも収録されている。スケールが大きくソウルフルなミルトンの歌唱スタイルは、伝統的なブルースとR&Bの壁を打ち壊した。本作はそのことがよく分かるアルバムに仕上がっている。「Who’s Cheating Who」や「Baby I Love You」、「I Feel So Bad」などそのほかにも聴きどころの多いアルバムだ。

– アルバムを代表するトラック : 「We’re Gonna Make It」

We're Gonna Make It

 

77. リトル・ウォルター『His Best』(Chess) (1997年)

ルイジアナ生まれのリトル・ウォルターは、史上最高峰のブルース・ハーモニカ奏者として広く知られている。彼は1952年から1959年にかけてアメリカのR&Bチャートの常連で、その間に15ものシングルをヒットさせた。そのうち最大のヒットとなったのは、チャートの1位に輝いた名曲「Juke」。リトル・ウォルター&ヒズ・ナイト・キャッツ名義でリリースした、ノリの良いインストゥルメンタル・ナンバーだ。

充実したウォルターのチェス・レコード時代に生まれた中でも珠玉の20曲が収録された本ベスト盤は、そんな「Juke」で幕を開ける。他の収録曲について言えば、ウォルターが歌声を披露しており一度聴けばクセになる「My Babe」は同じくチャートを制した1曲。スローでゆったりとしたバラード「Sad Hours」では、彼のハーモニカに一風変わったエコー・エフェクトがかけられている。

– アルバムを代表するトラック : 「Juke」

Juke

 

78. ロニー・ジョンソン『The Essential』(Classic Blues) (2001年)

ギターの名手であり、数多くの作品を世に残したニューオリンズ生まれのジョンソン。彼はギター・ソロというコンセプトを考案したブルース界のパイオニアであった。「弦をチョーキングしたり揺らしたりして音に表情を持たせながら、単音でメロディを弾く」という彼の発明も、当時は異端と見なされた。だがやがてスタンダードとなり、ジャンゴ・ラインハルトやT-ボーン・ウォーカーといったギタリストも楽曲に取り入れるようになっていった。

本編集盤は、長年に亘るジョンソンのキャリアの中で初期に発表された40曲のシングルを集めたもの。中にはギタリストのエディ・ラングや、シンガーのヴィクトリア・スピヴィー、ムーチ・リチャードソン、テキサス・アレクサンダー、クララ・スミスなどがゲスト参加した楽曲も含まれている。

– アルバムを代表するトラック : 「Playing With The Strings」

Playing With The Strings

 

79. ローウェル・フルソン『Lowell Fulson』(Chess) (1970年)

シンガーでギターの名手でもあったフルソンは、出身こそオクラホマ州だったが、1940年代後半からはアメリカ西海岸で生まれたウェスト・コースト・ブルースの重要人物として活躍し続けた。1948年から1976年には米R&Bチャートでヒットを量産。ナンバー・ワンに輝いた「Blue Shadows」は、1955年から1962年までの彼の楽曲を集めたLP 2枚組の本作でも一番の注目曲である。

その他、佳曲「I’m Glad You Reconsidered」や、ブラス隊を前面に出したソウルの原型といえるバラード「So Many Years」、悲哀に満ちたミドル・テンポの1曲「Pay Day Blues」なども忘れてはいけない。中でも「Pay Day Blues」では表情豊かで味わい深いフルソンの歌声や、キレのあるギターが存分に楽しめる。

– アルバムを代表するトラック : 「Hung Down Head」

Hung Down Head

 

80. ルーサー・アリソン『Luther’s Blues』(Gordy) (1974年)

デトロイトのモータウン・レコードは、ブルース・ミュージシャンを扱うことがほとんどなかった。だが1972年に例外として契約したのが、アーカンソー出身で優れたシンガー/ギタリストとして知られるアリソンである。

彼はシカゴでハウリン・ウルフやフレディ・キングのバンドに参加して経験を積んだ人物。高めのしゃがれ声と、ほろ苦くも鋭いギター・メロディが大きな武器だ。

1969年にシカゴのデルマーク・レコードからデビュー作をリリースしたが、3年後にはモータウンに移籍し、傘下のゴーディ・レーベルからアルバムを発表した。

本作『Luther’s Blues』はレーベル移籍後2枚目となるアルバムで、アリソンらしいシカゴ・ブルースが炸裂する1作。大都会の厳しさや洗練された気品をどちらも感じられるサウンドに仕上がっている。収録曲のほとんどはオリジナルだが、ウィリー・ディクソンの「Easy Baby」やルーズヴェルト・サイクスの「Driving Wheel」など彼ならではのアレンジが施されたカヴァーも聴き応え十分だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Easy Baby」

Easy Baby

 

81. マ・レイニー『Ma Rainey’s Black Bottom』(Yazoo) (1985年)

ジョージア州コロンバスに生まれたマ・レイニーは、ブルース黎明期のシンガーのひとり。低く迫力のある歌声が持ち味で、最初に所属したレコード会社からは”ブルースの母”と呼ばれた。

彼女がレコード・デビューを果たしたのは1923年のことで、その5年後には最後のシングルをリリース。その後しばらくして、1935年に引退している。

本作『Ma Rainey’s Black Bottom』は、そんな彼女のキャリアからベストな14曲を選りすぐったコンピレーション。際どい内容で記憶に残る表題曲や、それに劣らぬ「Bo-Weavil Blues」や「See See Rider Blues」などの名曲を収録している。マ・レイニーがいなければ、ベッシー・スミスやビッグ・ママ・ソーントン、ジャニス・ジョプリンも間違いなく現れていなかっただろう。

– アルバムを代表するトラック : 「Bo-Weavil Blues」

New Boweavil Blues

 

82. マジック・サム『West Side Soul』(Delmark) (1968年)

ミシシッピ生まれのマジック・サムは、マディ・ウォーターズやリトル・ウォルターの音楽を聴いて育った。彼は19歳でシカゴに移り住むと、1950年代の後半には地元のレーベルであるコブラと契約を果たした。

本作『West Side Soul』はそんなサムのデビュー・アルバムで、1960年代を代表するエレクトリック・ブルースの名盤と評されている。彼のオリジナル曲にも優れたものが多いが、ロバート・ジョンソンやB.B.キング、ウィリー・ディクソンらのスタンダード・ナンバーをエネルギッシュに蘇らせたカヴァーも要チェック。ソウルフルで洗練された都会性と、デルタ・ブルースの無骨さが共存した同作は、新時代のブルースの礎を築いた1作である。

– アルバムを代表するトラック : 「All Of Your Love」

All Of Your Love

 

83. メンフィス・ミニー『Bumble Bee : The Essential Recordings Of Memphis Minnie』(Indigo) (1994年)

メンフィス・ミニーの名前で知られるリジー・ダグラスは、カントリー・ブルースの黎明期を支え、多くの楽曲を残したミュージシャン。ルイジアナ州アルジアーズ出身の彼女は、7歳のときにクリスマス・プレゼントとして初めてのギターを手にした。

メンフィス・ミニーという芸名は、1930年にコロンビア・レコードのA&R担当者がつけたものだ。当初は一番目の夫であるカンザス・ジョー・マッコイとともにレコードを制作したが、後にソロ・デビューを果たした。

本作『Bumble Bee』は、彼女が1929年から1941年の間にマッコイと制作した初期の楽曲を網羅したアルバム。「Black Rat Swing」や「Dirty Mother For You」、「New Dirty Dozen」など後進に影響を与えた名曲の数々を聴くことができる。

– アルバムを代表するトラック : 「What’s The Matter With The Mill」

What's the Matter with the Mill?

 

84. メンフィス・スリム『Blues Greats』(Universal) (2011年)

メンフィス・ミニーとは違い、ピアニスト/シンガーのメンフィス・スリムは正真正銘のメンフィス生まれだ。本名をジョン・チャタムという彼は、当初父の名前を借りてピーター・チャタムという名義でレコードを制作。メンフィス・スリムというステージ・ネームに落ち着いたのは1940年のことだった。

低く響くいぶし銀のバリトン・ボイスを特徴とするスリムは、1948年から1953年にかけて7つのシングルを米R&Bチャートでヒットさせた。本作『Blues Greats』には、同チャートを制した「Messin’ Around」やユーモアたっぷりの「Beer Drinking Woman」などを収録。リズミカルなピアノ・ソロの「Frankie & Johnny Boogie」では、スリムの巧みな腕前を堪能できる。

– アルバムを代表するトラック : 「Beer Drinking Woman」

Beer drinking woman

 

85. マイク・ブルームフィールド&アル・クーパー『The Live Adventures Of Mike Bloomfield And Al Kooper (フィルモアの奇蹟)』(Columbia) (1969年)

シカゴで名を馳せたギタリストのブルームフィールドとブルックリンに生まれたオルガン奏者のクーパーは、サンフランシスコのフィルモア・ウェストで見事なジャム・セッションを披露した。本作は、その模様を収めたLP 2枚組のライヴ・アルバムである。

当時、クーパーはブラッド・スウェット・アンド・ティアーズを脱退したばかりだった。幅広い楽曲を取り上げた本作には、ポール・サイモンやカルロス・サンタナ、そして未クレジットではあるがスティーヴ・ミラーもゲスト参加している。

収録曲にはレイ・チャールズやサニー・ボーイ・ウィリアムソン、アルバート・キングなどブルース・ミュージシャンの楽曲もあれば、トラフィックやザ・バンド、クリームなどロック寄りのグループの楽曲もある。ブルース・ロックの名作のひとつだ。

– アルバムを代表するトラック : 「I Wonder Who」

Mike Bloomfield And Al Kooper – I Wonder Who 1968

 

86. ミシシッピ・フレッド・マクダウェル『I Do Not Play No Rock and Roll』(Capitol) (1974年)

テネシー州ロスヴィル出身のマクダウェルは、ボトルネック奏法を極めたギタリスト。削って形を整えた牛の骨でスライド・ギターを習得したのだという。

そんな彼は1969年に本作をレコーディングしたが、リリースされたのは本人がこの世を去った後のこと。初めてマクダウェルがエレキ・ギターを使用した作品としても記念すべき本作は、スタンダード・ナンバーの「Baby Please Don’t Go」で幕を開ける。

同曲の冒頭では、自身の演奏スタイルやブルースへの愛について語る彼の声も聴くことができる。収録された9曲はどれもすばらしく、マクダウェルの作品でも特に魅力的な1枚だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Baby Please Don’t Go」

Mississippi Fred McDowell: Baby Please Don't Go

 

87. ミシシッピ・ジョン・ハート『Avalon Blues The Complete 1928 Okeh Recordings』(Columbia/Legacy) (1996年)

空気のように軽やかな高音のテナー・ボイスで歌うハートは、彼にしか出せない歌声の持ち主だった。それを支えるのが、繊細ながらもしっかりとリズムを刻む指弾きのギターだ。

ヴァイオリニストのウィリー・ナムールからの推薦でオーケー・レコードと契約した彼は、35歳のときに2度のレコーディング・セッションを経験。初期のシングルである「Frankie」や「Stack O’ Lee」を含む本作収録の13曲を聴けば、ハートならではのカントリー・ブルースの真髄が味わえる。

– アルバムを代表するトラック : 「Spike Driver Blues」

MISSISSIPPI JOHN HURT – Spike Driver Blues [1928]

 

88. モーズ・アリソン『Back Country Suite』(Prestige) (1957年)

ミシシッピ州ティッポ出身のアリソンは、白人のジャズ・ピアニストながらブルース・ピアノも巧みに弾きこなした。自ら歌もこなす彼は、社会派の題材に皮肉を込めた楽曲を書いたことでも知られる。

本作『Back Country Suite』はそんなアリソンのデビュー・アルバム。10のパートから成る表題の組曲が大きな割合を占める、インストゥルメンタル中心の作品だ。ピアノ、ベース、ドラムのトリオ編成で演奏される同作は、ビバップとブルースを融合させたカントリー調のピアノが堪能できる仕上がりになっている。ブルースマンであるマーシー・ディー・ウォルトンの楽曲をカヴァーした「One Room Country Shack」では、アリソンが特徴的な優しい歌声も披露している。

– アルバムを代表するトラック : 「One Room Country Shack」

One Room Country Shack – Mose Allison

 

89. マディ・ウォーターズ『Muddy Waters At Newport 1960』(Chess) (1960年)

<史上最高のブルース・アルバム>の有力候補である『Muddy Waters At Newport 1960』は、ロードアイランド州で毎年開催されている有名なジャズ・フェスティバルで披露されたマディ・ウォーターズのステージを捉えたライヴ・アルバム。当時57歳だったウォーターズは、ピアノにはオーティス・スパン、ハーモニカにはジェイムズ・コットンが参加という豪華な顔ぶれのバンドを従えて名演を披露している。

大ヒット曲「I’m Your Hoochie Coochie Man」などからブルースのスタンダード・ナンバー「Baby, Please Don’t Go」など、そして新曲や未発表曲「I Got My Brand On You」まで、セットリストもリスナーを飽きさせない名盤である。

– アルバムを代表するトラック : 「I’ve Got My Mojo Working」

I've Got My Mojo Working (Live At Newport Jazz Festival)

 

90. マディ・ウォーターズ『Folk Singer』(Chess) (1964年)

そのシングル「Rollin’ Stone」がイギリスで最も有名なロック・バンドの名前の由来にもなったマディ・ウォーターズ。彼はエレキ・ギターを中心としたシカゴ・ブルースに大きな功績を残した人物だったが、この名作ではアコースティック・ギターを演奏している。

本作は60年代前半に興ったフォーク・リヴァイヴァルの流れを受けて、リスナーに語りかけるようなアコースティック・スタイルで作られたアルバム。その後のブルース界を支えたバディ・ガイもサポートのギターで参加しているが、ウォーターズこそが揺るぎない本作の主役だ。

彼は迫力たっぷりの大声から囁くような小声までを使い分け、表現力豊かなヴォーカルを披露している。まさにブルース・アルバムの金字塔である。

– アルバムを代表するトラック : 「My Captain」

My Captain

 

91. ニーナ・シモン『Sings The Blues』(RCA) (1967年)

ノースカロライナに生まれ、クラシックで腕を磨いたシモンは、コンサートで演奏するピアニストを夢見ていた。しかし人種差別がはびこる醜い現実に直面したことで、ブルースや黒人霊歌、ジャズの世界に身を転じたのだった。

名作『Sings The Blues』は、そんなシモンのRCA移籍後初となるアルバム。リル・グリーンやバディ・ジョンソンの楽曲のカヴァーからは、シモンの歌とブルースの親和性の高さがよくわかる。

だが本作の魅力はそれだけではない。彼女はブルースからの影響が感じられるオリジナル曲で、優れたソングライターとしての才能も発揮しているのだ。彼女が作曲した3曲「Backlash Blues」「Do I Move You」「I Want A Little Sugar In My Bowl」はどれも注目すべきナンバーだ。

– アルバムを代表するトラック : 「Do I Move You」

Do I Move You ?

 

92. オーティス・ラッシュ『Otis Rush, 1956–1958 : His Cobra Recordings』(Flyright) (1988年)

ミシシッピ出身のラッシュは8歳の頃にギターを習得。マディ・ウォーターズのレコードとの出会いをきっかけに14歳でシカゴへ移り住んだ。そして1956年頃までには、ウェスト・サイドを中心に盛り上がりをみせていたシカゴ・ブルース・シーンの期待の新生として注目されるようになり、製鋼所での仕事を辞めている。

本作はコブラ・レコード (イーライ・トスカーノにより設立されたが短命に終わったインディー・レーベル) からラッシュがリリースした楽曲を集めた編集盤。アメリカのR&Bチャートでトップ10入りを果たした本作収録の「I Can’t Quit You Baby」は、後にレッド・ツェッペリンがカヴァーしている。

また、同じく初期の楽曲である「Double Trouble」や「Jump Sister Bessie」などもそれに劣らない仕上がりだ。エネルギッシュかつアグレッシヴな演奏で知られるラッシュは、エリック・クラプトンやピーター・グリーン、ミック・テイラー、ジェフ・ベックなど1960年代のイギリスを代表するブルース・ギタリストたちに多大な影響を与えた。

– アルバムを代表するトラック : 「I Can’t Quit You Baby」

I Can't Quit You Baby

 

93. オーティス・スパン『The Blues Never Die!』(Prestige) (1965年)

ミシシッピ州ジャクソンで生まれたシンガー/ピアニストのオーティス・スパンは、22歳でシカゴに移り住み、1940年代後半には新興のシカゴ・ブルース界で自身の立ち位置を確立した。

50年代にはチェス・レコードからいくつかのシングルをリリース。その後UKでカルト的な人気を得て、1964年にはエリック・クラプトンをギターに迎えてアルバムを制作した。そして、その直後にシカゴへ戻ってレコーディングをしたのが本作『The Blues Never Die!』である。

バックを支えるバンドには、有名なハーモニカ奏者でシンガーのジェイムズ・コットンも参加している。本作には「After Awhile」などスパンのオリジナル曲の他、コットン作の楽曲も4つ収録。カヴァー曲ではマディ・ウォーターズの「I’m Ready」やパワフルな演奏となったロバート・ジョンソンの「Dust My Boom」などを取り上げている。よく響くスパンの歌声や、彼の滑らかなピアノ演奏が堪能できる1作である。

– アルバムを代表するトラック : 「Feeling Good」

Feelin' Good

 

94. ポール・バターフィールド・ブルース・バンド『The Paul Butterfield Blues Band』(Elektra) (1965年)

シカゴ出身のシンガー/ハーモニカ奏者であるポール・バターフィールドは、1960年代のアメリカを代表するブルース・バンドを率いた。人種に縛られないメンバー構成も画期的だった同グループは5人組として1963年に結成され、2年後にはデビュー・アルバムを発表。それがセルフ・タイトルの本作である。

エルモア・ジェイムス、リトル・ウォルター、マディ・ウォーターズ、ウィリー・ディクソンらの楽曲のエネルギッシュなカヴァーとオリジナル曲が混在した本作の一番の売りは、ギタリストのマイク・ブルームフィールドによる演奏だ。

彼のギター・プレイは全編に亘って輝きを放っている。さらにブルームフィールドは、アルバムのハイライトであり魅力的なイントゥルメンタル・ナンバーの「Screamin’」の作曲まで手がけている。

– アルバムを代表するトラック : 「Screamin’」

Screamin'

 

95. ポール・バターフィールド・ブルース・バンド『East-West』(Elektra) (1966年)

ポール・バターフィールド・ブルース・バンドのセカンド・アルバムに当たるこの『East-West』は、前作より好調なセールスを記録。ビルボードのポップ・アルバム・チャートでは65位まで上昇した。

だがそうした成績より重要なのは、13分にものぼる奇抜な表題曲の存在だ。ひたすら繰り返されるグルーヴに乗せて、長大な即興演奏が繰り広げられる1曲である。そのサウンドは、サイケデリック・ロックやウェスト・コースト・ロックが流行するきっかけになったとも言われる。

この曲以外にも、マディ・ウォーターズの「Two Trains Running」、ロバート・ジョンソンの「Walkin’ Blues」、アラン・トゥーサンの「Get Out Of My Life, Woman」、ナット・アダレイの「Work Song」などがパワフルな演奏でカヴァーされている。ブルース・ロック史を代表する作品として知られる本作『East-West』が後進に与えた影響力は計り知れない。

– アルバムを代表するトラック : 「East-West」

East-West

 

96. R.L.バーンサイド『Wish I Was In Heaven Sitting Down』(Fat Possum) (2000年)

ミシシッピ生まれのバーンサイドは、ヒル・カントリー・ブルースの代表格といえるミュージシャン。生涯を通してほとんど注目されることがなかったが、この世を去る10年ほど前から正当な評価を受けるようになった。

11曲入りの本作は、バーンサイドが74歳のときに制作した最後から2番目のアルバム。無骨な歌声を聴かせる彼の演奏には現代的なスタジオ技術 (ループによるビートやDJのスクラッチなども使用) が施されてはいるが、その音楽が醸し出す空気感は正真正銘のデルタ・ブルースのそれである。

– アルバムを代表するトラック : 「Wish I Was In Heaven Sitting Down」

Wish I Was in Heaven Sitting Down

 

97. ロベン・フォード&ザ・ブルー・ライン『Handful Of The Blues』(Stretch) (1995年)

カリフォルニア州ウッドレイク出身のフォードは、速弾きが持ち味のギタリスト。若くしてチャーリー・マッスルホワイトやL.A.エクスプレス、ジョニ・ミッチェル、マイルス・デイヴィスらと共演した才能の持ち主だ。そんな彼がブルー・ラインを結成したのは1992年のこと。本作『Handful Of The Blues』は同トリオによる3枚目のアルバムで、プロデュースはアメリカの有名なギタリストであるダニー・コーチマーが手がけた。

フォードのギター・プレイはブルース色が強いものの、ロック譲りのパワフルさもあり、洗練されたハーモニーはジャズをも思わせる。彼の卓越した演奏が詰まった12曲入りの本作には、エタ・ジェイムスの「I Just Want To Make Love To You」をスローで大人な雰囲気にアレンジしたカヴァーも含まれている。

– アルバムを代表するトラック : 「Chevrolet」

Chevrolet

 

98. ロバート・クレイ『Strong Persuader』(Mercury) (1986年)

グラミー賞を5度も受賞しているジョージア生まれのミュージシャン、ロバート・クレイ。彼は古き佳きブルースのスタイルを貫く保守的な音楽性で知られている。クレイはまだキャリアの浅い30歳のときにアルバム『Bad Influence』(1983年)をヒットさせ、消滅の危機に瀕していたアメリカのブルース・シーンを復興。

その3年後に制作された4作目の『Strong Persuader』もアメリカでダブル・プラチナに認定され、ビルボードのポップ・チャートでも13位まで浮上した。

同作でクレイはブルースを現代風に蘇らせたが、その本質を崩すことはせず伝統はしっかり守り抜いた。彼がマディ・ウォーターズやアルバート・コリンズといったブルース界のレジェンドの系譜を受け継いでいることがよくわかる1枚だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Strong Persuader」

Robert Cray – Strong persuader

 

99. ロバート・ジョンソン『King Of The Delta Blues Singers』(Columbia) (1961年)

世間が抱くジョンソンのイメージは、様々な神話や伝説によって歪められてしまっているように思える。ファウストのように悪魔に魂を売り、27歳で毒殺されたと言われる謎多き人物だ。

一方で誰にとっても明白なのは、ジョンソンの音楽がもつ理屈抜きの力強さだ。彼が生み出した楽曲は1936年から1937年の間にシングルの形でリリースされた。

本作『King Of The Delta Blues Singers』はそうした楽曲を纏めた初めての編集盤で、1960年代にジョンソンの音楽を改めて世間に知らしめた。「Hellhound On My Trail」や「Crossroad Blues」、「Come On In My Kitchen」など、多くのミュージシャンに影響を与えた有名曲の数々が収録されている。

– アルバムを代表するトラック : 「Traveling Riverside Blues」

Traveling Riverside Blues

 

100. ロバート・ナイトホーク『Live On Maxwell Street 1964』(Rounder) (1979年)

アーカンソーで生まれたナイトホークは、”キング・オブ・ザ・ストリング (弦の王様) “と呼ばれたミュージシャンだ。幼くしてブルースに魅せられた彼は、やがてロバート・マッコイと名乗って各地を巡業するようになる。

ギター片手にテネシー州やミシシッピ州の各地を回って歌を披露した彼は、その後一度ミズーリ州に移っている。1948年にはロバート・ナイトホークと改名し、シカゴでエレキ・ギター (ブルース界でも取り入れるのが早かった) を演奏するようになる。するとそれが話題となって、アリストクラットやチェスといったレーベルからシングルを出すまでに至ったのだ。

残念ながら彼が生前にアルバムを発表することはなかったが、1979年にリリースされた本作『Live On Maxwell Street 1964』をはじめ没後にアルバムがリリースされている。

ある晩のシカゴでのパワフルな名演を捉えた本作では、影のある彼のヴォーカルや、熱のこもったボトルネック奏法のギターが堪能できる。中でもノリの良い「Yakity Yak」や「Nighthawk Shuffle」、キャリー・ベルが軽快なハーモニカを聴かせるエネルギッシュな「Burning Heat」などがハイライトだ。

– アルバムを代表するトラック : 「Goin’ Down To Eli’s」

Goin' Down To Eli's (Live At The Corner Of 14th And Peoria, Chicago, IL / September 1964)

 

101. ロリー・ギャラガー『Irish Tour ‘74』(Polydor) (1974年)

アイルランドのドニゴール県出身のギャラガーは、巧みな指さばきを誇る名ギタリスト。取り憑かれたようにギターを弾くスタイルでもお馴染みだ。彼は1960年代後半にテイストというバンドを率いた後、1971年にソロへ転向した。

本作『Irish Tour ‘74』は、ギャラガーのすばらしいライヴ・パフォーマンスを克明に記録した2枚組のライヴ盤。ギャラガーの華麗なギター・テクのほか、ブルース・ロック調のパワフルなグルーヴも印象的だ。ギャラガーの優れたオリジナル曲「Cradle Rock」などから、マディ・ウォーターズの「I Wonder Who」の激しさが加わったブルース・ナンバーのカヴァーまで幅広い楽曲が演奏されている。

– アルバムを代表するトラック : 「Walk On Hot Coals」

Walk On Hot Coals (Live)

 

102. シェメキア・コープランド『Turn Up The Heat』(Alligator) (1998年)

テキサス・ブルースの名手であるジョニー・コープランドを父に持つ、ハーレム生まれのシェメキア・コープランド。彼女は迫力あるその歌声を武器に、19歳にしてデビュー・アルバム『Turn Up The Heat』をリリースした。

熱い演奏が詰まった本作で、彼女は筋金入りのブルース・ファンからの注目を一挙に集めたのである。コープランドが人前で歌を歌うようになったのは10歳のことで、1998年の本作リリース時にはすでにベテランの域に達していた。

生意気さと自信に満ちた態度をとりながら確かなプロ意識も持っていた彼女は、発展途上ではなくすでに完成されたシンガーだったと言えよう。エタ・ジェイムスさながらのソウルフルな歌声と、ビッグ・ママ・ソーントンのような確固たる態度を兼ね備えたコープランドは、存在感のある独自のスタイルを確立。スローなバラードもアップテンポなナンバーも、同じ落ち着きをもって歌い上げている。

彼女は後にグラミー賞のノミネートを受け、”コンテンポラリー・ブルースの女王”と呼ばれるようにもなるが、『Turn Up The Heat』にはその充実したキャリアの第一歩を踏み出そうとする彼女のパフォーマンスが収められている。

– アルバムを代表するトラック : 「Salt In My Wounds」

Salt In My Wounds

 

103. スキップ・ジェイムス『The Complete Early Recordings』(Yazoo) (2009年)

酒の密売人から宣教師になったという父を持つネヘミア・”スキップ”・ジェイムスは、ミシシッピ州ベントニアの出身。哀愁を帯びた歌声や巧みな指弾きのギターが彼の持ち味だ。

しばらくは無名のまま過ごしたジェイムスだが、楽曲をリリースする頻度が高くなった1960年代にようやく評価されるようになった。本作は彼の初期の音源を集めた編集盤で、1931年にパラマウント・レコードで制作された数多くのシングルを収録。まさに彼が独自のスタイルを確立した時期のものだ。

「Devil Got My Woman」や、ジェイムスがピアノを弾いている「22-20 Blues」、そして「I’m So Glad」など聴きどころ満載のアルバムである。

– アルバムを代表するトラック : 「Devil Got My Woman」

Devil Got My Woman (1994 Remastered)

 

104. スキップ・ジェイムス『Today!』(Vanguard) (1966年)

1931年にパラマウントからリリースした初期シングルがことごとく失敗に終わると、ジェイムスは無名のまま長い時を過ごすこととなった。だが1960年代に入るとブルースやフォークの人気が再燃したこともあって、ジェイムスにも脚光が当たった。そして彼は30年越しに再びレコーディング・スタジオに戻ることになったのである。

シーモア・ソロモンが創設したヴァンガード・レコードで本作『Today!』をレコーディングした際、彼はすでに64歳になっていた。だが、優しく波打つような指弾きギターの伴奏に乗った表情豊かなファルセットは、かつてより味わい深さを増したように聴こえる。

ジェイムスは「I’m So Glad」や「Killing Floor Blues」など初期の楽曲にも再び取り組んで、そうした楽曲に新たな息吹を吹き込んだ。オリジナルに比べてレコーディングの質が改善していることも嬉しいポイントである。

– アルバムを代表するトラック : 「Washington D.C. Hospital Center Blues」

Washington D.C Hospital Center Blues

 

105. スリム・ハーポ『Baby Scratch My Back』(Excello) (1966年)

スリム・ハーポの名で知られるジェイムズ・アイザック・ムーアは、1950年代後半にルイジアナの奥地で広まった”スワンプ・ブルース”の誕生に大きく貢献した人物。同世代に多かった無骨なブルース・シンガーと違い、ハーポは軽やかでツヤのある歌声を持ち味にしていた。また、ギターの名手でもありながらソウルフルなブルース・ハープの演奏でも知られている。

そんなハーポの人気が最高潮に達したのは1960年代のこと。アメリカのR&Bチャートでいくつかのシングルをヒットさせ、ザ・ローリング・ストーンズ、ヤードバーズ、キンクスといったイギリスのバンドに続々とカヴァーされたのだ。

本作は彼がアーニー・ヤングの設立したエクセロ・レコードからリリースした2枚目のアルバム。表題曲の「Baby Scratch My Back」は1966年にR&Bチャートの1位を獲得している。だが他の楽曲にも聴きどころは多い。

ダンサブルなリズムがクセになる「Shake Your Hips」は、ストーンズが1972年作『Exile On Main Street (メイン・ストリートのならず者) 』でカヴァーした1曲。穏やかなカントリー・スタイルのバラード「Rainin’ In My Heart」もR&Bチャートでトップ20入りを果たしている。

– アルバムを代表するトラック : 「Shake Your Hips」

Shake Your Hips

 

106. サン・ハウス『Father Of The Delta Blues : The Complete 1965 Sessions』(Columbia) (2006年)

ミシシッピ州リヴァートン出身のエディ・”サン”・ハウスは、デルタ・ブルース誕生の立役者である。正当防衛で男を殺し1年間服役したことのある彼は、もともとバプテスト教会の牧師だった経歴を持つ。そのせいか、金属的な音色のスライド・ギターに乗せる彼の歌声からは、教会での説教のような熱が感じられる。

そんな彼はスキップ・ジェイムスと似たように、1930年にパラマウントでレコーディングを行ったが失敗。しかし後のフォーク/ブルースの再流行に乗って彼の音源は発掘されて有名になった。CD2枚組の本作『Father Of The Delta Blues』は、63歳になったハウスが「Death Letter」「Preachin’ the Blues」「Dry Spell Blues」などの代表曲を再録したアルバムである。

– アルバムを代表するトラック : 「Preachin’ the Blues」

Preachin' the Blues

 

107. Various『Son House & The Great Delta Blues Singers (1928-1930) 』(Document) (1990年)

デルタ・ブルース黎明期のミュージシャンたちによる演奏を集めた本編集盤の中で、最も有名なのはサン・ハウスだろう。

比較的名前のあるところでは、チャーリー・パットンの相棒として知られ、ロバート・ジョンソンにも影響を与えたとされるウィリー・ブラウンの「M.O.Blues」も収録されている。しかしその他の曲は驚くほど無名な掘り出し物ばかりだ。

すっかり忘れられてしまったキッド・ベイリーの「Rowdy Blues」、ガーフィールド・エイカーズの「Cottonfield Blues」、”ミシシッピ”・ジョー・キャリコットの「Fare Thee Well Blues」、ジム・トンプキンスの「Bedside Blues」、ブラインド・ジョー・レイノルズの「Outside Woman Blues」、ルーブ・レイシーの「Mississippi Jailhouse Groan」などである。デルタ・ブルースの先人たちの歴史を学べる興味深い1作だ。

– アルバムを代表するトラック : サン・ハウス「My Black Mama」

My Black Mama – Part I

 

108. サニー・ボーイ・ウィリアムソン(I)『Sugar Mama』(Indigo) (1995年)

ブルース界でサニー・ボーイ・ウィリアムソンを名乗った人物はふたりいたが、ここで紹介するウィリアムソンはそのうちのひとりだ。本名をジョン・リー・カーティス・ウィリアムソンというミシシッピ出身の彼は、ブルース・ハーモニカ界の草分け的なミュージシャン。

デビュー・シングルである1937年の名曲「Good Morning, School Girl」は、あらゆるブルース・ハーモニカ奏者の模範になった。1937年から1941年までの音源を纏めた本コンピレーション (1995年発売) は、そんな彼の音楽の入門編としてこれ以上ないアルバムだ。

24の収録曲では、ビッグ・ジョー・ウィリアムスやビッグ・ビル・ブルーンジーといったギタリストやピアニストのジョン・デイヴィスらを迎え、ウィリアムソンが歌とハーモニカを披露している。中には代表曲の「Good Morning, School Girl」や「Got The Bottle Up And Go」、「Sugar Mama Blues」などの人気曲も収められている。

– アルバムを代表するトラック : 「Good Morning, School Girl」

Good Morning, School Girl

 

109.サニー・ボーイ・ウィリアムソン『The Real Folk Blues』(Chess) (1966年)

1960年代に興ったフォーク/ブルースの再流行は、低迷していた多くのブルースマンのキャリアを蘇らせた。そのひとりがシンガー/ハーモニカ奏者のサニー・ボーイ・ウィリアムソン (「Good Morning, School Girl」をヒットさせ1948年に亡くなった同名のシンガーと混同しないよう注意) である。

ミシシッピ出身で本名をアレック・フォードという彼は、ライス・ミラーという名前でも活動したが、最終的にはサニー・ボーイ・ウィリアムソンと名乗るようになった。1966年リリースの本作『The Real Folk Blues』は、主にチェス・レコードから発表された初期音源を中心とした編集盤。「Trust Me」やギタリストのバディ・ガイも参加した「One Way Out」などのシングルも収録されている。

– アルバムを代表するトラック : 「Bring It On Home」

Bring It On Home

 

110. サニー・テリー『The Folkways Years 1944-1965』(Smithsonian Folkways) (1991年)

ブラウニー・マクギーと組んだカントリー・ブルース・デュオの片割れとしても有名なテリーは、ジョージア州の出身。優れたソロ・アルバムをいくつも残した盲目のシンガー/ハーモニカ奏者だ。

約20年間の音源を集めた17曲入りの本編集盤には、マクギーがギターで参加した楽曲も含まれている。また、刺激的な1曲「Jail House Blues」には、その弟で同じくギタリストのスティック・マクギーが参加。思わず心を動かされるライヴ音源のメドレー「Fox Chase/Right On That Shore」では、フォーク界のスターであるピート・シーガーがバンジョーを弾いている。

– アルバムを代表するトラック : 「Jail House Blues」

Jail House Blues

 

111. “スパイダー”・コーナー、デイヴ・”スネーカー”・レイ、トニー・”リトル・サン”・グローヴァー『Blues, Rags And Hollers』(Elektra) (1963年)

ミネアポリスは雄大なミシシッピ川の流域にありながら、ブルースとの結びつきは薄い街だ。しかし、コーナー、レイ&グローヴァーというトリオはこの場所から生まれた。

ブラック・ミュージックに魅せられた白人の大学生3人は、本格的なフォーク/ブルースを奏でたことで知られる。そのスタイルは、ボブ・ディランやボニー・レイットにも影響を与えたとも言われている。

本作はそんな彼らのデビュー・アルバムで、肩の力が抜けたアコースティック・ギター主体の演奏は彼らの真骨頂といえる。王道のブルース・サウンドを受け継いだオリジナル曲のほか、レッド・ベリーやライトニン・ホプキンス、エルモア・ジェイムス、ブラインド・レモン・ジェファーソン、スリーピー・ジョン・エスティスらの楽曲のカヴァーも収録。『Blues, Rags And Hollers』は、1960年代前半のフォーク・リヴァイヴァルを代表する1作だ。

– アルバムを代表するトラック : 「Ramblin’ Blues」

Ramblin' Blues

 

112. スティーヴィー・レイ・ヴォーン&ダブル・トラブル『Texas Flood (テキサス・フラッド~ブルースの洪水) 』(Epic) (1983年)

テキサス州ダラス出身のヴォーンは、アルバート・キングやジミ・ヘンドリックスから深く感化されたギターの名手だ。華々しいキャリアを送っていたが、ヘリコプターの墜落事故で若くして命を失った。

そんな彼が35年の生涯で残した5枚のアルバムのうち、最高傑作と言われるのが本デビュー作だ。ヴォーンの巧みな腕前や、有無を言わせぬギター・サウンドが堪能できるアルバムである。ハウリン・ウルフやバディ・ガイの楽曲のハードなカヴァー・ヴァージョンも収録されているが、注目すべきは「Pride & Joy」や、R&Bとロックを融合させたスタイルの「Love Struck Baby」などのオリジナル曲だろう。

ブルースを過去のものと決めつけていた当時のリスナーは、本作『Texas Flood』を聴いて心を入れ替えたものだ。生命力とエネルギーに満ちたサウンドの力作である。

– アルバムを代表するトラック : 「Pride & Joy」

Pride and Joy – Stevie Ray Vaughan – Texas Flood – 1983 (HD)

 

113. T-ボーン・ウォーカー『T-Bone Blues』(Atlantic) (1959年)

股の間や頭の後ろでギターを弾いたのは、チャック・ベリーやジミ・ヘンドリックスが最初ではない。それらを最初に始めたのはT-ボーン・ウォーカーで、ギター・ソロ中に開脚をするのが彼の一番の得意技だった。

また、エレクトリック・ブルースの先駆者であるウォーカーは、B.B.キングやバディ・ガイ、エリック・クラプトンなど幅広いギタリストに多大な影響を与えた。本作『T-Bone Blues』は1950年代後半にレコーディングされた様々な音源を集めた編集盤だが、その音楽性には一貫性があり、1枚のアルバムとしてのまとまりすら感じられる。

1940年代後半に米R&Bチャートでトップ10入りした「Call It Stormy Monday」や「T-Bone Shuffle」などの再録ヴァージョンも収録されている。

– アルバムを代表するトラック : 「T-Bone Shuffle」

T-Bone Shuffle

 

114. T-ボーン・ウォーカー『The Complete Imperial Recordings 1950-1954』(EMI) (1991年)

テキサス出身のシンガー/ギタリストであるウォーカーは、ド派手なライヴ・パフォーマンスで知られる。しかし華やかなステージ演出の裏には、ジャズやスウィングの要素をブルースに取り入れた確かな音楽的才能があった。

そんなウォーカーがルー・チャドの所有するインペリアル・レコードと契約したのは1950年のこと。同レーベルから発表した4年分の音源が、52曲を収録した2枚組の本編集盤に纏められている。

「Glamour Girl」などの穏やかなバラードから、ビッグ・バンドを起用した「Strollin’ With Bones」などのブルース・ナンバーまでを含んだ本作では、ウォーカーの柔らかなクルーナー・ボイスや凄まじいギター技術を堪能することができる。

– アルバムを代表するトラック : 「The Hustle Is On」

The Hustle Is On (78 RPM Version)

 

115. タジ・マハール『Taj Mahal』(Columbia) (1968年)

シンガー/ギタリスト/ブルース・ハープ奏者のマハールは、ハーレム生まれのマサチューセッツ育ち。ライ・クーダーらとライジング・サンズを結成してカリフォルニアで活動を始めた彼は、1967年にコロンビアとソロ契約を果たした。

セルフ・タイトルの本デビュー作では、スリーピー・ジョン・エスティスの3曲のほか、ブラインド・ウィリー・マクテルやサニー・ボーイ・ウィリアムソン、ロバート・ジョンソンらのスタンダード・ナンバーをカヴァー。マハールはそうした楽曲を自分の色に染め上げ、無骨だが本格的なサウンドに仕上げてみせた。

– アルバムを代表するトラック : 「Leaving Trunk」

Taj Mahal – Leaving Trunk

 

116. タンパ・レッド『Don’t Tampa With The Blues』(Prestige/Bluesville) (1960年)

ジョージア生まれフロリダ育ちのタンパ・レッドは、”ギターの魔術師”の異名を取った名手。彼が初めてレコードを出したのは1928年のことで、その32年後に遺作となった『Don’t Tampa With The Blues』をリリースしている。

同作は、哀愁漂うレッドのテナー・ボイスや、洗練された指弾きスタイルのギター、そしてカズーの演奏などを存分に楽しめるアルバムだ。際どい内容で話題となり1942年にR&Bチャートでヒットした「Let Me Play With Your Poodle」をシンプルにアレンジしたセルフ・カヴァーのほか、「It’s Tight Like That」や「Love Her With A Feeling」など初期の楽曲の再録版も収録されている。

– アルバムを代表するトラック : 「Let Me Play With Your Poodle」

Let Me Play With Your Poodle

 

117. ジ・オールマン・ブラザーズ・バンド『At Fillmore East』(Capricorn) (1971年)

全盛期にはサザン・ロック/ブルース・ロックの隆盛を支えた伝説的なグループ、オールマン・ブラザーズ・バンドは1969年にフロリダで結成。するとデュアン・オールマンとディッキー・ベッツというふたりのリード・ギタリストの存在もあって、すぐに名を知られるようになる。

そんな6人組の彼らがセールス面で大成功を収めたのが、本ライヴ・アルバムである。激しい演奏が魅力の本作は、ロック界隈の興行主であるビル・グラハムがニューヨークに所有したフィルモア・イーストでのステージを2日間に亘って録音したものだ。

T-ボーン・ウォーカーの「Stormy Monday」やブラインド・ウィリー・マクテルの「Statesboro Blues」、エルモア・ジェイムスの「Done Somebody Wrong」など充実したカヴァー曲からは、メンバーがブルースから受けた影響を読み取れる。それに劣らぬオリジナル曲もいくつか収録されており、23分という長大な演奏になったプログレッシヴ・ロック寄りの1曲「Whipping Post」もそのひとつだ。

– アルバムを代表するトラック : 「Statesboro Blues」

Statesboro Blues (Live At Fillmore East, March 13, 1971)

 

118. ザ・ローリング・ストーンズ『The Rolling Stones No. 2』(Decca) (1964年)

ロンドンで結成されたザ・ローリング・ストーンズは、マディ・ウォーターズの楽曲からその名前を取った。髪を伸ばした白人の若者が古いアメリカのブルースに感化されて組んだブリティッシュ・ビートのグループは無数に存在したが、ストーンズももともとはそのひとつに過ぎなかった。

本作は、一部をシカゴでレコーディングした彼らのセカンド・アルバム。ソロモン・バーク、チャック・ベリー、マディ・ウォーターズ、アーマ・トーマス、ドリフターズらの楽曲がカヴァーされており、アメリカの黒人たちが生み出したブルースやソウルへの愛がこもった作品だ。

同じく収録された3つのオリジナル曲、すべてストーンズにおける作曲の中心となったミック・ジャガーとキース・リチャーズの共作曲からは、ブルースの遺伝子が彼らの作曲に及ぼした影響がよく感じ取れる。

– アルバムを代表するトラック : 「Off The Hook」

Off The Hook (Mono Version)

 

119. タッツ・ワシントン『New Orleans Piano Professor』(Rounder) (1983年)

俗に”三日月の街 (Crescent City) “とも呼ばれるニューオリンズで生まれたイシドール・”タッツ”・ワシントン。R&B、ブギウギ、ラグタイム、ジャズなどを自在に融合させたユニークなニューオリンズ・スタイルを誇るピアニストだ。

本作『New Orleans Piano Professor』は、彼がこの世を去る前年に故郷の街で録音されたピアノ・ソロの名盤。収録された23曲ではどれも、洗練された和音づかいや華やかな演奏スタイルが炸裂している。

ワシントンが自らのルーツとなったニューオリンズの音楽にオマージュを捧げた作品だ。レパートリーの中でスマイリー・ルイスの人気曲「Tee-Nah-Nah」も取り上げているが、同曲は1949年にレコーディングされた原曲で彼自身がピアノを弾いていたものである。

– アルバムを代表するトラック : 「Tee-Nah-Nah」

Tee-Nah-Nah

 

120. ウィリー・ディクソン『I Am The Blues』(Columbia) (1970年)

ブルース界きっての詩人といわれるディクソンはミシシッピ出身でありながら、戦後にエレキ・ギターを使ったシカゴ・ブルースの代名詞的存在となった。彼自身も独特なしゃがれ声やベース、ギターの演奏で知られるものの、より有名なのは作曲家としての顔だ。

1950年代には「Spoonful」「I’m Your Hoochie Cooche Man」「The Little Red Rooster」などブルース界の代表曲を次々生み出した。それら3つの名曲にディクソン自らが新鮮なアレンジを施したのが、彼自身にとっての6枚目のアルバムとなる1970年リリースの本作だ。

ハーモニカ奏者のビッグ・ウォルター・ホートンや、チェス・レコード所属のセッション・ピアニストであるラファイエット・リークなどいぶし銀の面々を迎え、ディクソンは歌とベースを披露している。

– アルバムを代表するトラック : 「I Can’t Quit You, Baby」

I Can't Quit You, Baby

Written By uDiscover Team


♪ プレイリスト『Chess Records Essential



 

 

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