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フランク・シナトラ「My Way」解説:ポール・アンカの功績と様々なカバー

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Photo: Martin Mills/Getty Images

フランク・シナトラ(Frank Sinatra)の歌う「My Way」は、全英シングル・チャートTop 40に長いあいだ留まり続けた(クリスマス曲を除く)。そんな「My Way」は、時代を超越したアンセムである。ボタンひとつで無限に楽曲をストリーミングできるデジタル時代においても、そしてどんな音楽が流行しようとも、その位置を奪うことのできる楽曲は現れないだろう。

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My Way (2008 Remastered)

シナトラは1968年12月30日、ウェスタン・レコーダーズでこの曲のレコーディングを行っている。その日のレコーディング・セッションは、”会長/The Chairman) “の異名を持つ彼にはめずらしく、午後の早い時間帯に行われた。

午後3時ごろ、長年に亘ってシナトラのお抱えピアニストを務めていたビル・ミラーによる指揮の下、40人のミュージシャンが楽曲の制作に取り掛かったのである。その楽曲はのちに、フランクのみならずその後の何世代もの人びとにとってのアンセムになった。

「My Way」は、そもそもはジャック・ルヴォーとジル・ティボーの二人が、エジプト生まれのフランス人シンガーであるクロード・フランソワと共に作曲した「Comme d’Habitude (いつものように)」という楽曲だった。そこにカナダ出身のシンガー、ポール・アンカが英語の歌詞をつけ、私たちが現在知るあの名曲が誕生したのである。

Claude Francois – Comme d'habitude (Official Lyric Video)

 

ポール・アンカの功績

アンカは同曲についてこう語っている。

「僕はフランスに家を持っていた。そこで初めて、クロード・フランソワのあのレコードを聴いたんだ。メロディーは気に入ったけれど、歌詞に関してはそれほどでもなかった。僕はそのフランスの出版社と繋がりがあったので、あの曲をもらうことになった。曲の雰囲気を自分なりに変えてみようと考えたんだ」

「フランクとは、彼が出演した映画『トニー・ローム/殺しの追跡』の撮影現場で顔を合わせた。そのとき彼は引退するつもりだと言っていた。そんなわけで、あの曲は僕と彼の人生をミックスしたような内容になったんだ。もっとも彼の人生に関することがほとんどだけどね。それから僕はセッション・シンガーと一緒にデモを作り、彼に連絡を取った。かなりすばらしいものができたと伝えたんだ。ドンは歌ってみる価値のある曲だと感じてくれたようだったけれども、フランクは冷静なままだった。それでも、彼が気に入ってくれているってことはわかったよ」

「そのあと3週間か、4、5週間ほど経って電話がかかってきた。彼らは“これを聴いてくれ”と言って、電話越しにあの曲をレコーディングしたものを聴かせてくれたんだ。すごく興奮した様子だったね!あんなに密度の濃い曲はそれまで聴いたことがなかった。そうしてレコードのプレスが始まったんだけど、彼らはミックスが気に入らなかったようで、最初にプレスされた分を廃棄してしまったんだ」

「Comme d’Habitude」に英詞を付けようとしたのは、ポール・アンカが初めてではなかった。アンカの数ヶ月前にデヴィッド・ボウイもこの曲の作詞に取り組み、「Even A Fool Learns To Love」(“愚か者も愛を学ぶ”の意)というタイトルを付けていた。しかし、ボウイのデモが採用されることはなかった。ちなみにそのデモには次の一節も含めれていた。

There was a time, the laughing time
I took my heart to every party
They’d point my way
How are you today?
笑って過ごしたころもあった
僕はどのパーティーも心から楽しもうとした
彼らは僕の方を指差して言う
「調子はどうだい?」

 

不朽のアンセムのチャート

1969年3月の最終週、シナトラの歌う「My Way」はアメリカのシングル・チャートに69位で初登場を果たした。それは、その週に初めてチャート・インした楽曲の中でもっとも高い順位だった。そしてその6週間後には27位をマークしたが、それよりも順位が上がることはなかった。のちにアンセムとして愛されるようになることを考えれば、意外にも思える結果である。

他方、UKのシングル・チャートでは、「My Way」は5位に到達している。そしてこの成績を踏まえれば、同名のアルバムが1969年夏の英国で、アメリカのそれとは比較にならないほどの高いセールスを記録したことにも納得がいこう。

Frank Sinatra – My Way (Live At The Royal Festival Hall, London / 1970 / 2019 Edit)

 

様々なアーティストによるカバー

「My Way」はカラオケの定番として親しまれているだけでなく、実に数多くのアーティストにカヴァーされてきた。1970年には、ブルック・ベントンのヴァージョンが全米チャートにランクイン。その7年後には、エルヴィス・プレスリーのヴァージョンで22位を記録している (これは、”キング”ことエルヴィスの死後にリリースされた初めてのシングルだった) 。

Elvis Presley – My Way (Aloha From Hawaii, Live in Honolulu, 1973)

UKではその翌年に、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスが同曲を歌って7位をマーク。それから約20年後には、アイルランドのバンド、ポーグスのリード・シンガーであるシェイン・マガウアンのヴァージョンがトップ30入りを果たした。

Sid Vicious – My Way (Original and Complete Version)

それらのカヴァーがシナトラのヴァージョンを超えることはない。だが「My Way」が歌い継がれているという事実は、この曲があらゆる人々の心を動かし続けていることの証左となろう。

Written By Richard Havers



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