Stories
カルチャー・クラブ『From Luxury To Heartache』解説:黄金期の唐突な終焉を告げた悲運の傑作
“洋楽名盤”の魅力を再発見する新企画として、海外及び日本で展開している音楽コンテンツキュレーションサイト「uDiscoverMusic」の名を冠した新シリーズ「uDiscovemusicシリーズ」が始動。
時代を超えて愛される洋楽名盤やアーティストの代表作を数多くラインナップし、「新しい音楽との出会い」の場を提供する新たなスタンダード・シリーズの第一弾として、カルチャー・クラブ&ボーイ・ジョージの全6作品が9月24日に発売される(予約はこちら)。
カルチャー・クラブ
1. Kissing To Be Clever
2. Colour By Numbers
3. Waking Up With The House On Fire
4. From Luxury To Heartache
ボーイ・ジョージ
5. Sold
6. Tense Nervous Headache
このアルバムの解説を順次公開。第4回目は4thアルバム『From Luxury To Heartache』。解説は音楽ライターの矢口清治さんです。
<関連記事>
・名盤再発見シリーズ:第一弾はカルチャー・クラブ&ボーイ・ジョージ
・カルチャー・クラブ「Do You Really Want To Hurt Me 」が与えた衝撃と反響
・カルチャー・クラブは真の意味で“多民族クラブ”だった
『From Luxury To Heartache』は、カルチャー・クラブにとって4作目のオリジナル・アルバムとして1986年4月に英米で発表された。バンドが描き出すここからの新たな章ーそんな充実した意欲作であるのと同時に、彼らの幸福で鮮やかな記憶となった黄金期の唐突な終焉を告げる悲運の1枚となってしまう。どういうことか?
プロデューサー交替という大胆な挑戦
それまでの3作によって我が国(日本)を含む世界規模で大きな成功を収めていたカルチャー・クラブに、デビュー以降初めて訪れた大きな変化、それはプロデューサーの交替である。
70年代半ばから、まずテープ・オペレーターとしてスタジオ作業に携わってきたベテラン=スティーヴ・レヴィンは、80年代にはザ・クラッシュやXTCといった新興のパンク/ニュー・ウェイヴ勢に力を貸し、ボーイ・ジョージと仲間たちのデビューからの3作のためにも、しっかり売れる作品をプロデュースした。とはいえ、前作『Waking Up with the House on Fire』がアメリカにおいてやや失速したことも踏まえての荒療治が、新たなプロデューサーを迎えることだったのかもしれない。
招かれたのはさらなる大御所=アリフ・マーディン。アレサ・フランクリンやヤング・ラスカルズ、アヴェレージ・ホワイト・バンド、ビー・ジーズ、ホール&オーツらを手がけた伝説的な存在だ。これらの顔ぶれに共通するのが、白人層を視野に入れ幅広く受け入れられるコンテンポラリーかつオーセンティック(正統)なソウル/R&Bの魅力。それこそが“次のカルチャー・クラブ”がより明確に打ち出すべき方向性であった、はず。
マーディンがカルチャー・クラブとの邂逅を果たす布石として考えられるのが、スクリッティ・ポリッティの「Wood Beez (Pray Like Aretha Franklin)」ではないだろうか。ラフ・トレードからヴァージンに移籍した気鋭のユニット、その中心人物はグリーン・ガートサイド。1983年にデモ・テープを耳にして感銘を受けた大御所が彼らをアメリカに招き、マーディンが手がけたチャカ・カーン作品が好きだったグリーンと意気投合して生み出されたのが、1984年2月の「Wood Beez」。
全米ダンス/クラブ・チャートを席巻した同曲の斬新なサウンドは話題を集め、その後の「Absolute」「Hypnotize」の上々の仕上がりから、これらを含む第2作『Cupid & Psyche 85』(1985年6月)は高評価を得る。同じヴァージン・レコード所属で元来ソウル・ミュージックと深く共振していたカルチャー・クラブが、持ち味を損ねることなくポスト・ニュー・ウェイヴのアルバム作りに向き合う際にこの時点で最良の人選、それがアリフ・マーディンだった。
カルチャー・クラブのアルバム『From Luxury To Heartache』からは1986年3月に「Move Away」が先行シングルとなり、スタイリッシュなダンス・ビートのソウルフルなナンバーにして旧来以上にソリッドな音像が歓迎され英7位/米12位まで上昇する。第4作への期待は膨らむ。だが。
制作現場に漂う暗雲とスキャンダル、そして突然の終焉
1985年から86年にかけてスイスはモントルーのマウンテン・スタジオとニューヨークのアトランティック・スタジオで敢行されたレコーディングに関して、後に伝えられた実情を知ると、遠くない未来の出来事が推察できたかもしれない。
徐々に公となっていたボーイ・ジョージの薬物常用を起因として、作業は予定のスケジュールでは進められなくなっていった。業を煮やしたマーディンはセッションを放り出し、残る最終ヴォーカルの収録などをエンジニアのルー・ハーンに委ね、『From Luxury To Heartache』は完成に漕ぎ着けた。プロデューサーのクレジットにマーディンとハーンとが記されている理由である。
そうした事情を知らずに接すると、本作はカルチャー・クラブのリフレッシュした要素を堪能できる、確かな手応えを伝えていた。本国イギリスで第2弾シングルとして「God Thank You Woman」がカットされたのが1986年5月19日。その2ヶ月後となる7月12日、ボーイ・ジョージは大麻不法所持(後により常用性/危険性の高いヘロイン使用)のため逮捕された。
さらに友人で本作にもキーボードで参加しているマイケル・ラデスキが、薬物摂取過多のためジョージの自宅で遺体で発見されるにいたってメガ・アイドル・ポップ・スターのドラッグ・スキャンダルは瞬く間に全世界を駆け巡った。もちろん我が国でも大々的に報道されている。
カルチャー・クラブは自動的に活動停止、そして解散の道を歩むことになり、公式に再結成アルバム『Don’t Mind If I Do』が発表されるまで13年を要した。まさしく唐突な終焉、であった。
正当に評価されるべき“悲運の傑作”
改めてそのチャート上の成績を振り返ると「God Thank You Woman」が全英31位、北米で展開された「Gusto Blusto」はカナダで24位、アメリカではランク・インせず。アルバム自体は全英10位/全米32位。前作までを数百万単位で売ったバンドが、世界トータル・セールスで100万枚に到達せず。これをひとつの巨大なスキャンダルに飲み込まれた“悲運の1枚”とする所以である。
きちんとした距離を保って接すれば、この作品は90年代以降のクラブ・ミュージック隆盛を明確に予見したサウンドスケープを描き、個々の楽曲の質の高さから考えても、より正しく評価されるべきであろう。バンドが内包していたソウルやレゲエ、ラテン、ゴスペル、ブルースといった多彩で芳醇な音楽的要素のミクスチャーが、実に独自に完成されていることに気づくはずだ。
40年近くを経た今日からすれば、すべてが歴史の中の出来事として振り返られるのかもしれない。であるからこそ、カルチャー・クラブなる稀有で異質、そして限りなく魅力的なバンドの重要作品として、私は『From Luxury To Heartache』を忘れることができない。
Written By 矢口清治
カルチャー・クラブ『From Luxury To Heartache』
2025年9月24日発売
購入はこちら
★英国オリジナル・アナログ・テープを基にした2022年DSDマスタリング(一部楽曲を除く)
★SHM-CD仕様
★解説/歌詞・対訳付
- カルチャークラブ アーティストページ
- 名盤を再発見するシリーズ: 第一弾はカルチャー・クラブ&ボーイ・ジョージ
- カルチャー・クラブは真の意味で“多民族クラブ”だった
- カルチャー・クラブ「Do You Really Want To Hurt Me 」が与えた衝撃と反響
- カルチャー・クラブ、デビュー40周年記念日本限定ベスト盤の詳細
- 1982年、噂のネタはカルチャー・クラブ
- 80年代のエレクトロニックを独占したヴァージンレコード
- LGBTQミュージシャンたちの歴史
- LGBTQに愛された15人のパイオニア
- LGBTQを讃えるアンセム20曲:自らを愛する喜びを表現した歌
- ボーイ・ジョージ関連記事