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ベック『Mellow Gold』解説:“ヒップホップ・フォーク”と評された変幻自在の名盤と「Loser」
2025年5月28日に大阪Zepp Namba、5月29日にNHKホールでの単独公演、そして6月1日にはASIAN KUNG-FU GENERATION主催のロックフェスティバル『NANO-MUGEN FES.2025』への出演が発表となったベック(BECK)。
2018年SUMMER SONICでのヘッドライナー出演以来となるバンド編成での来日を記念して、彼の過去のアルバムの解説記事を連載として順次公開。
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キャリアを変えた「Loser」
ベックが大衆受けを狙ったことはこれまで一度もない。しかし、1994年には一般大衆の方が彼に歩み寄ってきた。それまでに独立系レーベルからいくつかの実験的な作品を発表していた彼は、突如として当時の若者の価値観を象徴する役割を背負わされることとなったのだ。そのきっかけとなったのは、自虐性と皮肉なユーモアを掛け合わせた一つの楽曲だった。
その曲とは、ベックがヒップホップ界のプロデューサーであるカール・スティーヴンソンと共作した「Loser」だ。“スラッカー/怠け者”たちのアンセムとして愛されるようになった同曲は、もとからその想定で考案されたわけではなかった。
だが、いずれにしても「Loser」という楽曲は作者の手を離れて一人歩きし始め、ベックに大手レーベルとのレコード契約をもたらした。そうして生まれたのが彼のメジャー・デビュー作にして、この連載で取り上げる最初の作品『Mellow Gold』なのである。
ボング・ロード・レコードのオーナーだったトム・ロスロックがベックをスティーヴンソンに引き合わせたことから生まれたシングル「Loser」は、当初1993年初頭にリリース。そのときはボング・ロードより、12インチのアナログ盤が500枚のみ販売されただけだった。同月にはソニック・エネミー・レーベルより発売されたベックのデビュー・アルバム『Golden Feelings』が数量限定のカセットで売り出されたが、同アルバムにこの曲は収められていなかった。
意図せずレーベル争奪戦の対象に
「Loser」は最新のロックをプレイするラジオ局で頻繁に取り上げられるようになり、その人気ぶりは、ベック本人の想像をはるかに超えるほどだった。その口火を切ったのはロサンゼルスの学生ラジオ局KXLUで、そのあとすぐKROQなど西海岸の有力局が続いた。そうして500枚のシングルは瞬く間に完売。まだアーティスト活動と昼間の仕事を両立して生計を立てていたベックは突如として、レコード会社による争奪戦のターゲットになった。
ベックは大企業と手を組むことに慎重で、ブレイク作となったヒット曲によって若者の代弁者に躍り出るようなことにはもっと後ろ向きだった。それでも最終的に彼は、ゲフィン・レコードのA&R責任者だったマーク・ケイツの誘いを受けて同社傘下のDGCと契約することになった。親レーベルのゲフィンにはそのころ、エアロスミスなどロック界のベテランだけでなく、ホール、ウィーザー、ヴェルーカ・ソルトなど新鋭のロック・バンドも所属していた。
メジャーと契約を果たした1994年前半当時、ベックのインディーズ志向はまだ色濃かった。そのことは、セカンド・アルバム『Stereopathetic Soulmanure』がフリップサイド・レコードからリリースされた点や、ボング・ロードが「Loser」の12インチ・レコードのリリース権を保持し続けていた点にも明らかだった。ボング・ロードはDGCが同曲のCDシングルを販売する中、12インチ盤を再プレスしていたのである。
そして同曲は、年が明ける前からビルボード誌のヒット・チャートにランク・インを果たした。1993年のクリスマスの週に、同誌のモダン・ロック・トラックス・チャートに初登場している。また、1月29日の週には全米シングルチャートにも92位で初登場したが、そのころ同曲はKROQでナンバー1のヒット曲になっていた。
さらにその7日後には、DGCのレーベルメイトであるニルヴァーナの「All Apologies」などを抑え、ビルボードのモダン・ロック・トラックス・チャートで首位を獲得。この週は2位にカウンティング・クロウズの「Mr. Jones」、3位にニルヴァーナの「All Apologies」が続き、同チャートのトップ3をDGC/ゲフィン勢が独占するという快挙を成し遂げた。
わざと雑な作りに
同じ週、様々なスタイルを包含した同曲の前衛的なビデオがMTVで放映され始めた。ベック本人が「わざと雑な作りにした」と語ったそのビデオを監督したのは、彼の友人であるスティーヴ・ハンフトだ。決して意図的なものではなかったが、この曲はポップ・カルチャーの一部になった。
また偶然にも、当時のカリフォルニアで「Loser」という曲を歌っていたのは彼だけではなかった。同州出身のロック・バンドであるクラッカーも、ジェリー・ガルシアが1971年に発表した同名曲のカヴァーをあちこちで演奏していたのである。
3月前半、ベックのシングルは全英チャートでも15位をマーク。「Loser」は世界中で人気を呼び、オーストラリアやカナダ、そして欧州の多くの国でトップ10入りを果たした。ベックがDGCから初めてのアルバムを発表する上で、これ以上望ましいタイミングはなかっただろう。実際、『Stereopathetic Soulmanure』のリリースのたった1週間後に『Mellow Gold』は店頭に並び、順調な売れ行きをみせたのだった。
超シュールなヒップホップ・フォーク
メジャー・レーベルと契約したベックだったが、彼の家のリビングで8トラック・レコーダーに録音されたというアルバム『Mellow Gold』は、ローファイかつDIY精神溢れるスタイルを貫いていた。そんな同作は、一筋縄ではいかないサンプリング音源の使用や風変わりな歌詞世界とともに、批評家から総じて好評を得た。その中でローリング・ストーン誌は同作を“超シュールなヒップホップ・フォーク”と表現した。
同誌の一部の編集者はこのアルバムに懐疑的だったようだが、レビューを書いたマイケル・アゼラッドは、ベックが“時代を象徴するサウンド”といえるようなものを作り出したと考えていた。「躁鬱病的なスラッカーたちの典型的な思考が、作品のほとんどすべてに表れている」と彼は評しているのだ。「痛烈な無感情のアンセムである“Pay No Mind”は、まさしくディラン的な楽曲だ」。彼のレビューでは、ベックが18歳のときに書いた楽曲がそう表現されている。
批評はさらにこう続く。
「“こんな低賃金の仕事なんてクソ食らえだ”という精神が歌われる“Soul Suckin’ Jerk”のあとには、“Mutherfuker”や“Truckdrivin Neighbors Downstairs”など毒っ気に満ちた楽曲が並ぶ。そして終盤には、すべてを諦めて夢のような世界へ入り込む“Steal My Body Home”や、壮大で物悲しい“Blackhole”が待っているのだ」
そのほか、「F**kin With My Head (Mountain Dew Rock)」もアルバムのハイライトの一つに数えられる1曲。この曲は(実のところアルバム全体にいえることだが)不思議なことに、時代を超越したフォーク音楽のようにも、21世紀の音楽を先駆けた楽曲のようにも聴こえる。
これらの楽曲を収めた『Mellow Gold』は、全米アルバムチャートで最高13位を記録。同じ週には、サウンドガーデンとナイン・インチ・ネイルズがそれぞれ新作の『Superunknown』と『The Downward Spiral』でトップ2の座を掴んでいた。また、『Mellow Gold』は同時にカナダでも9位にランク・インしている。
一方、シングル「Loser」は4月末に全米トップ10に入ったが、それより前にゴールド・ディスクに認定。さらにはこの楽曲はロックの殿堂入りを果たしたほか、ローリング・ストーン誌が2004年に発表した“史上最高の楽曲500選”でも200位に選ばれている。
タイトルに相応しいヒット作
アルバムはスカンジナビア半島のすべての国でトップ20入りを果たしたが、欧州屈指の市場規模を誇る国々では反響がそれほど芳しくなかった。実際、イギリスやドイツでは惜しくもチャートのトップ40入りを逃している。しかし、年末にかけて挽回の余地は残されていた。1994年12月、ゲフィンの国際部門のトップだったメル・ポズナーはビルボード誌にこう語ったのだ。
「ベックの欧州ツアーは終盤に差し掛かっていて、ここまで非常に好評を博している。だから、最終的なセールスがどうなるかはまだ分からない」
『Mellow Gold』はそのタイトルに相応しく、5月に米国レコード協会(RIAA)のゴールド・ディスク認定を受け、1995年の夏にはプラチナ・ディスクにも認定された。だがベックの次なる一手は、いつもながら周囲の予想を裏切るものだった。彼はメジャー・デビューから3ヶ月ほどで、一時的ではあるものの独立レーベルに復帰。そうして次作『One Foot In The Grave』を発表したのである。
Written By Paul Sexton
ベック『Mellow Gold』
1994年3月1日発売
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ベック 7年ぶりバンド編成での来日公演 in 2025
5月28日(大阪 Zepp Namba)
5月29日(東京 NHKホール)
6月1日(神奈川 Kアリーナ横浜 *NANO-MUGEN FES.2025)
公演公式サイト
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