発売当時の日本担当者が語る、大爆発寸前のメタリカと名盤“ブラック・アルバム”

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メタリカが1991年8月12日に発売したバンド最大のヒット・アルバム『Metallica』、通称『ブラック・アルバム / The Black Album』。このアルバムおよびバンドの日本の担当者である佐藤真澄さんのインタビューを掲載。インタビュアー、そして原稿は当時BURRN!編集部にてメタリカをこの年だけで4度も取材をした音楽評論家の増田勇一さんです。

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メタリカの通算5作目にあたるオリジナル・アルバム『METALLICA(メタリカ)』は1991年8月12日に全米でリリースされ、同月29日に日本での発売を迎えている。当時、彼らの作品の日本での発売元はソニー・ミュージックエンタテインメントで、担当ディレクターは佐藤真澄さんという女性だった。同じ頃、BURRN!誌編集部に籍を置いていた筆者は、日頃から彼女とメタリカの誌面展開などについて作戦を練っていたものだが、“ブラック・アルバム”という通称が定着しているこの歴史的作品は、いわば真澄さん自身にとっての代表作でもある。

今回は、すでに音楽業界から離れて久しい同氏に、当時のさまざまな記憶を振り返ってもらうことになった。取材はこうしたご時世ゆえにリモート形式で行なわれたが、まず聞こえてきたのは「30周年? つまりお互い30歳、年をとっちゃったということ?(笑)」という言葉。思わずこちらも軽いめまいをおぼえてしまう。

「今現在のメタリカ・ファンの中には、あの頃まだ生まれていなかった方もたくさんいらっしゃるということですよね。あの当時は、まさかメタリカがこんなに大きな存在になるとは思ってもみませんでした。というか私自身、実は最初からメタリカが好きだったわけではなく、むしろ自分が好きではないタイプのバンドなんだろうと思っていたんです。ところが1986年の初来日公演を観て、完全に意識が変わった。すでに私自身もソニーにいたわけなんですけど、とにかくすごいインパクトで、感動という言葉では足りないくらい打ちのめされてしまって。『こんなバンドがいるんだ!』という驚きを味わうと同時に、こういった音楽を好きになるはずがないと思っていた自分がここまでの気持ちになるということは、他にも同じように感じる人がたくさんいるはずだと思ったんですね。それを機に社内・社外を問わず誰かに会うたびに『よくわからないけど、とにかくメタリカはすごい』という話をしているうちに、そのまま担当を任されることになってしまって(笑)」

当時の真澄さんはメタリカに関しての知識が豊富だったわけではなく、むしろ初心者に近かった。しかも当時のメタリカはまだまだマニア向けの存在として認識されていたため、新米担当者としてはかならずしも順調なスタートを切れたわけではなかったようだ。が、それが功を奏した部分もあったのだという。

「勉強しましたね、メタリカについては。もちろん担当させてもらうことは本望ではあったんですけど、そもそも自分が好きになるとは思っていなかったタイプの音楽だし、自分にはわからない世界だと思い込んでいたので。ただ、それが良かった部分もあったように思うんです。好きじゃない、わからないと思っていたからこそ、ライヴを観て自分が惹かれた理由を考えさせられたし、元々好きだったなら『好きだからやりたい!』で終わっていたと思うんです。メタリカに対してマイナスの先入観を持っている人が少なくないことを、身をもって知っていたからこそ『うるさいだけのバンドだと思われてるかもしれないけど、実は違うのよ』ということを言いたくなる。だからある意味、嫌いなものだからこそ一生懸命になれる、という部分もあると思うんです。実は当時、ポイズンも担当していたんですけど、彼らについてもデビュー当初のケバいヴィジュアルに抵抗があり、好きになれずにいたんです。ところが音を聴いて惹かれるものがあって、やっぱり同じように勉強の対象になった。そういう意味では、元から好きだったわけではないものを担当するほうがいいのかもしれませんね。ただ、ポップなイメージのポイズンはともかく、当時のメタリカの音楽は一般受けするものとは思われていなかったので、社内でも『なんでそれをうちの会社から出すの?』みたいなことを言われたことがありましたし、教えを請いに行った先でも『メタリカを出すの? おまえ馬鹿じゃねえの?』ぐらいのことを言われていたんです(笑)」

Photo: Ross Halfin

その後、世間の風向きが変わり、メタリカの可能性について否定的だった人たちの態度が翻っていくことになったのは言うまでもない。ところで当時、つまり80年代中盤から後半にかけてというのは、アメリカでロック作品がミリオンセラーになるのが日常茶飯事だった頃でもある。そこで日本の発売元は、たとえば「本国で300万枚売れているんだから、日本でもその十分の一にあたる30万枚は売れないとおかしい」といった理不尽なセールス目標を、本国のレコード会社やマネージメントから突き付けられることが少なくなかった。筆者自身も当時、各社の担当者からそうしたプレッシャーに悩まされているという声をたびたび聞かされたものだ。ただ、メタリカの所属マネージメントであるQプライムの要求は、そうしたものとは少しばかり違っていたようだ。

「実際、そういう具体的な数字を提示してくるマネージメントもありました。当時のホワイトスネイクとかはそうでしたね(笑)。ただ、Qプライムの場合は少し違っていて、『何万枚売れ!』というのではなく『宣伝するなら徹底的に予算もかけてやってくれ』という要求のあり方でした。アドバンスなどにお金をかけるくらいなら宣伝費に回して欲しい、というような。そこでこちらは知恵を絞ってプロモーション計画を練るわけですけど、Qプライムというのは企画書の隅々まで目を通してくる会社で、体裁さえ整っていればいい、というのが通用しない相手だったんですね。逆に言うと、ちゃんと考えられたものについては評価してくれるというか、こちらの熱意が伝わるマネージメントだったわけです。だから当時は先方の担当者と、昼夜を問わずやりとりをしていました。当然、時差もあるわけですけど、こちらからの打診に対するレスポンスも速いし、納得してくれたことに関しては徹底的に協力してくれるし。たとえば、缶入りの商品を企画した時もそうでした。当初はダメモトに近い気持ちでの提案でしたけど、面白いと思ってもらえたようで、全面協力してもらえて。社内的にも『そういう規格外の商品は難しいんじゃないか?』という声があったんですけど、結果的には予約だけでほぼなくなってしまって。のちに各国の担当者から『あれはどうやったんだ?』みたいな問合せが相次ぎました。もちろん大変な部分もありましたし、うるさいところもあるんですけど(笑)、こちらのやる気に応えてくれるマネージメントでしたし、思いの通じる相手でしたね」

その缶入り商品というのは、取っ手の付いた缶に『…AND JUSTICE FOR ALL(メタル・ジャスティス)』のCDとTシャツが詰められた、METALLI-CAN(メタリカン)というアイテムだ。当然ながらそれはアルバムの拡販を狙うためのものだった。そうしてプロモーションの手を尽くしながら販売したのが同アルバムであり、その前に出ていた『THE $5.98E.P. : GARAGE DAYS RE-REVISITED(メタル・ガレージ)』がその下地作りに繋がっていた。ブラック・アルバム登場以前にそうした流れがあったことの意味の大きさを彼女は認めている。

「ブラック・アルバムの発売が見えてくる以前から、次のアルバムは売れる、という共通認識は社内にもあったと思います。だから最初から、当時としては破格の30万枚という目標が立てられることになった。というのも、『…AND JUSTICE FOR ALL』や来日公演、缶入り商品などの良い流れもあって、メタリカのありとあらゆるカタログが売れるようになっていたんですよ。缶入り商品を出した時も、当初はお店の方々からも、店内のスペースが限られているのに置き場所に困る、といった声が多かったんですが(笑)、それが実際に売れるとなれば好印象に変わるわけで。そういったカタログの動きやお店側の動向について誰よりも敏感なのがセールス、つまり営業担当の人たちということになるわけですけど、当時は彼らとも協力体制を組んで、キャンペーン的なことも継続的にやっていましたし、全国的に店頭での反応もとても良くなっていて。そうした空気の変化を感じながら『次はかなり行けるんじゃないか?』という期待も当然のように高まっていましたし、かつて『こんなバンド、売れるはずがない』と言っていた専門筋の方々をぎゃふんと言わせてやろう、みたいな気持ちにもなっていましたね(笑)」

Photo: Ross Halfin

そして1991年にはブラック・アルバムが登場することになるわけだが、筆者自身が同作制作中のメタリカをロサンゼルスのスタジオで取材したのは同年3月のことだ。ということは、同年初頭くらいの時点で、この怪物アルバム発売にともなうメディアでの露出計画がすでに立てられていたということになる。当然ながら真澄さん自身もそれくらいの時点から、どうやらすごいことになりそうだ、という流れを感じ取っていたに違いない。

「Qプライムの場合、常にアルバムが出た以降のことまで考えているというか、流れを読んでいるというか。それは当然、メタリカに限ったことではないんですけど、当時の彼らについては特にそういう計画性の綿密さを感じさせられましたね。どういう売り方、拡げ方をしていくかということをすごく考えていて、段階を踏まえながらそれを実践していくんです。しかもこちらを巻き込んでいくのがとても上手い。たとえばブラック・アルバム完成前の頃には『次のアルバムはこんなふうになりそうだ』という音源が送られてきて。そういったデモ音源まで送ってくれる人たちというのはあまりいないし、『こんなものまで聴かせてもらっていいの?』という感じなんですけど、こちらとしては傾向を踏まえながら対策も考えられるし、何よりやる気に火が付きますよね。もちろんそうした音源というのは門外不出ですし、情報が洩れたら大変なことになるわけですけど、一度信頼関係を築けると、そうやって惜しみなく協力してくれるんです。もちろん『テープ届いてるんだろ? 番組でかけたいんだけど』みたいな声もありましたけど、すべてお断りするしかなくて。今にして思えば、あれもQプライム側の作戦のうちだったんでしょうね」

限られた相手に対して出し惜しみをしないこと。その相手に責任意識を持たせ、情報を嗅ぎつけている関係者たちの期待感や競争心を煽ること。Qプライムは、社外持ち出し禁止という条件付きのデモ音源を送るという単純な行為ひとつで、それをやってのけていたのかもしれない。そして実際、真澄さん自身はブラック・アルバムにおけるメタリカの変化をどのように捉えていたのだろうか?

「デモを聴いた時点で、これは売れそうだな、と思いました。正直な話、最初に“Enter Sandman”を聴いた時には、メタリカがついに売れ線のポップな曲をやるようになったのか、という驚きもありましたけど、そんなことを抜きにしてまず文句なしにカッコいい曲だと思いましたし。あのアルバムの収録曲の中では、個人的には“Wherever I May Roam”と“Nothing Else Matters”が特に好きなんです。どちらもメタリカにしてはスローな曲ですけど、純粋にいい曲だな、と思うんです。従来のファンからは否定的な反応もありましたけど、私は抵抗を感じませんでしたね。見え方というか見せ方がセレブっぽくなったことについては、ちょっと引きましたけど(笑)、そういう部分も含めて売れる要素の強い作品だとは思いました。ただ、そうした作品ではあっても、当時の日本のラジオでガンガンかけてもらえていたかといえば全然そんなことはなくて。発売当初は、依然としてマニア向けっぽい匂いというのが残っていたし、それはそれでいいんじゃないかと思っていました。絶対に流れが変わるはずだし、そこで勝手にみんなついてくることになる、というような読みもあったように思います」

Photo: Ross Halfin

そして実際、その読みが当たったというわけだ。しかも浮足立ったブームのような盛り上がり方ではなく、欧米での爆発的なセールスに煽られるような形でもなく、それまでの積み重ねが少しずつ結実していくかのような流れがあった。

「さきほどもお話ししたように、ブラック・アルバムが出る以前の段階で、全国のお店との良い繋がりができていたことが大きかったと思います。自分でも各地の営業チームと一緒に店頭に足を運んだりしていたんですけど、最近とは違って当時はローカルな小さなお店がたくさんあって、そうしたお店の方々にもすごく喜んでいただけて、応援してもらえるようになっていて。その足で地元のラジオ局を訪ねてかけてもらう、というような地道な働きかけもしていました。そもそもメタリカ自体、“One”まではラジオやMTVとは無縁で、『オンエア無しで売れたバンド』みたいな言葉がアメリカでの宣伝文句になっていたくらいだったわけで、日本でもそういうところからのスタートでいいや、と思っていたんです。一気にホワイト・ゾーンにまで認知を拡げていくことなんかまったく考えてませんでしたし、メタリカみたいなバンドはブラック・ゾーンだけでいいと思っていました。そのブラック・ゾーン自体をまだ掘り切れていなかったし、その真っ黒なゾーンが徐々に広がっていくことになれば将来的にはすごいことになるはずだ、と。次のアルバムが出る頃には浮気をしちゃうような人たちを掴んでもしょうがないし、女性の私が言うのもおかしな話ですけど、男のファンをしっかり掴めればそれでいいと思っていました。敏感な女の子たちは自然についてきますから。そういう拡がり方をしていくのがロック・バンド然とした成功のあり方なんじゃないかと思ってましたし、そうやって徹底的にブラック・ソーンに訴えていく売り方ができたのがメタリカだった、と思っています」

Photo: Ross Halfin

コアを薄めるように広めていくのではなく、ブラック・ゾーンを本当に真っ黒な状態にしていくこと。あくまでそこを重んじながらのプロモーション展開ではあったが、ブラック・アルバムはここ日本でも従来とは比べものにならない反応をすぐさま獲得し、オリコンの総合アルバム・チャートでも3位に初登場している。そして、真っ黒なゾーンを囲んでいたグレー・ゾーンが時間経過に比例しながらどんどん黒くなり、結果的にはホワイト・ゾーンにまで広がってくことになった。が、いよいよメタリカのモンスター・バンドとしての歴史が始まるという時に、真澄さんはソニー・ミュージックを離れてしまう。

「1991年いっぱいをもって私自身は退職しているんです。自分としては、ブラック・アルバムが登場するまでの流れを完璧に作れたつもりでしたし、そのアルバムが成功に至るのを見届けた状態で離れることができて良かったという気持ちでしたね。まあ、もちろん紆余曲折ありましたけども(笑)」

1991年の大晦日、メタリカは東京ドームのステージ上で新年を迎えるカウントダウンをしている。その瞬間までを見届けてきた真澄さんがメタリカを担当してきた経験の中でいちばん忘れられないのは、1986年の初来日時、加入から間もないジェイソン・ニューステッドと交わした短いやり取りだという。

「ホテルから帰国の途に就く時、メンバーたちが何台かの車に分乗して出発する中で、ジェイソンは一人でタクシーに乗ったんですね。その時、『また日本に来てね』と声を掛けた時に彼に言われた言葉が、すごくズキッと刺さったんです。彼は『バンドが望めばね』と言ったんです。クリフ・バートンが急逝して、その後任としてバンドに迎えられてまだ間もない頃だったので、すごくデリケートな時期ではあったわけですけど、あの言葉を耳にした瞬間は本当に胸が痛かったですね。そんな記憶が今も鮮明に残っているんですけど、まさかメタリカがこんなに大きな存在になるなんて当時は思ってもみませんでした。ただ、ブラック・アルバムは今でもたまに聴くことがあるんですけど、こうして長い月日を経ても不思議なくらい新鮮さが失われていなくて、やっぱりとてつもない作品だったんだな、と思わされます。そこで私がいちばん思うのは、すごくいい時期に担当させてもらえたな、ということ。やっぱりこの仕事をしていく中でいちばん面白いのは、未完成だった小さなものが成長していく過程、バンドがぐいぐいと上がっていくさまを見られることだと思うんですよ。しかもそこで自分自身もいろいろと勉強しながら。ブラック・アルバムが広い認知を得たことについては自分でも『ああ、よくやったな。頑張って良かったな』という達成感も当然のようにあるんですけど、とにかく何よりも、いい時代に貴重な経験をさせてもらえたな、と思っています」

Photo: Ross Halfin

Written By 増田勇一


メタリカ『Metallica』
2021年9月10日発売
限定デラックス・ボックス・セット
6LP:リマスター・アルバム(180g 2LP)+10”ピクチャー・ディスク、ライヴ3LP
14CD:リマスター・アルバム+ライヴ音源、デモ、ラフ・ミックス、インタヴュー
6DVD:ライヴ、アウトテイク、ビハインド・ザ・シーン、公式ビデオ
120Pハードカバー・ブック、雑誌表紙リトグラフ3枚、ツアー・ラミネート4枚、ストラップ、歌詞シート入りフォルダー、ギター・ピック3枚

3枚組CD
リマスター・アルバム+ボックス・セット収録のライヴやデモ音源などから厳選してCD2枚に収録

2枚組LPCDカセット



メタリカ『Metallica Blacklist』
2021年10月1日発売
4CD

CD 1:
1. Enter Sandman – Alessia Cara & The Warning
2. Enter Sandman – Mac DeMarco
3. Enter Sandman – Ghost
4. Enter Sandman – Juanes
5. Enter Sandman – Rina Sawayama
6. Enter Sandman – Weezer
7. Sad But True (Live) – Sam Fender
8. Sad But True – Jason Isbell
9. Sad But True – Mexican Institute of Sound feat. La Perla & Gera MX
10. Sad But True – Royal Blood
11. Sad But True – St. Vincent
12. Sad But True – White Reaper
13. Sad But True – YB

CD 2:
1. Holier Than Thou – Biffy Clyro
2. Holier Than Thou – The Chats
3. Holier Than Thou – OFF!
4. Holier Than Thou – PUP
5. Holier Than Thou – Corey Taylor
6. The Unforgiven – Cage The Elephant
7. The Unforgiven – Vishal Dadlani, DIVINE, Shor Police
8. The Unforgiven – Diet Cig
9. The Unforgiven – Flatbush Zombies feat. DJ Scratch
10. The Unforgiven – Ha*Ash
11. The Unforgiven – José Madero
12. The Unforgiven – Moses Sumney

CD 3:
1. Wherever I May Roam – J Balvin
2. Wherever I May Roam – Chase & Status feat. BackRoad Gee
3. Wherever I May Roam – The Neptunes
4. Wherever I May Roam – Jon Pardi
5. Don’t Tread on Else Matters – SebastiAn
6. Don’t Tread on Me – Portugal. The Man
7. Don’t Tread on Me – Volbeat
8. Through the Never – The HU
9. Through the Never – Tomi Owó
10. Nothing Else Matters – Phoebe Bridgers
11. Nothing Else Matters – Miley Cyrus feat WATT, Elton John, Yo-Yo Ma, Robert Trujillo, Chad Smith
12. Nothing Else Matters – Dave Gahan
13. Nothing Else Matters – Mickey Guyton
14. Nothing Else Matters – Dermot Kennedy
15. Nothing Else Matters – Mon Laferte

CD 4:
1. Nothing Else Matters – Igor Levit
2. Nothing Else Matters – My Morning Jacket
3. Nothing Else Matters – PG Roxette
4. Nothing Else Matters – Darius Rucker
5. Nothing Else Matters – Chris Stapleton
6. Nothing Else Matters – TRESOR
7. Of Wolf and Man – Goodnight, Texas
8. The God That Failed – IDLES
9. The God That Failed – Imelda May
10. My Friend of Misery – Cherry Glazerr
11. My Friend of Misery – Izïa
12. My Friend of Misery – Kamasi Washington
13. The Struggle Within – Rodrigo y Gabriela




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