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アヴィーチー初のベスト盤『Forever』解説:名曲と共に受け継がれるレガシーの多面性
2025年5月16日にアヴィーチー(Avicii)初のベスト・アルバム『Avicii Forever』が発売されることが発表となった。これを記念して、ポップ・カルチャー・ジャーナリストのJun Fukunagaさんに改めてアヴィーチーとはどういった存在だったのか短期連載として解説いただきました。
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初めてのベスト・アルバム
2025年5月16日にリリースされた、アヴィーチー初のベスト・アルバム『Avicii Forever』。
2018年4月に28歳の若さでこの世を去ったアヴィーチー(本名ティム・バークリング)が遺した名曲群を集めた本作は、ユニバーサル ミュージック スウェーデン、アヴィーチー・エステート(遺産管理団体)、そして、2022年にアヴィーチーの録音・出版権の大部分を取得したポップハウス・エンターテイメントによる共同プロジェクトとして実現した。
アヴィーチーは、2011年の「Levels」で世界的ブレイクを果たし、2013年のデビューアルバム『True』でEDMとカントリーミュージックを融合させるという革新的アプローチにより、ダンスミュージックの歴史を塗り替えた。その音楽は今なお世界中で愛され、複数の楽曲がSpotifyで10億回再生を超える「billion-stream club」入りを果たしている。
“フォーエヴァー/永遠”と名付けられたこのアルバムは、単なるトリビュート的ベストアルバムを超えた意味を持つ。つまり、彼の音楽が時代を超えて生き続けるという宣言であり、家族、協力者、ファンが共に紡ぐ新たなアヴィーチーの物語の始まりを告げるものでもある。
◢ ◤ AVICII FOREVER◢ ◤
Best Album “AVICII FOREVER”
New Song “Let’s Ride Away”
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— ◢ ◤ AVICII 日本公式 ◢ ◤ (@_avicii_jp) May 16, 2025
収録される新曲「Let’s Ride Away」
本作には先述した「Levels」をはじめ、『True』から「Wake Me Up」や「Hey Brother」、大きく音楽性を拡張させた2ndアルバム『Stories』(2015年)から「Waiting For Love」や「The Nights」、DJ活動引退後に発表されたEP『Avīci (01)』(2017年)から「Without You」、そして遺作アルバム『TIM』(2019年)から「SOS」「Heaven」といった2011年から2019年までにリリースされたアヴィーチーの名曲を網羅する19曲が選曲されている。
加えて、本作の目玉として収録されているのがシンガーソングライターのエル・キングをフィーチャーした新曲「Let’s Ride Away」だ。元々カントリー・ポップスターのケイシー・マスグレイヴスとのコラボレーション曲として制作されたこの楽曲は、長年にわたって複数のバージョンがオンラインでリークされ、ファンの間で話題となっていた。今回、晴れて正規音源として世に出ることとなった同曲だが、その制作において重要な役割を果たしたのがアヴィーチーの盟友の1人であるスウェーデン人プロデューサーのカール・フォークだ。
ミキシングとエル・キングのボーカルレコーディングも担当した彼は2015年の『Stories』収録曲「Broken Arrows」や「Trouble」などの楽曲でアヴィーチーとコラボレーションし、2017年の「Without You」でも共同作業を行っている。また、アヴィーチーの死後にリリースされた『TIM』では、「Bad Reputation」「Ain’t a Thing」「Fades Away」の3曲でソングライター兼プロデューサーとして参加するなど、遺作アルバムの完成に尽力した人物として知られている。
そのような背景を持つ「Let’s Ride Away」の特徴は、グラミー賞にノミネートされた経歴を持つエル・キングのハスキーで力強いヴォーカルが、アヴィーチー楽曲特有のフォークとエレクトロニック・ミュージックの融合サウンドと見事に調和するところにある。
特にカントリーやブルーグラスに通じる哀愁のあるイントロやビルドアップのメロディー、フックでのシンセリード、シンセプラックのコンビネーションはアヴィーチー節とも言える彼のアイコニックなサウンドを強く感じさせる部分だ。その意味で同曲は、アヴィーチーが生前示した音楽的ビジョンの延長線上にある楽曲であり、エル・キングとカール・フォークというピースが加わったことで2025年という新しい時代の息吹も感じさせる楽曲になっている。
深い愛情と追悼の行為
しかし、死後のリリースには常に複雑な問題が付きまとう。特に生前、故人が思考していた作品におけるサウンドの方向性などビジョンの部分を再現し、新曲として再現するのは非常に困難だ。特にアヴィーチーは、決して妥協できない性格の完璧主義者だったため、未完成楽曲を本人の承諾なしに第三者が完成させたものを“新曲”として発表することに対する疑問の声は少なからず存在する。
一方でアヴィーチーの両親は、息子の音楽遺産を大切に管理してきた。実際に『TIM』のリリース時には、制作チームがアヴィーチーの残したノート、メール、テキストメッセージに記されたビジョンに忠実に従って楽曲を完成させることを約束しているが、今回の新曲制作もアヴィーチーの両親の了承の元に制作が行われたという。
また、アヴィーチー・エステートとポップハウスの録音・出版権に関する契約時、アヴィーチーの両親は引き続き、彼が残した楽曲の25%の権利を保有し、その利用方法について発言権を持ち続けることが保証されている。こうした両親による積極的な楽曲管理への関与は、単に許可を与えるだけの受け身的な立場ではなく、アヴィーチーのレガシーを敬意を持って形成し保護するという強い意思を感じさせる。そのことを踏まえると、否定的な意見はあれど、このような新曲の発表は、あくまでアヴィーチーへの深い愛情と追悼の行為として行われていると言えるはずだ。
アヴィーチーとチャリティー活動
確かに音楽的レガシーを後世に伝えることが本作の使命のひとつであることに違いない。しかし、アヴィーチーのレガシーは音楽だけにとどまらない。生前、アヴィーチーは、非営利団体「House for Hunger」設立などのチャリティー活動を行っていた歴史があるが、2019年に彼の両親は非営利慈善団体のティム・バークリング財団(Tim Bergling Foundation)を設立。アヴィーチーの精神に基づき活動を続けることを目的とする財団の主な使命は、メンタルヘルスへの意識向上と自殺予防だが、その活動は気候変動対策、絶滅危惧種保護、飢餓問題の解決などにも及ぶ。
注目すべきは、遺作『TIM』同様に本作からの収益も財団に寄付される点だ。また、ポップハウスとの提携により、財団の長期的な財政基盤が確立されたことも重要な意味を持つ。アヴィーチーの父親のクラス・バークリングは「この取引を通じて、ティム・バークリング財団の長期的な財政を確保し、若者のメンタルヘルスと福祉という重要な問題への取り組みを継続できる」とコメントしているが、これは音楽ビジネスと慈善活動が持続可能な形で結びついた新しいモデルの確立を意味している。
アヴィーチー自身が非営利団体「House for Hunger」設立などのチャリティー活動を行っていた歴史があり、財団はその精神を引き継いでいる。だからこそ、音楽を楽しむことが社会貢献につながるという、このモデルには非常に大きな意味がある。
そして、本作のリリースによって、再度音楽シーンにおけるメンタルヘルスの重要さが人々に認識されることも本作がリリースされることの意義のひとつだ。アヴィーチーがメンタルヘルスの問題によりこの世を去ったこと自体は非常に痛ましい。しかし、世界的な影響力を持つ彼の悲劇以降、音楽シーンでは確実にこの問題に関する関心が高まった。
そもそも、創作における精神的な負担は、才能あるアーティストにとっても常人では考えられないほど大きい。そのことはNetflixドキュメンタリー『アヴィーチー: アイム・ティム』でのアヴィーチーの姿が強く物語っているとおりだ。
だからこそ、我々のように音楽を愛する人間は、メンタルヘルスの問題を再認識するべきだろう。なぜなら、アーティストが創作を続ける限り、この問題は永遠に付きまとうものだからだ。また、それはアーティストに限らず、全ての人間が直面する可能性がある。それだけに本作には再度メンタルヘルスの重要性を音楽ファンに訴えかけるという側面もあると筆者は考える。
生前アヴィーチーは自身の音楽がタイムレスなものになることを願っていた。今後も多くの音楽ファンは楽曲を通じて、彼のメッセージをその時々で再解釈し、新しい意味を見出していくはずだ。本作はそんな時代を超えて、人々を魅了するアヴィーチーの名曲群で彩られたベスト・アルバムと呼ぶにふさわしい内容になっている。
Written by Jun Fukunaga
アヴィーチー「Avicii Forever」
2025年5月16日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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