『チャイコフスキー:四季』デラックス・エディション発売 – ブルース・リウが語る音楽観と作品への想い

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©SonjaMueller

ピアニスト、ブルース・リウのBBCプロムス・デビューを記念して、『チャイコフスキー:四季』のデラックス・エディションが8月15日(金)リリースされた。本作には、全曲《四季》、これまでに配信されたチャイコフスキーのシングルに加え、現在プロジェクト最大のヒットとなっている〈6月 舟歌〉のショート・エディット版、そして新録となる《2つの小品》Op.10-1〈夜想曲 ヘ長調〉が収録されている。

来日したリウにチャイコフスキーの《四季》をセレクトした理由や作品への想いを聞いた。音楽ライターの高坂はる香さんのインタビュー。


ーーー新作には、チャイコフスキーの《四季》を選ばれました。今これを録音した理由はなんでしょうか?

こうしたサロン向けの作品には、興味深いディテールがたくさん含まれています。なかでも「四季」はとても視覚的な作品で、すべての月について、目の前に何かのイメージが浮かびます。それはチャイコフスキーが心に思い浮かべていたことであり、それぞれが心に描く各月のイメージでもある。こうして音楽から何かをイメージして取り組める作品は、僕にとってとてもアプローチしやすいのです。

ーーー録音は雪の降った日にベルリンで行われたそうですね。

とても居心地の良い雰囲気の中、落ち着いた、かつとても孤独を感じる環境が整っていて、それがこの作品に合っていました。演奏する季節で雰囲気が変わるかもしれませんね。それはどの作品でもいえることかもしれないけれど。

ーーー各月に詩も添えられていますが、それとご自身の季節の思い出を重ねて何かをイメージするところはありましたか?

この曲を勉強し始めたのは比較的最近で、僕にとって新しいレパートリーなので、自分の経験と重ねたことといえばコンサートツアーのことくらいですね! これは1年の日記のような作品ですけれど、僕としては、「ああ、どの月もコンサートだったな」と(笑)。

ーーーでは、イメージは音符そのものから生み出していった感じでしょうか。

それだけとはいえませんが……楽譜に書かれたテキストには多くの意図が隠されていて、我々はみんな、異なる視点からそれを理解しようとしています。

作曲家は、意図のすべてを楽譜に書き込めるわけではありません。そんなことは不可能です。例えば、”p”とあったとして、それは基本的には音の弱さを示す記号ですが、実際には優しさや悲しさ、喜びを意味することもあり、それを解明することは簡単ではありません。”p”ひとつにも、複雑な意味が込められているわけです。

全ては楽譜に書かれているということもできますが、そこから全てを読み取れるかどうかはその人次第です。裏に隠されたもの、そこから広がるものを見つける必要があります。

ーーーチャイコフスキーにはどんな共感を持っていますか?

彼は交響曲やバレエの作曲家としてまず知られていて、ピアノ曲もオーケストラ的な作品が多く、バレエのコリオグラフィーの感覚が含まれていると感じます。ピアノのための作品でも、いつも他の楽器の要素が見えてきます。

ーーーそのような多様な音色を鳴らせるのは、子供の頃からの練習の成果でしょうか?

はっきりわからないけれど、大切なのは、明確に求める音色を想像することです。ピアノを学んでいると、好きなことだけやっていれば良いわけではありません。誰もが好きなショパンやリストのようなロマン派の作品に加えて、ときにはバロック音楽や現代音楽など幅広いスタイルを勉強すべきだと意識してきました。

いずれにしても大切なのは、自分の強みと弱みを知ることです。それは技術的な面はもちろん、感情的な面でも。自分を知って、弱点は克服してゆくことが重要です。

©SonjaMueller

ーーー10代の頃の演奏を振り返って、「音質を気にしすぎて、十分な音が出せていないと感じていた」と話していらっしゃいました。今のブルースさんのピアノはブリリアントな印象ですから、それもさまざまな発見を経て手に入れたものなのですね。

そうですね。そのあたりは特に、オーケストラと共演する中で発見していきました。例えば仙台国際音楽コンクールを受けた19歳の頃の僕は、ある意味とても大胆で、自分のアイデアを見せたい気持ちだけがはやって、とにかく前に進もうとしていたように思います。

残念ながらピアニストは、本当に適切なバランスで演奏できているかを自分の耳で確認できません。でもそれこそが演奏家のチャレンジで、最終的には、経験と直感を信じるしかありません。僕も経験を積んだことで、バランスの良い十分な音が鳴っているかを意識できるようになったと思います。

ーーーブルースさんはリズミカルな作品が得意な印象ですが、チャイコフスキーやプロコフィエフにみられるロシア的なダンスの感覚はどのように体得したのでしょうか?

バレエを見ることは良い参考になっています。ダンスにおいてはビートの感性が重要ですが、ピアノでダンスを表現するのと、実際にダンスをすることには大きな違いがあります。踊りとしてのマズルカとショパンのマズルカの違いは良い例ですね。

人間誰しも強みと弱みがありますが、僕はダンスのリズム感は想像で表現することができるのです。

ーーーでは……ブルースさんの弱点は何ですか?

僕の弱点? わからないな、なんだと思う(笑)?

でも例えば、リズム感の良い人は抒情的な表現が少し苦手かもしれない。逆に抒情的な表現が得意な人は、リズム感の強い曲をあまりおもしろく演奏できないかも。

ーーーブルースさんはリズム感もいいけれど抒情的に歌う表現も得意ですよね?

確かにそれは一生懸命勉強しましたからね! 先ほど言ったように、誰しも弱点に一生懸命取り組まなければいけない時期があるのです。

ーーーちなみに「四季」の12ヶ月のイメージで絵を描いてみようと思ったことは?

ないです!僕、実は絵が本当に下手なんだ。

ーーーお父様は画家でしたよね?

親がそうでも、僕に絵の才能があるとは限りませんよ。かわりに音楽の才能があったみたいだし。中学校や高校の美術の授業では、父が僕の代わりに宿題をやってくれていました。父の作品を提出していたから、すごくいい成績でしたよ(笑)。

ーーーひとつ弱点がわかりましたね

本当だ!

ーーーあと最近、ピアニストと“ミスのない演奏を目指す必要はあるのか”について話す機会がありました。感情的な演奏になるほど、ある程度ミスをおさえるために冷静でいることも必要だと言われることもありますが、どう思いますか?

そうですね。ただミスのない演奏を目指すのは、ナンセンスだと思っています。物事には白か黒かではなく、たくさんのレイヤーがありますが、いずれにしても、自分が音楽で何をしようとしているのかを聴衆が理解していれば、ミスのことは気にかけないはずです。

この点は、演奏家が向き合い続ける戦いかもしれません。自分をコントロールしたうえでどこまで行けるか、バランスを見極めなくてはならない。あまりにも理論的でもつまらないけれど、行き過ぎれば誰にも理解してもらえなくなります。常に適切なバランスを探さなくてはいけません。

ーーーそのリミットから外れる恐れを感じることはありませんか?

その恐れはみんなが抱いていると思いますよ。普通の感情でしょう。ただ、どの程度のリスクを取ることを好むかは、自分がどんな人で、どんな人生を望むかによって決まると思います。

僕の場合は、高まったパッションを手放したくないと感じて、その流れを生かした音楽を作りたい衝動に駆られるときがあります。ただそれはいつも起きるわけではなく、状況が重なってまれに実現することです。時にはその炎が強くなりすぎて、コントロールした方が良いと感じることもあります。

例えばショパンコンクールのときはあまりに興奮しすぎていたので、少しコントロールする必要がありました。振り返ると、ちょっと熱くなり過ぎていたかもしれないと思うくらいです(笑)。

ーーーブルースさんのチャイコフスキーやショパンを聴いていると、あの自由な歌はどのように生み出されているのだろうと感じます。今もリミットを攻める話がありましたが、大胆なルバートを良いバランスで奏でる秘訣はあるのでしょうか。

その答えは、“それがピアニストというものだから”としか言えませんね。どうやって眠るのですか、うまく食事をするコツはありますかと聞かれているようなものです(笑)。受けてきた教育、自分の中で培われた趣味に由来することでしょう。

しいていうなら、タイミングは気を遣うべきポイントかもしれません。一ミリの違いが全てを変えます。ただそれをどう判断しているかといわれると、わかりません。感じているとしか言いようがないのです。そしてその感覚とは、日常のすべてからできあがっているものです。

ーーーちなみに歌は歌いますか?

歌わないですよ! シャワーの中で歌うことがあるくらいです(笑)。

ーーー練習中は?

たしかにそれは時々あるかも。もっと普段から歌った方がいいのかもしれない。

ーーーオペラやバレエの話が時々出ますが、忙しい中でも観にいく時間はとれていますか?

なかなか時間はないけれど、普通のコンサートよりもオペラに行く方が好きですね。

ーーー好きなオペラは?

プロダクションによります。好きなオペラがあっても、プロダクションによって物語が全く変わっていて好きになれないこともあります。アバンギャルドな演出にも抵抗はないけれど、作品の趣味や雰囲気によりますね。

ーーーブルースさんの演奏はライヴ感にあふれていますが、演奏中には何を考えていますか?

感情が流れているという感じでしょうか。練習中は、細かい点や強調したいところをたくさん意識するのですが、ステージではそれを全部忘れたいと思っています。自分の手の内にあるものをすべて一旦手放して、限界まで突き進もうと思っているかな。

Interviewed & Written by 高坂はる香


■リリース情報
ブルース・リウ『チャイコフスキー:四季』デラックス・エディション
2025年8月15日 発売 
Apple Music / SpotifyAmazon Music /  iTunes 


■来日公演情報
ウラディーミル・ユロフスキ指揮 バイエルン国立管弦楽団
2025年9月26日(金) サントリーホール
2025年9月27日(土) ミューザ川崎 シンフォニーホール
出演
ウラディーミル・ユロフスキ (指揮/音楽総監督)/ブルース・リウ(ピアノ)/バイエルン国立管弦楽団
公演情報はこちら


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