藤井 風『Prema』レビュー:国や時代を行き来したポップ・ミュージック

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2022年のセカンド・アルバム発売から3年ぶり、さらに全曲英語詞の楽曲を収録した藤井 風の3枚目のスタジオ・アルバム『Prema』がアリアナ・グランデやザ・ウィークエンド、テイラー・スウィフトなどを擁する米レーベル、リパブリック・レコードから2025年9月5日に発売となった。

uDiscovermusicの本国サイトに掲載された本アルバムのレビュー記事の翻訳を掲載。オリジナルの記事の執筆、翻訳ともにライター/翻訳家の池城美菜子さんによるものです。

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日本人、もしくはアジアのポップカルチャーが好きな人で藤井 風を知らない人のほうが珍しい。2020年代を突っ走る、人気シンガーソング・ライターだ。その藤井 風が3年ぶり3作目のアルバム『Prema』を、全編英語で歌った。じつは、私たちは人口の半分以上がバイリンガルの世界で生きている。それでも、9割の人がひとつの言葉しか話さない日本で生まれ育った人間として、大きな挑戦だったはず。2作目と3作目のあいだに、ユニバーサル ミュージック グループ傘下の米リパブリック・レコードと契約し、国外のリスナーがさらに近くなったのも理由としてあるだろう。ただ、この頃は非英語圏のアーティストの、母国語に英語を混ぜるスタイルも受け入れられているから、「あえて」の試みであるのは変わらない。

英語のアルバムは、藤井 風の長年の夢だったという。2020年にデビューした際、岡山弁を混ぜて歌った人である。「何なんw」や「死ぬのがいいわ」といった代表曲は、どこか年齢不詳で中性的な趣があり、それが独特な個性を放った。優れたピアニストでもあるから、言葉や音色を変えると感情が微妙に変わることを、体得しているのかもしれない。

マルチリンガルの人は、言葉を切り替えると性格も少し変わる。自意識が変わる、と書き直してもいい。一般的に、ひとつの言葉でも場所や話す相手との関係によって話し方を変えるけれど、その変化がより内面から起こるかんじ。ちなみに、私は英語で話すときは舌鋒鋭く、強いヴァージョンに変身する。

『Prema』の歌詞は、デビュー作『HELP EVER HURT NEVER』(2020)、セカンド・アルバム『LOVE ALL SERVE ALL』(2022)よりシンプルに響く。ボキャブラリーを絞った印象があるのだ。藤井 風は、登場したときからほぼ完成されたアーティストだった。自分が何を言いたいのか、どう伝えたいのかわかっている歌い手の圧倒的な説得力。その説得力が新人らしい瑞々しさとあいまって、アッという間にたくさんの耳が彼の存在と歌声を受け入れた。必然だったと思う。

2作目と3作目で3年半もの期間が空いた理由は、創作活動において「燃え尽きていた」からだと本人は吐露している。鮮烈すぎた登場、神話のような成功譚、世界を飛び回る活躍。輝かしい活動の彩度が高すぎるほど、本人の輪郭がぼやけてしまう。そういうアーティストを、私たちは時折、目にしてきた。藤井 風の場合、英語で歌詞を書いて感情の軸を少しずらして歌うのは、制作意欲をかき立てる術として機能したようだ。彼の歌詞には、特徴がある。ラヴソングに聴こえても、よくよく聴くとその対象は自身であったり、死生観を強く滲ませていたり。「ハイヤーセルフ」という概念も、彼の熱心なファンに広く浸透しているメッセージだ。

シンガーソングライターにしてメッセンジャーでもある彼は、サンスクリット語で“至高の愛”を意味する『Prema』の制作過程で旅人にもなった。国内外のミュージシャン、プロデューサーと組んだため、たくさん移動したのだ。ロサンゼルスでは、シャイ・カーターや、プロデューサーのロブ・バイゼル、サー・ノーラン、グレッグ・カースティンと作業をした。チャーリー・プースの「One Call Away」やカントリー・ミュージックの大物に歌詞を提供してきたカーターは、5曲でバックコーラスも引き受けている。

SZAの『SOS』に大きく貢献し、「Kill Bill」でヒットを飛ばしたロブ・バイゼルも参加した。サー・ノーランはミニマルなアプローチでロマンティックなポップやR&Bを作るのが得意だ。カースティンはアデルの仕事などでグラミー賞を9つ受賞している大ベテランであり、制作のスケールが広がった。

今作はメインプロデューサーとして、韓国の250を抜擢。NewJeansの曲でノスタルジックな洋楽を取り込む手腕を発揮、ここ数年で注目された才能だ。藤井 風もそこに強く惹かれたと話している。韓国の南にある、済州島の彼のスタジオに赴き、藤井の頭の中で鳴っている音を取り出すようにして仕立てていった。カリフォルニアと済州島と海の近くで制作したせいか、いままで以上に風通しがいいように思う。もちろん、彼が信頼する日本のトップミュージシャンも力を貸し、支えている。

場所だけでなく、時代をも行き来している作品でもある。藤井 風が子どもの頃から親しんだ80年代の音楽を意識的に取り込んだのだ。何曲かは、その影響がはっきりわかる。たとえば、「I Need U Back」は80年代後半のニュー・ジャック・スウィングとつながっているし、SWVから触発された「You」は90年代初期のR&Bを思い起こす。シングルの「Prema」は90年代のヒップホップを敷いてもいる。

もっとわかりやすいのが、「I Need U Back」のMV。UKのニューロマンティックを彷彿とさせるファッションであふれているのだ。一方、シングルの「Hachikō」ではハウスとディスコ・ミュージックを取り入れた。犬好きであれば、映画『HACHI 約束の犬』(2009)のモデルと同じ犬だと気づくだろう。

彼は28歳、1997年生まれだ。もの心ついたときは21世紀だったはずだが、リアルタイムで経験していない文化をただなぞっているわけではない。映像や音源をインターネットでインプットして、再解釈、再構築しているのだ。最終的には自分がもつ「いま」のテイストを加えているから、懐かしさはあるけれど、古くはない絶妙のラインの曲ができあがる。サウンドではなく、手法としてネオソウルと近いとも思う。結果、『Prema』は彼がとことんこだわった「ポップ・ミュージック」に仕上がっている。英語圏の人がどう捉えるか、興味津々だ。

Written By 池城美菜子 (noteはこちら)


藤井 風『Prema』
2025年9月5日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music




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