2021年ショパン国際ピアノ・コンクール優勝、ブルース・リウとは?最新インタビュー公開

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第18回ショパン国際ピアノ・コンクールで第1位に輝いたブルース・リウ。彼については、これから多くの演奏や彼自身の言葉などを通じ、その音楽性や人物像が伝えられることだろう。ここでは、2021年のコンクールを終えたばかりのリウについて、その全演奏をワルシャワの会場で実際に聴いた筆者が、そのピアニスト像・人物像を浮き彫りにしてみたい。


ショパンの華やかな解釈で、コンクール会場を熱狂の渦へ

ショパンの作品だけを演奏するという、ある種特異なコンクールであるショパン国際ピアノ・コンクール。第18回の優勝者として、圧倒的な存在感を放ったのはカナダのピアニスト、ブルース・リウだ。

彼が演奏したどの曲にも、隅々にまで瑞々しいアイディアが行き渡り、きらびやかでメリハリの効いた表現がのびのびと展開されていた。演奏順の関係で(アルファベット順で、今回はMの奏者からスタート)、リウは第2次・3次・ファイナルの各ステージで最終奏者となったのだが、それぞれのラウンドを締めくくるにふさわしい華やかなパフォーマンスで、会場を熱狂の渦に巻き込んだ。

「どのラウンドでも落ちる可能性があるという緊張感はありました。特に第1次予選は短い時間(演奏時間はおよそ30分)で自分らしい演奏をせねばならず、難しさを感じました。でも、ステージが進んでいくごとにリラックスできるようになり、第3次予選では『変奏曲』を楽しく弾けて、まるで雲の上にいるような気分でしたね。そのような感覚は演奏家としての人生において、めったに味わえることではないと思います」

3rd stage of the 18th Chopin Competition in Warsaw Philharmonic Concert Hall .
On pic: Bruce (Xiaoyu) Liu
Photo by: Wojciech Grzedzinski
Warsaw, Poland, 16th of October 2021

リウ自身がそう振り返る『変奏曲』の演奏は、確かに現地ワルシャワでの会場に集う評論家やピアニストの間で話題になるほどにインパクトがあった。作品の正式な名前は「モーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》の二重唱〈お手をどうぞ〉による変奏曲」で、ショパンがまだ17歳の年に書いたもの。作品番号も「2」という初期作品である。オペラをこよなく愛したショパンが、モーツァルトの二重唱を題材に、彼らしい即興的・装飾的な変化を余すところなく盛り込んだヴァリエーションである。後年この作品を知ったシューマンが、「諸君、帽子を取りたまえ!天才だ!」と同い年のショパンを絶賛したというエピソードはよく知られている。

切れ味よく立体的に音楽を構築してくリウが、独奏最後となる重要な第3次予選で、それも最終演奏曲目として、若き日の純真さあふれるショパンが残したこの作品を選んだことは、彼自身の音楽的キャラクターを知るひとつの手がかりとなるかもしれない。

「ショパンは病弱で体が弱く、精神的には詩的で、ノスタルジックで、内向的な人でした。つまり、僕自身とはまるで違うパーソナリティです。僕は、オプティミスティックで、明るく外交的。ですから、作曲家と自分自身のパーソナリティのバランスを考えながら音楽的にアプローチすることが大事だと思っています。

演奏家とは、作曲家の思い描いていたことを媒介者となって聴衆に伝えることが大切ですが、一方で自分の解釈も表現しなければなりません。大切なのは、作曲家に対して誠実でありながらも、つねに新しい表現を模索していくことです。だからこそ、クラシック音楽の作品は何百年も何万回も演奏され続けているのです。

人間はひとりひとり違います。違いを尊重しなければなりません。理想的なショパン像について僕には語ることはできないけれど、ショパンに対しても自分に対しても真摯であり続け、心を込めて誠実にアプローチしていきたいです」

1st stage of the 18th Chopin Competition in Warsaw Philharmonic Concert Hall .
On pic: Bruce (Xiaoyu) Liu
Photo by: Darek Golik
Warsaw, Poland, 7th of October 2021

ピアノとの出会い・向き合い方、師匠ダン・タイ・ソンのこと

ブルース・シャオユー・リウは1997年5月8日にパリで生まれた24歳。カナダで育ち、日頃はフランス語で生活しているそうだ。当然美しい英語も話す。

ピアノを始めたのは8歳と意外と遅く、子ども時代はのびのびと過ごしていたようだ。

「僕は子どもの頃からたくさん趣味があって、チェスや囲碁のようなゲームも好きだったし、毎日のように泳いでいたし、テニスや卓球やサッカーのようなスポーツも大好きでした。ピアノはそういう楽しみのひとつで、そんなに生真面目には考えていなかったから、1日10分弾く程度だったのです。でも、だからこそ、やり過ぎることなく飽きずに続けられたのだと思います」

カナダのケベック州にあるモントリオール音楽院で学び、コンクールの審査員を務めたダン・タイ・ソンのもとで現在も研鑽を積んでいる。師のダン・タイ・ソンは、周知のとおりベトナム出身のピアニストで、1980年にアジア人としての初のショパン・コンクールの覇者となった。現在はモントリオール在住で、多くの若いピアニストたちを指導している。今回のショパン・コンクールの出場者プロフィールを見ると、多くのコンテスタントたちが彼に指導を受けたことを経歴に挙げている。とはいえ弟子たちはみな驚くほど、それぞれに違った演奏スタイルで自分なりのショパンを表現しており、「門下生」として一括りにできるような共通する特徴はなかった。ブルース・リウの演奏も、変化に富んだ滑舌の良さがあり、はっきりとした個性を放っていた。

「僕の演奏は、師であるダン・タイ・ソン先生のそれとはまったく違います。つまり、先生は自分のお考えを生徒に押し付けるようなことはせず、生徒それぞれの良さ、個性、資質を最大限に引き出して伸ばし、自分らしく説得力のある演奏ができるようにと導いてくださるのです。普段は音楽以外のこと、日常的な話もたくさんします。スーパーのセールだとか、航空券はどこで買うのがいいとか(笑)。時に友人のように、時に家族のように受け入れてくださっています。

僕は4、5年前からダン・タイ・ソン先生のもとで学んでいますが、実はショパン以外の作品ばかりを学んできました。ロシアもの、フランスもの、もちろん古典派やベートーヴェンなども。もちろん、いつかはショパン・コンクールに参加してみたいという夢はありましたが、最終的に出場を決めたのは3年前の2018年でした。

ショパンの作品は多様で複雑で、決して飽きることのない大切なレパートリーではありますが、今は違う作曲家のものを弾きたいですね。ショパンとも繋がりのあるフランスもの、たとえばラモーやラヴェルなども弾きたいですし、ハイドンやモーツァルトといった古典派の作品も弾いていきたい。よく知られるスタンダードな作品ばかりでなく、演奏される機会の少ない知られざる作品なども取り上げたいです」

影響を受けたピアニストについては次のように語る。

「子どものころは、技術的に完璧な演奏をするピアニストに憧れていましたが、年齢とともに変わっていきました。多少ミスはあっても、レガートでカンタービレな表現が素晴らしい、いわゆる“黄金時代”の奏者たちの演奏に惹かれています。コルトーやフランソワの演奏が好きですね。彼らの時代の演奏には、技術的なミスを超える音楽性がありました。技術偏重ではなく、そうした表現に立ち返るべき時代が来ていると感じています」

チャレンジなくして成長はない

終始落ち着いた口調で、淡々と言葉を紡ぐリウだが、極めて聡明で自分の考えをしっかりと持った人物だ。飾り気のない素直な人柄であるが、決して自分を前へ前へと押し出すようなタイプではない。それはコンクールの結果発表時に、第1位として名前が呼ばれた瞬間も、他のコンテスタントたちの後ろに佇んでおり、半ば仲間たちから押し出されるようにして報道陣の前に出た姿にも見て取れる。しかし、芯が強く、チャレンジ精神が旺盛という一面も持つ。今回のコンクールでファツィオリのピアノを選んだことも、彼にとってはひとつの挑戦だった。

3rd stage of the 18th Chopin Competition in Warsaw Philharmonic Concert Hall .
On pic: Bruce (Xiaoyu) Liu
Photo by: Wojciech Grzedzinski
Warsaw, Poland, 16th of October 2021

「試弾した際に、自分の希望に叶う音を出してくれたのがファツィオリのピアノでした。気品があってチャーミングな音色で、音楽を自然に作ることができました。しかしこれは、リスキーなチョイスでもありました。というもの、コンクールで初めて選んだピアノでしたから。ヤマハやスタインウェイのピアノの方が慣れてはいます。しかし、慣れていることばかりに甘んじていたら成長はありません。さらなる段階へと自分を高めるためにも、今回はファツィオリを選んだのです。アクションのコントロールはやや難しかったけれど、次第に馴染んでいきました」

普段から大切にしているのは、「新鮮さを保つ」姿勢とのこと。

「コンクールのステージであっても、絶えず新しいアイディアを求め続けています。練習を積んで安定させたものを、そのまま出そうというつもりはありません。その真逆で、弾くたびに新しい表現を追求したいと思っています」

昨今の趣味の一つに、カートレースがあるという。

「ピアノの演奏に支障はないのかと訊かれることがありますが、ないですね。その心配なら、以前やっていたテニスの方が、腕を痛める危険性はあったかもしれない。音楽に直接的な影響はありませんが、どちらにも必要なのは集中力ですね。趣味を通じてルーティンから抜け出し、新鮮な空気を取り入れることができます。当面はコンサートやレコーディングの予定で埋まってしまいましたが、僕にはたくさんの趣味がありますから、いつかは音楽とそれ以外のことを結びつけて、何か面白いことが今後できたらいいな、と思っています」

Interviewed & Written By 飯田有抄


■アーティスト情報

ブルース・リウ
Bruce Liu

1997年5月8日にパリで生まれ、モントリオール音楽院でリチャード・レイモンドに師事、現在はダン・タイ・ソンに師事している。クリーヴランド管弦楽団、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、モントリオール交響楽団、オーケストラ・オブ・ジ・アメリカズなどの主要オーケストラと共演し、中国NCPA管弦楽団とは北米ツアーを行っている。近年では、ウクライナ国立交響楽団およびリヴィウ・フィルハーモニー管弦楽団との2回の中国ツアー(国立舞台芸術センター、北京コンサート・ホール、上海オリエンタル・アーツ・センターへの出演を含む)や、サル・ガヴォーでのラムルー管弦楽団との共演がある。また、仙台、モントリオール、テルアヴィヴ、ヴィセウなどの国際ピアノ・コンクールで入賞している。

■リリース情報

2021年12月1日発売
ブルース・リウ『第18回ショパン・コンクール優勝者ライヴ』
CD / iTunes / Amazon Music / Apple Music / Spotify


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