投稿者: ItoMasaki

  • レノン=マッカートニーがストーンズに提供した「I Wanna Be Your Man」は偶然から生まれた

    レノン=マッカートニーがストーンズに提供した「I Wanna Be Your Man」は偶然から生まれた

    ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)は1963年11月1日に2枚目のシングル「I Wanna Be Your Man(彼氏になりたい)」をリリースしたが、それはデッカ・レコードが当初予定していたものではなかった。

    バンドは同年7月、ウェスト・ハムステッドにあるデッカ・スタジオで、マイケル・バークレーというスタッフ・プロデューサーを迎え、デビュー・シングル「Come On」に続く曲としてザ・コースターズのカヴァー「Poison Ivy」のレコーディングを行なった。

    しかし、イーデン・ケインのプロデューサーでもあったマイケル・バークレーとは折り合いが悪く、完成した時にはメンバー全員がこのレコードを嫌っていたため、デッカ・レコードは最終的にこのシングルの発売中止を余儀なくされた。

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    I Wanna Be Your Man

     

    偶然出会ったビートルズの二人

    エヴァリー・ブラザーズ、リトル・リチャード、ボ・ディドリーとの初のパッケージ・ツアー出発前の同年9月初旬のある午後、バンドはロンドンのソーホーにあるスタジオ51で、別のカヴァー曲をレコーディングしようとしていた(当時はまだ、ミックもキースも作曲にのめり込んでいなかったのだ)。

    午後半ば、彼らのマネージャーであるアンドリュー・ルーグ・オールダムはリハーサル現場を後にし、チャリング・クロスロードを歩いていると、偶然にもザ・ビートルズのポール・マッカートニーとジョン・レノンがタクシーから降りてくるのを見つけた。2人はバラエティ・クラブの昼食会に出席しており、ポールとジョンは1、2杯飲んでいたかもしれない。アンドリューは急いで2人に声をかけ、3人はすぐにスタジオへと戻り、ジョンとポールが到着してから30分も経たないうちに、ザ・ローリング・ストーンズはニュー・シングルを手に入れることになった。

    ジョンとポールが当時まだ完成してなかった「I Wanna Be Your Man」を演奏し、ストーンズはブライアン・ジョーンズのスライド・ギターと共にその曲を自分たち流にアレンジした。それから1ヵ月も経たない10月7日、パッケージ・ツアーのオフの日にバンドはロンドンへと戻り、ソーホーのディ・レーン・リー・スタジオでこの曲のレコーディングを行った。

    キース・リチャーズは、このシングルがリリースされた頃、「俺はあのスティール・ギターのソロが好きで、ブライアンがボトルネックで弾いてるんだ」と語り、ビル・ワイマンは当時をこう振り返っている。

    「ポールは左利きで、俺のベースを後ろ向きに弾いていたのには驚かされた。当時、ザ・ビートルズは“She Loves You”でチャート1位を獲得していた。(そんな成功を手にしたビートルズたちと違って)俺たちはその夜、ウィンザーのリッキー・ティック・クラブに67ポンドで演奏しに行ったんだ」

     

    当時の評価

    リリースから2週間後となる1963年11月16日に「I Wanna Be Your Man」は全英シングル・チャートにランクインし、最終的に1964年1月に12位まで上昇した。ニュー・ミュージカル・エクスプレス誌(NME)はこの曲について「レノン=マッカートニーのベスト・ナンバーのひとつとは言えない。ビートに重点を置き、メロディーは完全に排除されている」と評したが、当時、エルヴィス・プレスリー・ファンクラブ英国支部の会長であったアルバート・ハンドはそれに追い打ちをかけるかの如く、「これほど調律されていないような、調和もとれていないような、下手くそな演奏の不協和音がこれからいくつリリースされるのだろうか?これほど無慈悲で、過去に例をみないほど台無しにされた作曲があるとすれば、それがこの曲だ」とさらに酷評している。

    ザ・ビートルズはこの曲を収録したアルバム『With the Beatles』と同月22日に発売。リード・ヴォーカルはリンゴ・スターが務めている。

    I Wanna Be Your Man (Remastered 2009)

     

    ストーンズのシングル「I Wanna Be Your Man」のB面は「Stoned」と呼ばれる、ほぼインストゥルメンタルの楽曲で、ザ・ローリング・ストーンズのソングライティング・チームの総称である“Nanker Phelge”がクレジットされている。「Stoned」 は、ブッカー・T&ザ・MG’sの「Green Onions」を転回させたもので、シングルの初期プレスにはB面が「Stones」とミスプリントされているものもあった。

    Stoned

    Written By Richard Havers


    最新アルバム

    ザ・ローリング・ストーンズ『Hackney Diamonds』

    2023年10月20日発売
    デジパック仕様CD
    ジュエルケース仕様CD
    CD+Blu-ray Audio ボックス・セット
    直輸入仕様LP
    iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



  • ザ・ラスト・ディナー・パーティー、デビューAL『Prelude To Ecstasy』を2024年2月に発売決定

    ザ・ラスト・ディナー・パーティー、デビューAL『Prelude To Ecstasy』を2024年2月に発売決定

    UKのライヴ・シーンから頭角を現したロンドン出身の注目の5人組バンド、ザ・ラスト・ディナー・パーティー(The Last Dinner Party)が、2024年2月2日にリリースするデビュー・アルバム『Prelude To Ecstasy』の詳細を発表した。

    ジェームス・フォードがプロデュースを手掛け、ロンドンで制作されたこのアルバムには、これまでリリースしてきた「Nothing Matters」「Sinner」「My Lady Of Mercy」というシングルが収録される。このデビュー・アルバムの発表に合わせ、バンドは新曲「On Your Side」を公開している。

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    The Last Dinner Party – On Your Side

    2023年初め、ザ・ラスト・ディナー・パーティーは、彼女たちのライヴを観たファンの口コミで話題を呼んでいた新人バンドに過ぎなかった。2022年の大半を曲作りに費やしながら、ライヴで新曲を披露しては、それをスタジオでレコーディングしてきたしてきたバンドが、非常にキャッチーでダークなギター・ポップ曲「Nothing Matters」をリリースしたのは今年4月のことだった。

    この曲が彼女たちにとってオンラインの世界を席巻するきっかけとなり、その興奮と物語性の裏側には、古典的な方法、つまりライヴを軸に活動してきたバンドによる、確固たる自信に満ちたインディー・ロック魂があった。

    The Last Dinner Party – Nothing Matters

    2023年のグラストンベリーで新設されたテント会場“Woodsies”を埋め尽くしたオーディエンスに向けて魅力的なパフォーマンスを行った後、ザ・ラスト・ディナー・パーティーは新曲「Sinner」をリリース。

    完全に形成された時代精神を焚きつける素晴らしく中毒性のあるこのインディー・ポップ・ソングは、グリーンマン、レディング&リーズ、ラティテュード、エンド・オブ・ザ・ロードといったこの夏イギリス各地で開催されたフェスティバルでも満員の観客を魅了し、グラストンベリーを彷彿とさせる成功を彼女たちにもたらした。

    The Last Dinner Party – Sinner (Live)

    ここ数年にわたり話題となっていた今最も注目すべきイギリスの新人バンドは、かくしてこの夏ブレイクを果たし、結成当初の誓いをすべて実現してきた。

    さらにバンドは、キャリア初期からロンドンだけでなく、イギリス全土およびアメリカにも熱心なファン層を築き上げ、10月31日のワシントンD.C.公演を皮切りにスタートした初のUSツアーも、全5公演が開催数週間前にすべて完売している。

    そんな彼女たちにとってデビュー・アルバム『Prelude To Ecstasy』は、この華々しい序章の締め括りであり、次章への幕開けでもあるのだ。

    Written By Will Schube



    ザ・ラスト・ディナー・パーティー『Prelude To Ecstasy
    2024年2月2日発売
    iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music



     

  • 「ロックの殿堂」授賞式でのポール・マッカートニーによるジョン・レノンの紹介スピーチ

    「ロックの殿堂」授賞式でのポール・マッカートニーによるジョン・レノンの紹介スピーチ

    ザ・ビートルズ(The Beatles)が、最後の新曲となる「Now And Then」、そして1973年に発売された2つのベストアルバム『The Beatles 1962-1966』(通称:赤盤)と『The Beatles 1967-1970』(通称:青盤)の2023年ヴァージョンをリリースすることが発表となった。

    この発売を記念して、ザ・ビートルズやザ・ビートルズのメンバーが“ロックの殿堂入り”を果たした際の授賞式でのスピーチの翻訳を連続してご紹介。

    本記事では、ジョン・レノンがロックの殿堂入りを果たした1994年の授賞式でのポール・マッカートニーによる亡き親友へ送るユーモアと愛にあふれたスピーチの翻訳をお届けする。

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    Paul McCartney Inducts John Lennon into the Rock & Roll Hall of Fame | 1994 Induction

     

    今夜、この場に立ち、この大役を務められることを光栄に思います。ジョンへの手紙の形式で、彼との思い出を思いつくままに書き出してきました。

    親愛なるジョン、僕たちが初めて会ったのは、ウォルトンで開催されたお祭りでしたね。天気のいい夏の日でした。僕が会場に入っていくと、ステージに立つきみの姿が目に入りました。きみはデル・ヴァイキングスの「Come Go With Me」を歌っていました。だけどきみは歌詞を覚えていなくて、その場ででっち上げていましたよね。「Come go with me to the penitentiary(一緒に刑務所へ行こう)」なんて元の歌詞にはないでしょう?

    一緒に曲作りをし始めたころのことも覚えています。僕たちは僕の家 ―― 僕の実家に集まったものです。父が引き出しにしまっていたパイプにタイフー・ティーの葉を入れて、二人で吸いましたね。それが役に立ったとは思えませんが、とにかく僕たちはライヴにも乗り出しました。僕たちはとにかく有名になりたかったんです! きみのお母さんのジュリアの家にも遊びに行きましたね。非常に自立心があって、とても美しい女性でした。彼女は赤毛の髪を長く伸ばしていて、ウクレレを弾いていました。そんなことができる女性には僕は会ったことがありません。

    僕はきみにギターのコードを教えました。きみはウクレレのコードを弾いていましたからね。そして21歳の誕生日に、きみはエディンバラに住むお金持ちの親戚から100ポンドをもらいました。それで、僕たちはスペインを目指すことにしました。リヴァプールからヒッチハイクをしてパリまでたどり着き、僕たちは一週間をパリで過ごすことにしました。そこでヤーゲンという人に髪を切ってもらって、その髪型がのちに”ビートルズ・カット”として知られるようになりました。

    僕の学友だったジョージにきみを紹介したときのことも覚えています。彼はバスの二階席で「Raunchy」を弾いて、グループに加わることになりました。きみは随分感心していましたよね。それから、僕たちはリンゴと出会いました。彼はバトリンズのホリデー・キャンプでワン・シーズンのあいだ働いていて、既に熟練のプロフェッショナルと言っていい腕前でした。あの髭は見るに堪えませんでしたが、彼は剃り落としてくれました。

    その後、リヴァプールのキャヴァーン・クラブで演奏する仕事をもらいましたね。その会場はブルースのクラブとして営業していましたが、ブルース・ナンバーは僕たちのレパートリーにありませんでした ―― ブルースは大好きですが、レパートリーには入っていなかったんです。だから僕たちはMCで、「お集りのみなさま。次にやるのは、偉大なるビッグ・ビル・ブルーンジーの“Wake Up Little Susie(起きろよスージー)”という曲です」なんてデタラメを言わなきゃいけませんでした(会場笑い)。観客のあいだではいつも“これはブルースじゃない、ポップだ!”なんて書いた小さなメモが出回っていましたね。それでも、僕たちは演奏し続けました。

    そうして、僕たちはツアーをすることになりました。ラリー・パーンズという人物が、最初のツアーを組んでくれましたよね。ありがとう、ラリー。そのツアーでは、みんな変名を使っていましたね。僕は“ポール・ラモーン”に名前を変え、ジョージは“カール・ハリスン”を名乗っていました。巷ではジョンは変名を使わなかったと言われていますが、僕の記憶では“ロング・ジョン・シルヴァー”と名乗っていたはずです。これでまた一つ“神話”が崩れ去ったわけです。

    ツアーではバンに乗って移動していましたが、ある晩はフロントガラスが割れたまま車を走らせました。リヴァプールに帰るために高速道路を走ったときです。あまりに寒かったので、僕たちはバンの後部座席で体を重ね合わせて“ビートルズのサンドウィッチ”を作りましたね。そんな風にして、僕たちはお互いへの理解を深めていったのです。

    ハンブルクでは、リトル・リチャードやジーン・ヴィンセントと知り合いました。リトル・リチャードは、ホテルの部屋に僕たちを招いてくれましたよね。彼はリンゴの指輪を見て「その指輪いいね。僕も同じようなやつを持っている。似たようなやつをあげるよ」って言っていました。そこで彼と一緒にホテルまで行きましたが、結局指輪はもらえませんでした(会場笑い)。一度、ジーン・ヴィンセントの部屋にも行きましたね。途中までは楽しく過ごしましたが、そのあと、彼がベッドの脇の引き出しから銃を取り出したんです。僕たちは「ジーン、僕たちもう行かなきゃ。帰らなきゃならない」と言って、慌てて退散しました。

    それからアメリカに行きました。ニューヨークでは、フィル・スペクターや、ロネッツや、シュープリームスと会いました。みんな僕たちの憧れの人です。そのあと、ロサンゼルスでエルヴィス・プレスリーとも会って、忘れられない一夜を過ごしました。しかも僕たちは、彼の自宅で面会したんです。テレビをリモコンで操作している人を見たのはあのときが初めてでした。まさにヒーローっていう人物でしたよね。エド・サリヴァンにも会いました。有名になることを夢見ていた僕たちも、そのころにはかなり名を知られつつありました。マイアミで(女優・歌手の)ミッツィ・ゲイナーに会えたくらいですからね。

    それからアビイ・ロードでのレコーディングも始まっていました。「Love Me Do」をレコーディングしたときのことは、いまでもよく覚えています。“Love me do”というパートは本来、ジョンがヴォーカルを取る予定でした。けれども彼はハーモニカも吹いていました。そこで、ジョージ・マーティンがレコーディングの途中に突然こう言ったんです。「“Love me do”ってところ、きみが歌ってみたら?」と。だから僕も心を決めて「わかった」と応えました。いまになって聴き返しても、ジョンのハーモニカに合わせて“Love me do”と歌う僕の声は、なんだか自信なさげな感じがします。

    Love Me Do (Mono Version / Remastered 2009)

    「Kansas City」のヴォーカルを録音したときのことも記憶に残っています。あの曲は難しくて、僕にはなかなかうまく歌えませんでした。思い切り叫ぶのが難しかったんです。そんなとき、ジョンがコントロール・ルームから僕のそばまでやってきて、こう言いました。

    「きみならできる。頭のてっぺんから声を飛ばすように、思い切り叫ぶんだ。それだえけでいい。お前ならやれるよ」

    あのときはどうもありがとう。おかげでなんとかやり遂げることができたよ。

    Kansas City / Hey-Hey-Hey-Hey (Medley / Remastered 2009)

    それから、「A Day In The Life」を一緒に作曲したときのことも覚えています。お互いに目を合わせながら、“I’d love to turn you on(きみをその気にさせたい )”という一節を考えました。二人とも面白がって、意味ありげに視線を交わしましたよね。やれやれ……。

    The Beatles – The Beatles – A Day In The Life (Official Video)

    そしてそのあとヨーコという女性が現れました。オノ・ヨーコです。ある日、彼女は僕の家にやってきました。その日はジョン・ケージの誕生日でした。彼女は、いろいろな作曲家たちから資料になりそうなものを集め、ジョン・ケージに渡したいと思っていると言っていました。そこでジョンと僕にも声が掛かったというわけです。「僕は構わないけど、ジョンのところにも行ってみてよ」と僕は答えました。そして彼女は実際にそうしたんです。

    その後、僕はいくつかの機材を用意しました。僕たちはブレネルのレコーディング機材を所有していたので、そのいくつかを僕がセッティングしたわけです。きみたち二人はそれを使って一晩のうちに『Two Virgins』をレコーディングしました。でも、あのジャケット写真を撮ったのはきみ自身です。あれには僕はまったく関わってはいないよ。

    それからだいぶ経ったころ、僕はきみに何度か電話をしましたね。僕にとっては楽しい思い出です。ビジネス上のゴタゴタを経験したあとのことでした。僕たちはまた昔のように言葉を交わすようになったのです。きみはパンを焼いたり、幼いショーンと遊んだりして過ごしていることを話してくれました。とても嬉しかった。きみがそんな風に話してくれることが、僕の拠りどころになっていました。

    そして長い時が経って、今日という日を迎えました。ここにいる人たちはみんな、きみという大切な存在に感謝するために集まっているのです。この手紙はきみの友人であるこのポールが愛を込めて書きました。ジョン・レノン、やったな。今夜、きみは“ロックの殿堂”入りを果たしたんだ。どうか神の御加護がありますように。


    『ザ・ビートルズ 1962年~1966年』(赤盤) 2023エディション
    2023年11月10日発売

    予約はこちら
    全曲ミックス音源。追加トラック12曲


    『ザ・ビートルズ 1967年~1970年』(青盤) 2023エディション
    2023年11月10日発売

    予約はこちら
    全曲ミックス音源。追加トラック「ナウ・アンド・ゼン」を含む9曲

    The Beatles – The Beatles – Now And Then (Official Music Video)


  • ビートルズ最後の新曲「Now and Then」、MVを監督するピーター・ジャクソンがコメントを発表

    ビートルズ最後の新曲「Now and Then」、MVを監督するピーター・ジャクソンがコメントを発表

    ザ・ビートルズ(The Beatles)の最後の曲「Now and Then」のミュージック・ビデオの詳細が発表された。同ビデオは、ドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ: Get Back』を手掛けたピーター・ジャクソン監督による初のミュージック・ビデオとなる。

    日本時間11月3日(金)午後11時にザ・ビートルズの公式YouTubeチャンネルで世界初公開予定の「Now And Then」ミュージック・ビデオは、世界中のビートルズ・ファンが、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴによって制作された“ビートルズ最後の新曲”を通して、ザ・ビートルズの時代を超えた永遠の愛を祝福する、詩的でユーモラスな内容になるという。

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    Now And Then – The Last Beatles Song (Short Film Trailer)

    同ミュージック・ビデオの監督を務めるピーター・ジャクソンは次のように述べている。

    「アップルからミュージック・ビデオの制作を依頼された時、私はとても気乗りがしませんでした。この厄介な仕事が他人の問題だとしたら、私のこれからの数ヶ月はもっと楽しいものになるだろうと思いましたし、 私だって他のビートルズ・ファンと同じように、ザ・ビートルズの新曲とミュージック・ビデオのリリースが近づくクリスマス前夜のような期待感を楽しむことができたのです。1995年に“Free As A Bird”のリリースが近づくにつれて感じたあの子供の頃のような興奮が私は大好きでした。あの経験がもう一度できるかもしれなかったのです。そのために私はザ・ビートルズにノーと言うだけでよかった」

    「正直なところ、ザ・ビートルズがリリースする最後の曲にふさわしいミュージック・ビデオを作らなければならないという重責を考えただけで、どうにもならないほどの不安が押し寄せてきました。私のザ・ビートルズへの生涯の愛が、みんなを失望させるかもしれないという恐怖の壁にぶつかったのです。そのことが、私に強い不安をもたらしました。50年以上も前に解散し、その曲を実際に演奏したこともなく、メンバーの半分がもうこの世にいないバンドのために、どうやってミュージック・ビデオを作り始めればいいのか想像すらできなかったからです」

    また、この声明の最後に、彼はこう付け加えている。

    「最後までやり遂げたことで、他の誰かの“Now And Then”のミュージック・ビデオのリリースを待たずに済むことがとても嬉しいです。私たちが作ったものには純粋に誇りを感じていますし、それがこの先何年も私にとっての宝物になるでしょう。私が逃げ出すことを許さずに、必要なサポートをしてくれたアップル・コープスとザ・ビートルズのメンバーに心から感謝しています」

    このミュージック・ビデオの世界初公開は、日本時間11月2日(金)午後11時に予定されているザ・ビートルズの「Now And Then」と「Love Me Do」の両A面シングルが配信される24時間後に行われる。

    「Now And Then」はジョン・レノンが書き、歌い、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターが練り上げ、40年以上経ってようやくポールとリンゴが完成させた“The Last Beatles Song(ビートルズ最後の新曲)”となる。

    このリリースに先立ち、日本時間11月2日(木)午前4時30分には、オリヴァー・マレーが脚本と監督を手掛ける12分間のドキュメンタリー映画『Now And Then – The Last Beatles Song』がザ・ビートルズの公式YouTubeチャンネル世界初公開される。同ドキュメンタリーは、ポール、リンゴ、ジョージ、ショーン・オノ・レノン、ピーター・ジャクソンの独占映像や解説を交えて、“The Last Beatles Song”にまつわるストーリーを紡ぐものとなる。

    Come together for the last Beatles song, 2nd November.

    また、この新曲リリースを記念して、ザ・ビートルズのベスト・コンピレーション・アルバム『1962-1966』(赤盤)と『1967-1970』(青盤)の2023年ヴァージョンが11月10日に発売されることも決定している。

    1973年の発売以来、赤盤と青盤は、世界中のあらゆる年齢層の無数のリスナーを生涯のビートルズ・ファンへと導いてきた。2023年エディションのリリースのために拡張されたこのコレクションは、最初のシングル「Love Me Do」から最後のシングル「Now And Then」まで、ザ・ビートルズの全音源から75曲の傑出した楽曲が収録されている。新たに追加された21曲(『赤盤』には12曲、『青盤』には9曲)は、ザ・ビートルズのベスト・ソングをこれまで以上に紹介する内容となっている。

    両コレクションは、デジタル、ストリーミングで配信される他、2CD、180g 3枚組LPブラック・ヴィニール、スリップケース入り180g 6枚組ブラック・ヴィニール・セット、さらにビートルズ・ストア限定商品として、3枚組カラーLP(赤盤は赤、青盤は青)、スリップケース入り4CDセット、スリップケース入り6枚組赤盤&青盤セットで発売される予定。

    Written By Will Schube


    【商品情報】


    ザ・ビートルズ「ナウ・アンド・ゼン」

    予約はこちら

    ・デジタル11月2日(木)23時配信
    ・輸入盤アナログ・カセット:11月3日(金)発売
    ・日本盤[直輸入盤仕様限定盤]:11月17日(金)発売
    ・英文解説翻訳付/歌詞対訳付(日本盤[直輸入盤仕様限定盤]のみ)

    <日本盤[直輸入盤仕様限定盤]商品フォーマット>
    7インチ・ブラック:UIKY-75120
    7インチ・クリア:UIKY-75121
    7インチ・ブルー:UIKY-75122
    12インチ・ブラック:UIJY-75252
    7インチ・マーブル<ザ・ビートルズ・ストア限定商品>PDKT-1001

    <収録曲>
    Side A:ナウ・アンド・ゼン
    Side AA:ラヴ・ミー・ドゥ

    ●ステレオ・ミックス
    デジタル、ストリーミング、7インチ・ブラック&カラー・シングル盤(ブルー、クリア)、12インチ・ブラック・シングル盤
    ビートルズ・ストア限定商品:カセット、7インチ・マーブル・シングル盤

    ●ドルビーアトモス・ミックス
    デジタル、ストリーミング

    “Now And Then” Credits

    Produced by Paul McCartney, Giles Martin
    Additional Production: Jeff Lynne
    Vocals: John Lennon, Paul McCartney
    Backing Vocals: John Lennon, Paul McCartney, George Harrison, Ringo Starr
    Guitars: George Harrison
    Guitars, Bass, Piano, Electric Harpsichord, Shaker: Paul McCartney
    Drums, Tambourine, Shaker: Ringo Starr

    Additional Credits:
    String Arrangement: Paul McCartney, Giles Martin, Ben Foster
    Mixed by Spike Stent
    Engineered by Geoff Emerick, Steve Orchard, Greg McAllister, Jon Jacobs, Steve Genewick, Bruce Sugar, Keith Smith
    Source Separation / MAL Courtesy of WingNut Films Productions Ltd.
    Head of Machine Learning: Emile de la Rey
    Project Management: Adam Sharp

    Recorded at Hog Hill Studio, Capitol Studios and Roccabella West
    Mastered by Miles Showell

    Project Producers: Jonathan Clyde and Guy Hayden
    Executive Producer: Jeff Jones


    『ザ・ビートルズ 1962年~1966年』(赤盤) 2023エディション

    予約はこちら
    全曲ミックス音源。追加トラック12曲

    ・日本盤CD:11月10日(金)
    ・日本盤LP[直輸入盤仕様限定盤]:11月22日(金)
    ・英文解説翻訳付/歌詞対訳付:日本盤CD、日本盤LP[直輸入盤仕様限定盤]のみ
    ・日本盤CDのみ:SHM-CD仕様

    <商品フォーマット>
    ①2CD(日本盤):UICY-16200/1 [11/10発売]
    ②3LP(直輸入盤仕様/限定盤)UIJY-75240/2 [11/22発売]
    ③3LPカラー<ザ・ビートルズ・ストア限定商品>(直輸入盤仕様/限定盤)PDJT-1033/5 [11/22発売]

    <収録曲>(2CDステレオ)
    *=今回の2023バージョンに新たに追加されたトラック

    ・CD1
    1 ラヴ・ミー・ドゥ (2023ミックス)
    2 プリーズ・プリーズ・ミー (2023ミックス)
    3 アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア (2023ミックス)*
    4 ツイスト・アンド・シャウト (2023ミックス)*
    5 フロム・ミー・トゥ・ユー (2023ミックス)
    6 シー・ラヴズ・ユー (2023ミックス)
    7 抱きしめたい (2023ミックス)
    8 ジス・ボーイ (2023ミックス)*
    9 オール・マイ・ラヴィング (2023ミックス)
    10 ロール・オーバー・ベートーヴェン (2023ミックス)*
    11 ユー・リアリー・ゴッタ・ホールド・オン・ミー (2023ミックス)*
    12 キャント・バイ・ミー・ラヴ (2023ミックス)
    13 ユー・キャント・ドゥ・ザット (2023ミックス)*
    14 ア・ハード・デイズ・ナイト (2023ミックス)
    15 アンド・アイ・ラヴ・ハー (2023ミックス)
    16 エイト・デイズ・ア・ウィーク (2023ミックス)
    17 アイ・フィール・ファイン (2023ミックス)
    18 涙の乗車券(ティケット・トゥ・ライド) (2023ミックス)
    19 イエスタデイ (2023ミックス)

    ・CD2
    1 ヘルプ (2023ミックス)
    2 悲しみはぶっとばせ (2023ミックス)
    3 恋を抱きしめよう (2023ミックス)
    4 デイ・トリッパー (2023ミックス)
    5 ドライヴ・マイ・カー (2023ミックス)
    6 ノルウェーの森(ノーウェジアン・ウッド) (2023ミックス)
    7 ひとりぼっちのあいつ (2023ミックス)
    8 ミッシェル (2023ミックス)
    9 イン・マイ・ライフ (2023ミックス)
    10 恋をするなら (2023ミックス)*
    11 ガール (2023ミックス)
    12 ペイパーバック・ライター (2022ミックス)
    13 エリナー・リグビー (2022ミックス)
    14 イエロー・サブマリン (2022ミックス)
    15 タックスマン (2023ミックス)*
    16 ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ (2022ミックス)*
    17 アイム・オンリー・スリーピング (2022ミックス)*
    18 ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア (2022ミックス)*
    19 トゥモロー・ネバー・ノウズ (2022ミックス)*


    『ザ・ビートルズ 1967年~1970年』(青盤) 2023エディション

    予約はこちら
    全曲ミックス音源。追加トラック「ナウ・アンド・ゼン」を含む9曲

    ・日本盤CD:11月10日(金)発売
    ・日本盤LP[直輸入盤仕様限定盤]:11月22日(金)発売
    ・英文解説翻訳付/歌詞対訳付:日本盤CD、日本盤LP[直輸入盤仕様限定盤]のみ
    ・日本盤CDのみ:SHM-CD仕様

    <商品フォーマット>
    ①2CD(日本盤):UICY-16202/3 [11/10発売]
    ②3LP(直輸入盤仕様/限定盤)UIJY-75243/5 [11/22発売]
    ③3LPカラー<ザ・ビートルズ・ストア限定商品>(直輸入盤仕様/限定盤)PDJT-1036/8  [11/22発売]

    <収録曲>(2CDステレオ)
    *=今回の2023バージョンに新たに追加されたトラック

    ・CD1
    1 ストロベリー・フィールズ・フォーエバー (2015ステレオ・ミックス)
    2 ペニー・レイン (2017ミックス)
    3 サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (2017ミックス)
    4 ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ (2017ミックス)
    5 ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ (2017ミックス)
    6 ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー (2017ミックス)*
    7 ア・デイ・イン・ザ・ライフ (2017ミックス)
    8 愛こそはすべて(オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ)(2015ステレオ・ミックス)
    9 アイ・アム・ザ・ウォルラス (2023ミックス)
    10 ハロー・グッドバイ (2015ステレオ・ミックス)
    11 フール・オン・ザ・ヒル (2023ミックス)
    12 マジカル・ミステリー・ツアー (2023ミックス)
    13 レディ・マドンナ (2015ステレオ・ミックス)
    14 ヘイ・ジュード (2015ステレオ・ミックス)
    15 レボリューション (2023ミックス)

    ・CD2
    1 バック・イン・ザ・U.S.S.R. (2018ミックス)
    2 ディア・プルーデンス (2018ミックス)*
    3 ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス (2018ミックス)
    4 オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ (2018ミックス)
    5 グラス・オニオン (2018ミックス)*
    6 ブラックバード (2018ミックス)*
    7 ヘイ・ブルドッグ (2023ミックス)*
    8 ゲット・バック (2015ステレオ・ミックス)
    9 ドント・レット・ミー・ダウン (2021ミックス)
    10 ジョンとヨーコのバラード (2015ステレオ・ミックス)
    11 オールド・ブラウン・シュー (2023ミックス)
    12 ヒア・カムズ・ザ・サン (2019ミックス)
    13 カム・トゥゲザー (2019ミックス)
    14 サムシング (2019ミックス)
    15 オクトパス・ガーデン (2019ミックス)
    16 オー!ダーリン (2019ミックス)*
    17 アイ・ウォント・ユー (2019ミックス)*
    18 レット・イット・ビー (2021ミックス)
    19 アクロス・ザ・ユニバース (2021ミックス)
    20 アイ・ミー・マイン (2021ミックス)*
    21 ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード (2021ミックス)
    22 ナウ・アンド・ゼン *


    『ザ・ビートルズ 1962年~1966年』『ザ・ビートルズ 1967年~1970年』

    赤盤と青盤のセット
    スリップケース入り。全曲ミックス音源。追加トラック21曲計75曲
    予約はこちら

    ・日本盤CD:11月10日(金)
    ・日本盤LP[直輸入盤仕様限定盤](ブラック、カラー):11月22日(金)
    ・英文解説翻訳付/歌詞対訳付(日本盤CD、日本盤LP[直輸入盤仕様限定盤]のみ)
    ・日本盤CDのみ:SHM-CD仕様

    <商品フォーマット>
    ①4CD <ザ・ビートルズ・ストア限定商品>(日本盤/限定盤)PDCT-1020/3/8  [11/10発売]
    ②6LP・ブラック(直輸入盤仕様/限定盤)UIJY-75246/51 [11/22発売]
    ③6LP・カラー<ザ・ビートルズ・ストア限定商品>(直輸入盤仕様/限定盤)PDJT-1039/4  [11/22発売]

    <収録曲>

    [LP1 (ザ・ビートルズ 1962年~1966年)]
    ・Side A
    1 ラヴ・ミー・ドゥ (2023ミックス)
    2 プリーズ・プリーズ・ミー (2023ミックス)
    3 フロム・ミー・トゥ・ユー (2023ミックス)
    4 シー・ラヴズ・ユー (2023ミックス)
    5 抱きしめたい (2023ミックス)
    6 オール・マイ・ラヴィング (2023ミックス)
    7 キャント・バイ・ミー・ラヴ (2023ミックス)
    ・Side B
    1 ア・ハード・デイズ・ナイト (2023ミックス)
    2 アンド・アイ・ラヴ・ハー (2023ミックス)
    3 エイト・デイズ・ア・ウィーク (2023ミックス)
    4 アイ・フィール・ファイン (2023ミックス)
    5 涙の乗車券(ティケット・トゥ・ライド) (2023ミックス)
    6 イエスタデイ (2023ミックス)

    [LP2 (ザ・ビートルズ 1962年~1966年)]
    ・Side A
    1 ヘルプ (2023ミックス)
    2 悲しみはぶっとばせ (2023ミックス)
    3 恋を抱きしめよう (2023ミックス)
    4 デイ・トリッパー (2023ミックス)
    5 ドライヴ・マイ・カー (2023ミックス)
    6 ノルウェーの森(ノーウェジアン・ウッド) (2023ミックス)
    ・Side B
    1 ひとりぼっちのあいつ (2023ミックス)
    2 ミッシェル (2023ミックス)
    3 イン・マイ・ライフ (2023ミックス)
    4 ガール (2023ミックス)
    5 ペイパーバック・ライター (2022ミックス)
    6 エリナー・リグビー (2022ミックス)
    7 イエロー・サブマリン (2022ミックス)

    [LP3 (ボーナスLP:ザ・ビートルズ 1962年~1966年)]
    ・Side A
    1 アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア (2023ミックス)
    2 ツイスト・アンド・シャウト (2023ミックス)
    3 ジス・ボーイ (2023ミックス)
    4 ロール・オーバー・ベートーヴェン (2023ミックス)
    5 ユー・リアリー・ゴッタ・ホールド・オン・ミー (2023ミックス)
    6 ユー・キャント・ドゥ・ザット (2023ミックス)
    ・Side B
    1 恋をするなら (2023ミックス)
    2 タックスマン (2023ミックス)
    3 ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ (2022ミックス)
    4 アイム・オンリー・スリーピング (2022ミックス)
    5 ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア (2022ミックス)
    6 トゥモロー・ネバー・ノウズ (2022ミックス)

    [LP4 (ザ・ビートルズ 1967年~1970年)]
    ・Side A
    1 ストロベリー・フィールズ・フォーエバー (2015ステレオ・ミックス)
    2 ペニー・レイン (2017ミックス)
    3 サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (2017ミックス)
    4 ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ (2017ミックス)
    5 ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ (2017ミックス)
    6 ア・デイ・イン・ザ・ライフ (2017ミックス)
    7 愛こそはすべて(オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ)(2015ステレオ・ミックス)
    ・Side B
    1 アイ・アム・ザ・ウォルラス (2023ミックス)
    2 ハロー・グッドバイ (2015ステレオ・ミックス)
    3 フール・オン・ザ・ヒル (2023ミックス)
    4 マジカル・ミステリー・ツアー (2023ミックス)
    5 レディ・マドンナ (2015ステレオ・ミックス/2023ドルビーアトモス・ミックス)
    6 ヘイ・ジュード (2015ステレオ・ミックス/2023ドルビーアトモス・ミックス)
    7 レボリューション (2023ミックス)

    [LP5 (ザ・ビートルズ 1967年~1970年)]
    ・Side A
    1 バック・イン・ザ・U.S.S.R. (2018ミックス)
    2 ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス (2018ミックス)
    3 オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ (2018ミックス)
    4 ゲット・バック (2015ステレオ・ミックス)
    5 ドント・レット・ミー・ダウン (2021ミックス)
    6 ジョンとヨーコのバラード (2015ステレオ・ミックス)
    7 オールド・ブラウン・シュー (2023ミックス)
    ・Side B
    1 ヒア・カムズ・ザ・サン (2019ミックス)
    2 カム・トゥゲザー (2019ミックス)
    3 サムシング (2019ミックス)
    4 オクトパス・ガーデン (2019ミックス)
    5 レット・イット・ビー (2021ミックス)
    6 アクロス・ザ・ユニバース (2021ミックス)
    7 ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード 2021ミックス)

    [LP6 (ボーナスLP:ザ・ビートルズ 1967年~1970年)]
    ・Side A
    1 ナウ・アンド・ゼン
    2 ブラックバード (2018ミックス)
    3 ディア・プルーデンス (2018ミックス)
    4 グラス・オニオン (2018ミックス)
    5 ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー (2017ミックス)
    ・Side B
    1 ヘイ・ブルドッグ (2023ミックス)
    2 オー!ダーリン (2019ミックス)
    3 アイ・ミー・マイン (2021ミックス)
    4 アイ・ウォント・ユー (2019ミックス)


    ●ステレオ・ミックス
    デジタル、ストリーミング、2CD、180g 3枚組LPブラック・ヴィニール、スリップケース入り180g 6枚組ブラック・ヴィニール・セット
    ビートルズ・ストア限定商品:3枚組カラーLP(赤盤は赤、青盤は青)、スリップケース入り4CDセット、スリップケース入り6枚組赤盤&青盤セット

    ドルビーアトモス・ミックス
    デジタル、ストリーミング
    (Apple Music / Amazon Music)



  • ニルヴァーナの名作『In Utero』の30周年記念盤が多形態でリリース

    ニルヴァーナの名作『In Utero』の30周年記念盤が多形態でリリース

    ニルヴァーナの代表作『In Utero』の30周年記念盤が、LPスーパー・デラックスBOXセット、5CDスーパー・デラックスBOXセット、1LP+10インチ・エディション、2CDデラックス・エディション、デジタル・スーパー・デラックス・エディションの各フォーマットで発売された。3形態のスーパー・デラックス・エディションには53曲の未発表曲が収録されている。

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    ニルヴァーナのベスト・ソングス20曲:グランジを代表した世代の代弁者

    Nirvana – Serve The Servants (Visualizer)

    『In Utero』のオリジナル12曲と5曲のボーナス・トラック、そしてB面曲は、オリジナル・セッションで唯一のエンジニアとしてプロデューサーのスティーヴ・アルビニをサポートしたシカゴ・マスタリング・サービスのボブ・ウェストンによって、オリジナルのアナログ・マスター・ステレオ・テープから新たにリマスターされた。

    また、スーパー・デラックス・エディションの各ボックス・セットには、アルバムのアイコンであるエンジェルが描かれた取り外し可能なフロント・カバーのアクリル・パネル、未発表写真を掲載した48ページのハードカバー・ブック、20ページの新作ファンジン、ホットロッド系イラストを得意とするアーティストのCoop(クープ)によるロサンゼルス公演のポスター・リトグラフ、1993年の店頭プロモ用エンジェル・モビールのレプリカ、ギグ・フライヤー3枚、ロサンゼルスとシアトルのチケット半券2枚、オール・アクセス・ツアー・ラミネート、4枚の布製スティッキー・ツアー・バックステージ・パスが付属する。

    1991年の前作『Nevermind』が約3,000万枚のセールスを記録し、文化的な激震を引き起こしたため、それに続く『In Utero』は、ニルヴァーナが世間からの期待を一身に受けて制作する最初のレコードとなった。「Serve The Servants」のメロディックなオープニングから「All Apologies」のほろ苦いエンディングに至るまで、『In Utero』は、当時絶頂期を迎えていたこの時代の最も素晴らしくも葛藤に満ちた音楽集団が、同世代の代弁者という重責と折り合いをつけ、最終的にその葛藤を乗り越えて作るべきレコードを作り上げたサウンドだった。

    Nirvana – All Apologies (Visualizer)

    ニルヴァーナは1993年2月、ミネソタ州キャノン・フォールズのPachyderm Studiosで、スティーヴ・アルビニと共に6日間かけて『In Utero』をレコーディングした。 後にピッチフォークは、同アルバムに稀に見る10点満点を与え、「“In Utero”は逆説的ではあるが、生きていることを実感する力強い感覚を呼び覚ます痛烈な衝撃のようなものである」と評している。ローリング・ストーン誌のデヴィッド・フリックは「“In Utero”は、才気に溢れながらも、心を蝕み、強い怒りを感じさせ、また思慮深い、そういった多くのものを全て同時に表現している。しかし何よりも、この作品は意志の勝利なのだ」と1993年の発売当時のレビューに記していた。

    1993年9月21日に発売されたニルヴァーナの3作目にして最後のスタジオ・アルバム『In Utero』は、全米アルバム・チャートで初登場1位に輝いた。

    Written By Will Schube



    ニルヴァーナ『In Utero (30th Anniversary)』
    2023年10月27日発売
    5CD / 2CD / LP




  • 1988年「ロックの殿堂」授賞式でのザ・ビートルズの受賞スピーチ

    1988年「ロックの殿堂」授賞式でのザ・ビートルズの受賞スピーチ

    ザ・ビートルズ(The Beatles)が、“最後のビートルズ・ソング”「Now And Then」、そして1973年に発売された2つのベストアルバム『The Beatles 1962-1966』(通称:赤盤)と『The Beatles 1967-1970』(通称:青盤)の2023年ヴァージョンをリリースすることが発表となった。

    この発売を記念して、ザ・ビートルズやザ・ビートルズのメンバーが“ロックの殿堂入り”を果たした際の授賞式でのスピーチの翻訳を連続してご紹介。

    本記事では、ザ・ビートルズがロックの殿堂入りを果たした1988年の授賞式でのザ・ビートルズのメンバーと関係者による受賞スピーチをお届けする(ポールは欠席)。

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    ザ・ビートルズロックの殿堂入りの紹介役、ミック・ジャガーのスピーチ

    Beatles accept award Rock and Roll Hall of Fame inductions 1988

     

    リンゴ・スター:(ミックの紹介スピーチを受けて)ミックと初めて会ったのは1962年のことだった。

    ここでは“どうも”とか“ありがとう”と挨拶するように言われたものでね。で、スピーチを用意してきたんだけれども……これを書いた1922年には判読できたんだけど……破り捨てることにしよう(会場笑い)。みんな、座って。何時間もここにいるつもりなんだから。ああ、後ろの方は座席がないんだね。

    とにかく、ここにいるみなさんに感謝したい。僕たちをロックの殿堂に入れてくれたみんなにお礼を言いたいよ。ロックの殿堂、いい響きだよね。僕たちはずっと“ポップ・グループ”と呼ばれてきたけど……(会場笑い)。

    続けろって? ジョージ、次はきみの番だ。僕はいい調子でやっている。彼にはきっとわかっているよ。まあそんなことはいいとして、僕たちは4人組だったわけだけど、ここにはジョージと僕、それにヨーコ、ショーン、ジュリアンがいる。メンバーが増え続けているんだよ(会場笑い)。だから……早いところ帰ろう。まあ僕が伝えたいのはそんなところだ。ありがとう、ありがとう、ありがとう。

    ジョージ・ハリスンどうもありがとう。僕は”静かなるビートル”と呼ばれているくらいだから、あんまり話さなくてもいいでしょう(会場笑い)。ポールがここにいないのは残念です。だってスピーチ用の原稿は、ポールが彼のポケットに忍ばせていたのですから(会場笑い)。

    リンゴ・スターなあ、どうして僕たちは「Octopus’s Garden」をやらなかったんだ?

    ジョージ・ハリスンその話はあとですることにしよう(会場笑い)。

    ジョージ・ハリスンさてと。ジョンがここにいない理由は、みなさんもご存知の通りです。彼が生きていたなら、きっと出席していたことでしょう。ザ・ビートルズの代表としてこうしてここに立たなくてはならないのは、本当につらい。残念なことだけれども、残ったメンバーはこれだけです。だけど僕たちはみんな、彼のことが大好きだったし、ポールのことも大好きです。

    そもそも、僕たちがバンドを組むきっかけを作ったのは、すでに「ロックの殿堂」に入っている人たちです。レッドベリーもその一人だね。というのも、彼の楽曲を盗むところからスキッフルは始まったんだから。そして僕たちが13歳で演奏し始めた音楽がスキッフルでした。僕たちは、「ロックの殿堂」に入っている人たちや、今夜殿堂入りをする人たちから多大な影響を受けてきました。ギターを手に入れて、バンドを始めたいと思ったのは、ひとえに彼らのおかげなのです。当時はまともな職にも就つけない時代でしたし……。

    とにかく、それが結果としてうまくいって、僕たちは自分たちでも予想していなかったほどの大きな成功を収めることができました。こうしてここに立てるのは間違いなく素晴らしいことです。本当に“ゾクゾクする”経験です(訳注:「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」の一節”It’s certainly a thrill”の引用)。

    みなさん、特にロックンローラーのみなさん、本当にどうもありがとう。リトル・リチャードもあそこにいますね 。何もかも彼のせいだよ!

    Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Remastered 2009)

    リンゴ・スターモハメド・アリのことも忘れちゃいけないよ(会場拍手)。

    ジョージ・ハリスンそう、モハメド・アリのことも忘れはしないよ。その昔、彼は僕たちをマイアミ・ビーチで出迎えてくれたんだ。とにかく、みなさんどうもありがとう。ジョンに代わって感謝します。ヨーコ、ショーン、ジュリアンが来てくれたからそれで十分だね。どうもありがとう。みなさんに神の御加護を。

    オノ・ヨーコジョンがここにいなくて残念です。もしも彼がまだこの世にいたなら、きっとこの場に出席していたことでしょう。彼はそういう人でした。音楽と愛、そして遊び心に満ちていたんです。私にとって、ここに立つのはつらい気持ち ―― いえ、嬉しさとつらさが入り混じった気持ちがします。けれども人生には必ず恵みがあるものです。実際、私たちには、こんなにも素晴らしい二人の子どもたちがいます。亡き夫、ジョン・レノンにこの栄誉を授けて下さったアーメット、ヤン、そして「ロックの殿堂」の理事会に感謝します。ありがとうございました。

    ジュリアン・レノン何も用意してきていませんが……僕が言いたいのは、まず、父がここにいなくて残念だということです。ここに自分が立つのは少し場違いな気もします。ともあれ、生前、人生におけるヒントをたくさんくれた父に感謝します。そして、ザ・ビートルズのほかのメンバーにも感謝します。彼らは、僕だけでなくたくさんの人びとに人生を生き抜くヒントを与え、背中を押してきたのですから……。ありがとうございました。

    ショーン・レノンえーと……僕はまだ少し未熟なので、こういうことに慣れていません(当時13歳)。だけど……僕はいまでもザ・ビートルズのことが大好きです。僕自身は何もしていないのにこの場に立つことができて、すごく誇りに思います(会場拍手)。ありがとうございました。

    リンゴ・スター僕たちはみんな、何をしたわけでもないのにここに立っているんだ。だから賞をもらって、さっさと次に進もう(会場笑い)。

    Beatles perform at Rock and Roll Hall of Fame inductions 1988

    『ザ・ビートルズ 1962年~1966年』(赤盤) 2023エディション

    予約はこちら
    全曲ミックス音源。追加トラック12曲


    『ザ・ビートルズ 1967年~1970年』(青盤) 2023エディション

    予約はこちら
    全曲ミックス音源。追加トラック「ナウ・アンド・ゼン」を含む9曲



  • ラッシュのゲディー・リーが名ベーシストの人生を掘り下げる新ドキュメンタリーの予告編公開

    ラッシュのゲディー・リーが名ベーシストの人生を掘り下げる新ドキュメンタリーの予告編公開

    ラッシュ(Rush)のレジェンド、ゲディー・リー(Geddy Lee)が『メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー』で知られる映画監督のサム・ダンとタッグを組み全4話から成る新たなドキュメンタリー・シリーズ『Geddy Lee Asks: Are Bass Players Too Human?』がParamount+(パラマウントプラス)で独占公開されることが発表となった。

    12月5日にアメリカとカナダで、12月6日にイギリス、オーストラリア、ラテンアメリカ、ブラジル、イタリア、フランス、ドイツ、スイス、オーストリアでプレミア公開される同シリーズは、ゲディー・リーがメタリカのロバート・トゥルヒーヨ、元ニルヴァーナのクリス・ノヴォセリック、プライマスのレス・クレイプール、元ホール/スマッシング・パンプキンズのメリッサ・アウフ・デア・モールという4人のレジェンド・ベーシストの人生を掘り下げつつ、一緒に音楽を作り、クリス・ノヴォセリックとはトマトの缶詰を作ったり、ロバート・トゥルヒーヨとサーフィンをしたりと、さまざまなアクティビティを通して交流する様子を描いている。予告編映像は以下よりご覧いただける。

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    Geddy Lee Asks: Are Bass Players Human Too? | Official Trailer | Paramount+

    公開された予告編映像で、ゲディー・リーが皮肉たっぷりにこう語っている。

    「ベース・プレイヤーはいろいろなことができるんだ、ということを世界に伝えたい。4人の伝説的なベーシストの家を訪ね、彼らの人生に深く分け入っていく。そして彼らのインスピレーションの源も。さらに、音楽作りを楽しみながら、ある一つの本当に重要な質問に答えようと思うんだ。“ベース・プレイヤーも人間なのか?”っていうね」

    同シリーズの着想源についてゲディー・リーは次のように説明する。

    「このショーのアイデアは、私の最初の著書“The Big, Beautiful Book of Bass”のために行ったインタビューから生まれたんだ。熟達したミュージシャンたちが、ステージの外でも信じられないほど興味深く、多面的な人生を送っていることに衝撃を受けた。ベース・プレイヤーがこんなにも人間らしいなんて、誰が知っていただろう」

    ゲディー・リーは多忙な日々を送っている。今月初め、彼は、11月14日にハーパー・コリンズから発売予定の回顧録『My Effin’ Life』を記念したブック・ツアー“My Effin’ Life In Conversation”の日程を発表した。Live Nationがプロデュースを手掛け、北米14都市を巡る同ツアーは、11月13日にニューヨークのThe Beacon Theatreで幕を開け、ボストン、サンフランシスコ、シカゴなど北米各地を経て、12月7日にトロントのMassey Hallで幕を閉じる。

    Written By Will Schube




  • ジョン・ボン・ジョヴィが2024年度の“MusiCares Person of the Year”の受賞者に

    ジョン・ボン・ジョヴィが2024年度の“MusiCares Person of the Year”の受賞者に

    ジョン・ボン・ジョヴィ(Jon Bon Jovi)が“ミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー(MusiCares Person of the Year)”の33人目の受賞者になることが発表された。

    同アワードは、グラミー賞を主催するナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・アンド・サイエンスが、音楽家の音楽業界における芸術的功績と慈善活動に対する献身性を讃えて毎年授与している賞で、来年クリプト・ドットコム・アリーナで開催される第66回グラミー賞授賞式の2日前の夜となる、現地時間2024年2月2日にロサンゼルス・コンベンション・センターでチャリティ・ガラを兼ねた授賞式が行われる予定だ。

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    Bon Jovi – It's My Life (Official Music Video)

    このチャリティからの収益金は、音楽関係者にさまざまなニーズに対応した医療・福祉サービスを提供するMusiCaresの活動支援に充てられる予定で、ボン・ジョヴィは、その音楽キャリアにおける偉大な業績だけでなく、多岐にわたる慈善活動も評価されている。

    例えば2006年、ジョン・ボン・ジョヴィは飢餓、貧困、ホームレスの連鎖を断ち切ることを目的に、“ジョン・ボン・ジョヴィ・ソウル基金”を設立。同基金は、「社会サービスや職業訓練プログラムを支援しながら、食料と手頃な価格の住居を供給するプログラムを提供することによって、飢餓、貧困、ホームレスの影響を受けている人々の人間的可能性を認識し、最大限に引き出す」ことを目指している。

    MusiCaresのエグゼクティブ・ディレクターであるローラ・セグラは、次のように述べている。

    「MusiCaresは、2024年度のパーソン・オブ・ザ・イヤー・ガラでジョン・ボン・ジョヴィの栄誉を称えられることを大変嬉しく思っています。彼のロックンロールへの目覚ましい貢献は、音楽業界だけでなく、世界中の数え切れないファンの心にも忘れがたい痕跡を残しました。さらに、食料に困窮し、住居のない人々のために長年にわたって尽力してきた彼の姿は、私たち皆に勇気を与えてくれます。彼と彼がこの世界に変化をもたらした多くの方法を祝うことを楽しみにしています」

    Bon Jovi – Livin' On A Prayer

    ジョン・ボン・ジョヴィはこの受賞の発表を受けてこう述べている。

    「今年のMusiCaresの栄誉ある受賞者になれて、本当に身が引き締まる思いです。MusiCaresの音楽プロフェッショナルとの活動は、私たち全員にとって、より健康的で活気あるコミュニティを育成するために、必要とされる支援と健康増進プログラムを作り出していく上で極めて重要です。慈善活動は私の人生の礎であり、私の音楽キャリアや業績と常に連動してきました。20年近く前、“JBJソウル・ファウンデーション”と“JBJソウル・キッチンズ”を設立した時、私は地域社会に根ざした慈善活動の影響力を目の当たりにし、今日もそれを実感し続けています。確かに言えるのは、地域社会を助けることは、自分自身を助けることでもあるということです」

    過去の受賞者には、ベリー・ゴーディ、スモーキー・ロビンソン、ジョニ・ミッチェル、フリートウッド・マック、ドリー・パートンらがいる。同授賞式のテーブルとチケットはpersonoftheyear.musicares.org より購入可能で、イベントとスポンサーシップの詳細については、musicares.org でご覧いただける。

    Written By Paul Sexton




  • ジャック・ブルースがクリームの名曲「Politician」のベース・パートを披露する動画公開

    ジャック・ブルースがクリームの名曲「Politician」のベース・パートを披露する動画公開

    ジャック・ブルース(Jack Bruce)がクリーム(Cream)の名曲「Politician」の印象的なベース・パートを披露する1998年発売のDVDからの演奏動画が、彼の公式YouTubeチャンネルで公開された。

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    Jack Bruce – Politician Tutorial (The Cream of Cream DVD, 1998)

    この動画の中で、ジャック・ブルースは、クリームの3作目のアルバムである1968年の『Wheels of Fire』のために彼がピート・ブラウンと共作したクラシック・ロック・ナンバー「Politician」のベースラインとヴォーカルを再現している。

    1997年にリリースされたクリームの回顧録的ボックス・セット『Those Were The Days』に詳細が記載されている通り、彼らは「Politician」をBBCラジオのライヴ・セッションで初披露した。ピート・ブラウンがジャックに歌詞を提供した後、ジャックはそのブルージーな感触を拾得し、それからエリック・クラプトンとのジャム・セッションの中でそのフレーズを生み出していった。

    ジャック・ブルースは以降もこの曲に何度か立ち戻り、1974年のウェスト、ブルース&レイングの『Live ‘n’ Kickin’』や1994年のジャックの『Cities of the Heart』にライヴ音源が収録されている他、2009年のDVD『Seven Moons Live』にはロビン・トロワーとの共演映像が収められている。

    Politician (BBC Sessions)

    「Politician」は、後の著名なロック・ミュージシャンたちにも影響を与え、パット・トラヴァース、マイケル・シェンカー、ハートのアン・ウィルソン、KISSのエース・フレーリーのほか、ロス・ロボスやガヴァメント・ミュールのライヴ・アルバムなどでもカバーされている。

    今回公開された動画は、1998年にリットーミュージックからリリースされたドキュメント的教則DVD『The Cream of Cream』に収録されているもので、他にも「Sunshine of Your Love」や「White Room」といった往年のクリームの名曲を再演し、当時のエピソードを交えながら自らの奏法の解説するこの映像の中で、彼は自身の初期の野望について次のように説明している。

    Jack Bruce – I Wanted To Be A Jazz Bassist (The Cream Of Cream DVD, 1998)

    「ジャズのアコースティック・ベーシストになりたかったんだ。スコット・ラファロやチャールズ・ミンガスみたいな人たちがアイドルだった。最初に(エレクトリック・)ベースギターを弾いたとき、私は本当に純粋主義者で、気が進まなかった。でも、西インド諸島(ジャマイカ)出身の非常に優れたジャズ・ギタリストであるアーネスト・ラングリンから彼とセッションの依頼があって、ベースギターを指定されたので、それを楽器屋から借りてみたら、音がすごく大きくて、弾きやすくてすぐに気に入ったんだ。それからはあまりストリング・ベースを弾かなくなったね」

    Written By Paul Sexton



  • デイヴ・グロール、クリス・ノヴォセリック、スティーヴ・アルビニがニルヴァーナ『In Utero』を語る

    デイヴ・グロール、クリス・ノヴォセリック、スティーヴ・アルビニがニルヴァーナ『In Utero』を語る

    ニルヴァーナ(Nirvana)の元メンバーとして知られるデイヴ・グロールとクリス・ノヴォセリック、そしてプロデューサーのスティーヴ・アルビニがコナン・オブライエンのポッドキャストに出演し、ニルヴァーナや当時の並外れた成功、そして今週10月27日に30周年を記念したリイシュー盤が発売されるアルバム『In Utero』について語った。

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    デイヴ・グロールは、ニルヴァーナが爆発的な人気を得ていった1991年当時をこう振り返っている。

    「バンドが人気になった1991年当時、俺たちはとても若かった。俺は21歳か22歳…まだ子供だった。過ぎ去った時間の長さについて話す時、それは年数そのものについてというよりも、バンでツアーをしていた3人のキッズが巨大なバンドになるまでの経験についてでさえある。“In Utero”はその移行期の不快なサウンドトラックになった。1992年か1993年頃には、そのほんの16ヶ月前とは全く違う世界に生きていたんだ」

    クリス・ノヴォセリックは、1991年発表のアルバム『Nevermind』について、ゲフィン・レコードが当初わずか5万枚ほどのセールスを見込んで、CDを生産していたことを明かした他、当時についてこう振り返っている。

    「あれは30年前のことだけど、“Nevermind”がリリースされてからカート(・コバーン)が亡くなるまでは10年くらいに感じる。それほど強烈だったんだ」

    Nirvana – Heart-Shaped Box

    スティーヴ・アルビニはこう付け加えた。

    「思春期を迎える準備には、子供時代のすべてが必要だった。思春期から青年期にかけては、雇用され、一人の人間として自立するための準備が必要だった。人生のメジャー・ステージには長い道のりがある。ニルヴァーナは、カウチサーファー(知り合いの家に泊まり歩く若者)から18ヶ月のうちに世界最大のバンドになったんだ」

    そしてデイヴ・グロールは次のように続けた。

    「 “Nevermind”を作る前、俺たちはかなり貧しい暮らしをしていた。僕はカートと一緒に小さなアパートに住んでいて、そこらじゅうにアメリカンドッグの串やタバコが落ちていた。酷いあり様だったよ。自分のアパートを持つためなら何でもしただろうし、音楽を作ることでそれを実現できるなら…(成功への)移行が早かったのは知っているけれど、翌日ポストに100万ドルが入っていたわけじゃない。日当が1日15ドルに上がって、俺たちはモーテルに泊まるようになった。そして1991年の9月から12月にかけて、すべてが爆発したんだ」

    Nirvana | In Utero 30th Anniversary Edition

    『In Utero』30周年記念盤は、今週10月27日に、8LPスーパー・デラックスBOXセット、5CDスーパー・デラックスBOXセット、1LP+10インチ・エディション、2CDデラックス・エディション、デジタル・スーパー・デラックス・エディションの各フォーマットで発売される。

    Written By Will Schube



    ニルヴァーナ『In Utero (30th Anniversary)』
    2023年10月27日発売
    5CD / 2CD / LP




  • クイーン、1985年“ロック・イン・リオ”での「Love Of My Life」の壮大なシンガロングを振り返る

    クイーン、1985年“ロック・イン・リオ”での「Love Of My Life」の壮大なシンガロングを振り返る

    50年に及ぶクイーン(Queen)のキャリアから、貴重な蔵出しライヴ映像や、最新パフォーマンス、舞台裏を明かすインタビュー等を50週にわたって紹介していくバンドのシリーズ『Queen the Greatest Live』。

    最新ウェビソード第38話『数十万人と歌った“Love Of My Life”』では、1985年にブラジルで開催された“ロック・イン・リオ”フェスティバルでの名曲「Love Of My Life」の感動的なパフォーマンスをご覧いただける。

    今や世界的音楽フェスティバルとして知られている“ロック・イン・リオ”だが、クイーンは1985年にその第1回のヘッドライナーとして、2夜にわたって40万人以上のファンを魅了した。この最新ウェビソードでは、ブライアン・メイとフレディ・マーキュリーが「Love Of My Life」をアコースティックで演奏し、大観衆によるシンガロングを巻き起こすという、そのショーの傑出した瞬間のひとつを再訪する。

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    Queen The Greatest Live: Love Of My Life (Episode 38)

     

    40万人のファンが見守る中、1985年に開催されたロック・イン・リオのヘッドライナーを務めたクイーンの2夜公演は、想像しうる限り最も壮大なスケールのロックンロール・コミュニケーションを象徴していた。

    シティ・オブ・ロックのような会場(同フェスティバルのために建設された270万平方フィートの巨大施設)では、観客との親密さを保つことはもはや不可能かに思えた。しかし、この映像は、情熱的なロック・アンセム満載なバンドのセットリストの中でも異彩を放つバラード曲「Love Of My Life」での魂に語りかけるようなパフォーマンスを通して、世界最大級のスタジアム・ショーでさえも、よりパーソナルななものに感じさせるバンドの独自の能力を紹介している。

    1975年のアルバム『A Night At The Opera』に収録された「Love Of My Life」のスタジオ・ヴァージョンは、複雑にオーケストレーションされ、クイーンの特徴である押し寄せるヴォーカル・ハーモニーをフィーチャーしたものだったが、ブライアンが12弦アコースティック・ギター用にアレンジし直し、フレディと共にアコースティック演奏で披露したこの日のライヴ・ヴァージョンは全く違うものになった。

    Queen – Love Of My Life (Official Video)

    ブライアンは、過去のインタビューの中で、「Love Of My Life」がすでにこのフェス以前に行っていた南米ツアーでも観客を喜ばせていたことを証言している。

    「彼らが“Love of My Life”を知っていることに初めて知った瞬間だったと思う。知っているだけでなく、歌ってくれる。そして、ただ歌うだけでなく、私たちを感動で涙させるくらいの情熱をもって歌ってくれるんだ」

    この日のステージで、ブライアンが 「Love Of My Life」を紹介し、観客に「一緒に歌いたい?」と投げかけた時のオーディエンスの反応は耳をつんざくものだった。合唱団の指揮者を担ったフレディは観客のエネルギーを一身に浴び、それに応えるようにお辞儀をし、投げキッスをする。そして、彼がリード・ヴォーカルをとる時、フレディを中心としたクイーンのラインナップがライヴ・バンドとして終わりに近づいていたことを今になって知ると、彼の歌う(「年をとったら、君のそばにいるよ」)の歌詞が耐えられないほど切なく感じられるのだ。

    しかしながら、あの忘れられないロック・イン・リオの夜、クイーンはその不屈の精神で南米の大観衆を熱狂させた。そして、曲の終わりに近づくとブライアンがこう叫んでいる。

    「素晴らしいよ!とてもいい歌いっぷりだ」

    Written By Tim Peacock




  • ドワイト・トゥイリー・バンドのドワイト・トゥイリーが72歳で逝去。その功績を辿る

    ドワイト・トゥイリー・バンドのドワイト・トゥイリーが72歳で逝去。その功績を辿る

    「I’m on Fire」と「Girls」などの全米トップ20ヒットで知られるタルサ出身のシンガーソングライター、ドワイト・トゥイリー(Dwight Twilley)が2023年10月18日に72歳で逝去した。ドワイト・トゥイリー・バンドのリーダーだった彼は、1970年代後半からはソロ・アーティストとしても幅広く活躍した。

    この訃報は、彼の妻ヤンによって確認され、彼が長年レコーディングの拠点としていたタルサのチャーチ・スタジオから次のような声明が発表されている。

    「最愛の妻ヤンと親しい友人たちに見守られながら、彼は静かにこの世を去りました。この喪失感は計り知れず、私たちの悲しみの深さは言葉では言い尽くせません。ドワイトの音楽的才能は数え切れないほどの人々の人生に触れ、多くの人々の心に忘れがたい痕跡を残しました。私たちは、彼が私たち全員に与えてくれた不朽の音楽的レガシーに深く感謝しています」

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    I'm On Fire (Remastered)

     

    その生涯

    1951年6月6日に生まれたドワイト・トゥイリーの音楽キャリアが定着したのは、ドラマー、シンガー、ギタリストのフィル・シーモアと出会い、オイスターというバンドを結成した時のことだった。メンフィスに活動の拠点を移した2人は、ザ・ビートルズの影響をうけながら、その地に根付いていたサン・レコードのサウンドの取り入れていく。

    その後はロサンゼルスへと移り、シェルター・レコードとの契約を獲得した2人は、グループ名を"ドワイト・トゥイリー・バンド”へと変更。1975年に「I’m On Fire」で全米シングル・チャート16位を記録し、翌年には『Sincerely』で全米アルバム・チャート入りを果たした。

    Girls

    レーベルとの法的紛争により、当初予定されていた彼らのセカンド・アルバムはシェルター・レコードからリリースされることはなかったが、アリスタに移籍後、トム・ペティのバック・ヴォーカルをフィーチャーした1977年のアルバム『Twilley Don’t Mind』で全米70位を記録。1979年にはドワイト・トゥイリーのファースト・ソロ・アルバム『Twilley』を、1982年には2作目のソロ・アルバム『Scuba Divers』をリリース。1984年には3作目のアルバム『Jungle』収録の「Girls」が全米シングル・チャートで16位に返り咲いた。

    以降はメインストリームでの成功からは遠ざかっていくが、その後も彼は、2005年の『47 Moons』や2014年の『Always』といったソロ・アルバムを発表し続けた。

    Tulsaworld.comによると、ブロンディのドラマー、クレム・バークは2018年のインタビューでこう語っていた。

    「タルサといえば、大好きなバンドのひとつ、ドワイト・トゥイリー・バンドを思い出す。彼らは素晴らしいバンドだった」

    ドワイト・トゥイリー自身は2021年にこう振り返っている。

    「演奏することは、曲を完成させることとは全く違う。なぜなら、歌はどこからともなく生まれてくる。目に見えない。それはまるで魔法のようなんだ」

    Written By Paul Sexton



  • ヤングブラッド、ブリング・ミー・ザ・ホライズンのオリヴァーとの新曲「Happier」を公開

    ヤングブラッド、ブリング・ミー・ザ・ホライズンのオリヴァーとの新曲「Happier」を公開

    ヤングブラッド(Yungblud)が、グラミー賞にノミネートされたロックバンド、ブリング・ミー・ザ・ホライズン(Bring Me The Horizon)のオリヴァー・サイクスとタッグを組んだニュー・シングル「Happier」を2023年10月17日発売にリリースした。

    「Happier」は、2020年にリリースされたブリング・ミー・ザ・ホライズンの大ヒット・シングル「OBEY」に続く2曲目のコラボレーションで、ヤングブラッドは自身のアジア・ツアーに先駆けて、今月末開催される同バンドのアジア・ツアーに参加する予定だ。

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    YUNGBLUD – Happier (feat. Oli Sykes Of Bring Me The Horizon) (Official Visualiser)

    新曲についてヤングブラッドは次のように述べている。

    「僕はずっと、痛みに耐えるように自分自身に仕向けられてきたんだ。痛みに耐えているときは、物事がはかどる。闘うべきものがあるから、うまく機能するんだ。暗いけど、それしか知らない。幸せという感覚は、すべてがうまくいかなくなるような気がして怖いんだ。僕はいつも、自分の幸せは自己満足だと感じていた。そのせいで、過去に友情や人間関係を築く多くの機会を失ってきたんだ。この曲を書いていた時は本当に感情的になっていた。胃の中が燃えるような、もう大丈夫だと思わせてくれるような、そして古い習慣に立ち向かい、より良い自分になるためにベストを尽くすよう励ましてくれるような、もう1人の自分についての曲が書きたかったんだ。幸せを見つけてもいいし、それを感じてもいい。この曲の中に少しでもそういうメッセージを見つけてほしいと思ってる。みんなはそれに値する。誰もがね」

    ヤングブラッドは最近、視覚的にも、サウンド的にも、そしてクリエイティブな面でもな新時代に乗り出した。彼は紛れもなくZ世代の代弁者とも言えるアーティストであり、その音楽で現代の若者を団結させ、力を与えている。それは、ヤンブラッドが自身のオルタナティヴなルーツに立ち返ると同時に、奇抜でありながら細部まで作り込まれたプロダクションや、新しさと懐かしさを同時に感じさせる熟考された手段によって、クリエイティヴなリスクを冒すという、サウンドとクリエイティヴな転換の始まりを示すものである。

    彼は今年初め、エネルギッシュなアンセム「Lowlife」でこの新時代の幕開けを告げた。ハードエッジなメロディ、ヘヴィなベースラインに生々しく無防備な歌詞を融合させた「Lowlife」は、ツアーで瞬く間にファンの人気曲となっている。

    YUNGBLUD – Lowlife (Official Music Video)

    Written By Will Schube



    ヤングブラッド「Happier」
    2023年10月17日発売
     iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



  • ポール・マッカートニー、最新ツアー開幕目前のオーストラリアのファンへメッセージ

    ポール・マッカートニー、最新ツアー開幕目前のオーストラリアのファンへメッセージ

    ポール・マッカートニー(Paul McCartney)は、2017年以来となるオーストラリアでの公演を目前に、オーストラリアのファンにビデオ・メッセージを送った。ポールの最新ツアー“Got Back Tour”は現地時間2023年10月18日にアデレードのエンターテイメント・センターで幕を開ける。

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    Paul McCartney – 'Got Back' to Australia Message

    リハーサルのステージで撮影されたこのメッセージ動画には、ポールの呼びかけで、ポール・”ウィックス”・ウィッケンズ、エイブ・ラボリエル・ジュニア、ラスティ・アンダーソン、ブライアン・レイらバンドメンバーも登場している。同ツアーはメルボルン、ニューカッスル、シドニー、ブリスベン、ゴールドコーストを巡った後、メキシコとブラジルへと続く予定だ。

    初日のアデレード公演は、バンドにとって、2022年6月にグラストンベリー・フェスティバルでヘッドライナーを務め、3時間近くに及ぶ壮大なショーを行って以来、約16ヶ月ぶりのライヴ復帰を意味する。それ以降も、ポールは、写真展『1964: Eyes of the Storm』の開催やそれに付随する写真集の発売、また最新ポッドキャスト『A Life In Lyrics』のローンチなど、非常に多忙な1年を送っている。

    さらにポールは、ドリー・パートンがリンゴ・スターをフィーチャーした「Let It Be」のカヴァーに参加したり、ザ・ローリング・ストーンズが今週10月20日にリリースする18年振り最新スタジオ・アルバム『Hackney Diamonds』収録の「Bite Your Head Off」でベースを弾いたり、リンゴ・スターの最新EP『Rewind Forward』に収録されている「Feeling The Sunlight」の作曲も手掛けている。

    Ringo Starr – Feeling The Sunlight (Lyric Video)

    その他の関連ニュースとしては、ポール・マッカートニー&ウイングスが1972年のツアーで使用した修復済みの2階建てツアーバスが、アメリカで競売にかけられる前に、ロンドン市内で最後の走行を終えようとしている。“WNO481”として知られるブリストルKSWの2階建てバスは、昨年バーミンガムNECで開催されたクラシック・モーターショーに出展されていた。

    現地時間10月17日、元ビートルズ・ファンクラブ幹事のフリーダ・ケリーが主催するイベントで、同ツアーバスはピカデリー・サーカスのハードロックカフェでイベント当選者をピックアップした後、オールド・パーク・レーン、アビイ・ロード・スタジオ、ポールの自宅、メアリルボーン駅といったロンドン市内のザ・ビートルズやポールにまつわる名所を巡る予定だ。その後、現地時間11月16日から18日にかけてナッシュビルのハードロックカフェで行われるオークションにかけられ、20万ドル~30万ドル(約3000万円~約4500万円)で落札されることが予想されている。

    Written By Paul Sexton




  • クイーン「Bohemian Rhapsody」の過去のパフォーマンスがメドレーで公開。82年の来日映像も

    クイーン「Bohemian Rhapsody」の過去のパフォーマンスがメドレーで公開。82年の来日映像も

    50年に及ぶクイーン(Queen)のキャリアから、貴重な蔵出しライヴ映像や、最新パフォーマンス、舞台裏を明かすインタビュー等を50週にわたって紹介していくバンドのシリーズ『Queen the Greatest Live』。

    クイーンの最も象徴的なアンセム「Bohemian Rhapsody」は、1975年の誕生以来、バンドのすべてのライヴのセットリストに含まれており、フレディ・マーキュリーの超絶ロック・オペラが観客に火をつけなかったことはない。新たに公開された第37話『様々な会場での「Bohemian Rhapsody」メドレー』では、世界で最も有名な会場で、時代を超えて演奏されてきた「Bohemian Rhapsody」の映像メドレーをお楽しみいただける。

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    映画『ボヘミアン・ラプソディ』が伝えるクイーンについての10の事実

    Queen The Greatest Live: Bohemian Rhapsody (Episode 37)

    1975年の『A Night At The Opera』のためにサウス・ウェールズのロックフィールド・スタジオでレコーディングされたその日から、「Bohemian Rhapsody」はクイーンの最も偉大なアンセムであり続ける。

    ロジャー・テイラーは、このバンド初の全英No.1シングルについて「大きな変革をもたらした曲」と証言している。

    フレディ・マーキュリーが手掛けた壮大なアンセム「Bohemian Rhapsody」は、滝のように降り注ぐマルチ・トラックのハーモニーから、ヘッドバンギングを誘うハード・ロックまで、おそらくクイーンの楽曲の中でもライヴで再現するのが最も困難な曲だった。この最新ウェビソードは、クイーンの過去のライヴから、「Bohemian Rhapsody」の象徴的なパフォーマンスを映像メドレーとして紹介し、バンドがいかにしてこの不朽のアンセムを時代を超えて世界中に広めたかを紹介している。

    1975年の英ハマースミス・オデオンでのライヴでは、20代の中性的なフレディがソロ・ピアノで「Bohemian Rhapsody」を演奏し始め、その魅惑的な最初の一節(「Mama, just killed a man…」)で瞬時に聴衆を魅了する。

    1982年、所沢の西武ライオンズ球場では、上半身裸で汗まみれのフレディが、まるでストーリーテラーのように告白的な歌詞を歌い上げ、ブライアン・メイが幽玄なギターのタッチで彼のヴォーカルを彩っている。

    同じく1982年の英ミルトン・ケインズ・ボウルでのパフォーマンスは、フレディのピアノのイントロからブライアンの痛烈なギター・ソロへと流れる、威厳に満ちた情熱的な演奏だった。そして、1985年の“ロック・イン・リオ”でのあの壮大なリフ。

    ブライアンはかつてこう説明していた。

    「僕たち4人だけで、あの巨大な、いくつものパートからなるオペラのようなセクションを再現しようとするのは、ちょっと無意味だと思ったんだ。そこで僕らが出した解決策は、ステージから一旦消え、衣装を着替えて戻り、ヘヴィ・セクションに突入するというものだった」

    そしてこのウェビソードの最後には、1986年のウェンブリー・スタジアムでの、この曲の切ないアウトロ「Nothing really matters to me…」が加わり、フレディが天に突き上げた勝利の拳と共に「Bohemian Rhapsody」のロックの旅が幕を閉じる。

    Written By Tim Peacock