投稿者: ItoMasaki

  • ローリング・ストーンズ「Get Off Of My Cloud」解説: “放っておいてくれ”という切実な訴えの曲

    ローリング・ストーンズ「Get Off Of My Cloud」解説: “放っておいてくれ”という切実な訴えの曲

    ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)が、18年ぶりとなる新作スタジオ・アルバム『Hackney Diamonds』の発売を記念して彼らの名曲を振り返る記事を連続して掲載。

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    「(I Can’t Get No) Satisfaction」の大ヒット

    名声を手にしたがゆえに圧しかかるプレッシャーに苦しむ中で制作された「Get Off Of My Cloud (一人ぼっちの世界)」は、“放っておいてくれ”というザ・ローリング・ストーンズの切実な訴えそのものだった。だが、なぜそんな事態になってしまったのだろうか?

    そもそも、ストーンズが活動に弾みをつけた1965年の多忙ぶりは凄まじかった。その1年を通じてグループは11回ものツアーをこなし、ヨーロッパのほか、オーストラリア、シンガポール、アメリカ、カナダと、世界中でライヴを行っている。その上、どこを訪れてもファンや記者、カメラマンがこぞって彼らのもとに押し寄せ、メンバーはその対応に追われていたのだ。

    その年の5月、彼らは同年最初のアメリカ・ツアーを行っていたが、その合間を縫って新たなシングルのレコーディングが行われることになった。そのシングル「(I Can’t Get No) Satisfaction」はキースが考案したリフを基にした1曲で、彼とミック・ジャガーの二人が作詞に着手したのは、フロリダ州クリアウォーターのフォート・ハリソン・ホテルでプールに入っていた時だったという。

    そして、その数日後には、ロサンゼルスのRCAスタジオでレコーディングが行われている。キースがフロリダから母親宛に送ったポストカードには、当時のスケジュールの過密ぶりがよく表れている。

    「やあ、母さん。相変わらず毎日、馬車馬のように働いているよ。キースより、愛を込めて」

    ザ・ローリング・ストーンズの面々がスコットランドを訪れていた6月の第二週、「Satisfaction」はアメリカのビルボード・チャートに初登場し、その1ヶ月後には首位まで上り詰めた。

    一方、母国UKで1位となった9月の第二週 (リリース日程をめぐる意見の対立があったため、時期に遅れが生じた)には、彼らはすでにドイツに移動していた。ストーンズはこの曲の成功で世界的な名声を手にし、ロックンロール界のきっての不良グループとしての評判を一層高めた。一時代を代表するアンセムである「Satisfaction」は不動の傑作だが、ストーンズの面々が同曲の成功だけに満足することはなかった。キースはのちにこう振り返っている。

    「ヒット曲を作り続けなきゃいけないという当時のプレッシャーは、とても理解できるものじゃない。あのころは、シングルを出すたびに楽曲や演奏の質を上げていかなければならなかった。新しい曲の出来がその前の曲に劣ると、“もう落ち目だ”って言われたもんだよ。だから“(I Can’t Get No) Satisfaction”が成功すると、俺たちはみんな“ああ、助かった。これでようやくゆっくり休める”と思った。でもそこへアンドリュー・オールダム (ストーンズのマネージャー兼プロデューサー) がやってきて、“よし。それで、次の曲は?”って訊ねるんだよ。結局は気の持ちようなんだ。俺たちは8週間おきに、2分30秒ですべてを伝え切ることのできる最新曲を作らなきゃならなかったんだ

    そうしたプレッシャーの蓄積に過酷なスケジュールが追い討ちをかけたことが、次なるシングル「Get Off Of My Cloud」のリリースに繋がったのである。

    The Rolling Stones – (I Can't Get No) Satisfaction (Live- Ireland 1965)

     

    アメリカでのレコーディング

    ザ・ローリング・ストーンズにとってアメリカでの4作目のアルバムに当たる『Out Of Our Heads』は、7月30日にリリースされた (一方、彼の国での3作目に当たる英国盤アルバム『Out Of Our Heads』は9月後半にリリースされている) 。当時の状況を考えればもっともだが、このアルバムの中でジャガーとリチャーズが共作したオリジナル・ナンバーは全体のおよそ3分の1にすぎなかった。世界中を駆け回りながら曲作りをすることの弊害といえるだろう。

    それらの収録曲の一部はシカゴのチェス・スタジオで制作されたが、大半はロサンゼルスでレコーディングされている。それまでメンバーたちは、演奏の細かいニュアンスをレコードに落とし込めていないと感じていたという。だがロサンゼルスでは、エンジニアのデイヴ・ハッシンガーのおかげでそれを実現することができたのだった。

    そのため、ハッシンガーへのメンバーからの評価は非常に高かった。実際、アイルランドでの日程とドイツでの日程の合間に当たる9月の第一週には、わざわざ彼のいるロサンゼルスに飛び、サンセット大通りにあるRCAスタジオにて2日間のレコーディングを強行している。スケジュールにねじ込まれた形の同レコーディング・セッションでは、オールダムのプロデュースの下、次なるヒット曲の制作が期待されていた。そして、その新曲のヒントは彼らの周囲に転がっていたのだった。

    その年の夏にザ・ビートルズのジョン・レノンが「Help!」で助けを求めたのと同じように、ミック・ジャガーは新曲「Get Off Of My Cloud」の題材として、息がつまるような日々の責務に目を向けたのだ。

     

    歌詞の内容

    彼をはじめとするストーンズの面々は常日頃から、鳴り止まない電話や、何とかして彼らの時間を確保しようとする人びと、そして彼らの前に待ち受ける長期のツアー日程など、押し付けがましい上に正当性の乏しい要求の数々に押し潰されそうになっていた。同曲はそうした物事に対する真正面からの反抗だったのである。

    キングスメンの「Louie Louie」を思わせる同曲のギター・リフは、自信たっぷりに鋭くかき鳴らされる。一方、チャーリー・ワッツによる揺るぎないビートとビル・ワイマンによるパワフルなベースラインは、ストーンズというグループの確固たる粘り強さを体現しているようだ。そして、そんな演奏に支えられる「Get Off Of My Cloud」は、彼らに重くのしかかっていた期待に力強い非難を表明し、それを反抗的な態度ではねのけた1曲だったのである。

    この曲のそれぞれのヴァースでは、自分だけの空間を邪魔してくる物事についてミック・ジャガーが早口で不満をぶちまけている。はじめに、家で過ごしていた彼は、くだらないコマーシャルと隣人からの苦情電話に平穏な日常を乱されてしまう。最後には車で家を飛び出すが、今度は心地よい眠りを大量の駐車違反切符で台無しにされてしまうのである。ミックはリリースから30年を経てこう語っている。

    「これは、“俺に構わないでくれ”という想いとか、10代を過ぎて感じる疎外感を歌った曲だ。1960年代前半の大人たちの世界は、すごく統制のきつい社会だった。だから俺はそこから抜け出したんだ。そして、アメリカはほかのどの国よりも統制されていた。思想にしろ行動にしろ服装にしろ、制限だらけの社会だったんだ」

    「Get Off Of My Cloud」は、アメリカではレコーディングのたった2週間後にリリースされた (UKではその翌月になってようやく発売されている)。聴くだけでアドレナリンが噴出しそうなこの曲からは、衰えることのないストーンズの創造性のさらなる進化が感じられた。この曲は「Satisfaction」に続くシングルという大役を見事に果たしたのである。キースは自伝の中で同曲についてこう記している。

    「もし“Satisfaction”の次の曲もファズ・ギターのリフにしていたら、俺たちはそれ以上の身動きが取れなくなっていただろう。同じことを繰り返して、“収穫逓減の法則”のように少しずつ落ちぶれていくだけだ。その落とし穴にはまって沈んでいったバンドはたくさんいる。“Get Off Of My Cloud”は、次々に要求を強めてくるレコード会社への反抗だった ―― つまり、放っておいてくれっていうメッセージだ。違った角度から攻撃を仕掛けたんだ。そして、これもまた成功を収めた

    Get Off Of My Cloud (Mono)

     

    発売後の反響

    「Get Off Of My Cloud」は同年11月に、英米両国 (及びカナダとドイツ) のヒット・チャートで1位を記録した。結果的には、リリースを急いだことで「Satisfaction」の人気を最大限に活かすことができたといっていいだろう。彼らのシングルはこの曲で5曲連続チャートの首位に立った計算になるが、当時同じ記録を保持していたのはザ・ビートルズとエルヴィス・プレスリーの2組だけだった。

    この曲はファンからの支持こそ集めたものの、作り手であるメンバーからの評価は芳しくなかった。リリースから2年が経ったころ、ミックは「Get Off Of My Cloud」について「あまりグルーヴィーじゃない」と表現し、歌詞に関しては「たわごと」だと断じた。そんなこともあってか、「Get Off Of My Cloud」は1967年のステージを最後に、21世紀に入るまでライヴで取り上げられなかった。そして、21世紀に入ってからも演奏される機会はごくわずかでしかない。

    The Rolling Stones – Get Off Of My Cloud (Live) – OFFICIAL

    彼らがこの曲に懐疑的なのは、制作が急ピッチで進められたせいでもあるだろう。キースはミキシングの質の悪さを指摘し、同曲をオールダム史上「最悪の作品」と評価している。だがその点にこそ、この名曲の本当の素晴らしさがある。

    同曲ではキースとブライアン・ジョーンズの鋭いギターが、冷静にフレーズを繰り返すワイマンのベースや、隠し味のようにアクセントを加えるイアン・スチュワートのピアノ、そしてマシンガンのようなワッツのスネア・ドラムといったほかの楽器と空間を奪い合うようにして鳴り響いている。それもそのはず、すべてが同じボリュームに設定されているのだ。

    このようにオールダムは大胆ともいえる“ウォール・オブ・サウンド”を作り上げることで、ストーンズの面々が勇敢にも立ち向かっていた逃げ場のない環境や、それに伴う彼らの苛立ちを楽曲の中で表現したのである。

    音楽界のレジェンドであるニール・ヤングも、彼らの強い怒りがみなぎる同曲を高く評価している。彼は「Satisfaction」の張り詰めた曲調よりも、「Get Off Of My Cloud」の「無茶なほどの奔放さ」が好みなのだという。また彼の言葉からは、直感的に作られた楽曲である点に同曲の魅力が隠されていることがわかる。カナダを代表するアーティストである彼はこう説明している。

    「この曲で肝心なのは、明らかに慌ててでっち上げた曲だってことだ。スタジオに向かう途中か、その前日に思いついたような感じだろう?俺はそこが気に入っているんだ。これぞまさにザ・ローリング・ストーンズ ―― そんな風に聴こえるんだよ」

    Written By Simon Harper


    最新アルバム

    ザ・ローリング・ストーンズ『Hackney Diamonds』

    2023年10月20日発売
    デジパック仕様CD
    ジュエルケース仕様CD
    CD+Blu-ray Audio ボックス・セット
    直輸入仕様LP
    iTunes Store / Apple Music / Amazon Music


    シングル

    ザ・ローリング・ストーンズ「Angry」
    配信:2023年9月6日発売
    日本盤シングル:2023年10月13日発売
    日本盤シングル / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



  • ビートルズの赤盤、青盤は全米でも売上好調。全英1位獲得の「Now and Then」は様々な記録を更新

    ビートルズの赤盤、青盤は全米でも売上好調。全英1位獲得の「Now and Then」は様々な記録を更新

    2023年11月10日に再発されたザ・ビートルズのベスト・アルバム『The Beatles 1962-1966』(通称:赤盤)と『The Beatles 1967-1970』(通称:青盤)が、米ビルボードのトップ・アルバム・セールス・チャート(11月25日付)でそれぞれ6位と5位を記録した。

    同チャートを集計するLuminate Data LLCによると、11月16日までの1週間の全米での売上は2.2万枚(赤盤)と2.4万枚(青盤)で、両アルバムとも1994年12月24日で終わる週に3.7万枚、4万枚を売り上げて以来、最大の週間売上となった。

    赤盤、青盤の新たなリリースは、世界中のあらゆる年齢層のリスナーを、生涯のビートルズ・ファンへと導いている。

    2023年エディションとして拡張されたこの新たなコレクションは、ザ・ビートルズの最初のシングル 「Love Me Do」から最後のシングル「Now And Then」まで、75曲の傑出した楽曲で構成されている。新たに追加された21曲(『赤盤』には12曲、『青盤』には9曲)は、ザ・ビートルズのベスト・ソングを今まで以上に紹介する内容となっている。

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    ザ・ビートルズの紹介役、ミック・ジャガーのスピーチ

    The Beatles ‘Red’ and ‘Blue’ albums (2023 editions) are out now!

     

    その他の関連ニュースとして、今月初め、ジョン・レノンが書き、歌い、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターが練り上げ、40年以上経ってポールとリンゴが完成させた最後のシングル「Now and Then」が全英チャート1位を獲得し、同時に様々な記録を打ち立てている。

    1969年の「The Ballad of John and Yoko」以来、54年振りの全英シングル・チャート1位となり、今までケイト・ブッシュが保有していた44年振りの1位という記録を更新。また、1963年に「From Me to You」でザ・ビートルズが初めて同チャートで1位を獲得してから60年6か月となり、最初と最新のチャート1位の期間が最も長いアーティストとなった(今までの記録はエルヴィス・プレスリーの47年6か月)。

    さらに、今回で18曲目の全英シングル1位となり、UKアーティストとして史上最多数の自身の記録を更新した(全アーティストの枠では2位。1位は21曲のエルヴィス・プレスリー)。

    The Beatles – The Beatles – Now And Then (Official Music Video)

    このニュースを聞いたポール・マッカートニーは、次のような声明を発表している。

    「頭が真っ白になった。びっくりしたよ。そしてとても感動的な瞬間でもある。最高の気分だ」

    両コレクションは、ストリーミングでのデジタル配信、2CD、180g重量盤の3LPブラック・ヴァイナルに加え、ビートルズ・ストア限定盤として、3LPのカラー・ヴァイナル(赤盤はレッド/青盤はブルー)、スリップケース入り4CD、スリップケース入り180g重量盤6LPブラック・ヴァイナル、スリップケース入り6LP レッド+ブルー・ヴァイナルで発売中。

    Written By Will Schube


    『ザ・ビートルズ 1962年~1966年』(赤盤) 2023エディション
    予約はこちら
    全曲ミックス音源。追加トラック12曲


    『ザ・ビートルズ 1967年~1970年』(青盤) 2023エディション
    予約はこちら
    全曲ミックス音源。追加トラック「ナウ・アンド・ゼン」を含む9曲



  • ロックの殿堂授賞式におけるリンゴ・スターの受賞スピーチ

    ロックの殿堂授賞式におけるリンゴ・スターの受賞スピーチ

    ザ・ビートルズ(The Beatles)最後の新曲「Now And Then」、そして1973年に発売された2つのベストアルバム『The Beatles 1962-1966』(通称:赤盤)と『The Beatles 1967-1970』(通称:青盤)の2023年ヴァージョンが2023年11月10日に発表となった。

    この発売を記念して、ザ・ビートルズやザ・ビートルズのメンバーが“ロックの殿堂入り”を果たした際の授賞式でのスピーチの翻訳を連続してご紹介。

    本記事では、2015年にロックの殿堂入りを果たしたリンゴ・スターの授賞式での受賞スピーチをお届けする。

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    ザ・ビートルズの紹介役、ミック・ジャガーのスピーチ

    Ringo Starr Acceptance Speech at the 2015 Rock & Roll Hall of Fame Induction Ceremony

     

    僕の名前はリンゴ。ドラムをやっている。素晴らしいスピーチをしてくれたポールに感謝したい。中には本当の話もあったね。“ロックの殿堂”に入れることのはとても光栄なことだ。取材を受けていると、記者たちから「どうしてこんなにも長いあいだ (殿堂入りを)待っていたんですか?」なんて聞かれるんだけど、僕にはどうしようもなかったんだよ。招待されないことには入れないんだからね。とにかく、僕は招待されたみたいだし、すごく喜んでいるよ(会場拍手)。それに、ここがクリーブランドだっていうことも嬉しく思う。そのわけを話そう。

    ミュージシャンになったばかりのころ、僕はスキッフルのバンドをいくつか渡り歩いた。ホーム・パーティーで演奏するようなバンドだ。僕が最初に入ったバンドにはエディ・クレイトンというギタリストがいて、それは素晴らしいグループだった。僕はスネア・ドラムを叩き、ベーシストのロイはティー・チェストに棒を差して弦を張ったベースを弾いていた。ロニー・ドネガン、ここに一つの手がかりがあるわけだけど、彼がスキッフルをイングランドに広めてくれたおかげだ。ロニー・ドネガンがね!

    そういうわけで、僕たちは呼ばれればどこででもスキッフルを演奏した。それから、ほかのバンドもいくつか経験したよ。僕はうまいミュージシャンたちと演奏したいと常々思っていたから、いくつものバンドを渡り歩いて、少しずつステップ・アップしていったんだ。

    そしてみんなも知っている通り、最終的にロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズに落ち着いた。僕が加入したときは、カントリーやフォークを演奏するバンドだったんだ。大きなアンプで演奏している(現代の)大物ギタリストのみんなには目から鱗だろうけど、当時のギタリストたちは、ギターをラジオに繋いで、それをアンプ代わりにしていたんだ。僕たちがリヴァプールにあるジャズ・クラブ、キャヴァーン・クラブで演奏していたときの話ね。

    だけど結局は、「出て行け!そんなのジャズじゃない」といって追い出されたよ。とにかく、駆け出しのころの僕たちにとっての初めてのアンプはラジオだったんだ。そうこうしているうちに活動は軌道に乗り始め、僕たちはリヴァプールやその周辺で頻繁にステージを務めるようになっていった。それでもそれ以上に活動範囲が広がることはなかったし、そのあいだも僕は工場勤めを続けていた。

    (スピーチが長くなりそうなことをポール・マッカートニーに指摘されて)ああ、分かっているよ。だけどこれまでずっと席で大人しく聞いていたのにそんなことを言うのかい? 僕にだって語りたいことがあるんだよ!(会場拍手・笑い)

    僕は工場で働いていて、終業後の時間帯に演奏するっていう日々を送っていた。そして毎週日曜日にはラジオを聴いた。当時のイングランドには、BBCしか放送局がなかったけれども、ヨーロッパにルクセンブルクという小さな国がある。スイスやフランスなんかの近くにある、人口6(0万)人ほどのごく小さな国だ。だけどどうしたわけか、その国には巨大なラジオの電波塔があって、その放送局がアラン・フリードの“ロックンロール・ショー”の放送権を買っていた。そう、クリーブランド生まれのロックン・ロールだ!(会場拍手)

    1955年ごろの話になるけれども、初めてその番組を聴いたとき、ビル・ヘイリーが僕の憧れの人になった。ロックの草分けだね。そしてエルヴィスも登場した。とにかく、僕は毎週日曜の夕方4時にヘイリーの音楽を聴いた。そこで、リトル・リチャードや、今夜ここにいるジェリー・リー・ルイスの音楽も初めて聴いたんだ。そうして僕は、ロックンロールという音楽に出会った。イングランドではそういうものがほとんど放送されていなかった。ロックンロールは小さな国から届けられていたんだよ。

    ロイと僕は毎週日曜の4時になると彼の家に集まり、ラジオをつけた。すると、アラン・フリードが素晴らしいレコードやミュージシャンをたくさん紹介してくれた。あるとき、とても驚かされた出来事があった。僕が10代のころ、フリードがリトル・リチャードの曲をかけた。その曲でリトル・リチャードは“Shag On Down By The Union Hall! /ユニオン・ホールでシャグを踊ろう”と歌ったんだ。みんなは何とも思わないだろうけれども、僕たちにとっては大きな意味があった (訳注:“Shag”には性交の意がある) 。“Shag On Down By The Union Hall”なんて言葉がラジオで流れてくるとは夢にも思わなかったんだ。僕たちは「なんてこった!何が何でもそこに行ってみたい」なんて思ったものだよ(会場笑い)。

    Rip It Up

    それが僕のロックンロールとの出会いだった。それに、僕は港町の出身でもある。リヴァプールに立ち寄った船乗りたちが、ニューヨークをはじめ、アメリカ中の音楽を持ち込んだんだ。彼らは酒で金を使い果たすと手持ちのレコードを売っていたんだ。それで…… (ステージ裏から楽器の音が聞こえて) 待たせちゃってるかな?(会場笑い)

    とにかく、僕はそうやってレコードを集め始め、さまざまな音楽に触れ、最後にはロックンロール・バンドに加入した。そしてロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズの一員としてドイツへ行き、そこでザ・ビートルズのメンバーと出会った。ポール、ジョン ―― きみに神の御加護を ―― そしてジョージ ―― どうか神の御加護を ―― に出会ったんだ。

    彼らと知り合って、リヴァプールに戻った後のことだ。みんなが僕の家を訪ねてきた。何でもドラマーの体調が悪いっていうんだ。代役を務めたかって?もちろんだよ。そのころ僕は工場勤めをやめていて、お昼まで寝ていられたから気分が良かった。それでお昼時にジョージ、ジョン、ポールと一緒に演奏して、有意義な時間を過ごした。

    それから、イングランド国内のあちこちやリヴァプールのクラブをいくつか彼らに紹介してあげたんだ。彼らの知らないような店をね。だから、彼らが堕落したのは僕のせいでもあるんだな(会場笑い)。

    そんな風にして僕たちは親しくなり、一緒に遊ぶようになった。僕はロリーのグループに戻ったけど、ドラマーが出られないってときはザ・ビートルズの面々と一緒に演奏したんだよ。

    その後、僕は一本の電話をもらった。3ヶ月間、イングランド国内のホリデー・キャンプで演奏するっていう仕事の話だった。週給24ドルっていう最高の条件だったよ。電話の相手はブライアン・エプスタインだった。ブライアンに拍手を送ろう。それは、グループに加入しないかという誘いの電話だった。水曜日のことだよ。

    ザ・ビートルズに加わる気はあるかって訊かれて、僕は「いつから行けばいい?」って返したんだ。すると彼は「今夜だ」と言う。僕は、「いや、それはできない。僕にもバンドがあるし、そっちの仕事もあるから。土曜日に行く」と伝えた。というのも、リヴァプールではみんな同じ曲を演奏していたから、適当なドラマーを探せば穴は埋められたんだ。まあそうやって、この旅が始まったっていうわけだ。

    曲が書ける3人のメンバーとの旅路は、僕にとって素晴らしいものだった。このあいだも話したばかりだけどね。まず、ポールが僕たちに曲を聴かせてくれて、みんなでそれを合わせる。すると1時間半ほどでかなり出来の良いものになって、それがレコードになるんだ。僕たちはあまり時間をかけなかったし、その過程をすごく楽しんでいた。

    ポールも話していたけど、ザ・ビートルズが影響力と知名度を高めたあとも、ホテルは相部屋だった。ホテルやゲスト・ハウスに泊まっても、二部屋しか用意されていないんだ。誰と同部屋かなんて関係なかった。それが誰であっても仲間同士だし、仲良くしていたよ。

    バンドに所属している人たちに伝えたいのは、ほかのメンバーのことを深く知った方がいいってことだね。もう一つ、駆け出しのバンドに与えておきたい助言がある。バンの中でオナラをしたときは、潔く白状した方がいいってことだ(会場笑い)。名乗り出ないとお互いを責め出して、地獄の沙汰になってしまうからね。だから、バンの中では正直に白状することっていう決まりを作った方がいい。オナラをしたら「僕がやりました」って認めるルールをね。僕たちはそうやってうまくやってきたんだ(会場笑い)。

    今夜は素晴らしい時間を過ごせているよ。普段はなかなか会えないミュージシャンたちと一緒に過ごせるからね。このあと、いくつか曲を披露するつもりだ(会場拍手)。だけどジョン・レジェンドとスティーヴィー・ワンダーのあとにやらなきゃいけないらしいね。なんてこった。

    まあとにかく、最初に披露するのは僕が1960年からやっている曲だ。そのころから僕のお気に入りの1曲だったシュレルズの「Boys」だよ。気に入ってもらえたら嬉しいね。

    Ringo Starr with Green Day – Boys

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  • 『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR』がテイラーの誕生日にあわせてレンタル開始

    『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR』がテイラーの誕生日にあわせてレンタル開始

    テイラー・スウィフト(Taylor Swift)の大ヒット・コンサート・フィルム『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR』が、テイラーの誕生日にあわせて2023年12月13日からアメリカ、カナダをはじめ、世界各国でオンデマンドにてレンタル開始となることが発表された(日本については未発表)。

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    『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR』10/13(金)映画館にて公開!

    このニュースを自身のソーシャル・メディアで発表したテイラーは、今回レンタル開始される同映画の拡大版には、「Wildest Dreams」「The Archer」「Long Live」のパフォーマンスが追加収録されることを明かしている。同映画には、カリフォルニア州イングルウッドにあるSoFiスタジアムで行われた“THE ERAS TOUR”からの3公演の映像が収められている。

    テイラー・スウィフトはこの投稿で次のように述べている。

    「こんにちは! さて、私の誕生日がやってくるのですが、私たちが共に過ごしたこの1年を祝う楽しい方法は、コンサート・フィルム“テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR”を自宅で観れるにすることだろうと考えていました。とても嬉しいことに、“Wildest Dreams” “The Archer” “Long Live”を含むこのフィルムの拡張版が、みんなの予想通り12月13日からアメリカ、カナダ、そして近日中に発表されるその他の国々で、オンデマンドでレンタルできるようになります」

    先月、テイラーは、2014年の大ヒット・アルバムの再録版で、5曲の未発表曲をを収録した『1989 (Taylor’s Version)』をリリースしている。彼女は、このアルバムのリリースを、2023年12月22日に全米公開予定の新作アニメ映画『Migration』の予告編に登場した「Out Of The Woods」の新ヴァージョンで予告していた。彼女とジャック・アントノフが共作・共同プロデュースした同曲のオリジナル・ヴァージョンは、アルバム『1989』からの6曲目のシングルとして2016年にリリースされていた。

    Taylor Swift – Out Of The Woods (Taylor's Version) (Lyric Video)

    1980年代のシンセ・ポップを採掘した「Out Of The Woods」の中で、彼女は、破局の危機に直面した恋人たちが、荒波を乗り越え、関係性を継続していけるのかと揺れ動く様子をこう歌っている。

    Remember when we couldn’t take the heat?
    I walked out, I said, ‘I’m setting you free’
    But the monsters turned out to be just trees
    When the sun came up, you were looking at me
    耐え切れなくなった時のこと覚えてる
    私が出ていった時  あなたを自由にしてあげるって言ったの
    でも 怪物だと思っていたものは実はただの木で
    太陽が昇ったら、あなたはあたしを見つめていた

    『1989 (Taylor’s Version)』のリリースに先駆け、テイラー・スウィフトはGoogle上で未発表トラックのヒント満載のパズルを解くようにファンに呼びかけ、トラックリストを公開した。このアルバムには、2014年のオリジナル曲全曲に加え、前述の未発表曲が収録されている。

    Wirtten By Will Schube


    セットリスト
    Taylor Swift “The Eras Tour” Setlist at State Farm Stadium

    Apple Music / Spotify / YouTube


    最新アルバム
    テイラー・スウィフト『1989 (Taylor’s Version)』

    2023年10月27日発売
    CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



  • ポスト・マローン、ゲーム実況中にカントリー・アルバムの制作について明かす

    ポスト・マローン、ゲーム実況中にカントリー・アルバムの制作について明かす

    ポスト・マローン(Post Malone)が、 新作カントリー・アルバムを制作していることを明らかにした。先日、彼のTwitchチャンネルで行われた“Apex Legends”のゲーム実況中に、カントリーへの関心について質問された彼は次のように回答している。

    「カントリーのレコードを出すんだ。ナッシュビルにいた時に作った曲をずっと歌ってて、それが最高にかっこいいんだけどまだ出していない」

    彼はまた、現在2作のアルバムを制作中であることを明かしたが、詳細には言及することなく、こう付け加えた。

    「ナッシュビルでは本当にかっこいい音楽を作ったんだ。最高に楽しかった」

    また、先月、ポスト・マローンはSiriusXMの“The Howard Stern Show”に出演し、同番組のパーソナリティを務めるハワード・スターンとロビン・キバースとの対談の中で、最新アルバム『Austin』について、またテイラー・スウィフトの現在の恋人として報道されているNFL選手のトラヴィス・ケルシーとパトリック・マホームズとビアポン(ビールが入ったカップにピンポン玉を投げ入れるゲーム)をしたことやテイラー・スウィフトに遭遇した時のエピソードなどを披露している。

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    【ライブレポ】ポスト・マローン単独来日公演:ステージで“生きる”ひまわりのようなアーティスト

    Post Malone on Meeting Taylor Swift and Playing Travis Kelce in Beer Pong

     

    その他の関連ニュースとして、ポスト・マローンは、ジョン・レジェンド、ラナ・デル・レイ、アラニス・モリセット、ケイシー・マスグレイヴス、ケイン・ブラウン、レイニー・ウィルソン、ザ・ウォー・アンド・トリーティらと共にNBCのクリスマス特番”Christmas at Graceland”に出演することが発表されている。

    米時間11月29日午後10時からNBCとPeacockで放送・配信される同特番では、エルヴィス・プレスリーの邸宅だったことで知られるテネシー州メンフィスにあるグレイスランドで、各アーティストが、エルヴィスの音楽とクリスマスへの愛が彼らにどのようなインスピレーションを与えたかについて分かち合いながら、エルヴィスへオマージュとしてホリデイ・ソングを披露するほか、エルヴィスの未公開映像なども公開される予定だ。

    NBC's Christmas at Graceland Holiday Special

    グレイスランドがテレビ特番の舞台として使われるのはこれが初となり、出演者には、エミー賞にノミネートされた女優のライリー・キーオやプリシラ・プレスリーの一人娘リサ・マリー・プレスリーも加わる。

    Written By Will Schube



    ポスト・マローン『Austin』
    2023年7月28日発売
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  • ローリング・ストーンズ『The Rolling Stones No.2』: チェス・レコードに宛てたラブレター

    ローリング・ストーンズ『The Rolling Stones No.2』: チェス・レコードに宛てたラブレター

    ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)が、18年ぶりとなる新作スタジオ・アルバム『Hackney Diamonds』の発売を記念して彼らの名曲を振り返る記事を連続して掲載。

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    当時英国の若手R&Bバンドだったザ・ローリング・ストーンズのセカンド・アルバム『The Rolling Stones No.2』は、ミック・ジャガーらバンド・メンバーにとって特別な1枚である。というのもアルバムの一部がかの有名なチェス・スタジオでレコーディングされたからだ。

    シカゴ・ブルース発祥の地とされる同スタジオは、マディ・ウォーターズやチャック・ベリーなど バンドメンバーにとってのヒーローたちが、彼らに音楽を始めるきっかけを与えた多くの作品をレコーディングした場所だった。

     

    ストーンズの夢の実現

    ベーシストのビル・ワイマンは、荷物を運ぶのを手伝いにマディ・ウォーターズが出てきたときの、メンバーたちの驚きの表情を今でも覚えているという。また、1964年6月にチェスでのレコーディングが始まったとき弱冠20歳だった彼らのプロデューサー、アンドリュー・ルーグ・オールダムは次のように述べている。

    「チェスでは特にセンセーショナルなことは起こらなかったが、音楽だけは別だった。あの2日間で、ストーンズはついに真のブルース・アーティストになったんだ」

    『The Rolling Stones No.2』は9曲のカヴァー・ヴァージョンと3曲のオリジナル・ナンバーで構成されている。3曲のオリジナル・ナンバーをバンドのヴォーカリストであるミック・ジャガーと共作し、エレクトリック・ギターとアコースティック・ギターでレコーディングに参加したキース・リチャーズは、こう話している。

    「(彼らは)死んじまって天国にいるのかと思っていたよ。彼らはブルースの世界のスターなのにとても紳士的で、俺たちのやっていることにとても興味を持ってくれたんだ……”シングルを2、3枚ヒットさせた程度で自惚れた英国人連中だと思われないか”なんて考えてしまったけれども、とんでもない。マディ・ウォーターズやボビー・ウーマックと一緒に話す時間もあったんだけど、なんと彼らは俺たちに助言をしてくれたんだ。”英国のガキが俺を食い物にするつもりか”なんて風に思われないかって不安だったし、実際あり得る話だろう。だけど彼らは俺たちのやり方や狙いに興味を示してくれたのさ」

    I Can't Be Satisfied (Mono)

     

    ブルース界のヒーローへのオマージュ

    1948年に初めてレコーディングされたマディ・ウォーターズの「I Can’t Be Satisfied」を筆頭に、ストーンズの面々がこのときレコーディングしたブルース・ナンバーのカヴァー・ヴァージョンはオリジネーターたちへのオマージュだったわけだが、チェスのミュージシャンたちはUKの若手グループにカヴァーされることで自分たちに楽曲印税が入ることを喜んでいた。

    ストーンズが取り上げた楽曲のひとつに、ニューオリンズの大御所アラン・トゥーサン作の「Pain In My Heart」(アーマ・トーマスによるオリジナル・ヴァージョンは「Ruler Of My Heart」というタイトルだった) がある。2011年に筆者がトゥーサンから話を聞いた際、彼はストーンズが自分の書いた曲をカヴァーしたことについて笑いながらこう語ってくれた。

    「ローリング・ストーンズが俺の曲をレコーディングしてくれたときは本当に嬉しかったよ。あの連中なら俺の曲をしこたま売ってくれると思ったからね」

    Pain In My Heart

    『The Rolling Stones No.2』に収録されたカヴァー曲のラインナップは強力だった。ジェリー・リーバー作の「Down Home Girl」は、ブルージーなハーモニカの名演とブライアン・ジョーンズの奏でるパワフルなギターが印象的なトラック。

    ジェリー・ラゴヴォイ作の「Time Is On My Side」はザ・ローリング・ストーンズの曲というイメージが強いが、実はアーマ・トーマスとジャズ・トロンボーン奏者のカイ・ウィンディングによる楽曲のカヴァー・ヴァージョンである。

    その他、ソロモン・バーク作でフロアが盛り上がること必至の1曲「Everybody Needs Somebody To Love」は5分のロング・ヴァージョンで収録されている。また、「Under The Boardwalk (なぎさのボードウォーク)」の落ち着いた佇まいとドン・レイ作の「Down The Road Apiece」の躍動感は、並んで配されることで見事なコントラストになっている。

    さらに、ミック・ジャガーとキーズ・リチャーズによる 「What A Shame」「Grown Up Wrong」「Off The Hook」の3曲が収録されているが、いずれもふたりのソングライティングの技量が高い将来性を秘めていたことを感じさせる仕上がりだ。

    Grown Up Wrong (Mono)

     

    ヒット・チャートの頂点へ

    『The Rolling Stones No.2』は、英国で1965年1月15日にデッカ・レコードからリリースされ、2週間後にはザ ・ビートルズを抜いて全英アルバム・チャートで1位となり、以降9週間に亘ってその座を維持した。

    収録曲の中には、アメリカ限定のアルバム『12 x 5』で既に日の目を見ていたもの (「Grown Up Wrong」「Under The Boardwalk」「Susie Q」、そして「Time Is On My Side」) もあった。そのうち『12 x 5』で聴ける「Time Is On My Side」は、ストーンズの創設メンバーであるイアン・スチュワートがイントロのオルガンを弾いている初期ヴァージョンだ。

    上述の2作 (『The Rolling Stones No.2』と『12 x 5』) のジャケットには、新進気鋭の売れっ子写真家だったデイヴィッド・ベイリーが同じフォト・セッションで撮影した写真が使われている。ベイリーは後にこう回想している。

    「ミックのことは彼がストーンズに入る前から知っていた。そのころ俺の恋人の妹のクリッシー・シュリンプトンと付き合っていて、俺にとっては普通の知り合いだった」

    ベイリーが若いメンバーたちの姿を捉えたムードたっぷりの写真は、それだけでアイコニックな芸術作品として支持されるようになった。

    Down Home Girl (Mono)

    『The Rolling Stones No.2』からは、次のふたつのことがはっきりと感じられる。ひとつは初期のストーンズがジャンルに縛られない柔軟性をもつグループだったということ。もうひとつは、シカゴ・ブルースのスターたちに憧れるこの若者たちが、後にブルースとロックの歴史に独自の地位を築くであろうことだ。

    Written By Martin Chilton


    最新アルバム

    ザ・ローリング・ストーンズ『Hackney Diamonds』

    2023年10月20日発売
    デジパック仕様CD
    ジュエルケース仕様CD
    CD+Blu-ray Audio ボックス・セット
    直輸入仕様LP
    iTunes Store / Apple Music / Amazon Music


    シングル

    ザ・ローリング・ストーンズ「Angry」
    配信:2023年9月6日発売
    日本盤シングル:2023年10月13日発売
    日本盤シングル / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



  • ロックの殿堂授賞式でのリンゴ・スターの紹介役、ポール・マッカートニーのスピーチ

    ロックの殿堂授賞式でのリンゴ・スターの紹介役、ポール・マッカートニーのスピーチ

    ザ・ビートルズ(The Beatles)最後の新曲「Now And Then」、そして1973年に発売された2つのベストアルバム『The Beatles 1962-1966』(通称:赤盤)と『The Beatles 1967-1970』(通称:青盤)の2023年ヴァージョンが2023年11月10日に発表となった。

    この発売を記念して、ザ・ビートルズやザ・ビートルズのメンバーが“ロックの殿堂入り”を果たした際の授賞式でのスピーチの翻訳を連続してご紹介。

    本記事では、リンゴ・スターがロックの殿堂入りを果たした2015年の授賞式でリンゴの紹介役を務めたポール・マッカートニーによる祝賀スピーチをお届けする。

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    Paul McCartney Inducts Ringo Starr at the 2015 Rock & Roll Hall of Fame Induction Ceremony

     

    リンゴ・スターは”幼くして”リヴァプールに生まれました。子どものころの家庭環境は厳しいものでしたが、彼には美しい母、エルシーと、素敵な義理の父親、ハリーがいました。二人とも思いやりのある素晴らしい人物で、また二人とも音楽を愛していました。そのため、苦しい家庭環境ながら、リンゴは子どものころにドラムを買い与えられたのです。そう、リンゴはドラムを手に入れたのです!そうして、彼はドラマーの仲間入りを果たしました。

    その後、彼はロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズというグループに加入しました。そして、僕たちはハンブルクで彼らのステージを見ました。同じ時期に、僕たちもハンブルクでステージに立っていたのです。当時のリンゴは、見るからにプロのミュージシャンという感じでした。一方、僕たちはというと、ただ騒がしい音を鳴らしながら、歌っているだけでした。そんな僕たちと違って、彼は髭を生やしていました。まさにプロフェッショナルですよね(会場笑い)。スーツ姿も、すごくプロらしい出で立ちでした。彼はバーでバーボン・アンド・セヴンを飲んでいるようなタイプだったのです。あのころの僕たちはそんな人に出会ったことがありませんでした。まさしく“大人のミュージシャン”という感じです。

    ともあれ、僕たちは彼と親しくなりました。ある真夜中、僕たちがステージで演奏していた時、彼がこっちにやってきて何曲かリクエストしてくれたのです。彼とはそんな風にして知り合いました。そして、僕たちのバンドのドラマーだったピート・ベストの出演が叶わなくなった時のことです。僕たちはリンゴに代理のドラマーを務めてもらいました。その晩のことはよく覚えています。とはいえピートも素晴らしい人で、彼と過ごした時間も楽しかったんです。

    ともあれその日は、いつものようにステージ前方で歌う僕とジョンとジョージ  ―― 二人に神の恵みがありますように ―― の後ろに、初めて一緒に演奏する男がいたのです。そして彼が演奏を始めると……確か、楽曲はレイ・チャールズの「What’d I Say」だったと思います。あの曲のドラム・パートを完璧に叩けるドラマーはほとんどいませんでした。あれはなかなかに難しいですから。それなのにリンゴは完璧に叩いてみせたのです。そう、リンゴは完璧に演奏してみせたんです!(会場拍手)

    あの瞬間のことは忘れられません。ステージ前方にいた僕は、ジョンと目を見合わせ、次にジョージと目を見合わせました。そのときの僕たちの表情といったら、「おいおい、これはいったい……」といった感じでした。それがまさにザ・ビートルズの始まりだったのです(会場拍手)。

    それから、リヴァプール出身の僕たち4人は、素晴らしい旅路へと歩み出しました。その過程で、僕たちはイングランド中のダンスホールやナイトクラブで演奏したり、少しのあいだヨーロッパに滞在したりして、やがてアメリカにたどり着きました。

    僕たちはこの国で同じ部屋に寝泊まりしていたのです。僕は“箱入り息子”ではありませんでしたが、母と父と弟との4人家族で育ちました。そんな僕が、赤の他人と同じ部屋で寝泊まりすることになったのです(会場笑い)。そんな経験によって僕たちは絆を深めていきました。全員がほとんど一心同体で暮らしていたのです。それは美しく、素晴らしい時間でした。

    そうして僕たちはThe Ed Sullivan Showにも出演し、とても有名になりました。リンゴとの演奏は素晴らしい経験でした。世のドラマーが口を揃えて言うように、彼は特別な存在なのです。彼が僕たちの後ろでドラムを叩いていると…普通のバンドの場合、メンバーは演奏中にドラマーの様子をチェックします。「テンポを上げるかな?テンポを下げるかな?」といった具合にです。けれどもリンゴとやる場合、後ろを振り返る必要はないのです。それだけ安心感があるのです。

    今夜、彼をクリーヴランドのロックの殿堂に“誘い入れる/induce” ―― いや、“迎え入れる/induct”ことができて光栄です。ロックの殿堂入りを果たす、リンゴ・スターです。


    『ザ・ビートルズ 1962年~1966年』(赤盤) 2023エディション
    予約はこちら
    全曲ミックス音源。追加トラック12曲


    『ザ・ビートルズ 1967年~1970年』(青盤) 2023エディション
    予約はこちら
    全曲ミックス音源。追加トラック「ナウ・アンド・ゼン」を含む9曲



  • クイーンのブライアンとロジャーが語るライヴでのアンコールの哲学とファンの重要性

    クイーンのブライアンとロジャーが語るライヴでのアンコールの哲学とファンの重要性

    50年に及ぶクイーン(Queen)のキャリアから、貴重な蔵出しライヴ映像や、最新パフォーマンス、舞台裏を明かすインタビュー等を50週にわたって紹介していくバンドのシリーズ『Queen the Greatest Live』。

    最新ウェビソード第41話『ライヴでのアンコールについてブライアンとロジャーが語る』では、ロジャー・テイラーとブライアン・メイが、大喝采で締め括るアンコールの芸術と独自の哲学、ファンが果たす重要な役割について説明している。

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    Queen The Greatest Live: The Encore (Episode 41)

    ショー・ビジネスの古い格言である「常に、もっと観たいと思わせたまま舞台を去る」という言葉は、クイーンには当てはまらない。毎晩、クイーンが最初にステージを去る時、彼らはアンセムに貪欲な観客を満足させるためにアンコールで戻ってくるという暗黙の了解があるのだ。

    ロジャー・テイラーはこう語っている。

    「最近の観客は、今のアンコールは、“ああ、素晴らしかった、もっと観たい”と思わせるような昔ながらアンコールではないことに気づいていると思う。アンコールはショーに組み込まれているんだ。バンドはアンコールをやるつもりだし、聴衆もアンコールで演奏してくれることを期待している。僕たちのアンコールはとても有名な曲ばかりだ。もし僕たちのショーに来て、それらの曲が演奏されてなかったら、とても奇妙な感じがするだろう。だから秘密にはしないんだ」

    ブライアン・メイは、本編後にアンコールが行われるには現実的な理由があると説明する。

    「リフレッシュする必要があるんだ。なぜなら、すべてを捧げたいからね。2時間半のステージの後には濡れた雑巾のようだから、服を着替えてリフレッシュする。そして、最後の追い上げのために深呼吸するんだ」

    現在彼らの代表曲として知られている楽曲が誕生する以前のクイーンのキャリア初期においては、「In The Lap Of The Gods… Revisited」のような曲で盛大にアンコールを締め括っていた。「”Jailhouse Rock”ではちょっとクレイジーになれた。“Big Spender”もよくやってたね」とロジャーは振り返る。

    しかし、1977年以降は、「We Will Rock You」と「We Are The Champions」という無敵の組み合わせが彼らのライヴを締め括る定番曲となり、それらを超えるフィナーレはないと彼らは悟ったのだ。ブライアンはこう語っている。

    「それはライヴに参加することなんだ。ファンが空に向かって体を伸ばし、“(We Will) Rock You”や“(We Are The) Champions”に合わせて合唱したり、足踏みしたり、手拍子をするのは、無敵になるようなもので、それに勝るものはないだろう」

    Queen – We Are The Champions (Live)

    結局のところ、クイーンのショーの盛衰における極めて重要な要素のひとつとして、ファンを盛り上げるために緻密に準備されているアンコールがあるのだ。“観客をどう送り出したいのか?”について、ブライアンはこう考えている。

    「それは大きな課題で、自分たちにも問いかけている。会場を去る観客の記憶に何を残したいのか?ってね。それは充実感だと思うんだ。良いセックスと同じかもしれない。“そうだ、そうあるべきなんだよ”と思ってもらいたい。そして、みんなには“ああ、最高だったね。あの場面、覚えてる?”って語り合ってもらいたい。子供の頃、ザ・フーのライヴを観終わった後に僕たちがそうしていたようにね」

    Written by uDiscover Team




  • ローリング・ストーンズ「19th Nervous Breakdown」日常の闇を描いた19回目の神経衰弱

    ローリング・ストーンズ「19th Nervous Breakdown」日常の闇を描いた19回目の神経衰弱

    ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)が、18年ぶりとなる新作スタジオ・アルバム『Hackney Diamonds』の発売を記念して彼らの名曲を振り返る記事を連続して掲載。

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    「お前たちがどうかは知らないが……俺は“19回目の神経衰弱 / 19th Nervous Breakdown”に陥りそうだ」

    1965年末、疲れ切ったミック・ジャガーはバンドメイトたちにこう語ったという。

    彼が疲労感を訴えたのも無理はない。バンドは同年2度目となる全米ツアーを敢行し、5週間に亘る公演を一息に終えたところだったのだ。さらに、1965年自体がバンドにとって特に過酷な一年でもあった。その年の彼らはほとんど休みもなしに、世界的な成功を追い求め続けていたのである。

    彼らは過密スケジュールの中で何とか時間を見つけて、定期的なリリースを求められていたシングル用の新曲の作曲とレコーディングを行った。そうして同年6月に発表した「 (I Can’t Get No) Satisfaction」は、世界各国のチャートで首位を獲得。バンドの評判は著しく高まった。そしてそのことは、その後の数ヶ月における彼らの作品作りにも勢いを与えたのだった。

    その冬、街から街、州から州へと移動する合間を縫って、ミック・ジャガーとギタリストのキース・リチャーズはある新曲を仕上げようとしていた。それは、ミック・ジャガーが思いがけず口にしたフレーズと、その響きの面白さに着想を得た1曲だった。

    そのツアーは、12月5日のロサンゼルス公演をもって終結。しかしバンドは同地に留まり、サンセット大通りにあるRCAスタジオで3日間のレコーディング・セッションを行うことにした。そこは、同年中に彼らが「Satisfaction」や「Get Off Of My Cloud (一人ぼっちの世界)」をレコーディングしていたのと同じ場所だった。ベーシストのビル・ワイマンは、後年、自伝にこう綴っている。

    「俺たちはあのスタジオが気に入っていた。窓のない特別な設計になっていたからだ。昼なのか夜なのかもわからなかったが、そもそも俺たちは気にもしなかった。ただただ、演奏し続けたんだ」

    エンジニアのデイヴ・ハッシンジャーと、ストーンズのプロデューサー兼マネージャーであるアンドリュー・ルーグ・オールダムの助力もあり、その3日間では10曲がレコーディングされた。そして、そのほとんどは彼らの次のアルバム『Aftermath』に収録されることとなった。また、その中には彼らの次のシングルとなる楽曲も含まれていた。その1曲こそ、完成したばかりの「19th Nervous Breakdown (19回目の神経衰弱)」だったのである。

     

    楽曲の歌詞

    「19th Nervous Breakdown」の作曲を進める中で、ジャガーの関心は自身の精神的な問題よりも、甘やかされて育った社交界の若い女性が抱える神経症のほうに移っていった。そのインスピレーションの源となったのは、レセプション・パーティーや、当時ジャガーが接近しつつあった上流階級の集まりでメンバーたちが出会った地方の有力者たちだった。そしてジャガーは、一人の放埓な少女をこの楽曲の題材にした。

    You were always spoiled with a thousand toys
    But still you cried all night
    お前は無数のおもちゃでいつも甘やかされていた
    それでもお前は夜通し泣いていたんだ

    このくだりにも明らかな通り、無関心な両親のもとに生まれたその少女は、物を買い与えられるだけで十分な愛を受けてこなかったのである。そして成長した今、彼女は常に満たされないまま、人生の辛い現実に対処できないでいたのである。

    しかしながらジャガーは、そんな彼女の窮状に共感するどころか、突き放すように憤りをぶつけている。それが特に明確に表れているのは、避けがたい神経衰弱が目前に迫っていることを彼が告げる箇所だ。「Here it comes /さあ始まるぞ」と、彼はあざ笑うように繰り返すのである。

    楽曲の後半では、彼がそんな風に憤っている理由が明らかになる。つまり、もともと楽観的な性格の彼は、少女の生来のナルシシズムに悪影響を及ぼされそうになったことがあったのだ。

    On our first trip
    I tried so hard to rearrange your mind
    but after a while
    I realized you were disarranging mine
    初めて一緒に旅をしたとき
    俺はなんとかお前の心を整理してやろうとした
    だけどしばらくして気が付いたんだ

    俺の心がお前に乱され始めているってことに

    このくだりはドラッグの使用をさりげなく示唆しているが、シングルがリリースされた当時、世間でその点が取り沙汰されることはなかった。

    ジャガーはボブ・ディランから影響を受け (この年の夏、見事なまでに痛烈な歌詞のディランのレコード「Like A Rolling Stone」は「Satisfaction」とチャート上で大接戦を繰り広げていた) 自身の周囲で目にした日常生活の闇を描き出した。それまで、特にポップ・ミュージックの分野ではほとんど語られることがなかった社会的な罪悪を、白日の下に晒したのである。後年、ジャガーがこう語っている。

    「ごく普通の、ありふれたラヴ・ソング以外の歌詞を書くってことは普通じゃないと考えられていたし、実際、誰もやろうとしなかった。そんなものを作れば、世間にショックを与えることになる。実際、“19th Nervous Breakdown”みたいな曲に大衆はちょっとばかり不快感を示していた。だけどどうやらすぐに慣れたようだね」

     

    レコーディング

    同じフレーズを執拗に繰り返すキースのギターも、その強烈な歌詞とマッチしており、楽曲が始まった瞬間からリスナーを虜にする。彼はのちに次のように語っている。

    「どんなときでもイントロは俺にとってすごく重要だ。リスナーの心を掴むものだからね。そして次の展開への期待を抱かせる。当時、俺たちはレコーディング中に“いい曲だね。じゃあ始まりの部分はどうしようか”なんて話したものだよ。確か、イントロ用のリフを考えたのは“19th Nervous Breakdown”が最初だった。そしてあれ以来、イントロのフレーズを考えるのは俺の仕事になった。俺のイントロが、その曲のテンポと雰囲気を決定づけるんだよ」

    そのイントロに続き、バンド全体が演奏に加わってくる。ギタリストのブライアン・ジョーンズは、1963年にストーンズの面々がカヴァーしたボ・ディドリーの「Diddley Daddy」からそのまま流用したような演奏でクールなリズムを刻む (「あれはある種のトリビュートだったんだ」とキースは証言している) 。

    Diddley Daddy

    また、ビル・ワイマンのベースは低音域を支えながら、鋭い音色で絡み合う2本のギターにしっかりと付いて行っている。さらにチャーリー・ワッツもダブル・タイムで猛烈にライド・シンバルを叩き、楽曲全体のサウンドを ―― 苦悩する主人公と同じほど ―― 狂騒的なものに仕上げている。

    同曲の最後の30秒間で、ワイマンは転がり落ちるようなベース・ラインを演奏している。そのサウンドは、少女の精神の崩壊と破滅を表現しているといえるだろう。ワイマンはこのように回想している。

    「アンドリュー (・オールダム) が“最後のほうに何か、ヴォーカルとバンドの間を埋めるようなフレーズを弾いたらどうだろう”という風なことを提案してきた。だから俺は指先を使ってピックアップの上で弦を弾ませて、左手の指を弦に沿って滑らせてみた。そうやって、“急降下爆撃”と呼べるようなサウンドが出来上がったんだ」

    The Rolling Stones – 19th Nervous Breakdown (Official Lyric Video)

     

    シングルの発表とその影響

    「19th Nervous Breakdown」は1966年2月4日に、まずUKでリリースされ、アメリカでは、The Ed Sullivan Showでこの曲を披露した翌日の 2月12日にリリースされた。その辛辣で批判的な歌詞の内容が同曲のヒットの妨げることはほぼなかったと言ってよく、全英シングル・チャートでは首位、アメリカでは最高位2位を記録した。

    The Rolling Stones – 19th Nervous Breakdown – Live

    大胆で妥協のない1曲である「19th Nervous Breakdown」には、ストーンズのアメリカ文化に対する深い造詣や理解が如実に表れていた。それは、同国で長い時間を過ごす中で、彼らが着実に培っていったものだった。マネージャーのアンドリュー・オールダムがこう記している。

    「ストーンズはその歌詞と姿勢によって、アメリカが抱える病を体現した唯一の英国出身アーティストだ。俺たちは銃の代わりにギターを構えて、アメリカの因習にその矛先を向けた。ストーンズは何事にも動じなかった。彼らはアメリカの内側からアメリカを打ちのめしたんだ。ザ・ビートルズは外側から征服したが、ストーンズはアメリカの一部だったというわけだ」

    ところでUKでは、ある一人のリスナーが、この楽曲に備わる不屈の力から特に強い衝撃を受けていた。ザ・フーのピート・タウンゼントが当時をこう振り返る。

    「アンドリューが“19th Nervous Breakdown”を聴かせてくれたんだ。素晴らしいサウンドだった。大いに刺激を受けたことを覚えているよ。俺は早速家に帰って、その曲と同じ精神がこもった自作の曲を録音したんだ。そのとき生まれたのが“Substitute”だよ」

    The Who – Substitute

    このように、同曲はストーンズのファンや同業者から確固たる支持を得ている。意外なことに、しかし、この曲を生み出した当の本人たちは、これをさほど高く評価してはいない。2003年、ジャガーは自らの意見をこう述べている。

    「実際のところ、“19th Nervous Breakdown”はそれほど出来がいいってほどじゃない」

    この曲がバンドのステージでほとんど取り上げられてこなかったことも、そんな彼の評価を裏付けている。実際、1967年以降にストーンズがステージでこの曲を披露したのはわずか44回で、しかもそのうちの半数は1997年のライヴで取り上げられた回数である。

    とはいえ、ほかの誰かにこの楽曲を褒められると、ジャガーも否定的な気持ちを抑え、素直に称賛を受け入れている。2012年にSaturday Night Liveでフー・ファイターズの面々とともに同曲を披露したのも、その点を裏付けていよう。このとき彼は、フー・ファイターズのフロントマン、デイヴ・グロールと見事なデュエットを披露している。

    シングル「19th Nervous Breakdown」はアルバム『Aftermath』 (1966年4月のリリース) に先んじて発表されている。『Aftermath』は収録されなかったものの、この曲は、以降のストーンズ作品の方向性を示唆する挑戦的な作品だった。

    『Aftermath』は、ザ・ローリング・ストーンズのアルバムとしては初めて、全楽曲をジャガーとリチャーズによるオリジナル・ナンバーで固めた作品だった。そして面々のルーツであるブルースを自在に発展させた同作で、彼らは先駆的なカウンターカルチャーの象徴と認められるまでになり、ひいてはザ・ビートルズと並ぶ、1960年代で最も影響力のあるバンドとしての地位を確立したのだった。

    Written By Simon Harper


    最新アルバム

    ザ・ローリング・ストーンズ『Hackney Diamonds』

    2023年10月20日発売
    デジパック仕様CD
    ジュエルケース仕様CD
    CD+Blu-ray Audio ボックス・セット
    直輸入仕様LP
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    シングル

    ザ・ローリング・ストーンズ「Angry」
    配信:2023年9月6日発売
    日本盤シングル:2023年10月13日発売
    日本盤シングル / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



  • イギー・ポップとトム・ウェイツが共同パーソナリティを務める特別番組がBBCラジオで放送

    イギー・ポップとトム・ウェイツが共同パーソナリティを務める特別番組がBBCラジオで放送

    イギー・ポップ(Iggy Pop)がレギュラー・パーソナリティを務めるBBC Radio 6 Musicの放送枠で、トム・ウェイツ(Tom Waits)が共同パーソナリティとして登場する特別番組の放送が決定した。ジム・ジャームッシュ監督の映画『コーヒー&シガレッツ』での共演を彷彿とさせるこの2時間の番組では、2人がお互いの秘蔵エピソードと共に、お気に入りの曲を紹介していく。

    日本時間12月4日午前1時からBBC Radio 6 Musicで放送される同番組では、トム・ウェイツが「Nature Boy」を作曲したソングライターのエデン・アーベとヒッチハイクの旅をした時のことや、イギー・ポップがロサンゼルスでたまたまキャプテン・ビーフハートが朝食を食べているのを見かけたが敢えて邪魔をしなかったことなど、2人の様々なエピソードが披露される。

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    Tom Waits & Iggy Pop in 'Coffee and Cigarettes' (2003)

     

    トム・ウェイツはまた、彼の妻で共作者、共同プロデューサーとして知られるキャスリーン・ブレナンと共に監修したキャリア中期の壮大なアルバム作品の再発プロモーションも行なっている。1983年から1993年にかけてアイランド・レコードからリリースされたアルバム作品が、オリジナル・テープから新たにリマスターされ、アナログ盤とCDで再発されている。

    その第一弾として、トム・ウェイツの変革期の創造性が大いに発揮されたアイランド・レコード移籍第一弾アルバム『Swordfishtrombones』(1983年)、その広大で素晴らしい続編『Rain Dogs』(1985年)、そして3部作を完結させる悲喜劇的ミュージカル舞台のために制作された『Franks Wild Years』(1987年)が、『Swordfishtrombones』の発売40周年にあわせて今年9月8日に再発。

    これらの作品は、トム・ウェイツと彼の長年のパートナーであるキャスリーン・ブレナンにとって、高く評価される新たなミュージカル時代の幕開けとなった。さらに第二弾として、グラミー賞に輝いた『Bone Machine』(1992年)と、トム・ウェイツがロバート・ウィルソンとウィリアム・S・バロウズと共作した同名の革新的ミュージカル寓話の音楽を収めた『The Black Rider』(1993年)が10月6日に再発された。

    Tom Waits – "Goin' Out West"

    これらのアルバムは、新たな創造的領域を切り開いてきたトム・ウェイツの才能を示す記念碑作品群となる。アイランド・レコード時代、彼はギアをシフトしただけでなく、70年代のノワール・ロマンティシズムや伝統的なティン・パン・アレーのソングライティングから意図的に脱却し、新たな80年代において、生来の叙情性、メロディーの洗練性、人間性を保ちつつ、抽象的なオーケストレーター、激しく独創的なサウンド・スカルプター、潜在意識の採掘者としての地位を確立した。

    Written By Will Schube



    トム・ウェイツ
    アイランド・レコード5作品リマスター発売
    2023年9月1日発売:Swordfishtrombones/Rain Dogs/Franks Wild Years
    2023年10月6日発売:Bone Machine/The Black Rider
    CD&LP




  • ローリング・ストーンズ「Beast Of Burden」解説:キースの逮捕騒動の中で誕生した魂の叫びの曲

    ローリング・ストーンズ「Beast Of Burden」解説:キースの逮捕騒動の中で誕生した魂の叫びの曲

    ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)が、18年ぶりとなる新作スタジオ・アルバム『Hackney Diamonds』の発売を記念して彼らの名曲を振り返る記事を連続して掲載。

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    The Rolling Stones – Beast of Burden (Official Lyric Video)

     

    1977年終盤、ザ・ローリング・ストーンズはEMIが所有するパリのパテ・マルコーニ・スタジオに入った。そのとき彼らは、そこで制作する予定のアルバムが彼ら最後の作品になるかもしれないという深刻な懸念を抱えていた。

    同年2月、ギタリストのキース・リチャーズとその恋人であるアニタ・パレンバーグはヘロインとコカインの所持によりトロントで逮捕されていた。最低でも7年の懲役が科される重罪である。その年はパンク・ロックがメインストリームへと完全に躍り出た激動の1年だったが、その間、キースの脳裏にはこの事件のことがまとわりついて離れなかった。

    このように先行きが見えない困難な状況下にあったストーンズの面々は、明らかに不安を抱えながらも不屈の精神を崩さず、冬のパリに降り立ったのである。エンジニアのクリス・キムジーは当時をこう回想する。

    「本当にショッキングだった。キースがこれから一体どうなってしまうのか、誰にも確かなことは分からなかった。だから、本当に不安だらけの時期だった」

     

    レコーディング

    キースの言葉を借りれば”パンクスたちよりもパンキッシュに”という確固たる意志を持って、彼らはスタジオ内の簡易的なリハーサル・スペースに腰を落ち着けた。もともとは、そこでリハーサルをしてから、広くて機材の揃った隣の部屋でレコーディングをする計画だったという。

    だが、作業に取り掛かってみると彼らは、そのリハーサル室が生み出す粗削りで密なサウンドがそのときの楽曲とマッチしていることに気付いた。ミック・ジャガーにとっては、そのことが無念でならなかったようだ。キースはこう話す。

    「演奏するには最高の部屋だった。だからミックがいつものように”さあ、ちゃんとしたスタジオに移ろう”と言い出しても、俺たちはそこを動かなかった。レコーディングでは何もかもがしっくり来ないといけない。それがこういう音楽なら尚更さ」

    当時はシンプルなサウンドが主流となっていたことから、ストーンズはレコーディング・セッションにゲスト・ミュージシャンを一切迎えず、5人の正規メンバーによる生の演奏を録音することにした (新加入のギタリスト、ロン・ウッドにとっては、ストーンズのアルバムにフルで参加するのはこれが初めてだった) 。

    アルバム『Some Girls (女たち)』のほとんどの収録曲とその歌詞がこのセッション期間に書かれ、同作は全体的に強烈なインパクトを残す屈強なサウンドに仕上がった。その収録曲は攻撃的で闘争心に満ちたものばかりだが、最後から2番目に配された「Beast Of Burden」だけは少々違っていた。同曲ではまるで一時の休戦とばかりに、ミック・ジャガーが最も弱い部分をさらけ出して哀願するように歌っているのだ。

     

    楽曲の制作過程

    「Beast Of Burden」の原型は、ソウルフルなコード進行を考案したキースがそのタイトルを思い付いたことで生まれた。キースはこう言う。

    「俺はただ、”重荷を背負う獣 (beast of burden) “というフレーズをミックに投げかけただけだ。それから演奏を聴かせたら、あとは彼一人で、それを基に素晴らしい仕事をしてくれたんだ」

    数時間に亘るリハーサルを通してストーンズの面々は同曲の演奏を試行錯誤し、ジャガーは即興で歌いながらメロディに詞を当てはめていった。その中で彼らは、ハード・ロック調の激しいサウンドをやめ、チャーリー・ワッツとビル・ワイマンが主導する滑らかでファンキーなグルーヴを採用することにした。そうして楽曲のテンポを落としたとき、「Beast Of Burden」は完成形に至ったのである。

    また、キースとロンによる息の合ったギターの絡みも同曲には欠かせない要素だ。ロンは二人の演奏技術について述べている。

    「俺たちの演奏はごく自然に重なり合うんだ。俺たちはそれを”昔ながらの織物技術”と呼んでいて、いまでも感動することがあるよ。織物の糸みたいにギターの音色を絡み合わせると、言葉では説明出来ないような素晴らしいことが起きる。事前に決めていることなんて何もないのさ」

    キースもこう同意している。

    「“Beast Of Burden”は、俺たち二人がその輝きを存分に見せている良い例だ」

    この段階になると、ミックも歌詞をまとめ上げており、残すは最終テイクを録り終えるだけだった。のちにジャガーは「Beast Of Burden」についてこのように言及している。

    「これは特に個人的な想いを歌った曲じゃない。魂の叫びや反抗についての曲だ」

    確かに、彼が歌う取り留めのない願望「さあ、家に帰ってカーテンを閉めよう/ Let’s go home and draw the curtains」は彼自身の自然な感情から来ているように聞こえる。その一方で、自信なさげに歌うパート「俺は十分強そうだろうか、俺は十分荒々しいだろうか / Am I hard enough? Am I rough enough?」では、いつもは生意気な態度のジャガーが、滅多に見せない不安げな一面をさらけ出している。

    「Beast Of Burden」でのミックは、自分自身の行動の自由を捨てる気はないことを明確にしつつ、自立した強い女性に思い切って気持ちを伝えている。彼はこう断言する。

    「俺が歌っているのは、俺の前に跪くようなことを女性にはしてほしくないってことだ。それは女性なら誰でも分かってくれるはずなんだ。だけど人々は本当に聞く耳を持たず、何もかも誤解している」

    一方でキースによると、この非凡なタイトルを思いついたのは、自身の当時の”職務怠慢”を頭のどこかで意識していたからだという。彼はヘロイン中毒のせいでストーンズでの役割を失いかけ、代わりにバンド内ではミックの発言力がさらに強まっていたのだ。キースはこう説明する。

    「俺はミックに、このバンドを引っ張っていくという重荷を背負わせてしまったことを謝りたかった。俺は”よし、俺は復活したぞ。だから兄弟よ、この権限を、この重荷を分かち合おう”と伝えたかったんだ」

    そういったことが「お前の病気は全部、俺が肩代わりしてやる/全部俺に渡してくれ、俺が上手く対処するから / All your sickness, I can suck it up/Throw it all at me/I can shrug it off」といった歌詞に反映されているという俗説もあるが、ミックははっきりと否定している。「それは違うよ」と彼はその意見を一笑に付す。「それはでっちあげで、下らない作り話だと思う」。

    Beast Of Burden (Remastered 1994)

     

    リリース

    アルバム『Some Girls』は1978年6月にリリースされた。批評家たちは当初からこれを彼らの原点回帰作とみなし、1972年の『Exile On Main Street (メイン・ストリートのならず者)』以来の最高傑作として絶賛した。困難な状況にもかかわらず、ストーンズは正真正銘の傑作を生み出したのだ。キースも次のように話している。

    「あれは昔に戻ったような作品だった。俺が刑務所に入って、ストーンズが解散するかもしれない暗い時期の真っ只中だったのにね。だけど、そんな時期だったおかげでもあるんだろう。そんなことが起きる前に何かを残しておこうと思ったのさ」

    そんな同作が発表される1ヶ月前には、リード・シングルの「Miss You」もリリースされた。他のアルバム収録曲と同様、当時ジャガーが熱中していたニューヨークの音楽シーンから強い影響を受けた1曲である。

    その後の8月28日には「Beast Of Burden」がアメリカでのシングルとしてリリースされ、全米シングルハートで8位まで上昇した。同曲はリリース以来、ほぼすべてのツアーで演奏されているが、その頻度はあまり高くない。キースはこう語っている。

    「俺はもっとやりたいと思っている。あの曲に関してはいつも可能性を探っているような感じで、毎回少しながら発見がある。だけど結局はミック次第なんだ。彼は気乗りしないのさ」

    The Rolling Stones – Beast of Burden (Live) – OFFICIAL

    ミック・ジャガーが同曲を披露したがらない理由は分かっていない。だが、その揺るぎない評価の高さゆえ、彼は著名なアーティストたちと度々「Beast Of Burden」をデュエットしている。ケイティ・ペリー、エド・シーラン、ジェームズ・ベイといった面々が、この楽曲でミックとの共演を果たしているのだ。

    「Beast Of Burden」のリリースから2ヶ月後、キースは判決を聞くためにトロントの法廷に出席し、そこで彼の裁判は決着した。彼は有罪判決を受けたものの減刑され、刑務所に入ることは免れたのである。ロイド・グレイバーン裁判官はこう判決を言い渡した。

    「懲役や罰金は妥当ではない。リチャーズ氏が麻薬依存症の治療を続けていること、また一般社会に長期に亘って貢献してきたことがその理由である」

    そしてキースは、1年間の執行猶予と保護観察に付されることになった。加えて、CNIB (訳注:カナダにある視覚障害者のための慈善団体) のために特別コンサートを開催するという形での社会奉仕を命じられ、1979年4月にストーンズはその務めを果たしたのであった。

    Written By Martin Chilton


    最新アルバム

    ザ・ローリング・ストーンズ『Hackney Diamonds』

    2023年10月20日発売
    デジパック仕様CD
    ジュエルケース仕様CD
    CD+Blu-ray Audio ボックス・セット
    直輸入仕様LP
    iTunes Store / Apple Music / Amazon Music


    シングル

    ザ・ローリング・ストーンズ「Angry」
    配信:2023年9月6日発売
    日本盤シングル:2023年10月13日発売
    日本盤シングル / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



  • ローリング・ストーンズ、新作『Hackney Diamonds』をひっさげた北米ツアーを発表

    ローリング・ストーンズ、新作『Hackney Diamonds』をひっさげた北米ツアーを発表

    ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)が大ヒット中のニュー・アルバム『Hackney Diamonds』を引っ提げ、大規模な北米ツアーを行なうことを発表した。

    この新たなツアーは、現地時間4月28日にテキサス州ヒューストンを皮切りにスタートする。詳しいスケジュールは下記を参照。

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    バンドは18年ぶりとなった新作スタジオ・アルバム『Hackney Diamonds』を2023年10月20日にリリースして以来、精力的にプロモーションを行っている。発売翌週には、ニューヨークのクラブ、Racket NYCにて、アルバムのリリース・パーティを開催。クエストラブがDJを務める中、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ロニー・ウッドがステージに登場し、7曲のパフォーマンスを披露した。

    ニュー・アルバムから「Angry」「Whole Wide World」「Bite My Head Off」、そして自身の名曲「Shattered」「Tumbling Dice」「Jumpin’ Jack Flash」を披露。そしてアンコールではレディー・ガガがサプライズ・ゲストとして登場し、新作でも共演している「Sweet Sounds of Heaven」をパフォーマンス。情熱的なデュエットで満員の会場を沸かせた映像はYouTubeにて公開されている。

    The Rolling Stones, Lady Gaga – Sweet Sounds Of Heaven (Live At Racket NYC)

    今年10月のインタビューで、ミック・ジャガーは、新作アルバムの発売まで18年も待つつもりはなかったと明かし、こう語っている。

    「たくさんレコーディングしたし、セッションもたくさんやった。でも、締め切りはなかったし、“来週これを完成させよう”なんてこともなかった。ただ“2週間レコーディングをする”というだけで、その後、またスタジオに一緒に戻る予定を立てなかったんだ」

    ザ・ローリング・ストーンズ 2024年ツアー日程は以下の通り。

    4月28日 テキサス州ヒューストン – NRG Stadium
    5月2日 ルイジアナ州ニューオーリンズ – ニューオーリンズ・ジャズ&ヘリテージ・フェスティバル
    5月7日 アリゾナ州グレンデール – ステート・ファーム・スタジアム
    5月11日 ネバダ州ラスベガス – アレジアント・スタジアム
    5月15日 ワシントン州シアトル – ルーメン・フィールド
    5月23日 ニュージャージー州イースト・ラザフォード – メットライフ・スタジアム
    5月30日 マサチューセッツ州フォックスボロ – ジレット・スタジアム
    6月3日 フロリダ州オーランド – キャンピング・ワールド・スタジアム
    6月7日 ジョージア州アトランタ – メルセデス・ベンツ・スタジアム
    6月11日 ペンシルベニア州フィラデルフィア – リンカーン・フィナンシャル・フィールド
    6月15日 オハイオ州クリーブランド – クリーブランド・ブラウンズ・スタジアム
    6月20日 コロラド州デンバー:エンパワー・フィールド・アット・マイル・ハイ
    6月27日 イリノイ州シカゴ – ソルジャー・フィールド
    7月5日 ブリティッシュコロンビア州バンクーバー – BCプレイス
    7月10日 カリフォルニア州イングルウッド – SoFiスタジアム
    7月17日 カリフォルニア州サンタクララ – リーバイス・スタジアム

    Written By Will Schube


    最新アルバム

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    2023年10月20日発売
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  • ヒップホップ50周年 x NFLコラボ動画にラキム、ヒット-ボーイ、リュダクリスが登場

    ヒップホップ50周年 x NFLコラボ動画にラキム、ヒット-ボーイ、リュダクリスが登場

    ヒップホップ誕生50周年を記念して、NFLメディアとユニバーサル ミュージック グループは、3人のヒップホップ・アイコンがアメリカン・フットボールとNFLの推しチームへの愛を語るユニークなクロスオーバー・コンテンツ・シリーズ “Football and Flow”を公開することを発表した。

    3つのエピソードから成る同シリーズでは、ヒップホップ界のレジェンドであるラキム(Rakim)、ヒット・ボーイ(Hit-Boy)、リュダクリス(Ludacris)が、それぞれのアメリカン・フットボールの思い出や推しチームのファンになったきっかけなどについて語る(ラキムはニューヨーク・ジャイアンツ、ヒット・ボーイはロサンゼルス・ラムズ、リュダクリスはアトランタ・ファルコンズ)。

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    Rakim – When I B On Tha Mic (Official Music Video)

    各エピソードはは11月24日より、NFLの公式サイトYouTubeチャンネルソーシャル・メディア、そしてユニバーサル ミュージック グループの各プラットフォームでも順次公開される他、NFLネットワークの朝のTV番組“Good Morning Footbal”で放送される。

    “Football and Flow”の配信・放送スケジュールは以下の通り。

    11月24日(金)ラキム
    12月1日(金)ヒット-ボーイ
    12月8日(金)リュダクリス

    Hit-Boy – Grindin’ My Whole Life ft. N.No, B. Carr, Big Hit, Audio Push, Bmacthequeen, Kent M$NEY

    アメリカン・フットボールとヒップホップは、何世代にもわたって文化的に絡み合ってきた。ヒップホップの50周年は、世代、地域、そして影響を与え続けている人物たちの共通点を探る、魅力的な機会となる。

    同番組の制作を手掛けるCrossOvr Mediaの共同創設者でディレクターのウォルター・ブロックは次のように述べている。

    「過去50年間で、ヒップホップは世界的に主要なジャンルへと進化し、アメリカン・フットボール体験のあらゆる側面に溶け込んでいます。レコーディング・アーティスト、アメフト選手、そしてファンは、世界最大級ステージでのパフォーマンスするために、また彼らの人生において必要な競争心、頑張り、そして闘志を共に分かち合っているのです」

    “Football and Flow”は、世界中のヒップホップやそのファンという大きなコミュニティと結びついたNFLのアクティベーション・シリーズの最新作となる。2022年に開催された第56回スーパーボウル・ハーフタイムショーでは、ドクター・ドレー、スヌープ・ドッグ、エミネム、メアリー・J. ブライジ、ケンドリック・ラマー、50セント、アンダーソン・パークといったヒップホップ界のレジェンドたちが集結した。さらに、リアーナがパフォーマーを務めた今年の第57回アップルミュージック・スーパーボウル・ハーフタイムショーは、スーパーボウルのハーフタイムショー史上2番目の視聴数を記録している。

    Ludacris – Stand Up (Official Music Video) ft. Shawnna

    NFLエンタテインメント&イニシアチブ部門のコンテンツ責任者であるシェイナ・ヘイズはこう述べている。

    「ヒップホップはその誕生以来、何世代にもわたってサウンドトラックの役割を果たしてきました。“Football and Flow”は、音楽とスポーツの相互交流を祝福するものです」

    Written By Will Schube



    プレイリスト: Best Hip Hop Hits | HIP HOP 50 | ヒップホップ生誕50周年

    Apple Music / Spotify / YouTube


  • エルトン・ジョンのベスト盤『Diamonds』が200万枚認定。『Step Into Christmas EP』配信開始

    エルトン・ジョンのベスト盤『Diamonds』が200万枚認定。『Step Into Christmas EP』配信開始

    今月初め、エルトン・ジョン(Elton John)は、ユニバーサル ミュージック グループ会長兼CEOのルシアン・グレンジとユニバーサル・ミュージック・エンタープライズ社長兼CEOのブルース・レズニコフと共に、2017年にリリースされたベスト・アルバム『Diamonds』が200万枚以上のマルチ・プラチナム認定を受けたことを記念する盾を全米レコード協会(RIAA)から贈呈された。

    そんなエルトン・ジョンは現在、1973年11月23日にリリースされたクリスマス・ソング「Step Into Christmas」の50周年を祝っている最中だ。このアニバーサリーを記念して、エルトンは自身のホリデイ・ヒット曲を収録した新たなデジタルEP『Step Into Christmas EP』をリリースした。

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    Elton John – Step Into Christmas

    エルトン・ジョンの「Step Into Christmas」は、時代を超えて愛される不朽のホリデイ・ソングとして、世界中のクリスマスに音楽の魔法をかけている。

    もともと、1973年に単独シングルとしてリリースされ、B面には「Ho, Ho, Ho (Who’d Be a Turkey at Christmas)」が収録されていた同曲は、本国UKをはじめ、アメリカ、オーストリア、カナダのチャートで1位を獲得したアルバム『Goodbye Yellow Brick Road』の記録的ヒットを受けて、彼のファンに向けたホリデイ・カードとなることを意図して制作された作品だった。

    Elton John – Ho! Ho! Ho! (Who'd Be A Turkey At Christmas) (Audio)

    日曜日にレコーディングされ、1週間も経たないうちにリリースされたこのキャッチーな楽曲は、1970年の「Rock And Roll Madonna」を除けば、エルトンにとって初のシングルとなり、リリース当時に全英シングル・チャートで24位を記録。

    その後も長年にわたり世界中のリスナーに愛され続け、46年後の2019年には全英シングル・チャート8位という過去最高位を記録。2021年にはダブル・プラチナに認定されている。

    アメリカでは1973年にビルボード・クリスマス・シングル・チャートで首位を獲得し、2021年に全米レコード協会からゴールド認定を受けていた。

    Elton John – Calling It Christmas (Radio Edit / Audio) ft. Joss Stone

    エルトン・ジョンはまた、米時間11月3日、ロックの殿堂入りを果たした彼のコラボレーター、バーニー・トーピンを紹介するスピーチの中で、ニュー・アルバムのリリースを予告している。彼はこのスピーチの中でこう述べている。

    「皆さんをあっと言わせるようなアルバムをロサンゼルスで完成させたばかりです。本当に素晴らしい、若さと活気に満ちた作品に仕上がっています。私たちは56年間も共作してきて、今素晴らしい関係性を築いています」

    Written By Will Schube



    エルトン・ジョン「
    Step Into Christmas EP
    2023年11月6日配信
    iTunes StoreApple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music


    エルトン・ジョン『
    Diamonds(Deluxe)』
    2017年11月10日配信
    iTunes StoreApple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



  • ロックの殿堂授賞式におけるポール・マッカートニーの受賞スピーチ

    ロックの殿堂授賞式におけるポール・マッカートニーの受賞スピーチ

    ザ・ビートルズ(The Beatles)が、最後の新曲「Now And Then」、そして1973年に発売された2つのベストアルバム『The Beatles 1962-1966』(通称:赤盤)と『The Beatles 1967-1970』(通称:青盤)の2023年ヴァージョンが2023年11月10日に発表となった。

    この発売を記念して、ザ・ビートルズやザ・ビートルズのメンバーが“ロックの殿堂入り”を果たした際の授賞式でのスピーチの翻訳を連続してご紹介。

    本記事では、1999年にロックの殿堂入りを果たしたポール・マッカートニーの授賞式での受賞スピーチをお届けする。

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    Paul McCartney accepts award at the 1999 Rock & Roll Hall of Fame Induction Ceremony

     

    ありがとう、アメリカ。ありがとう、ニール。ニールのことは大好きなんだ。(*ニール・ヤングの紹介スピーチはこちら

    さてと、ほかのみんなと違って僕はスピーチを用意していない。この場ででっち上げるから、きっと面白いことになるだろうね。

    ここはニューヨークのウォルドルフ・ホテルだ。そして、これは僕にとって素晴らしいことだ。もちろん残念な思いもあるんだけどね。なぜって、これを大切な人と分かち合うことができないんだからね。彼女(編註:この前年に亡くなったポールの妻リンダ)もこれを手にしたがっていたんだ。でも、これは美しいものだし、彼女も美しい人だ。すべてが美しい……だけど、いいんだ。

    いいかい。ここで、今夜の僕のパートナーを呼びたいと思う。さあ、上がっておいで。この瞬間を僕と分かち合ってくれよ。愛する娘、ステラだ。さあ、おいで。彼女は僕がこんなことをするなんて知らなかったから、ものすごく恥ずかしいんだろうね。でも僕は気にしない。友人がくれた赤ちゃん用の靴下には“50%ママ、50%パパ”って書いてあって……ようやく来たね。(放送禁止のスラングが書かれたステラのTシャツを指さして) 彼女はまるで気にしないんだ!イマドキの若者は怖いものなしだよ。

    いいかい?とにかく僕が、僕たちが言いたいのは、僕がロックンロールを愛しているってことだ。だって僕の人生を変えてくれたものなんだからね。ところで僕もジョンも殿堂入りしたわけだけど、ジョージとリンゴのことはどうなっているんだい? 頼むよ、みんな。

    僕はロックンロールを愛しているし、クリーヴランドも大好きだよ。というのもリンダのお母さんはクリーヴランド出身なんだ。そうさ!ニューヨークも大好きだ。リンダの生まれたところだからね。みんなに心の底から感謝するよ。ベイビー、この賞をきみに捧げよう。


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    全曲ミックス音源。追加トラック「ナウ・アンド・ゼン」を含む9曲