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ベック『Midnite Vultures』解説:20世紀の終わりに放ったコピー&ペースト式のHIP HOPアルバム

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2025年5月28日(水)に大阪・Zepp Namba、5月29日 (木)に東京・NHKホールでの単独来日公演が、そして6月1日にASIAN KUNG-FU GENERATION主催のロックフェスティバル『NANO-MUGEN FES.2025』への出演が決定したBECK。

2018年SUMMER SONICでのヘッドライナー出演以来となるバンド編成での来日を記念して、彼の過去のアルバムの解説記事を連載として順次公開。

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20世紀の終わりのベック

20世紀の終わりごろのベックの活動は、“実り多い”という言葉では不十分なほどの成果を生んだ。(彼自身の意思に反したリリースだったが)1998年11月に『Mutations』が発表されたあと、彼は以前も出演したSaturday Night Liveに再び登場。その後は4月に日本でのツアーを行ったのち、ロサンゼルスのウィルターン・シアターで2公演を行った。

ベックのキャリアをアルバムごとに振り返る本シリーズで今回取り上げるのは、そうした中で1999年11月23日にリリースされた『Midnite Vultures』だ。のちにある批評家から“コピー&ペースト式ヒップ・ポップの王様”と呼ばれた男が、その本領を発揮した作品である。

収容人数2,300人のウィルターンでの公演初日に彼が行った約2時間のパフォーマンスに関して、ヴァラエティ誌の評価は例によって好意的だった。と音楽ジャーナリストのトロイ・J・アウグストはこう記しているのだ。

「ベックは繊細でフォーク寄りの一面を披露した。1998年にリリースされたばかりのアルバム『Mutations』で私たちに見せたのと同じ一面だ。抑制され、ヒップホップとはほぼ無縁なそのパフォーマンスは、(音楽スタイルの明らかな引用こそあれど)一切の皮肉っぽさを感じさせなかった」

「バックにいつものツアー・バンドのほか小規模な弦楽隊とホーン隊を携えたベックは、多くの曲でアコースティック・ギターを弾きながら、物悲しくも希望を感じさせる歌を歌う。その歌詞は、人気の面で上回る彼のオルタナティヴ・ロック・ナンバーの数々よりはるかに多くのことを私たちに教えてくれる」

ベック率いるバンドはこの公演でペダル・スティール・ギターやシタール、トロンボーンなどの楽器も使用していた。その一方、ベックは1994年にKレコードから発表された『One Foot In The Grave』所収の「Girl Dreams」を弾き語りで披露するなど、初期の楽曲も取り上げた。「この週末は、『Mutations』ツアーの始まりであり終わりでもあるんだ」。ベックはその晩、ロサンゼルスの観客にそう話した。

この言葉に嘘はなかった。彼は次なるアルバムのリリースに向けて、着々と準備を進めていたのだ。ダスト・ブラザーズとコラボした二つのトラックを除きセルフ・プロデュースとなった同作のレコーディングは、『Mutations』の発表よりはるか前の1998年6月にソフト・スタジオでスタートしていた。

Girl Dreams

 

『Odelay』の“正統な続編”

その『Mutations』を巡っては、1999年に訴訟や対抗訴訟が提起される事態になった。ベックは、同作が彼の同意なしにリリースされたと主張したのだ。そのためか同作発表のたった12ヶ月後に『Midnite Vultures』が世に出ると、ベックはこれを1996年の代表作『Odelay』の“正統な続編”と表現した。

だが結局、この法的トラブルは示談で解決。するとベック本人もビルボード誌の取材に対し、それが大ごとではないことをこう語ってアピールした。

「契約に関する変な法律上の話にすぎないよ。“闘争”なんて大それたものじゃない。事務処理とか手続きのことを整理したっていう程度の話さ」

『Midnite Vultures』の制作にはダスト・ブラザーズのほか、彼の父であるデヴィッド・キャンベル、ロジャー・マニング、ジャスティン・メルダル=ジョンセン、ジョーイ・ワロンカーらお馴染みの面々が参加。だがそのほか、海の向こうのイギリスからも魅力的なゲストたちが加わった。一部の楽曲にバック・ヴォーカルで彩りを与えたベス・オートンもその一人であり、「Milk And Honey」(電子音による実験的なバック・トラックはアルバムの作風を象徴するサウンドだ)では英国を代表する名手であるジョニー・マーが印象深いアウトロのギターを弾いた。

Milk & Honey

また、「Peaches & Cream」や「Debra」などの楽曲は、プリンスの作品とポジティヴな文脈で比較されもした。

Peaches & Cream

 

ベック史上屈指にキャッチーなシングル

新作の登場を告げるともに、アルバムの作風を決定づけたのが1stシングルの「Sexx Laws」だ。管楽器を多用したスウィング感の強い楽曲だが、コーラス・パートでは抑制の効いたペダル・スティールやバンジョーも飛び出す不調和感が面白い。

そんなサウンドに合う風変わりな同曲のビデオはベック本人が監督したもので、これには俳優のジャック・ブラックも出演。音楽情報サイトのステレオガムはこのビデオについて次のように分析した。

「過去20年のビデオの中でもっとも才気溢れるシーンが二つ含まれている。それはキッチン製品の乱痴気騒ぎと、”マイティ・モーフィン・パワーレンジャー”風のニンジャとロボットの乱痴気騒ぎだ」

Beck – Sexx Laws (Version 2) (Official Music Video)

「Sexx Laws」はベック史上屈指にキャッチーなシングルだった。しかし幾分驚くべきことに、同曲は米モダン・ロック・ラジオ・チャートでそれなりの成功を収めながらも、全米ポップ・チャートには入らなかった。

他方、イギリスではトップ40入りを果たすヒットを記録。彼の楽曲が全英トップ40に入ったのはこれで8曲目だったが、4月には9曲目として同じくアルバムからシングル・カットされた「Mixed Bizness」が加わった。なお、「Sexx Laws」のリリースから15年が経った2014年、NME紙は”史上最高の楽曲”のランキングで同曲を260位に選出した。

確かにセールス面では、『Midnite Vultures』はベックのそれまでのヒット作に及ばなかったかもしれない。それでも同作は全米トップ40に食い込み、その前には英、仏、加の各国で初週にトップ20入りを果たした(不思議なことに、この3ヶ国のすべてで最高位は19位だった)。さらにアメリカでは、たった6週間のうちに米レコード協会(RIAA)のゴールド・ディスク認定を受けたのだ。

 

オルタナティヴ界からの脱却

インタースコープ・ゲフィン・A&Mレコードのトップだったトム・ウェイリーはビルボード誌にこう語っている。

「ベックにできないことはほとんどない。彼はファンの存在を拠り所としつつ、創造性を失うことなくオルタナティヴ界から脱却しようとしている」

『Midnite Vultures』がリリースされたころ、ゲフィンの親会社であるユニバーサル・ミュージックにポリグラムが統合。それに伴い、ベックの以前の作品に携わっていたゲフィンのスタッフも一部彼のもとを離れていた。それでもやはり、彼の集中力が途切れることはなかった。彼はビルボード誌のインタビューで話している。

「仕事仲間が変わるのは変な感じだよ。でも僕は、いつだってレコード会社には依存せず活動してきた。アルバム制作のクリエイティヴな過程に彼らは関わっていないんだ」

そしていつも通り、彼に対する音楽誌の評価は好意的だった。ローリング・ストーン誌はこう評している。

「70年代ごろの音楽が数多く引用されているにもかかわらず、このアルバムは時代遅れに感じない。ミックスの中には必ず、それだけでない何かが加えられている。風変わりでありながらなぜか丁度良い、予想外の要素がそこにはあるのだ」

また、MTVはリスナーにこう助言している。

「『Odelay』を“昼”だとすれば、この官能的なレコードは“夜”だとイメージすればいい」

Beck – Mixed Bizness (Official Music Video)

ベックは『Midnite Vultures』を引っ提げて21世紀へと向かっていった。2000年の前半には北米で大規模なツアーを行ったのちヨーロッパを回り、ロンドンのウェンブリー・アリーナにも立った。そして次のアルバムで、彼は再び音楽性を大転換(sea change)させるのだった。

Written By Paul Sexton


ベック『Midnite Vultures』
1999年11月16日発売
iTunes Stores /Apple Music / Spotify /Amazon Music / YouTube Music


ベック 7年ぶりバンド編成での来日公演 in 2025

5月28日(大阪 Zepp Namba)
5月29日(東京 NHKホール)
6月1日(神奈川 Kアリーナ横浜 *NANO-MUGEN FES.2025)
公演公式サイト



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