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テンプル・オブ・ザ・ドッグ唯一作品制作秘話:グランジ時代最高のスーパーグループの名盤

1991年、亡き友へのロックンロール・トリビュートとして始まったプロジェクトは、やがて世界中に轟き渡る“シアトル・サウンド”ブームの静かな出発点となった。そのテンプル・オブ・ザ・ドッグ(Temple of the Dog)がグランジ時代最高のスーパーグループであり、そのメンバーたちがその後の音楽史の流れを変えた存在として認識されたのは、後になってからのことだった。
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アンドリュー・ウッドの突然の死
すべてはマザー・ラヴ・ボーン(Mother Love Bone、以下MLB)から始まった。90年代初頭、ニルヴァーナやサウンドガーデンといったグランジ・シーンの将来を揺るがす存在たちが、メインストリームへの進出を目論み始めた頃、スターの座に駆け上がる最有力候補として注目されていたのがマザー・ラヴ・ボーンだ。
同時代のバンド同様に、彼らも自分たちが育った70年代ハードロックを咀嚼していた彼らは、そこに加えてパンクの影響を取り入れて、削ぎ落とすのではなく、それを可能な限り大きく鳴らす方向を選んだ。カート・コバーンやクリス・コーネルのようなフロントマンがロックスター像の脱神話化を試みていたのに対し、MLBのヴォーカル、アンドリュー・ウッドはステージ上での華やかな存在感からドラマチックな歌唱スタイルに至るまで、まさに伝説的な存在だった。
バンドは1990年3月にデビュー・アルバム『Apple』をリリース予定だったが、アンドリュー・ウッドが本来運命づけられていたロックスターの地位を手にできたかどうかはもはや知る由もない。彼はアルバ宇が発売される数日前の3月19日、ヘロインの過剰摂取により24歳の若さでなくなった。『Apple』は当初の予定から発売が延期され同年7月にリリースされ、彼らの遺作となった。
テンプル・オブ・ザ・ドッグの誕生
アンドリューの突然の死は、彼に近しい人々、とりわけバンド・メンバーや、当時ルームメイトだったクリス・コーネルに大きな衝撃を与えた。サウンドガーデンのヴォーカリストであるクリスは、亡き友のために「Say Hello 2 Heaven」や「Reach Down」という楽曲を書き下ろすことで悲しみに向き合った。しかし、それらの曲は自身のバンドには合わないように思えたため、MLBのギタリスト、ストーン・ゴッサードとベーシストのジェフ・アメンに聴かせたところ、アンドリューへの追悼シングルとして3人でレコーディングする計画が持ち上がった。
やがてサウンドガーデンのドラマーであるマット・キャメロン、さらにストーン・ゴッサードの友人でギタリストのマイク・マクレディが加わり、その構想は1枚のアルバムへと拡大していく。こうして、マザー・ラヴ・ボーンの歌詞の一節から名付けられた「テンプル・オブ・ザ・ドッグ」が誕生した。
マザー・ラヴ・ボーンが『Apple』を録音したシアトルのロンドン・ブリッジ・スタジオに足を踏み入れ、クリス・コーネルによる楽曲のレコーディングを始めた彼らは、その場に漂う彼の存在を感じていたに違いない。とりわけ、アンドリューの死に直接触発された前述の2曲は最終的にアルバムのオープニングを飾ることとなった。
「Say Hello 2 Heaven」は、一般的にグランジと結びつけられるサウンドとは異なる趣を持ち、むしろ「The Wind Cries Mary」や「Little Wing」といったジミ・ヘンドリックスのバラードを彷彿とさせる。クリス・コーネルの哀愁を帯びた歌声は、マイク・マクレディとストーン・ゴッサードのギターが織りなすほろ苦くも美しい音色の渦の上を滑るように漂う。やがて苦悶に満ちた叫びへと高まろうとする瞬間、その声は現実の世界へと引き戻され、まるで彼と亡き友がいまや別々の世界にいることを思い知らされるかのようである。
一方「Reach Down」はテンポこそ遅いが、まるで鎖でつながれた囚人たちが、規則的でありながら容赦ないペースで石を砕くかのように、激しくロックしている。重く打ち付けるビートと死神の鎌のようなギターが響く中、クリスはアンドリューがあの世で奔放に楽しんでいる姿を幻視した夢を語り、マイクとストーンは狂気的でサイケデリックなリフを激しく繰り出す。
アルバム『Temple Of The Dog』の残りの楽曲は、クリス・コーネルがこのプロジェクトのために再利用した以前のアイデアや、ストーンとジェフによるマザー・ラヴ・ボーンの未完成曲にクリスの歌詞を加えて完成させたもので構成されている。
中でも最も有名なのが、テンプル・オブ・ザ・ドッグを世に広めた曲「Hunger Strike」だ。このゆっくりと燃え上がるような曲の、暗示的な歌詞は、音楽業界の狂騒の中で誠実さを保つことへのクリスの想いに着想を得たものだったが、その強烈で陰鬱な雰囲気は、アルバムの全体像に完璧に溶け込んでいる。
エディ・ヴェダーとの運命的な出会い
バンドがこの曲の制作に取り組んでいた頃、クリスは自身の目指す表現を思うように形にできていないと感じていた。そんな中、運命的とも言える形で、新たな人物がスタジオに姿を現す。
テンプル・オブ・ザ・ドッグのプロジェクトと並行して、ストーン、ジェフ、マイクは新バンドの結成を進めていた。ヴォーカル候補として西海岸からやって来たその男は、彼らとの相性を確かめるために訪れており、偶然にもこのレコーディングの現場に居合わせることになる。その人物こそが、エディ・ヴェダーだった。
エディは当初参加する予定はなかったが、結果的にクリスとともに「Hunger Strike」の“Goin’ hungry”のリフレインを歌うことになった。後にパール・ジャムのフロントマンとなる彼の世を儚んだようなバリトンは、サウンドガーデンのフロントマンであるクリスの野性的なシャウトと見事な対比を成した。
クリスは当初、この曲に2番の歌詞が存在しないことを嘆いていたが、エディが1番を歌い直した時に、二人のヴォーカリストの歌声のコントラストが、結果的に楽曲を決定づける要素となった。この予期せぬゲストは、さらに3曲でバック・ヴォーカルを担うことになるが、彼が本作にもたらす最大のインパクトは、やがて決定的なかたちで訪れることになる。
ジェフ・アメントやストーン・ゴッサードが作曲を手がけた3曲は、マザー・ラヴ・ボーンが活動を続けていたなら――という想像を掻き立てる、興味深い手がかりを提示している。なかでも「Pushin’ Forward Back」は、7/4拍子のリフが刻まれる、容赦のない推進力と中毒性を併せ持つ一曲だ。
ヘロインを主題とした陰鬱な「Times of Trouble」は、クリスがアンドリューに伝えたいと願っていた、愛情に満ちつつも飾らない警告のように感じられる。「Four Walled World」におけるスライドギターの鋭い響きは、後のパール・ジャムでギタリストたちが築き上げていくダイナミズムの前兆であると同時に、もしもの未来を予感させるもう一つのヒントでもある。
精神的な暗闇から生まれたクリス・コーネルによる2つの楽曲は、救いについての懐疑を異なるかたちで提示する。「Wooden Jesus」では、マット・キャメロンが力強いポリリズムを紡ぎ出し、クリスの鋭いバンジョーのフレーズがそのグルーヴの中で跳ねる。一方、恐ろしいほどの迫力を持つ「Your Savior」は、ハードロックの装いにファンクの要素を忍び込ませた、サウンドガーデンの音楽性に最も近い作品と言えるだろう。
「Call Me a Dog」は、ピアノを基調とした静かなバラードとして幕を開けるが、やがてギターの狂騒とヴォーカルの爆発的なエネルギーが交錯する、ダイナミックな展開へと雪崩れ込んでいく。一方の「All Night Thing」は、終始抑制されたトーンを保ち、マット・キャメロンの繊細なドラムと、プロデューサーのリック・パラシャールによるオルガンとピアノが、閉店間際の深夜のバーを思わせる静謐な空気感の中でアルバムを締めくくる。この曲にはギターの音色は一切登場しない。
グランジの台頭により徐々に注目を集めた名盤
1991年4月16日にA&Mレコードからリリースされたアルバム『Temple of the Dog』は、当初こそチャートでの成績は控えめだったが、同年8月にパール・ジャムのデビュー・アルバム『Ten』が発表されたことで徐々に注目を集め始めた。翌月にはサウンドガーデンの『Badmotorfinger』とニルヴァーナの『Nevermind』が相次いでリリースされ、1992年初頭、「Smells Like Teen Spirit」の大ヒットを契機に、グランジは一躍メインストリームを席巻する存在へと躍り出た。
サウンドガーデン、パール・ジャム、ニルヴァーナが新たなロックスターとして君臨する中、そのうちの2バンドのメンバーから成るテンプル・オブ・ザ・ドッグはひときわ魅力的なスーパーグループとして映った。エディとクリスをフィーチャーした「Hunger Strike」のミュージック・ビデオはMTVで連日オンエアされ、アルバムは最終的に全米チャート5位、プラチナディスクを獲得するヒットを記録。
テンプル・オブ・ザ・ドッグのメンバーは、それぞれメインバンドでの活動が多忙だったため、長らくツアーは実現できないままだったが、2016年、エディ・ヴェダー不在ながらもついに結成25周年記念ツアーで凱旋を果たした。しかし翌年5月18日、クリス・コーネルの死によってさらなる再結成の可能性は永遠に断たれてしまう。彼の名は、アンドリュー・ウッド、カート・コバーン、アリス・イン・チェインズのレイン・ステイリー、ストーン・テンプル・パイロッツのスコット・ウェイランドと並び、早逝したグランジのフロントマンの長いリストに加わることとなった。
発売から35年を経た現在、名盤『Temple of the Dog』はアンドリュー・ウッドとクリス・コーネル双方の記憶を刻む記念碑として存在している。しかしそれ以上に本作は、アンダーグラウンドがメインストリームへと台頭し、新たな時代を切り拓いた、その瞬間を捉えたロックンロール史の重要な一頁でもある。
Written By Jim Allen
テンプル・オブ・ザ・ドッグ『Temple of the Dog』
1991年4月16日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music

エディ・ヴェダー『Earthling (Japan Tour Edition)』
2026年4月10日発売
日本独自企画盤/SHM-CD仕様
最新ソロ・アルバム『Earthling』(2022)の来日記念
初CD化音源8曲収録のディスク(2020年『Matter of Time EP』+ 2曲)付き
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パール・ジャム『武道館ライヴ!』
2026年4月10日発売
2003年3月3日の日本武道館公演を収録したライヴ・アルバムが、エディ・ヴェダーの来日公演に合わせて待望の再発。全30曲、2時間20分の熱演を完全収録
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