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クイーンの全米ライヴ・デビュー

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1974年の春は、クイーン にとってものすごいスピードで進んでいた。イギリスでは、最高位10位に達した「Seven Seas Of Rhye(邦題:輝ける7つの海)」で初のヒットを堪能していた。一方、アルバム『Queen II』がTOP5入りを果たしたことで、その前の作品 『Queen』が遅すぎるチャート・デビューを飾った。

文字通り数年後になってようやく、「Bohemian Rhapsody」や アルバム『Sheer Heart Attack』 の成功の余韻をうけ、彼らのファースト・アルバムはついに最高位24位に達することになる。1976年2月のことだった。それはアルバム・リリースから2年半以上後のことだ。ところで、1974年に戻ろう、4月16日には、バンドは、22日間のイギリス・ツアー(そのうちの1公演は、『Live At The Rainbow ‘74』として2014年にリリース)に続き、初の全米ツアーに出る。

queen

初のUSツアーでは、イギリスで当時売れっ子だったモット・ザ・フープルのサポートだった。当該の街はデンヴァーだった。会場は定期的にロックの歴史に登場するような場所ではなく、大学の会場レジス・カレッジ・フィールドハウスであった。ポスターには、「初の全米ツアー、初パフォーマンス」、「チケット:7.5ドル、学内書店にて販売中」とあった。

これは19日にも達する全米ツアーの初日であった。そのツアーの最後6日間はニューヨーク、ブロードウェイでいまはガーシュウィン劇場として知られるウリス・シアターでの公演があった。今ではより彼らのイメージに注意が払われているが、この4人組はザンドラ・ローズをいくつかのステージ衣装のデザイナーとして抜擢していた。

デンヴァーの公演はアルバム 『Queen II』がそうであったように、「Procession」のインストから始まった。そしてそのセットリストには、「Father To Son(邦題:父より子へ)」、「White Queen (As It Began)」や「Ogre Battle」といった新曲も含まれていた。また、バンドは直近のかれらのイギリスにおけるヒット「Keep Yourself Alive(邦題:炎のロックンロール)」や「Jailhouse Rock(邦題:監獄ロック)」、「Big Spender」といったカヴァー曲も演奏した。

19公演を行うつもりだったが、彼らの全米における旅程は短縮された。ウリス・シアターでの最終パフォーマンスで、ブライアン・メイが肝炎で倒れ、その後十二指腸潰瘍を併発したのだ。しかし、全米での最終ギグと同じ日のチャートでは『Queen II』が134位でチャート入りをはたし、その後13週かけて、49位まで上り詰めることになる。


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