西アフリカの王族の子、キング・サニー・アデが世界に紹介したナイジェリア音楽と『Juju Music』

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Photo: Jon Lusk/Redferns

キング・サニー・アデ(King Sunny Adé)は、音楽への道に進むような家柄ではなかった。彼は1946年、西アフリカのナイジェリア西部オンド州にある西アフリカ最大の民族集団ヨルバ族の王家に、サンデー・アデニイ・アデゲイとして生まれたのだ。音楽家とはナイジェリアの王族に望まれる仕事からかけ離れている。それでも、ナイジェリアの国宝は国際的なスターとなり、アフリカのポップ・ミュージックをさらなる高みへと導いた。

いくつもの楽器を操るシンガー・ソングライターである彼が、その地点に到達にするまでには込み入った物語があった。1982年のアルバム『Juju Music』の発売を、多くの人が彼と現代アフリカ音楽が大出世した瞬間だと捉えた。だが、UKのアイランド・レコーズは、無名の音楽家を引っ張ってきたわけではなかった。『Juju Music』がリリースされる以前からアデは、自分のレコード・レーベルとナイトクラブを持ち、地位を確立していた。定期的にライブで演奏し、多い時は年に4枚ものアルバムを発売していた彼のカタログには、何十枚ものアルバムが蓄積されていたのだ。

1981年、ボブ・マーリーの不慮の死により、アイランド・レコーズの創始者、クリス・ブラックウェルは代わりとなる「絶対的な国際的スター」を探す必要に駆られていた。しかしながら、キング・サニー・アデとボブ・マーリーとでは、ジャンルもメッセージ性、スタイル、出身もまったく異なるアーティストであった。西洋の音楽業界からは、似通っているように見えたのかもしれないが、国外のブラック・ミュージックは全部同じという誤った見方は、よく議論される「ワールド・ミュージック」のジャンルに、そのまま流用された。

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ナイジェリアのジュジュ・ミュージック

おそらく、その空気を感じ取っていたアデは、アルバムのタイトルを意図的に自分が奏でているジャンルの名前そのものにした。彼が子供の頃、“ジュジュ”の大半はヨルバ族のドラムと歌を入れた民族音楽であり、社交のための音楽であった。ハイライフ・ミュージックの一つだったジュジュは20世紀後半に広がり、ナイジェリアの音楽の主流となった。

伝統的なヨルバ族のパーカッションから抽出されたジュジュ・ミュージックは、タンデ・キングとして知られるミュージシャン、アブドゥルラフィウ・ババタンデ・キングによって作られたと伝わっている。アデリュー・アキンサンヤ、アインデ・バカレ、デレ・オージョ、エベネザー・オベイ、ファタイ・ローリング・ドラー、I. K.ダイロといったパイオニア、そして彼の影響の源、タンデ・ナイチンゲールとともに、アデはジュジュをナイジェリア国内外で有名にする重要な役割を担った。

「私が演奏している音楽の名前は、植民地支配者によってつけられました」と、彼はニューヨーク・ラジオ・ライブのインタビューで語っている。ヨルバ語の「ジュジュ」や「ジジュ」は「投げる」という意味であり、ナイジェリアにいたイギリスの植民地支配者たちは、様々なグループから耳にした音楽を「ジュジュ」と呼んだのである。「彼らは、自由な音楽であることは知らなかったのですが」と、彼は付け加えた。ジャンルの柱となる自由さによって、アデは音楽的な実験を続けた。

ジュジュを奏でる主な楽器は、リヤ・イル、またの名を「トーキング・ドラム」であった。アデは、ここにペダル・スティール・ギターを取り入れて、この音楽を刷新した。ポッドキャスト「アフロポップ・ワールドワイド」において、ナイジェリアの詩人であり、評論家のオディア・オフェイムンは、「サニー・アデは、ギターに注力した点で特別であり、そこで大きな差をつけたのです…もし、ヨルバ語がわからなくても、ギターの音に身を任せられますからね。彼は新しいタイプのジュジュ・ミュージシャンだったのです」と話している。

ギターの演奏に加え、アデは素晴らしく筆が立つ多作な作家であった。彼がジュジュにおいて並外れた存在であるのは、正しいヨルバ語といまどきのスラング両方に精通している点も大きかった。世界中のオーディエンスに語りかける以前に、人々が部族や言語によって断絶し、境界線や文化的なやり取りで区切られている国で、彼は自国の人々に向けて、もしくは一員として語りかける術を身につけていたのだ。ナイジェリア人をまとめる力がある音楽を作るのは、決して簡単な芸当ではない。

 

アルバム『Juju Music』

これが、彼の世界発売第1弾作品によって西洋のオーディエンスに彼の音楽が届く前に起きた歴史である。自らが率いるアフリカン・ビーツ・バンドとレコーディングした『Juju Music』の大半の曲は、アデがそれ以前にナイジェリアでリリースした曲だ。アデがフランス人プロデューサー、マルタン・メソニエと組んだところ、メソニエはナイジェリアの長い曲構成は、西洋のオーディエンスには向かないと助言した。それを受け、国際的な発売に向けてわかりやすくするために、アデはナイジェリアでヒットした曲を短くした。ノンストップでレコーディングした結果、平均で15分から20分あった曲は、短縮されて再録音されたのだ。

約8分間の「365 Is My Number/The Message」は、アルバムで最長の曲であり、また唯一英語の曲名を冠していた。この曲には引き伸ばされたダンス・ブレイクがあり、これはヒップホップのDJたちによって発明され、多用されたドラムのブレイクで楽器の音色を分断させるスタイルに近かった。そこに、ずっとアデがパフォームし続けている大人気のアンセム「Ja Funmi」につなげられた。「私のために戦って」という意味のこの曲では、アデはよくあるフレーズに「神様の代わりに、自分の頭を使うんだ」と説明した奥行きのあるメタファーを含ませた。陽気な曲に乗せた言葉は深遠であり、ムーブメントとも呼べる意味合いを彼の音楽にもたせた。

『Juju Music』は発売されると、混乱されやすいタイトルのせいで西洋のリスナーに誤解を生んだと論議された。ザ・ニューヨーク・タイムズは、このアルバムを「今年、もっとも斬新なダンス・ミュージック・アルバム」と評し、後に「アメリカでのワールド・ミュージック・ムーブメント」の始まりだったとも評価した。

タスカン・ウィークリーは、「(アイランドのアデの売り方を指して)ワールド・ミュージックを広げ、開発した記念すべき転機。アメリカのメジャーなレコード会社が、おそらく初めてレゲエ以外のアフリカ発の音楽を全面的な売り出した例である」と書き立て、アデを「ワールド・ビートの王」と名付けた。

キング・サニー・アデを、ほかの有名なナイジェリアのアーティストと比べたがる者は多かった。『Juju Music』が発売された同年、ニューヨーク・タイムズのロバート・パーマーは「アメリカのリスナーは、途上国からのポップ・ミュージックは怒りに満ち、好戦的だろうと思っているが、サニー・アデの音楽は甘くクールである」と書いた。「怒りに満ち、好戦的な」という描写は、もちろんフェラ・クティのアフロビートを指している。1970年代、ナイジェリアからエキサイティングな音楽とアーティストが出現した。そのクティが創始したアフロビートは、ナイジェリアの軍政権とそれを支配するエリートにたいする芸術的な抵抗だったのだ。

一方、キング・サニー・アデは、すでに存在していたジュジュ・ミュージックのリーダーとして卓越した存在であった。ジュジュ・ミュージックはアフロビートにのように政治的ではなく、社交するための、日常に根づいた音楽であった。アデの『Juju Music』は、フェラの厳しい現実と闘う音楽の潮流にたいする「まろやかな」選択肢ではなく、同じ国の現実を違う角度から切り取った、豊さを芸術的に表現した音楽だったのだ。

ジュジュ・ミュージックが西洋社会のオーディエンスを困惑させず、確固とした政治的な教えを伝えなかったからと言って、アデの音楽性を軽視するわけにはいかない。彼は、西洋に代わりになる癒しを与えたのではなく、伝統的な言い伝えと深みを内包した、自国の人々の気分を上げるためのオーガニックな音楽を拡張してみせたのだ。

『Juju Music』は、アフリカ大陸から世界へ出ている同胞のアーティストたちの水門を開けた。国際的に売り出されたアデの音楽は、自分の文化を国の人々へ新旧のやり方で紡ぎ続けながら、それ以外の人々の魂へも語りかけたのである。キング・サニー・アデと『Juju Music』は、西洋の音楽シーンから一方的に受け取っただけでなく、同じだけのものを与えたのである。

Written By Ivie Ani

uDiscoverミュージックで連載している「ブラック・ミュージック・リフレイムド(ブラック・ミュージックの再編成)」は、黒人音楽をいままでとは違うレンズ、もっと広く新しいレンズ−−ジャンルやレーベルではなく、クリエイターからの目線で振り返ってみよう、という企画だ。売り上げやチャート、初出や希少性はもちろん大切だ。だが、その文化を形作るアーティストや音楽、大事な瞬間は、必ずしもベストセラーやチャートの1位、即席の大成功から生まれているとは限らない。このシリーズでは、いままで見過ごされたか正しい文脈で語られてこなかったブラック・ミュージックに、黒人の書き手が焦点を当てる。




 

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