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シュープリームスのベスト・ソング20:ずっと聴いていたくなる必聴曲20曲【全曲視聴動画付】

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Photo: Silver Screen Collection/Getty Images

2026年5月23日にKアリーナ横浜、5月25日に大阪城ホールにて11年ぶりの来日公演を行うダイアナ・ロス(Diana Ross)。そんな彼女に関する特集記事を随時更新中。今回は彼女が在籍していたグループ、シュープリームス(The Supremes)の楽曲ベスト20を解説とともにご紹介

また、来日公演の予習プレイリストがこちらで公開されている。

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ダイアナ・ロス、メアリー・ウィルソン、フローレンス・バラードは1964年にブレイクし、1960年代を代表する最高の女性グループとなった。このグループ、つまりシュープリームス(The Supremes)が出した一連のヒット曲は、他のライバルたちが到底太刀打ちできないほどの大成功を収めている。

モータウンの最大のスターとなったシュープリームスは、ゲットーでもレコードが売れ、コパにも出演し、昔のカントリー・スターのテレビ番組でサイケデリックなシングルを披露し、フルーグを踊るティーンエイジャーたちにダンス・ナンバーを提供した。シュープリームスの最高の楽曲を聴けばわかるとおり、このデトロイト出身の女性たちはありとあらゆることを成し遂げることができた。しかも、そこには魂(ソウル)が込もっていた。

とはいえ彼女たちの生活は次第に困難なものになっていった。フローレンス・バラードは対応に苦しみ、1967年にシンディ・バードソングと交代した。ダイアナ・ロスはソロ・スターの道を歩むようにお膳立てされ、1967年の「Reflections」からはグループ名がダイアナ・ロス&シュープリームスへと変更された。

1970年にはダイアナが正式に脱退するが、このグループの人気は衰えることを知らなかった。ダイアナの後任としてジーン・テレルを迎えたシュープリームスは、さらに14曲ものヒット曲を全米チャートのホット100に送り込んでいる。メアリー・ウィルソンはそのままグループに留まっていたものの、他の顔ぶれは次々と入れ替わり、リンダ・ロウレンス、シェリー・ペイン、スーゼイ・グリーンといった歌手がメンバーとして加わった。そして1977年6月、ロンドンのドルリー・レーン劇場でさよなら公演が行われた。

シュープリームスのサウンドは年月を経て進化したが、1964年に一応の完成形に至った。それからは周囲のトレンドがどう移り変わろうと、聴けばそれとわかる至高の音作りを守っていった。この20曲のベスト・ソングが示すとおり、このグループには唯一無二の魔法があった。シュープリームスは、まさに文字通り「至高」の存在だった。

シュープリームスのベスト・ソングのベスト・ソング20曲を紹介していこう。

 

20位:「Where Did Our Love Go(愛はどこへ行ったの)」

このレコードがきっかけとなり、ダイアナ、メアリー、フローレンスはスターになった。それまでの彼女たちは、モータウン関係者から「ノー・ヒット・シュープリームス」と呼ばれていたが、1964年の夏に「Where Did Our Love Go」が大ヒットした。

これによって、シュープリームスの実力がたちどころに証明された。この才能ある若い女性たちには、チャートの首位を獲得できる能力があったのである。とはいえ、そんな成功を続けられるものだろうか?……

The Supremes – Where Did Our Love Go (Lyric Video)

 

19位:「Baby Love」

成功を続けられるものだろうか?…………その答えは、言うまでもない。2曲連続のナンバーワン・ヒットとなったこの曲は、軽やかでキラめくような輝きを今なお放っている。

The Supremes – Baby Love (Lyric Video)

 

18位:「Back In My Arms Again(涙のお願い)」

ずっと遠くにいた恋人がついに戻ってくる。それに勝る喜びなどあるだろうか? この曲によって、シュープリームスは5曲連続で全米1位を獲得した。これは、1965年のモッズ・ソウルを代表する名曲である。

Back In My Arms Again

 

17位:「Come See About Me」

シュープリームスの3作目の全米チャート1位獲得曲は、ザ・ビートルズの「I Feel Fine」と抜きつ抜かれつの競争を繰り広げた。1964年末にいったんホット100チャートの首位をビートルズに譲ったものの、その座を1965年初頭に再び奪い返したのである。

この曲はそれ以前にネラ・ドッズの手でささやかなヒットを記録していた。しかし彼女のソウルフルでゆったりとしたヴァージョンは、シュープリームスがより力強く派手なヴァージョンをシングルとしてリリースした結果、敗れ去ることになった。

The Supremes – Come See About Me (Lyric Video)

 

16位:「Love Is like An Itching In My Heart(乱れるハート)」

この曲には、ノーザン・ソウルの特徴が余すところなく備わっている ―― 執拗に続くビート、物憂げなメロディ、余白の多いミックス、コードを奏でるグロッケンシュピール、そしてマイク・テリーの魅力的なサックス・ブレイク、といった具合だ。

しかしこの曲はノーザン・ソウル・マニアに珍重されるようなレコードにならなかった。なぜなら、これはマニアに喜ばれる埋もれた名曲どころか、1966年に全米チャートのトップ10に入るヒット作になったからだ。まさしくスーパー・ソウル・ミュージック。

Love Is Like An Itching In My Heart

 

15位:「Love Is Here And Now You’re Gone(恋ははかなく)」

シュープリームスは1967年に5枚のシングルをリリースした。この1967年は大きな転換の年となり、音楽界では急激な変化が起きた。シュープリームスの5枚は、どれもそうした変化に完全に歩調を揃えるものだった。「Love Is Here And Now You’re Gone」は純粋なバロック・ポップである。

途中で挟まれるダイアナの苦々しい語りは、あたかも本心からそう思っているかのように聞こえる。この傑出したレコードはもっと称賛されて然るべきだ。

Love Is Here And Now You're Gone

 

14位:「I’m Livin’ In Shame(スラムの小鳩)」

これは歌であると同時にメロドラマである(「ママは手作りのジャムを作っている最中に亡くなった」)。社会的地位の上昇、ばつの悪さ、そして喪失感に満ちた悔恨を描いたこの曲は、カントリーの大ヒットになっていてもおかしくなかった。

とはいえ結局、これはダイアナ・ロス&シュープリームズの録音でシングルになり、1969年に全米チャートで最高10位を記録した。ただしここでバックコーラスを担当したのは、モータウンの古参グループ、アンダンテスだった。

I'm Livin' In Shame

 

13位:「Up The Ladder To The Roof」

ダイアナが1970年にグループを脱退したときも、モータウンはシュープリームスの人気が続くように手を打った。

たとえばこの素敵なくらいロマンチックなシングルはジーン・テレルの美しいリード・ヴォーカルをフィーチャーしており、まさにシュープリームスとしか言いようがない曲に仕上がっている。この曲は、聴く者を屋根よりも高い場所まで連れて行ってくれる。

Up The Ladder To The Roof (Single Version)

 

12位:「I Hear A Symphony(ひとりぼっちのシンフォニー)」

ここでのダイアナは恋人への愛に圧倒されるあまり、心の中でオーケストラのバイオリンの音まで聞いてしまう。聴く側も、同じくらい張り詰めた気持ちを感じ取った。

その結果、この曲は1965年に大ヒットした。これはモータウンの完璧な映し鏡でもあった。このレコード会社は、十代の恋物語を音楽の上級セミナーへと昇華させたのである。

I Hear A Symphony

 

11位:「Forever Came Today」

前の曲でダイアナは「交響曲が聞こえる」と歌っていた。そしてシュープリームスは、この驚異的なレコードで自ら交響曲を作り上げた。1967年にホーランド=ドジャー=ホーランドがプロデュースしたこの壮大な音作りのレコードは、それ自体が音楽の宇宙となっていた。

当時のホーランド=ドジャー=ホーランドはモータウンを去る直前だった。彼らが残していったのは、まさしく偉業としか言いようのないものだった。

Forever Came Today

 

10位:「Nathan Jones」

ジーン・テレル在籍時のシュープリームスは、強烈なフェージング・エフェクトに包まれながらこの曲を歌う。これは男を捨てる物語であり、男の言いなりになって耐え忍ぶことを拒否している。

このシングルはアメリカではトップ20ヒットだったが、イギリスではさらに上のトップ5入りを果たしている。シュープリームス・サウンドを完璧にアップデートした’70年代初頭の傑作である。

Nathan Jones

 

9位:「You Can’t Hurry Love(恋はあせらず)」

母親からのアドバイスを歌にしたこのシンプルな曲は、モータウンの名曲になった。シュープリームスは、この曲を実に楽々と歌っている。まるで、こんなレコードなら朝のコーヒーの前に4枚くらい吹き込めそうな感じだ。

The Supremes – You Can't Hurry Love (Lyric Video)

 

8位:「My World Is Empty Without You(二人だけの世界)」

ゴロゴロと鳴るベース・ライン、重いバス・ドラム、感傷的なオルガン ―― そんなイントロから始まるのは、喪失と孤独を描いた痛切なストーリーである。ダイアナは、リバーブに包まれながらこの曲を美しく歌い上げていく。

ここでは孤独な女性が自らの気持ちを隠すことなく外に出している(「もうこれ以上耐えられない」)。それでも彼女は、自尊心を失っていない。バックの中では、フローレンス・バラードの美しい声が切々と自らの痛みを表に出している。これは1966年初頭に大ヒットした。

My World Is Empty Without You

 

7位:「Stop! In The Name Of Love」

この「やめて! 愛の名のもとに」という要求に反論できる者などいるだろうか? この歌の主人公には、恋人が何をしていたのか、そして誰と一緒に居たのかお見通しだ。

「色香」(ホーランド=ドジャー=ホーランドが生み出した見事な皮肉の言葉)は、真実の愛の代わりにはならないのである。嫉妬と情熱にあふれたこの名曲は、1965年に大ヒットした。

The Supremes – Stop! In The Name Of Love (Lyric Video)

 

6位:「Reflections」

世界の人々はテンプテーションズのサイケデリック・ソウルの名曲を絶賛しているが、その一方で、ダイアナ・ロス&シュープリームスの魔法のような「Reflections」のことも少し思い出してみてほしい。これは、鏡の向こうにあるロココ調の世界を舞台とした夢見心地の曲だ。

『Sgt Pepper’s Lonely Hearts Club Band』と同じくらい’60年代らしい、奇妙なサウンドであり、自らの美しいイメージの中をさまよっている。

Reflections (2003 Remix)

 

5位:「Automatically Sunshine」

軽々と弾いているように聞こえるファンキーなベースのリフに、紙のように薄いギターが陰を落とすと、驚くほどタイトにまとまったシュープリームスのヒット曲が始まる。ここでは、メアリー・ウィルソンとジーン・テレルが交互にリード・ヴォーカルを歌い、シンディ・バードソングとアンダンテスがバック・コーラスを担当している。

スモーキー・ロビンソンが曲作りとプロデュースを手がけたこの曲は、1972年という時代に合わせてシュープリームスの従来のサウンドを新鮮なかたちで仕立て直している。

Automatically Sunshine

 

4位:「You Keep Me Hangin’ On」

この曲は、土台のところではモータウンのエンジンが全力疾走している。まさに執拗なほどのビートが、聴く者をダンスフロアへと駆り立てていく。その上では、ダイアナが自暴自棄なほど請い願い、「ちゃんと男らしくしてよ」と嘲り笑う。

そして落ち着きのないモールス信号のようなギターが緊急信号を伝達する。1966年に全米ナンバーワンに輝いた爆発的ヒット曲だ。

The Supremes – You Keep Me Hangin' On (Lyric Video)

 

3位:「Stoned Love」

これは70年代のモータウンを代表する名盤の一つ。ダイアナ脱退後のシュープリームスはここでモータウンの伝統的な魅力を十分に保っているが、その一方でヒッピー的な理想にあふれた「際どい」歌詞を歌っている。

このシングルはアメリカで7位、イギリスで3位を記録した。ただしもっと長尺の完全版を聴きたい場合は、1970年のアルバム『New Ways But Love Stays』に収録されたバージョンを探す必要がある。

Stoned Love (Single Version)

 

2位:「Love Child」

1968年、ソングライター兼プロデューサー・チームのホーランド=ドジャー=ホーランドがモータウンを去り、彼らに支えられていたシュープリームスも人気が下降線を辿り始めた。モータウンにとって、看板グループのそうした状況は頭痛の種だった。そこで「ザ・クラン」と呼ばれる裏方チームが作り出され、その結果、この魔法のような楽曲が生まれた。

この曲のおかげで、シュープリームスは時代の代弁者としての地位を改めて固めたのである。「Love Child」はこのグループにとって3番目に売れたシングルとなった。ただしレコーディングに参加したのは3人のうちダイアナだけだった。

Love Child

 

1位:「Someday We’ll Be Together(またいつの日にか)」

この見事なまでに切ない曲は、もともと1961年にジョニー&ジャッキーが録音していた。やがてこれはダイアナ・ロス&シュープリームスの最後の曲となり、’60年代の最後の全米チャート・ナンバーワン・ヒットとなった。

悲しいことに、ダイアナは別れを告げるようなこの曲の歌詞を他のメンバーがいない状態で吹き込んでいた。つまりメアリー・ウィルソンとシンディ・バードソングは、この録音には参加していない。それでもシュープリームスのサウンドは従来通りであり、これは時代を超えたお別れの歌となっている。

Someday We'll Be Together (Single Version)

Written By Ian McCann



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