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『美女と野獣』や『アラジン』等ディズニー名曲を歌ったピーボ・ブライソンが逝去。功績を辿る

ソロ・アーティストとしての活躍に加え、『美女と野獣』や『アラジン』、『ポカホンタス』といったディズニー映画の楽曲でも広く知られる名シンガー、ピーボ・ブライソン(Peabo Bryson)が2026年6月2日、75歳で逝去した。
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この訃報を伝えた家族の声明には次のように記されている。
「深い悲しみとともに、2度のグラミー賞を受賞したシンガー、ソングライター、そしてバラードの名手であるピーボ・ブライソンの逝去をお知らせいたします。彼は2026年6月2日午後5時、家族や親しい人々の愛に囲まれながら、安らかに旅立ちました。ピーボの類まれな歌声は、50年以上にわたり、人々の人生における最も大切な瞬間の数々に寄り添うサウンドトラックでした。彼の音楽は、何世代にもわたり、喜びに満ちた祝福の時や素晴らしい愛の物語、そして心に寄り添う安らぎと感動のひとときを人々に届けてきました。彼のレガシーは、彼を愛した人々、そして彼の歌に触れた数え切れないほどの人々の心の中で永遠に生き続けるでしょう」
ピーボ・ブライソンは、セリーヌ・ディオンとのデュエットによる「Beauty and the Beast」や、レジーナ・ベルとの「A Whole New World」など、ディズニー映画の名曲で広く知られていた。またソロ・アーティストとしても成功を収め、とりわけ1977年のヒット曲「Reaching For The Sky」は、当時の黒人コミュニティの功績と卓越性を象徴する作品として高く評価されている。
しかし大きな成功を収めた後も、彼の仕事に対する勤勉な姿勢は苦労の多かった幼少期に根差していた。サウスカロライナ州グリーンヴィルで生まれたピーボ・ブライソンは、水道からお湯が出ない家で育った自身の少年時代についてこう語っていた。
「人生の初期と成功した現在との間にできるだけ距離を置こうとする人もいる。でも私は田舎育ちで、祖父が所有していた100エーカーの農場で育った。ラバを使って畑を耕し、綿花を摘み、育つものは何でも植えた。生活のためにトイレ掃除だってしたんだ」
ピーボ・ブライソンはモーゼス・ディラード & テックス・タウン・ディスプレイのメンバーとしてキャリアをスタートさせ、その後ソロ・アーティストとしてバング・レコードと契約。1976年にデビュー・アルバム『Peabo』を発表し、1977年にはキャピトル・レコードと契約している。
ソロ作品の中でも代表作の一つとして挙げられるのが、ナット・キング・コールの娘であるナタリー・コールと制作した1979年のデュエット・アルバム『We’re The Best Of Friends』だ。また、彼は1983年にロバータ・フラックとのデュエット・アルバム『Born to Love』も発表している。
かつてのインタビューで、彼は自身が音楽活動を続ける理由についてこう語っていた。
「人々には私の歌を聴いてほしい。自分がまだ生きていることを実感してもらうために」
その言葉は今日でも変わらず心に響く。
Written By Sam Williams
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