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モータウンのベスト・ソング50:時代を超えて愛されるクラシック・ポップスをランキング

何十年にも亘って人から人へと伝えられ続ける、膨大な量のカタログを誇るモータウンのベスト作品集。それは単にレーベルの歴史を俯瞰するためだけのものではない。時代を超えて愛されるクラシック・ポップスとはどういうものなのかを教えてくれるものでもある。
それはデトロイトのインデペンデント・レーベルとしてスタートしたソウル・レーベルを世紀の一大レーベルへと育て上げたベリー・ゴーディの偉業そのものとも言えよう。最も優れ、最もソウルフルなレコード作品として現在でも語られている数々の作品が、ゴーディの元に集まったアーティストやソングライターたちの徹底的なまでのクオリティの高さを証明してくれている。
では、以下に実例を挙げ、その点を確かめていこう。もしもこのリストにあなたのお気に入りのモータウン・ナンバーが見当たらないようなら、コメント欄を通じて知らせて欲しい。
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50位 テンプテーションズ「Get Ready」
テンプテーションズの、スモーキー・ロビンソン作になる楽曲を次々とヒットさせた第一次黄金期のアンセムで、間違いなく第一級のソウル・ナンバーだ。1966年にヒットした、パワフルかつグルーヴィーで自信に満ちたこの曲で見事なヴォーカルを披露しているのはエディ・ケンドリックス。
49位 マーヴィン・ゲイ「Can I Get A Witness」
いわゆる「モータウン・サウンド」が本格的に波に乗り始めたのは1963年の終盤で、「Can I Get A Witness」のリリースがスタート地点になる。だが、濃厚なR&B色とゴスペルの息遣いはやはりこの曲にもある。古今のモッズ御用達の、ダンス・フロアにうってつけのスリリングな作品だ。
48位 ヴェルヴェレッツ「Needle In A Haystack」
のちに大御所プロデューサーとして知られることになるノーマン・ホィットフィールドが、そのキャリアの初期にヒットさせた作品で、ヒット曲を連発していたレコード会社と新たに契約したガール・グループ、ヴェルヴェレッツが米チャートに送り込んだ2曲のうちの1曲。
非常に魅力的な作品だが、彼女たちは、より以上に注目されて然るべきグループだったし、もっと大声でシャウトすべきだった。彼女たちの才能にはまだ余力があった。
47位 リチャード・ディーン・テイラー「There’s A Ghost In My House」
モータウンの影のレジェンド、ホーランド=ドジャー=ホーランドによって書かれ、カナダ出身のリチャード・ディーン・テイラーをシンガーに起用した、個性あふれるキャッチーな作品。猛るスズメバチのようなギターで脳を直撃する、この「There’s A Ghost In My House」のコーラス・パートはいかにも1967年当時のポップ・シーンの流儀だ。1987年、この曲をワイルドにアレンジしてリリースしたザ・フォールは待望のヒットをものにしている。
46位 ジュニア・ウォーカー&ザ・オール・スターズ「Shotgun」
オートリー・デウォルト・ミクストン・ジュニアとしても知られるジュニア・ウォーカーはモータウンきっての、激しさと繊細さを併せ持つホーン奏者だった。グループのヒット作にしばしばフィーチャーされている彼のハスキーなヴォーカルは、このダンスを誘う楽しさ溢れる作品でも聞くことができる。
45位 マーサ&ザ・ヴァンデラス「Dancing In The Street」
踊ることを意味しているのか、それとも暴れることを意味しているのか、どちらにせよ「Dancing In The Street」がアンセムであることに変わりはない。マーサと彼女のソウル・シスターたちが歌うこの曲は、誰もが幾度となく耳にしたことがあるはずだ。それでもファンタスティックなサウンドに飽きることはない。さあ、みんな集まれ!
44位 アイズレー・ブラザーズ「Take Some Time Out For Love」
ロック的なギターを採り入れ、ソウル・ミュージックが1970年代に新たな姿を手に入れるために一役買った彼らは、「Twist And Shout」のオリジナル・ヴァージョン (その後にザ・ビートルズがデビュー・アルバム『Please Please Me』でカヴァーしている) をレコーディングしていたことでも知られる。
そしてソウル・ミュージックが変革期にあったタイミングに、この激しいダンス・ナンバーを筆頭に、まさに素晴らしいと言うしかない作品をいくつも残したレーベルが、ほかでもないモータウンだった。
43位 グラディス・ナイト&ザ・ピップス「Everybody Needs Love」
ビルをも破壊できそうなパワーを持つピップスを率いるグラディス・ナイトだが、モータウン初期の彼女たちは、ほかのアーティスト/グループよりもデリケートでアダルトなスタイルの音楽を好んだ。
愛と欲望を語るこのシルキーな1967年リリースの楽曲は先にテンプテーションズがレコーディングしていたものだが、リスナーが惚れ惚れしてしまうほどにグラディスが情感を込めて歌っている。
42位 フォー・トップス「Still Water (Love)」
スモーキー・ロビンソンの作曲、フランク・ウィルソンのプロデュースになる「Still Water」には、「Love」と「Peace」という2パターンがある。1967年以降世界中の若者たちのあいだで広まっていた”ラヴ&ピース”の気運からすれば、1970年のこのシングルはもっと売れてもよかったのではないだろうか。なお、マーヴィン・ゲイの名作アルバム『What’s Going On』は、この曲のサウンドがヒントになって生まれたものだ。
41位 リック・ジェームス「Super Freak」
リック・ジェームスは、「U Can’t Touch This」よりも前の1981年、ヤバいほどに超強力なパンク・ファンク・ナンバー「Super Freak」を大ヒットさせていた。えげつないのにオシャレとくれば、これはもう無敵だ。
40位 シュープリームス「Automatically Sunshine」
シュープリームスは、言わずもがなの”彼女”が脱退した後も長く命脈を保ったグループだ。流れるようなベースラインが素晴らしい「Automatically Sunshine」では、後見人役のスモーキー・ロビンソンが、その名人級の手腕で彼女たちをバックアップした。
よく練られた上で十分にダンサブルなサウンドは、1972年当時の最先端を捉えていながら、モータウン・クラシックと見做されるに相応しい風格も併せ持っていた。
39位 アンディスピューテッド・トゥルース「Smiling Faces Sometimes」
ノーマン・ホイットフィールドと作詞家バレット・ストロングによって書かれたパラノイド・サイケデリック・ファンクの強力な作品。テンプテーションズが最初にレコーディングしたが、1971年にアンディスピューテッド・トゥルースが大ヒットさせた。スーパーバッドでタフ「Smiling Faces Sometimes」にはモータウンのハード・サイドが刻み込まれている。
38位 エディ・ケンドリックス「Keep On Truckin’」
さらにノリの良いグルーヴィーな作品を。元テンプテーションズのハイ・テナー、エディ・ケンドリックスがアメリカで1位をものにした1曲だ。1970年代初頭から叫ばれるようになり、1973年にこの曲がリリースされたあとに、さらに人気を集めたスローガンは、アメリカでもイギリスでもTシャツやバッジに使用された。
37位 スティーヴィー・ワンダー「Superstition」
1972年、スティーヴィー・ワンダー’の絶品クラビネットのリフが歴史に刻み込まれた。それ以来常にリスナーを感動させ、そして教え続けてきている。あの天才ジュニアは大人になり、さらに先に進んでいたのだ。
36位 マーヴィン・ゲイ「Got To Give It Up」
マーヴィン・ゲイは、彼の最高のレコードの多くをディスコ・ミュージック’の全盛期にリリースしているが、ディスコ・ミュージックに括られるトラックはほとんど残してない。
「Got To Give It Up」はその例外ということになるわけだが、要は適材がありさえすれば彼はディスコ・ビートも難なくものにできたということだ。1977年にアメリカで1位を記録したこの曲は現在でもクラブ・クラシックとして親しまれている。
35位 ダイアナ・ロス「Upside Down」
世界的に有名なシュープリームスの歌姫とディスコ・マエストロのシックとの邂逅に議論の余地がなかったわけではない。彼女は彼らが彼女のために制作したアルバムをリミックスした。しかしその結果がこの曲となれば、議論する価値はあったということだ。
34位 グラディス・ナイト&ザ・ピップス「If I Were Your Woman」
グラディス・ナイトが失った愛に目を向けている。そして自分の方が相手よりも似つかわしいと確信している。ロマンティックな情感が脈打つ、1970年の凄まじく情熱的な作品。
33位 マーヴィン・ゲイ&タミー・テレル「You’re All I Need To Get By」
マーヴィンの3人目のデュエット・パートナー、タミー・テレルは彼に照り返すような煌めきを与えた。1968年リリースのこの曲で永遠の愛を誓い合う2人の輝きは永遠のものだ。終わらない感動はあるのだ。
32位 スティーヴィー・ワンダー「I Was Made To Love Her」
キャリアの第2期に入ったスティーヴィーは、聴き手の気分を高揚させて止まないモータウン作品を1960年代にいくつか提供してくれたが、このミズ・ライトへの賛歌もまた、今なお心を沸き立たせる。なんという声。そしてなんというソウルだろう。
31位 エドウィン・スター「War」
最初にテンプテーションズのアルバム『Psychedelic Shack』に収録されていた「War」を、1970年にエドウィン・スターがはるかに獰猛な作品に変身させた。そして、エドウィン・スターのこのトラックは、ベトナム戦争に反対する人々のアンセムになった。
作品はその後、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドやブルース・スプリングスティーンのカヴァーでタイムリーな時期に復活している。しかし、やはりこの、厳密にはオリジナルではない”ほぼオリジナル”のヴァージョンには敵わない。
30位 ザ・ミラクルズ「Shop Around」
1960年のこの素晴らしいR&Bナンバーからわかるのは、スモーキーが情感を揺さぶる天才として知られる以前の彼とそのグループがこうしたよくある訓話めいた曲にも気の利いた言葉を仕込んでいたということだ。曰く、「ママの言うことが一番。初恋の人になんて本気になっちゃダメよ」。
29位 バレット・ストロング「Money (That’s What I Want)」
60年代中盤のバレット・ストロングはノーマン・ウィットフィールドのシンフォニックな楽曲に不可欠の作詞家になっていたが、それ以前の彼は、1961年にヒットして“カネ”をもたらしたこの作品をリリースするなど、シンガー・ソングライターとしてかなりのものだった。ザ・ビートルズもこの「Money (That’s What I Want)」をアルバム『With The Beatles』で取り上げている。
28位 マーヴェレッツ「Please Mr. Postman」
タムラ・モータウンのR&Bをもう1曲。ミシガン州インクスター出身のグラディス・ホートンと娘たちがスタイリッシュに歌う、レーベル初のナンバー・ワン・ヒット作品だ。彼女が望んだその手紙とは、おそらく1961年のゴールド・レコードだったのだ。
27位 ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス「Love Child」
シュープリームスが名声を高めることに実質的に関わっていたホーランド=ドジャー=ホーランドがレーベルを辞め、グループはなんとしても人気の下降を許してはいけなかった。
1968年、そこでモータウンは愛すべき三人娘を完全にコンテンポラリーなものにするための楽曲の制作に着手した。その成果が、このゲットーでの愛情がテーマの、耳を釘付けにする曲だった。
26位 グラディス・ナイト&ザ・ピップス「Just Walk In My Shoes」
涙に滲む大人のバラードにかけて天下一品のグラディス・ナイトは、1966年にモータウンからのデビュー・シングルを「ソウル」レーベルからリリースするにあたって選んだのがこのダンス・チューンだった。
非常に優れたソングライティング・チームであるルイス姉妹によって書かれた、ダンスフロア御用達の逸品だ。グラディスの靴を履いてみようか。カッコいいこと間違いなし。
25位 ボビー・テイラー&ザ・ヴァンクーヴァーズ「Does Your Mama Know About Me」
恋愛関係について不安を感じる男をテーマにして男性シンガーに歌わせるのはモータウンお得意の手法でもあったが、1968年にヒットした「Does Your Mama Know About Me」は、やや異なる神経を刺激する内容の曲だった。あつものに懲りてなますを吹くではないが、テイラーは自分が黒人であることで彼の新しい恋人の家族から拒絶されるのではないかと不安を感じるのだ。
そして、軽快なワルツのアレンジがこのほろ苦い不安感を終わらなくさせている。事実、そうしたカップルは今もまだ同じ問題に直面しているのだ。
24位 マーヴィン・ゲイ「What’s Going On」
当然の疑問だ。60年代ソウル界のスタイル良しの美形シンガーが、自分の生きている世界が憎悪、恐怖、搾取に満ちていることに気付く男性になった。
街頭での抗議活動に対して警察が行った暴力的行為を目にしたマーヴィンが、フォー・トップスのオービー・ベンソンと共作した「What’s Going On」は、1971年にリリースされて大ヒットした。ジャズ、レゲエ、ファンクそれぞれのアーティストたちによってカヴァーされ、アフリカ系アメリカを代表する作品だ。
23位 スモーキー・ロビンソン「Quiet Storm」
スモーキーと彼の妹ローズが作曲した「Quiet Storm」は大ヒットを記録したわけではなかったが、2つの点で重要な意味を持つ作品だった。まず、ソウルに新しいジャンルを生んだことだ。そう、ラジオ番組制作者にQuiet Stormという革新的なフォーマットを提供したのだ。
そして第2の点は、モータウン’の音楽がいつでも子供やパーティー専用というわけではなくなったという事実をレーベルとして受け入れ始めたということだ。スモーキーは安定の素晴らしさだ。全てを忘れてシルクのような彼の優しさに浸かって欲しい。
22位 コモドアーズ「Brick House」
メローなバラードで広く知られているコモドアーズだが、彼らはシルバーの星とモールで飾った衣装をまとい、パーティ・ファンクで楽しませるグループでもあった。
ウォルター・オレンジのヴォーカルになるこの名曲は、何年にも渡ってファンに愛された作品だ。バンドのホーンを担当するウィリアム・キングの妻、シャーリー・ハンナ・キングによる歌詞で「強い女性」に熱烈なエールを送る「Brick House」。1977年にアメリカで大ヒットを記録した。
21位 ダイアナ・ロス「Love Hangover」
ダイアナはアルカセルツァー (胃薬)が欲しいわけではない。迎え酒も無用だ。グラミーにノミネートされたこの傑作ディスコ・ナンバーによってドナ・サマーやボスのグロリア・ゲイナーなどのシンガーたちに誰がボスなのかを示した彼女は、溌剌とした気分で楽しんでいるのだ。「Love Child」以来ロスの曲を作り続けてきたパム・ソーヤーが共同執筆した、古今東西で最高のディスコ・ソングの1つだ。
20位 ボーイズIIメン「End Of The Road」
皮肉なことに、モータウンの長年の最大のヒットはフィラデルフィア出身のグループによるものだった。しかし、ボーイズIIメンが1992年にリリースしたニュー・ジャック・スウィング・サウンドは、モータウンを含めた王道のヴォーカル・ソウルに倣ったスタイルになっている。「End Of The Road」はアメリカでは1年間の4分の1にあたる期間を1位に居座り、更にその後ボーイズIIメンはその記録を2回も破ってしまった!
19位 ブレンダ・ホロウェイ「Every Little Bit Hurts」
スロー・ナンバーを1964年スタイルでもう1曲。モータウンの創始者ベリー・ゴーディが切望していた品格をレーベルにもたらしたロサンゼルスのティーン・エイジャー、ブレンダ・ホロウェイの「Every Little Bit Hurts」だ。2年前に既にレコーディングをしていたのだが未発表となっていた作品で、ようやく陽の目を見た途端に一気にチャートを駆け上っていった。
18位 ザ・ミラクルズ「Ooo Baby Baby」
スモーキー・ロビンソン・アンド・ザ・ミラクルズが、不貞を働いたことを反省して許しを乞う。驚くのが、「Ooo Baby Baby」がイギリスではヒットしていなかったことだ。しかし1965年にアメリカで16位を記録したことで、以降はモータウン・バラードを代表する名曲と認識されている。
17位 マーヴェレッツ「The Hunter Gets Captured By The Game」
またもやスモーキーによる、今度は仲間であるミラクルズのピート・ムーアとともに作曲家としての登場だ。マーヴェレッツのリード・シンガーであるワンダ・ヤングは、「甘い罠」を仕掛けていたはずが愛に「突然平手打ちをされた」と歌う。ムーディーなコード進行と印象的なハーモニカで、「The Hunter Gets Captured By The Game」は1967年に最も異彩を放ったヒット曲の1つになった。
16位 ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス「Reflections」
ダイアナの名前がグループ名から独立した表記になったシュープリームスは、サイケデリックなソウル作品をリリースすることでサイケデリック全盛期 (1967年) にソウル作品を制作するという難題に立ち向かった。ドロドロ、グラインド、そして異世界、ヘヴィーでめくるめくような異世界のイメージの中、失ってしまった愛を悔やみつつ夢と幻想を追いかける。これがダイアナ・ロスの精神世界だ。畏怖の念すら湧いてくる。
15位 マーヴィン・ゲイ「I Want You」
レオン・ウェアのプロデュースおよび共作になる、1976年の同名アルバムのタイトル・トラック「I Want You」でのマーヴィンの本気のセクシー具合がものすごい。その気がない時に聞いた時にはそのセクシーさに退いてしまうかもしれない。だがマーヴィンの声を聞いてその気にならない者などいるだろうか?
14位 エルジンズ「Heaven Must Have Sent You」
ホーランド=ドジャー=ホーランドが作曲とプロデュースをしたこの素晴らしいシングルは、素晴らしく洗練されたボーカル・グループ、エルジンズが残した唯一の大ヒット作品だ。
「Heaven Must Have Sent You」は1966年にアメリカで50位を記録し、そしてやや間を置いた1971年にイギリスで3位を獲得している。遅れたとは言え、それは天にも昇る心地だったろう。
13位 テンプテーションズ「Just My Imagination (Running Away With Me)」
夢のような、否、正確には白日夢のようなエディ・ケンドリックスからテンプテーションズへの餞別となったバラード。エディは歌詞で語られる妄想をファンの現実にしたのだった。それはまた、悲しいかなポール・ウィリアムズとの別れでもあった。1971年、ソウルは変革期にあった。
12位 フォー・トップス「Reach Out I’ll Be There」
フォー・トップス’の1966年の怪物ヒット曲。レヴィ・スタッブスの全身全霊のシャウトが「お前には仲間がいる、安心しろ」と言い聞かせてくれる。なんといういい奴だ。なんというシングルだ。
11位 メアリー・ウェルズ「My Guy」
オープニングで聞こえる鋭いホーンが、1964年に文字通りの大ヒットを記録したこの作品の合図だ。スモーキー・ロビンソンによって書かれたこの曲はモータウン時代のメアリー・ウェルズ最大のヒットであると同時に、彼女のレーベル在職期間の終わりをも告げるものとなった。何度となく耳にしてきた曲だが、いまだに明るく生き生きと響いてくる。
10位 テンプテーションズ「My Girl」
スモーキーによる、自らがメアリー・ウェルズのために書いた曲へのアンサー・ソング。ロバート・ホワイトのシンプルだが効果的なギターのフレーズが、デヴィッド・ラフィンの力強いヴォーカルと美しいコントラストを成している。優しさと明るさの同居するこの曲はテンプテーションズのテーマ・ソングと見なされている。
9位 スティーヴィー・ワンダー「Sir Duke」
1976年リリースのこの曲は、子供時代のスティーヴィーにインスピレーションを与えたスイング・ジャズの巨人へのオマージュで、溢れるほどの楽しい雰囲気は、ファンキーさは増しているとは言えまさに”サー”・デューク・エリントンのそれだ。ハッピーで輝ける、1977年に1位を記録した作品。
8位 シュープリームス「Stop! In The Name Of Love」
コソコソしても無駄だ ― この曲でもっと大切にしてほしいという想いと強烈な忠告とを歌うシュープリームスにとって、相手が何に夢中なのかはお見通しというわけだ。魅力や呪いという意味がある「charm」という単語が実に効いている。ここに何も感じない男はソウルとは無縁に違いあるまい。
7位 ザ・ミラクルズ「The Tracks Of My Tears」
これもまたスモーキー・ロビンソンが残したミラクルなナンバーのひとつ。ハイトーンで切々と訴えかけるこの「The Tracks Of My Tears」は、1965年にアメリカのチャートで最高位10位を記録したが、より上位に届いていても不思議ではない出来栄えだ。
物事はいつも上手くいくとは限らないと言ったスモーキーは「Tears Of A Clown」でも同じテーマを扱っている。彼の痛みによって私たちは恩恵を得たのだ。
6位 ジャクソン5「I Want You Back」
インディアナ州ゲイリー出身の元気いっぱいの少年たちは、ジュニア版スライ・アンド・ザ・ファミリーストーンがティーン・エイジャーのテンプテーションズと合体したらこうなるのではと思えるような、タムラからのこのファースト・シングルによってブレイクした。1969年にリリースされて翌70年にチャート1位になり、そして伝説は始まった。
5位 ジミー・ラフィン「What Becomes Of The Broken Hearted?」
テンプテーションズのリード・シンガーを弟に持つ彼は、孤独の地での切ないストーリーを歌いチャンスを手にした。常にアメリカよりもイギリスで人気のあったラフィンだが、それにもかかわらず、悲しみのあまり涙を流してしまうほどの哀感を込めたこの「What Becomes Of The Brokenhearted」はアメリカで最高位7位を記録するヒットになっている。
4位 マーヴィン・ゲイ「I Heard It Through The Grapevine」
「I Heard It Through The Grapevine」はマーヴィン・ゲイが最初にレコーディングしたわけでもなければ、彼が最初にヒットさせたわけでもなかった。この曲を最初にヒットさせたのはグラディス・ナイト・アンド・ザ・ピップスである。しかし、軍配はどちらかと言えば、よりスローで全体的に不穏なムードの漂うマーヴィンのヴァージョンの方に挙がろう。1968年当時も今も、やはり傑作だ。
3位 テンプテーションズ「Papa Was A Rollin’ Stone」
アンディスピューテッド・トゥルースが1972年に発表したのが最初になるこの作品だが、テンプテーションズがその翌年にヤバさ全開のかっこよさに仕立て上げて大ヒットさせた。実直な父親に育てられたグループのメンバーたちは「父親を罵倒する」ことに疑問を感じていたようだ。ファビュラス・フィクショナル・ファンク。
2位 ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス「Someday We’ll Be Together」
ダイアナは、1961年のジョニー・アンド・ジャッキーによる別れと希望をテーマにしたデュエット曲のカヴァーでシュープリームスに別れを告げた。アレンジが驚くほどオリジナルに忠実だが、プロデュースにあたったのはジョニー・ブリストルで、彼がジョニー・アンド・ジャッキーのジョニーなのだ。ダイアナを引き立て後押ししている声はブリストルで、シュープリームスの面々は全くレコーディングに参加していないのがなんとも皮肉めいた話だ。
1位 マーヴィン・ゲイ&タミー・テレル「Ain’t No Mountain High Enough」
ポップ・ミュージックが大きな革命期にあった1960年代に残された一大傑作のひとつであり、史上最高のソウル・ナンバーのひとつ。ファンの多くはこの「Ain’t No Mountain High Enough」こそモータウンの最盛期の象徴と見なしている。アシュフォード・アンド・シンプソンによって書かれた「Ain’t No Mountain High Enough」は、穏やかな冒頭から驚異的な高みへと盛り上がりを見せる楽曲構成をもって、ルーツであるゴスペルと極上のソウルを融合してみせた。それぞれのソロであれ、揃い踏みのデュエットであれ、マーヴィン・ゲイとタミー・テレルさえ、これを超えるものを残すことはできなかった。どこまでも情熱的で、野心に満ちたソウル・ナンバーだ。
Written By Ian McCann
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