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モータウンと女性のエンパワーメント:女性たちの社会進出を後押したレーベルと楽曲

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Photo: Michael Ochs Archives/Getty Images

黒人による黒人の音楽を作り、そして人種の壁を越えてアメリカで愛された伝説的なレーベル、モータウン。彼らの成功には女性たちの活躍が欠かせない、それはアーティスト達、そして裏方たち。それらの歴史と彼女たちが残した名曲を紹介。

記事とともに楽しめるプレイリスト『モータウンの女性達、それ継承するアーティスト達』も公開中(Apple Music / Spotify

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ゴーディ家の女性達

モータウン・レコードが私たちの知っているような成功を収めることができたのは、設立当初から同社を支えてきた女性たちのおかげだと言っていい。ベリー・ゴーディ・ジュニアの母バーサは、夫であるベリー・ゴーディー・シニアとともに実業家として成功を収めていた。そうした意味では、その子どもたち ―― 特にベリーと4人の姉 ―― の起業家精神は彼女から来ていると考えてもあながち的外れとは言えないだろう。そして、そんなベリーたちを通じて、モータウンと女性たちの活躍を後押しするエンパワーメントの精神は、育まれていったのである。

実際、モータウンはほとんどあらゆる側面で、女性たちの活躍をバックアップしてきた。具体的には財政面の管理や、レーベルの象徴でもあるファッション・イメージの創出、レーベルを代表する大スターの育成、そしてそうしたスターたちへの楽曲提供といったことが挙げられる。

ゴーディ家の長女であるエスター・ゴーディは1961年にモータウンの経営に参画し、シニア・ヴァイス・プレジデントを務めた。ベリー・ゴーディがレーベルの拠点をロサンゼルスに移した1972年、彼女はデトロイトに留まることを選び経営から手を引いたものの、のちにモータウン歴史博物館を設立。この施設は、現在でも観光客が多数訪れる人気のスポットとなっている。

また、1965年に急逝した三女のルーシー・ゴーディは、モータウンの財務や出版部門を統括していた。レーベルに携わった期間こそ短かったが、彼女はモータウンという企業にとってなくてはならない存在だった。

しかし、おそらくモータウンという組織に誰より大きな影響を与えたのは、アンナ・ゴーディとグエン・ゴーディの二人だろう。グエンは1958年にビリー・デイヴィスと共同でアンナ・レコードを創設。グエンの姉の名前を冠したこのレーベルからは、バレット・ストロングによる不朽の名曲「Money  (That’s What I Want)」が生まれている。

Money (That's What I Want)

また、アンナもグエンと同じくソングライターとしての顔を併せ持っていた。彼女は夫であるマーヴィン・ゲイとともに、マーヴィンの1971年作『What’s Going On』に収録曲された「Flyin’ High  (In The Friendly Sky)」を作曲。さらに、1973年のアルバム『Let’s Get It On』を締めくくる1曲「Just To Keep You Satisfied (別離のささやき)」の曲作りにも協力している。

Flyin' High (In The Friendly Sky)

アンナとマーヴィンの二人はそのほかに、オリジナルズへの楽曲提供も行っていた。のちにシンガー・ソングライターのローラ・ニーロがカヴァーしたことでも知られるこのグループ最大のヒット曲「The Bells」もこの二人の作品だった。

The Bells

ゴーディ家の四女であるグエン・ゴーディ・フークアは、実業家であり、同時に作曲家でもあった。作曲者としては1950年代に、弟のベリーとともにジャッキー・ウィルソンのヒット曲などを手がけている。そんなグエンは、モータウンのスタイルの確立に多大な貢献をした人物だ。

彼女はレーベルの所属アーティストにそれ相応の身だしなみと振る舞いを学ばせるため、講師としてマキシン・パウエルを雇った。そうしてアーティストたちにスターにふさわしい歩き方や話し方、そしてダンスのスタイルなどを教え込んだのである。そして、気品と才能を兼ね備えたアーティストたちの姿を大衆にアピールすることで、モータウンは全国的なスターを輩出していった。

ここで重要だったのは、モータウン・レーベルが人種やジェンダーの壁に立ち向かったことという点である。モータウンは、そうした才能溢れるアーティストたちの音楽がラジオやテレビで放送されるにふさわしいものであることを世間に印象づけた。また、肌の色や社会的・経済的地位によって彼らの価値が決まったり、活躍の機会が奪われたりすることがあってはならないと世に訴えたのである。おそらくそうしたレーベルの取組から一番の恩恵を受けていたのは、モータウンの女性グループだった。

 

シュープリームスの成功と女性シンガーたちの活躍

モータウン発の楽曲として、米ビルボード誌のヒット・チャートで最初に本格的な成功を収めたのはマーヴェレッツがレコーディングした「Please Mr. Postman」だった。この曲がきっかけで、モータウン・レーベルは才能溢れる女性グループの結成とプロモーションに注力していったのである。

The Marvelettes – Please Mr. Postman (Lyric Video)

ベリー・ゴーディは有望な若手女性シンガーを発掘する手腕に優れていたし、彼女たちを世に売り出すべきタイミングも心得ていた。それゆえに彼は、マーヴェレッツのようなグループのメンバーに”オリジナル・ナンバーに取り組んで好機を待て”と説いたり、”そのうちチャンスはやってくる”と諭したりすることもしばしばだったという。

彼はまた、変化を加えるべきか、結果がついてくるのを待つべきかを判断することにも長けていた。メリー・ウェルズがレコーディングに現れなかったとき、モータウンで秘書として働いていたマーサ・リーヴスをマイクの前に立たせたのというエピソードはその証左の一つとなろう。

マーサ・リーヴスは、そのことを契機にマーヴィン・ゲイのいくつかの楽曲でバック・ヴォーカルを担当。その後、彼女を中心に結成されたのが、マーサ&ザ・ヴァンデラスだ。同様にゴーディは、「No hit Supremes (ヒット曲のないシュープリームス)」と呼ばれていたダイアナ・ロス、フローレンス・バラード、メアリー・ウィルソンから成る3人組にも揺るぎない信頼を置いていた。実際、彼女たちは史上屈指の大物女性グループへと成長し、モータウン・レーベルに実に12点ものヒット・シングルを残した。このグループがかのダイアナ・ロスのソロ・アーティストとしてのキャリアの礎になったことは敢えてここで言うまでもないだろう。

The Supremes "You Can't Hurry Love" on The Ed Sullivan Show

 

女性ソングライターたちの台頭

モータウンで成功のきっかけを手にしたのは何も女性ヴォーカリストたちだけではない。優れた女性ソングライターたちもまた、このレーベルでチャンスを掴んでいたのである。その一人であるシリータは、そもそもは受付係としてマーサ・リーヴスと同じようにモータウンのスタッフとして働いていた。

1968年のわずかな期間、同レーベルでのレコーディング (そのときはリタ・ライトという名義を使用していた) を経験した彼女は、その後スティーヴィー・ワンダーと交際するようになる。そして二人は、スピナーズの輝かしい名曲「It’s A Shame」をはじめとする一連の共作曲を残していったのである。

It's A Shame

スティーヴィー・ワンダーと手を組んだ女性作曲家には、このシリータの他に、「Evil 」「You’ve Got It Bad Girl」「Girl Blue」といった作品を残したイヴォンヌ・ライトや、プロデューサーとしても成功を収め代表作に「Uptight (Everything’s Alright)」や「My Cherie Amour」があるシルヴィア・モイといったアーティストがいる。

My Cherie Amour

また、スティーヴィー・ワンダーの母であるルーラ・メイ・ハーダウェイも、作曲者としてモータウンにオリジナル曲を残している。ワンダーのキャリアにあっても屈指のヒット曲「Signed, Sealed, Delivered I’m Yours (涙をとどけて)」もそんな作品の一つである。

Stevie Wonder – Signed, Sealed, Delivered I'm Yours

ノーザン・ソウルの名曲「Tainted Love」で知られるグロリア・ジョーンズもまたかつてはモータウンに所属し、シュープリームスやグラディス・ナイト&ザ・ピップスといったグループに楽曲を提供していた。

なお、グロリア・ジョーンズとともにグラディス・ナイト&ザ・ピップスの「If I Were Your Woman (恋の苦しみ)」を書いたパム・ソーヤーも長年に亘って作曲家として活躍し、幅広いスタイルの楽曲を残している。

Gladys Knight & The Pips "If I Were Your Woman" on The Ed Sullivan Show

 

フェミニズムに通じるテーマを備えた楽曲

モータウンの女性アーティストたちは、楽曲の中で興味深いテーマを数多く扱ってきた。もちろん、ロマンティックなナンバーも失恋を歌った楽曲もいくつもあるが、社会的/政治的な題材を取り入れた作品も少なからず存在する。マーサ&ザ・ヴァンデラスの「Dancing In The Street」はその好例だろう。

Martha & The Vandellas "Dancing In The Street" on The Ed Sullivan Show

また、息が詰まるような不健全な男女関係を歌っているという点では、彼女たちの「Nowhere To Run」もその一つと言っていいだろう。一方で、ダイアナ・ロス率いるシュープリームスは、1968年のアルバム『Love Child』で、妊娠、私生児、母性といった、さらにセンシティヴなテーマに挑んでいる。

『Love Child』のタイトル・トラックのアイディアを考案し、ベリー・ゴーディに同曲のシングル・カットを提案したのは前述のパム・ソーヤーだったと言われているが、結果的に「Love Child」は広く一般の聴き手から人気を博し、ヒット・チャートの頂点に輝いている。そして、この曲の成功はモータウンの作品群にとって重要な転換点にもなった。これをきっかけに、その他の所属アーティストたちも社会的/政治的な題材を扱った楽曲をレコーディングし、リリースするようになったのである。

Diana Ross & The Supremes "Love Child" on The Ed Sullivan Show

このように、ベリー・ゴーディが設立したレーベルの歴史は、多くの面でもう一つの物語と結びついている。”もう一つの物語”とはつまり、女性のエンパワーメントに関する物語である。モータウンから生まれたナンバー・ワン・シングルがそうであったように、同社の成功は ―― リスクを背負いながらも ―― 与えられたチャンスを掴んだ女性アーティストたちによって成し遂げられた。そして、そうした女性たちのおかげで、モータウンは名曲の数々を世に送り出すとともに、長年に亘る成功を収めることができたのである。

Written By Hannah Vettese


プレイリスト

『モータウンの女性達、それ継承するアーティスト達』

Apple Music / Spotify



 

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