Stories
BECK『Colors』解説:現代的なポップ・サウンドが次々に展開される変幻自在のアルバム
2025年5月28日(水)に大阪・Zepp Namba、5月29日 (木)に東京・NHKホールでの単独来日公演が、そして6月1日にASIAN KUNG-FU GENERATION主催のロックフェスティバル『NANO-MUGEN FES.2025』への出演が決定したBECK。
2018年SUMMER SONICでのヘッドライナー出演以来となるバンド編成での来日を記念して、彼の過去のアルバムの解説記事を連載として順次公開。
<関連記事>
・ベック『Mellow Gold』解説:変幻自在の名盤と「Loser」
・「My Favorites BECK! by NANO-MUGEN FES.」が公開
・ベック『Odelay』解説:ベックの名を世界に轟かせた傑作
・ベックがファレルと作り上げた新作『Hyperspace』の素晴らしさ
1曲に800以上のミックスと収録曲
ベックは『Morning Phase』に続くアルバムを2014年9月にリリースすると仄めかしていたが、『Colors』が世に出たのはそれから数年が経った2017年10月13日だった。どれだけぼんやりと聴いていたとしても、同作に盛り込まれたアイデアの数には圧倒されることだろう。ベックが目指していたのは、その制作期間に見合うような変幻自在のポップ・アルバムだったのである。
ベック本人によれば、グレッグ・カースティン(プロデューサーとしてシーアからアデルまで幅広いアーティストの作品を手がけ、現在ではグラミー賞の受賞歴も持つ。一方、マルチ・プレイヤーとしての顔も持ち、ベックとも2003年以降折に触れて共演してきた)との当初のレコーディングのあと、ミキシングに途方もない時間がかかったのだという。彼の話では、完璧な仕上がりを追求して1曲に800以上のミックスを試したこともあったようだ。
そうした例の一つが、2014年にシングルとしてリリースされた「Dreams」だ。同曲は新作アルバムの方向性の一端を覗かせる楽曲だったが、『Colors』には新たなミックスで収録された。
演奏時間が短くなり迫力が増したそのヴァージョンは、アルバムのリリースを控えた時期にベックが披露していたパワフルなライヴ・ヴァージョンに近いサウンドだった。それでも、“アップビートで歌詞も前向きなポップ・ナンバー”という楽曲の本質に変わりはない。その作風は、ツアー・バンドで演奏しやすいレコードを作りたいと公言していた彼の想いに沿ったものだったのである。
とはいえ、魔術師でもない限りこれらの曲すべてをステージで再現することは難しい。同作にこれでもかと詰め込まれたアイデアを瞬時に解析することは不可能に近いのだ。しかし『Colors』に繰り返し耳を傾けていると、隠されていた数々の仕掛けが見えてくる。
本格的なステレオ機材でアルバムを最大限に楽しめる環境があれば、より細部がはっきりと聴こえることだろう。オープニングのタイトル・トラックで終始飛び交うピンポン玉のようなエフェクトもそんなアイデアの一つだし、一聴して何のことなさそうなビートルズ風のポップ・ソングが高揚感溢れるピアノ・バラードへと変貌する「Dear Life」の意外な楽曲展開もそうだ。
また、メリハリの効いた「No Distraction」のリフレイン(They pull you to the left They pull you to the right / やつらがきみを左へ そして右へと引っ張る)を聴くと、ボウイの「Fashion」や、ディーヴォの忙しないニュー・ウェイヴ・ファンク、そして多幸感溢れるポップ・アンセムなどが一度に頭に浮かんでくる。このパートは、それらを違和感なく一つに融合させたようなサウンドなのだ。
ポップ/ロック/ファンク/ヒップホップを自在に操る変幻自在のアーティストは、そんな作品を作り上げようとしてしばらく奮闘していた。無数のアイデアを繋ぎ合わせたコラージュから、綺麗に継ぎ目を消す方法を模索し続けていたのである。
個々の収録曲に目を向けても、『Colors』には充実した内容の楽曲ばかりが並ぶ。例えば「Wow」は、ベックの話によればアルバム完成の直前に急遽加えられたという1曲。この曲にはラップ・パートもあり、そこには電話で会話する悪魔や、野外での柔術、そして「ランボルギーニみたいなシーズーを連れたビキニの女の子 / girl in a bikini with the Lamborghini shih tzu」といった要素も登場する。
サウンド面に話を移すと、同曲ではマカロニ・ウェスタン風のスライド・ホイッスルが、音数の少ないトラップ・ビートやサンシャイン・ポップ調のコーラス・パートなどに組み合わされている。『Midnite Vultures』の制御されたカオスを想起させるサウンドだが、同曲は高揚感溢れる現代的なポップ・ナンバーである「Dreams」や「Up All Night」などとも違和感なく共存している。
前作『Morning Phase』はグラミー賞に輝くなど大成功を収めた。それゆえ同作で新しくファンになった人びとは前作同様、多少地味だったとしても美しく作り込まれた傑作をベックに期待していたかもしれない。
『Colors』のクロージング・トラックである「Fix Me」は、それまでの怒涛の9曲に面食らった人たちを繋ぎ止められる1曲だ。同曲の悲しげなピアノや哀愁漂う歌詞は、『Sea Change』や『Morning Phase』に収められていてもおかしくない仕上がりなのである。とはいえ、「Fix Me」はアルバムを最後に盛り下げる1曲というより、息をもつかせぬそれまでの楽曲群とのバランスを取る1 曲だといえよう。
ベックが共感覚の持ち主かは分からないが、これらのことから判断すると彼は“Colors /色”に導かれて独創的なポップの新たな世界へと到達したようだ。ベックは20年以上のキャリアを重ねてもなお、私たちに新たな驚きを与えることができたのである。
Written By Paul Sexton
ベック『Colors』
2017年10月13日発売
iTunes Stores /Apple Music / Spotify /Amazon Music / YouTube Music
ベック 7年ぶりバンド編成での来日公演 in 2025
5月28日(大阪 Zepp Namba)
5月29日(東京 NHKホール)
6月1日(神奈川 Kアリーナ横浜 *NANO-MUGEN FES.2025)
公演公式サイト
- ベック アーティストページ
- ベック関連記事
- 「My Favorites BECK! by NANO-MUGEN FES.」が公開
- ベックのソロ・アコースティック・ライヴ:真価に直接触れる貴重な一夜
- ベックがプリンスのスタジオで録音したEPをAmazon Music限定配信
- ベック本人が参加したロンドンでのアルバム試聴会レポート