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国によってチャート結果が違ったアバの「I Do, I Do, I Do, I Do, I Do」
1974年に「Waterloo」でユーロヴィジョン・コンテストで優勝を果たし大成功したとはいえ、アバが世界に進出した初期の頃、その結果がすぐにチャートに反映される保証などなかった。イギリスでは、その1位の大ヒット曲に続いて「Ring Ring」がリリースされた。これはリスナーたちが「Waterloo」に出会う前にヨーロッパの他の国でのこの4人組の最初のヒットとなったシングルの再リリースだったが、残念ながら最高位32位までしか登らなかった。
そして続いてリリースされたのがシュラガー・スタイル(*ドイツ語ポップスのスタイル)と大きなサックスのサウンドが印象的な「I Do, I Do, I Do, I Do, I Do」だった。当時も今もアバに対して一番反応が良い地域の一つであるオーストラリアのマーケットでは見事1位に輝いた。しかし、ベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースとアバのマネージャー、スティグ・アンダーソンによってつくられたこの曲は、国によってチャートでの結果が異なる曲となったのだ。
イギリスでは1975年の夏にエピック・レコードからシングルとしてリリース、チャート入りした時はたったの50位だった。8月2日にこの曲の最高位となる38位にランク・イン、その週が唯一トップ40入りを果たした週だ。しかし、レコード会社はシングルを素早く切り替え、1か月ほどですぐに「SOS」をリリースしすると6位を記録、それがアバのイギリスでの成功の幕開けとなったのだ。
一方アメリカでは「Waterloo」のTOP10ヒットに続いたのは、最高位27位に入った「Honey Honey」で、「SOS」は15位とある程度のヒットとなった。「I Do, I Do, I Do, I Do, I Do」は、バンドのアメリカのレーベル、アトランティックによってその次のシングルとして選ばれ、結果も良好だった。B面に「Bang-A-Boomerang」を収録し(他の国のB面は「Rock Me」だった)「SOS」と同じ記録を達成した。
その歌詞の内容から、ウェディング・ソングの定番としての地位を確実なものにしたが、それは現実のみでなく、映画の世界でも実現し、1994年のヒット映画『ミュリエルの結婚』でミュリエルが結婚するシーンで使用されている。この映画がオーストラリアで製作されたのも偶然ではないだろう。最も「I Do」と言っていた国なのだから。
Written by Paul Sexton
「I Do, I Do, I Do, I Do, I Do」収録アルバム『ABBA』