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偉大なるポップの実験主義者、スコット・ウォーカーが76歳で逝去:その半生をたどる

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ロック史において、最も謎めいた、そして最も影響力を持った人物のひとりである、スコット・ウォーカーが76歳で逝去した。「The Sun Ain’t Gonna Shine Anymore」や「Montague Terrace (In Blue)」、「Joanna」などの楽曲で高く評価されていたスターは、デヴィッド・ボウイからマーク・アーモンド、ジャーヴィス・コッカーまで多くのミュージシャンたちに影響を与えた。

所属レーベルの4ADの声明にはこう書かれている。「深い悲しみと共に、スコット・ウォーカーが逝去したことをお知らせします。スコットは彼の娘であるリーと、孫娘のエミー・リー、そしてパートナーのビバリーに看取られ、76歳で亡くなりました。半世紀もの間、本名ノエル・スコット・エンゲルの才能は、ウォーカー・ブラザーズのメンバーとして、そして妥協なきオリジナリティを持ったソロ・アーティスト、プロデューサー、作曲家として、多くの人々の生活に豊かさをもたらしてくれました」。

1943年生まれのノエル・スコット・エンゲルは、オハイオ州の地質学者の息子として育った。セッション・ベーシストとしてその音楽キャリアをスタートし、ウォーカー・ブラザーズに加入した時に、スコット・ウォーカーを名乗るようなる。1960年代には、バンドはとりわけイギリスで大きな成功を収め、「The Sun Ain’t Gonna Shine Anymore」などのヒット曲は彼らのライバル的存在であったザ・ビートルズのファンまでもを魅了した。

The Sun Ain't Gonna Shine Anymore

The Sun Ain't Gonna Shine Anymore

 

初期のウォーカー・ブラザーズの人気をもってしても、スコット・ウォーカーは名声を得たが故の周囲からの期待に対する不安を露わにしていた。「時々すごく憂鬱になって、全てを投げ出してしまおうかと思うんだ」と彼は1965年のNMEの取材で明かしていた「でも音楽は大好きだよ。だから時々、つい先週みたいに、この現実から逃げ出したくなるんだ。2日間失踪して、誰も僕の居場所を知らなかった。僕が姿を現した時、みんな捜索願いを出そうとしてたよ。僕はアーティスト仲間の数人とパーティをしてただけなんだけどね」。

そして、スコット・ウォーカーはスーパースターとしての人生や名声は自分には向いていないことを悟った。「最初は素晴らしかったよ。沢山のことを学んだしね」と2018年のガーディアン紙のインタビューの中で当時を振り返っていた。「大規模なオーケストラと一緒にやることもあったし、予算も豊富だった。ただ、次第にそれがお決まりになって、彼らは僕らにずっと同じ成果を求めてくる。僕はどうしたら同じ事を成し遂げるための曲を作れるのかと考えあぐねていた。そのうちネタに尽きてしまったのさ」。

1967年のウォーカー・ブラザーズの解散後、表舞台からは退きつつも、ソロ・アーティストとして復帰し、批評家の間で高く評価されたアルバム『Scott』『Scott2』『Scott3』『Scott4』を立て続けにリリースした。

Duchess

Duchess

 

1970年代に入ると、カヴァーに立ち戻って一連の作品を発表していたが、その後ウォーカー・ブラザーズを再結成した。再結成後のアルバムにはスコット・ウォーカーが書いた4曲を収録した1978年の『Nite Flights』も含まれているが、暗い旋律と電子楽器を取り入れたこのアルバムは、彼のキャリア後期における作品の前兆とも言える。

その後もリリースはより断続的にはなっていったものの、どれも画期的な作品ばかりである。1984年の『Climate Of Hunter』ではデジタル・ポップ時代にマッチする最新サウンドで、雰囲気漂うソフト・ロックを創り出している一方で、1995年の『Tilt』は全編を通して実験的なバラード曲をフィーチャーしている。

アルバム『Tilt』の発売付近に行われたWire誌の貴重なインタビューの中で、物思いに耽りながら彼はこう語っていた。「この作品を作っている時、あえてポップスは聴かないようにしていた。無意識のうちに影響されてしまうものだからね。代わりにベートーベンのピアノソナタやバルトークの弦楽四重奏、それからブルースのアルバムなんかも聴いていたね。それから、以前にもやっていた作業なんだけど、1つ1つの録音を集めて、通しで聴き直すんだ。レコーディングが僕が求める音に仕上がっていることを確かめるためにね。その音がどこから来るのかはわからない。多く場合は静寂の中から湧き上がってくるかな。ただ座ってその時を待つんだ。待ち続けるのみさ」。

そしてスコット・ウォーカーの作品は次第に主流からは外れていく。肉を叩く音をフィーチャーした2006年の『The Drift』くらいからその傾向は高まり、2014年の『Soused』ではアバンギャルドメタルバンドのSunn O))) とコラボレーションを果たした。彼の最も新しい作品は、ナタリー・ポートマン主演の映画『ヴォックス・ルクス』のスコアだった。

この訃報を受けて、ロック、ポップ、そしてアバンギャルド界の大物たちが追悼を捧げている。スロッビング・グリッスルのファニ・トゥッティは「ひどく悲しい」と述べ、ミッジ・ユーロは彼を「マホガニー・ヴォイスの持ち主だった」と呼び、プロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチは「真の偉人のひとり」として自身のツイッターで敬意を表している。レディオヘッドのフロントマン、トム・ヨークも、ツイッターでこう綴っている。「スコット・ウォーカーが亡くなったことを知り、とても悲しいです。彼はレディオヘッド、そして僕自身に大きな影響を与え、自らの声と言葉を使って表現できるのだということを教えてくれました。彼とは一度メルトダウンで会ったことがありましたが、とても優しくて穏やかなアウトサイダーでした。彼は死は大いに惜しまれることでしょう」。

Written by Tim Peacock




 

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