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ナイン・インチ・ネイルズなどで知られるプロデューサーでドラマーのキース・ルブランが逝去

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Keith LeBlanc - Photo: Manfred Werner, CC BY-SA 3.0 Deed

独創性に富んだ初期のヒップホップの重要作品に参加したドラマーであり、影響力のあるソングライター、プロデューサーとしても知られていたキース・ルブラン(Keith LeBlanc)が2024年4月4日に70歳で逝去した。彼のレーベル“On-U Sound”は以下のような声明でこの訃報を伝えている。

「On-U Soundのスタッフ一同は、偉大なるキース・ルブランの訃報に接し、悲しみに打ちひしがれています。素晴らしいドラマー、プロデューサーであり、音楽界の異端児だった彼の死は大変惜しまれることでしょう。キース、安らかにお眠りください」

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その生涯

子供の頃、テレビでリンゴ・スターを見たことがきっかけでドラムを始めたキース・ルブランは、80年代初頭にSugar Hill Recordsのセッション・ドラマーとしてそのキャリアをスタートさせた。

キース・ルブランは、ベーシストのダグ・ウィンビッシュ(リヴィング・カラー)、ギタリストのスキップ・“リトル・アックス”・マクドナルドと共に、シュガーヒル・ハウス・バンドのドラマーとして初期のヒップホップサウンドの開拓に貢献。3人のミュージシャンはその後、インダストリアル寄りのヒップホップ・グループ、タックヘッド(Tackhead)を結成し、1987年から2014年まで4作のアルバムをリリースしている。

また彼は、プロデューサー兼ミキサーとして、ナイン・インチ・ネイルズ、リヴィング・カラー、ピーター・ガブリエル、ザ・キュアー、ミニストリーなど、数々の伝説的なアーティストやバンドと仕事を共にしてきた。

キース・ルブランは、自身のソロ作品のほかにも、R.E.M.、ザ・ローリング・ストーンズ、ロバート・パーマー、アニー・レノックス、ティナ・ターナー、ブライアン・フェリー、デペッシュ・モード、シネイド・オコナーら、著名ミュージシャンのドラマーやプログラマーとしても活躍してきた。

彼はナイン・インチ・ネイルズのデビュー・アルバム『Pretty Hate Machine』にも大きく貢献し、ファンの間で人気の高い「Head Like a Hole」や「Down In It」を共同プロデュースしたほか、アルバムに収録されている他の数曲のエンジニアリングやミキシングも手掛けている。

Head Like A Hole

2023年にカルチャー・メディア“Burning Ambulance”に掲載された自身のキャリアを振り返るインタビューの中で、キース・ルブランはアニー・レノックスとの仕事についてこう振り返っていた。

「アニー・レノックスも本当にすごかった。彼女は本物のシンガーです。多くのシンガーは、部分的に修正を入れたり、オートチューンで補正しなければならないのですが、彼女はミュージシャンと一緒にスタジオに入って、その場で完璧にやってのけるんです。だから、そこではたくさんのコラボレーションが生まれました」

彼はまた、自身の仕事におけるテクノロジーの使用についても次のように振り返っている。

「ええ、機材に関しては最新の情報を追いかけています。最新の機材を使っています。でも、50年前と同じように仕事をしています。仕事のやり方は何も変わっていません。ただ、今は多く作業がずっと簡単になり、時間もかからなくなりました。でも、仕事のやり方は変えていません」

Written By Sam Armstrong


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