“悪魔の音楽”の歴史:悪魔と契約し、悪魔を歌い、悪魔を利用し、悪魔に感謝してきたミュージシャンたち

February 18, 2018


“悪魔の音楽”の歴史:悪魔と契約し、悪魔を歌い、悪魔を利用し、悪魔に感謝してきたミュージシャンたち

一世紀以上前のこと。ピアニストのジェリー・ロール・モートンは、いわゆる“悪魔の音楽”を演奏しているとの理由で、祖母に窓から家の外へ放り出された。だがジャズは、サタン/悪魔と結託した音楽というレッテルを貼られた最後のポピュラー音楽では決してない。そういった非難のレッテルは、やがてブルースや、ロックン・ロール、ヘヴィ・メタル、ヒップホップといった音楽だけでなく、イーグルスからザ・ローリング・ストーンズまで、多様なアーティストに貼られていった。

1920年代のアメリカでは、ジャズは危険なものと見なされ、売春宿や隠れ酒場で流れる音楽だと考えられていた。ジェリー・ロール・モートンは次のように語っている。「売春宿で私がジャズを演奏していることを知った祖母に、家族の顔に泥を塗ったと言われ、同じ家に住むことを禁じられたんだ……。その悪魔の音楽はきっと私に破滅をもたらすって言われたよ。それでも私は、ジャズと決別することができなかったんだ」。

コンサートホールで演奏されるビッグバンドの音楽ですら、当時は不安を持たれていた。サックスは、1903年にローマ法王ピウス10世によって使用が禁止されていたが、ジャズの時代となり“淫らな踊り”を誘発するジャズを大音量で奏でるためにサックスが使われだすと、“良識ある”人々の間に警戒心と道徳的な怒りが呼び起こされたのである。結局のところ、彼らの頭には「悪魔はリンゴかセクシーなリズムを用いて、人間を誘惑する方法を知っている」ということがあったのだ。その影響で、 1920年代には一時、ジャズは何百もの市民ダンスホールで禁止措置を受けていた。

問題を引き起こしたのは、シンコペーションのリズムだけではない。18世紀に「悪魔は最高の調べを持っている(※“悪いことほど楽しいもの、邪悪な楽しみが一番楽しい”という意)」と言ったのが、どの聖職者だったのかは誰も知らないが、ジェリー・ロール・モートンが「Boogaboo」と題した悪魔に関連する曲をレコーディングする遥か以前に、クラシック音楽は“死の舞踏”や不道徳な交響曲で、世間を驚愕させていた。

Tartini Sonata In G Minor

ヴェネツィアの作曲家ジュゼッペ・タルティーニ(1692〜1770年)は、サタンが夢に現れてヴァイオリンを弾いて見せた後、インスピレーションが湧き「悪魔のトリル」こと「Sonata In G Minor」を書いたと語っていた。サタン自身もマルチ楽器奏者で、ヴァイオリンを演奏するだけでなく、旧約聖書のエゼキエル書28章13節によれば、サタンの存在そのものの中に小太鼓と笛が組み込まれていると記されている。

ジュゼッペ・タルティーニは、三全音を使用した数多い作曲家の一人だ。三全音とは、三つの全音からなる音程関係のことで、“音楽の悪魔”、もしくは“悪魔の音程”と呼ばれていた。この不協和音は、スレイヤーやブラック・サバスといったバンドにより、ヘヴィ・メタル音楽に再び現れ、更にシンプソンズのテーマ曲にも登場。ドキュメンタリー映画『メタル:ヘッドバンガーズ・ジャーニー』の中で、アリス・クーパーKISS、ディープ・パープルらと仕事をしていたプロデューサーのボブ・エズリンは、「三全音には、何かとても性的な魅力がある。聞くところによれば、野獣を呼び出すのに使われた音だったらしいね」と語っていた。

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レコーディング時代の幕開け以来、悪魔はポピュラー音楽において中心的な役割を果たしてきた。しかし、音楽とオカルトの結びつき、つまり影響力の高い疑似恋愛的な絆を実際に強固なものにしたのは、ファウストのようにミュージシャンが悪魔に魂を売れば、それと引き換えに音楽的な卓越性を得ることが出来ると信じられていたためである。

Robert Johnson - Hellhound On My Trail Image

この伝説の典型例が、ミシシッピ生まれのミュージシャン、ロバート・ジョンソンだ。彼は、ブルース歌手のチャーリー・パットンが育ったあのドッカリー農園の近くの十字路で、真夜中にサタンに魂を売り渡したと一般的に言われている。俗説によると、ロバート・ジョンソンは旅回りのミュージシャンとしては月並みの腕前だったが、ベルゼブブと契約を結んだ後に史上最高のギタリストの一人に変貌したとされる。そして「Hellhound On My Trail」を作曲したこの男の伝説は、27歳で謎の死(多分、殺人)を遂げたことにより、強固なものとなる一方であった。

“デルタ・ブルースの王者”ことロバート・ジョンソンが、いかにしてその力を得たか。この伝説は強い影響力を及ぼし続け、そこからインスピレーションを得たのが、ウォルター・ヒル監督による1986年公開の映画『クロスロード』だ。ライ・クーダーがオリジナル・スコアを手がけた同映画のサントラには、伝説的ブルースマン、ソニー・テリーがハーモニカで参加している。悪魔に魂を売るブルース・ギタリストの物語は、コーエン兄弟の名作映画『オー・ブラザー!』の一部にも取り入れられていた。またチャーリー・ダニエルズ・バンドによる1979年のヒット曲「The Devil Went Down To Georgia」も、そこから着想を得ている。

ロバート・ジョンソン以来、真剣さの度合いは様々だが、悪魔と契約を結んでいると主張するのは、ミュージシャンにとって魅力的なことだという証明がなされてきた。ジョン・レノンは記者会見で、ザ・ビートルズがあれほどまでに成功したのは彼が魂を売り渡したからだと語り、近年では、ケイティ・ペリーやイージー・Eも同様の主張を行っている。ボン・ジョヴィに至っては、ティーンエイジャー向けポップ音楽誌『スマッシュ・ヒッツ』に「ロックン・ロールのためなら、母親を殺しても構わない。(悪魔に)魂を売ってもいい」と語っていたほどだ。

Murder Was The Case Cover

スヌープ・ドッグは自伝『The Doggfather』の中で、「悪魔が魂と引き換えに自分を金持ちで有名にしてくれると同意した」と主張。それは、彼が「Murder Was The Case」という曲で追求していたテーマである。だが、自らのキャリアを優位に導くため、邪悪な側面の神秘性を利用するというのは目新しいことではない。影響力のあるブルース・ミュージシャンとして1930年代に活躍したピーティー・ウィートストローは、自身を“地獄の州長官”や“悪魔の義理の息子”という新たなイメージで売り込んでいた。

教会に通ってゴスペルを歌うという伝統の中で育ったミュージシャンの中には、ブルースと悪魔の繋がりは迷惑だと考える者もおり、多くはロバート・ジョンソンの“クロスロード伝説”に空想的なロマンを見出せずにいた。ブルーグラスの巨匠ビル・モンローは、注意を促すため「The Old Crossroads」という曲をレコーディングし、こう警告している。「サタンと手を結んではいけない/罪の中で永遠に自分を見失ってしまうから」

Skip James Devil Got My Woman Cover

ブルース・ミュージシャンの中には、単に自身の音楽をより強力なものにする一助として、悪魔的な言葉や超自然的なイメージを利用していたものも多くいた。スキップ・ジェイムスの「Devil Got My Woman」がその一例だ。また、ハウリン・ウルフが邪悪さの問題に関して興味深い瞑想を行っていたように、そのテーマから豊かな創造性を得ていた者もいる。

ロックン・ロールはブルースを元に発生したことから、エルヴィス・プレスリーのようにセクシーに腰をくねらせる若い歌手の登場によって、新たな音楽の魔王が町に現れたという考えに勢いが与えられたのは明らかだった。特にロッカーのリトル・リチャードは、自身のキャリアは「闇の力に指示を受け、支配されていた」と公言していたほどである。

しかし、必ずしも全てのロックン・ロール・スターが世の中を不安がらせていたわけではない。ビル・ヘイリーと彼の率いる中年バンドが、悪魔の秘密部隊の一員だったとは考え難いはずだ。しかし1960年代、音楽の傾向が変わって暗い方向へと進み、バンドがより荒削りで激しいものになっていった時、音楽と悪魔主義との繋がりは空前の高みへと達した。「ウエスト・サイド物語」に合わせて合唱(「マリア、俺はマリアという名の娘に出会った」)する時代は終わりを告げたのである。世界が足を踏み入れたのは、爆発の危険性を孕んだ、指導者であり殺人者のチャールズ・マンソンと彼のコミューンの時代の到来だ。ついでながらチャールズ・マンソンも、自ら奇想天外なアルバムをリリースしている。

Rolling Stones image

1947年、悪名高いオカルトの権威アレイスター・クロウリーが英ヘイスティングで死去した時、ジョン・レノンやザ・ビートルズの同僚達はまだ小学生だったが、“地球で最も邪悪な男”と呼ばれていたアレイスター・クロウリーは、死から長い時を経た後も、この世界に影を落としていた。

ザ・ビートルズが1967年に発表したアルバム『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』の象徴的なジャケットを手がけたのはピーター・ブレイクだが、そこに登場する人物の中にはアレイスター・クロウリーもいる。同年、ザ・ローリング・ストーンズがリリースした『Their Satanic Majesties Request』は、初めて魔王サタンの名をタイトルに冠したメジャーなロック・アルバムとなった。

それを主導したのはミック・ジャガーとキース・リチャーズで、ミック・ジャガーは『太乙金華宗旨:黄金の華の秘密』などの書物を通じてオカルトをかじっており、またキース・リチャーズは1969年の曲「Sympathy For The Devil」で、音楽と悪魔の関係ついて決定的な瞬間を生み出していた。元々「The Devil Is My Name」というやや印象の薄い仮題が付いていた同曲の中で、ザ・ローリング・ストーンズは歴史上のここぞという重要な場面にサタンが現れていた様子を思い描いている。

コンサート映画『ロックンロール・サーカス』の中で、ミック・ジャガーは悪魔のイメージを強調しながら同曲を披露。上半身裸になった彼の体は、悪魔の図柄の疑似タトゥーに覆わていた。悪魔教会が「Sympathy For The Devil」を利用したという主張もある(同曲は、サンディ・ショウや、ブライアン・フェリー、モーターヘッド、ガンズ・アンド・ローゼズといった多くのアーティストがカヴァー)。だがミック・ジャガーの当時の恋人で歌手のマリアンヌ・フェイスフルの指摘によれば、「ミックは、一瞬たりとも、自分がルシファーであるなどとは信じていなかった」という顕著な点を含め、世の中の多くの人が歌詞の複雑さと反語的表現を見逃していたという。

彼ら自身が望んでいたか否かに関わらず、ミック・ジャガーと彼のバンドが生みだした曲は、絶大な影響力を持っていた。ミック・ジャガーはこう語っている。「すごく奇妙なことだと思ったよ。だって結局は、たった1曲だけだったんだからね。アルバム全体に、オカルトのシンボルが背景にちりばめていたというわけじゃなかった。でも人々はそのイメージをすごくあっさりと受け入れていたように思えた。そしてそれが、ヘヴィ・メタルのバンドにまで延々と引き継がれていったんだ」

アレイスター・クロウリーは、デヴィッド・ボウイにも大きな影響を与えている。ティーンエイジャーだった若い頃から、タロットカードで遊んだり悪魔祓いの儀式を行ったりしていた彼は、オカルトに興味を抱いていた。1971年の曲「Quicksand」で、デヴィッド・ボウイはアレイスター・クロウリーに敬意を表し、1976年にはローリング・ストーン誌のインタビューで、次のように認めていた。「ロックは昔からずっと、悪魔の音楽だったんだ……。ロックン・ロールは危険なものだと、僕は信じている。人は自分自身よりも暗い何かだけを、熱烈に歓迎するものだと感じてるよ」。デヴィッド・ボウイが生みだしたジギー・スターダストというキャラクターは、恐らくポピュラー音楽史上最も強い影響力を持った、“死にゆく神”の原型とも言うべき化身であり、2016年にこの世を去るまで、デヴィッド・ボウイは神秘主義に関心を持ち続けていた。

Led Zeppelin Image

しかし、デヴィッド・ボウイが“暗い夢想の世界”と呼ぶものに惹かれていた気持ちも、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジのそれには及ばない。噂によれば、ジミー・ペイジは降霊会に通い、オカルトの遺物を収集し、そしてデヴィッド・ボウイが「Quicksand」をリリースした年にはスコットランドのネス湖のほとりにある、以前はアレイスター・クロウリーの屋敷であったボレスキン・ハウスを買い取っていた。ジミー・ペイジのオカルトに対する関心は、レッド・ツェッペリンが“悪魔を礼賛するバンド”であり、「Houses Of The Holy」などの曲が正に悪魔をテーマにしているとの非難に繋がった。ジミー・ペイジはかつて、悪魔の影響を混ぜ込むことは “錬金術法”のようなものだと語っていたが、2007年、当時63歳だったこのソングライター兼ギタリストは、ギター・ワールド誌に対し、オカルトについてはもうそれ以上語りたくないと話していた。「なぜなら、それについて論じれば論じるほど、イカレているように見られてしまうからね」と。

70年代が進むにつれ、音楽と悪魔の繋がりは更に度を超えていき、やがてヘヴィ・メタル・バンドが広い支持を得るようになっていった。ブラック・サバスはデビュー・アルバムの見開きジャケットの内側に上下逆さの十字架を配し、歌詞では黒魔術を取り上げていたが、もしかしたらヴォーカルのオジー・オズボーンは単に、悪魔的な事柄に戯れに手を出している他のミュージシャン達を負かそうとしていただけだったのかもしれない。同じジャンルのミュージシャンの中で、麻薬やアルコール中毒と戦っていたのはオジー・オズボーンだけではなかったが、彼は自身の“悪魔崇拝”の歌について公然と語っており、また自らを“魔王”とも称していた。彼は次のように語っている。「自分は本当に悪魔に憑かれていると、俺は確信していた。映画『エクソシスト』を何十回も最後まで観て、心の中でこう思ったものさ、『ああ、俺はこいつに共感できるぜ』とね」

Black Sabbath Image

メタルは、やがて世に知られるようになった通り、独自の図像学や、行動規範、そして実際、神学をも生み出した。悪魔はメタル音楽の伝承の中心となり、数多くの後継バンドが先例に倣って、ジューダス・プリーストやメタリカ(後者の曲「The Prince」では若者達に、自らの魂を売って地獄に飛び込むように言っていた)からメガデスまでが、自らを天邪鬼な“悪魔の擁護者”として売り込んだ。しかし、ヘヴィ・メタル・バンドの突飛な行動は様々な反発も招き、キリスト教原理主義者達が“悪魔を礼賛するアルバム”を焼却したり、逆により健全だと見なされるような歌詞の曲を歌うクリスチャン・ロック・バンドが台頭するなどの反動を引き起こしている。

Venom Black Metal Cover

90年代には、人々により大きな衝撃を与えたいという願望とその能力において、更に深く踏み込んだメタル・バンド勢が現れた。それがブラック・メタルである。ブラック・メタルは、英国のバンド、ヴェノムの2作目のアルバムに因んで名付けられたとされるヘヴィ・メタルの過激なサブジャンルで、五芒星や逆十字といった悪魔のシンボルを使用していることから、一般的に悪魔と結び付けて捉えられている。ノルウェーでは、小規模なバンド・ネットワークが悪魔主義に猛然と突き進み、オスロ周辺で幾つかの教会に放火する事件を起こしている。

またヘヴィ・メタル・バンドは、舞台装置の使用も取り入れていた。これも、音楽界では目新しいことではない。はるか昔の寄席のスター達はステージで小道具を使っていたし、ブードゥー教のイメージを利用していたミュージシャン達は、しばしば自らのショーに奇怪な要素を持ち込んでいた(ドクター・ジョンがピアノの上に頭蓋骨を置いていたことや、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスがステージ上で棺桶の中から起き上がっていたことに思いを馳せていただきたい)。こういったことを最大限に活用する方法を知っていたミュージシャンの一人が、アリス・クーパーだ。アリス・クーパーは、「Devil’s Food」という曲の途中のナレーションにホラー映画の第一人者である俳優ヴィンセント・プライスを起用するという妙案も編み出した。

当然ながら、悪魔崇拝といった感情に訴えるものに惹かれるようなミュージシャンは、陰謀論と言われやすい。根強く残っている説のひとつに、バンドが曲の中に悪魔のメッセージを隠し入れていて、ディスクを逆回転させて再生した時にのみ、それが明らかにされるというものがある。こういった告発は、ELOや、スレイヤー、ジューダス・プリースト、ザ・ビートルズ、イーグルスらが受けており、イーグルスのヒット曲「Hotel California」は悪魔教会の実在の本部を指しているという噂まで立てられていた。

AC/DC Highway To Hell Cover

AC/DCのアルバム『Highway To Hell』のジャケットでは、ギターのアンガス・ヤングが角と悪魔の尻尾が生えた姿で表現されていたが、1971年以来このバンドと親交があり1980年にヴォーカルとなったブライアン・ジョンソンは、隠れメッセージについての噂を一笑に付し、こう言っていた。「レコードを逆回転でかければ、『ガルルルル!』といった邪悪な声が聞こえてくるものさ。そしたら俺はこう思うよ、『何てこった、悪魔がそんな風に喋るとは知らなかったぜ。俺達皆と同じように、論理的に話すと思ってたのにな』とね」

しかし、悪魔を引き合いに出している音楽が必ずしも全て邪悪なものとは限らない。堕天の魔王ルシファーは、民間伝承や物語を綴った歌に召喚されることがしばしばある。シン・リジィがカヴァーしたことでも有名な「Whisky In The Jar」もその一例だ。あるいはビリー・ホリデイの1944年の曲「That Ole Devil Called Love」のように暗喩として用いられることもある。 また、ザ・スミスの「Handsome Devil」のように、粋な言い回しの一部として彼の名前が使われることもあれば、エラ・フィッツジェラルドフランク・シナトラの両者が素晴らしいレコーディングを行った「Between The Devil And The Deep Blue Sea」のように、諺として引用されることもある。

悪魔を題材にした音楽が必ずしも全て、犯罪歴があるラッパー、イモータル・テクニークの2001年のラップ・ソング「Dance With The Devil」ほどハードコアだとは限らない。そしてクリフ・リチャードやクリス・デ・バーのようなメインストリームのミュージシャンでさえ、悪魔について歌ってきた。悪魔に触発された曲の中にも、機知に富み洗練すらされているものもある。

Randy Newman Faust Cover

ドン・ヘンリーエルトン・ジョン、ボニー・レイットが参加し、ジェイムス・テイラーが神の役で歌を担当した野心的なロック・オペラ『ファウスト』で、悪魔役として歌っているランディ・ニューマンは、自身の制作したこのコンセプト・アルバムと公演について、「私はただ人々を笑わせたかっただけだ」と語っていた。しかし、ニューヨークの舞台でも同じ役で出演していたランディ・ニューマンは、相変わらず大真面目な顔で演技を行っていた。歌詞は嘲笑的で挑発的な所見に満ちており、悪魔役のランディ・ニューマンはこう歌っている。「私がすべきことはあまりない。人間達は私ですら不快感を覚えるようなことを、相手に仕掛けてやろうと互いに考えているのだ。正直言って、うんざりだ」

恐らくランディ・ニューマンならきっと、デペッシュ・モードのヴォーカル、デヴィッド・ガーンのユーモアを高く評価していたことだろう。彼はファンに気づかれたくない時、偽名でホテルに宿泊することがあった。「以前はホテルに泊まる際、BL・ゼブブという名義でチェックインしていたんだ。アメリカでは、ホテルのスタッフにこう言われたよ、『おはようございます、ゼブブさん』ってね」と、デヴィッド・ガーンは明かしている。

Tom Waits The Black Rider Cover

トム・ウェイツが1993年に発売したアルバム『The Black Rider』には、ウィリアム・S・バロウズと共作したミュージカル劇用に作曲した、悪魔をテーマにした歌がぎっしり詰まっている。彼は、悪魔や邪心といったテーマに頻繁に立ち返ってきた。誘惑を題材にしている最も印象的な彼の曲のひとつに、「Down In The Hole」がある。テリー・ギリアムが、彼の監督した映画『Dr.パルナサスの鏡』の悪魔役を、トム・ウェイツに依頼したのも驚くに当たらない。

トム・ウェイツは、人間の本性の暗黒面を探求することに創造的価値を見出している数多くのミュージシャンの一人であり、そういった刺激の源を無視することの危険性も信じている。「俺に取り憑いた悪魔を祓ってしまったら、そう、俺の天使も去ってしまうかもしれない」と、トム・ウェイツは1974年の曲「The Heart Of Saturday Night」で歌っていた。邪悪な側面こそが創造力を発揮するという視点については、グラミー賞受賞ギタリストのカルロス・サンタナも共鳴しており、彼はインタビューで、「悪魔と天使のエネルギーは同じエネルギーなんだよ。問題は、それをどうやって使うかだ。それは感情を焚きつける燃料なんだ」と語っていた。

音楽的なインスピレーションとしての悪魔は、音楽ジャンル間の境界を越える。悪魔を題材にした伝統的フォーク・ソングは無数にあり、またリー・スクラッチ・ペリーの「Chase The Devil」といったレゲエや、ディスコ・ソングすらあるが、音楽が進化を遂げる一方で、創造の基本的な手段は何ら変わらない。従って、ラップやヒップホップのアーティストの中に、曲とステージ・ショーの両方で悪魔を召喚してきた者がいても、さして驚きはない。ヒップホップ・アクトの中には、ライヴでオカルトの象徴的表現(例えば“プロビデンスの目”など)を意図的に使用する者もいるが、LL・クール・Jの場合のように、ステージ上で行った手振りの正確な意味について、論争が巻き起こったこともあった。

Big L Cover

ラッパーのビッグ・Lは1993年、神を冒涜する物語を綴った曲「Devil’s Son」でヒットを飛ばし、またラッパーのタイラー・ザ・クリエイターは「悪魔が寝る前にかける音楽を作っている」と豪語していた。ラップ・グループの中には、スリー・6・マフィアのように、名前に悪魔的な意味が込められているとさえ言われているものもいる(キリスト教圏では666は悪魔の数字とされている)。

確かなことはひとつ。悪魔について言及すれば、悪評が立つこと請け合いだ。1992年のMTVビデオ・ミュージック・アワードでレッド・ホット・チリ・ペッパーズが賞を獲得した際、トロフィーを渡された彼らが「まず第一に、サタンに感謝したい……」と受賞コメントを口にしている動画は、YouTubeで数十万回再生されている。

オカルトに対する自然な好奇心や、人々に衝撃を与えたいという願望、あるいは創造的刺激を見つけたいという欲求だけでなく、ミュージシャンは作家や画家、映画制作者と同様に、悪魔を題材にした作品を作れば金銭的な見返りが得られることを知っている。映画『スクール・オブ・ロック』でミュージシャン役を演じた映画スターのジャック・ブラックは、ずばり「悪魔はチケットの売り上げに貢献してくれる」と言っていた。これを裏付けているのが、オジー・オズボーンの話だ。ブラック・サバスの歴史における重要な瞬間について、彼は次のように回想している。「ギターのトニー・アイオミがリハーサルにやって来て、こう言ったんだ、『人々がわざわざ金を払ってホラー映画を観に行くって、面白いと思わないか? 俺達は恐ろしい音楽をやってみたらどうだろう?』ってね。そして彼が、あの「Black Sabath」のリフを思い付いたんだ。そいつは俺が人生で聴いた中で、最も恐ろしいリフだったよ」

21世紀、音楽がどのような方向性に進むのであれ、邪悪さや悪魔というテーマは、それがいかに物議を醸そうと、いかに不安を呼び起こそうと、ソングライターにとって興味深い題材のひとつであり続けることだろう。しかし、実際に悪魔が最高の調べの幾つかを手に入れているのか、それを見極めるには、十字路で悪魔と契約を結んでから約80年を経ても尚、脳裏に焼き付いて消えないロバート・ジョンソンの曲の素晴らしさを、その耳で確かめさえすればいいだけである。

Written By Martin Chilton

♪プレイリスト『The Devil Has All The Best Tunes

 


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