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クイーン『HOT SPACE / ホット・スペース』制作秘話

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『HOT SPACE / ホット・スペース』

 

偉業を達成したサウンドトラック『Flash Gordon』の後、次の新作がリリースされるまで、クイーン・ファンは約17ヵ月待たなければならなかった。だが1981年10月には、人気曲が勢揃いしたベスト盤『Greatest Hits』が発売。誰もが心ゆくまでそれを楽しみ、大ヒットとなった。2,500万枚以上を売り上げた同作は、クイーンにとって商業的に最も成功したプロジェクトとなっただけでなく、全英チャートに500週以上ランクイン。現在では、英国で史上最多セールスを上げたアルバムとして、公式に認定されている。

10作目となるスタジオ・アルバムの土台作りを行う中、クイーンは、北米、ヨーロッパ、アジア、そして南米を巡る大々的な世界ツアーを実施。興行収入の記録を塗り替え、南米ではアルゼンチン(計30万人を動員したブエノスアイレスのエスタディオ・ホセ・アマルフィターニでの3公演を含む)や、ブラジル、ベネズエラ、メキシコで、数々の巨大スタジアムを満員にした。これら南米の国々が政治的に混乱していた時期に訪れたにもかかわらず、クイーンは世界的にも特に熱烈なファンから大歓迎を受けたのであった。

前作同様、『Hot Space』のレコーディングも、明確な二段階に分けて行われた。第一段階が1981年夏、スイスはモントルーのマウンテン・スタジオ、そして第二段階が1981年12月から1982年3月にかけて入った、ミュンヘンのミュージックランド・スタジオである。プロデューサーであるラインホルト・マックとのパートナーシップを継続しつつ、クイーンは今回、エンジニアとしてデイヴ・リチャーズを起用した。

デヴィッド・ボウイとの素晴らしいコラボが実現した「Under Pressure」は、最終的にアルバムに収録されているが、実は全くの別プロジェクトとして、1981年7月に誕生した楽曲だ。デヴィッド・ボウイがモントルーを訪れたのは、長年の友人である彼らと旧交を温め、別の「Cool Cats」という曲でバッキング・ヴォーカルを録音するためであった。結局、デヴィッド・ボウイが自らの歌唱に満足がいかなかったため、「Cool Cats」からその部分は消去されることになったのだが、当時制作中だったロジャー・テイラー作の「Feel Like」という未完成曲でジョン・ディーコンが弾いていたベース・ラインに、デヴィッド・ボウイは興味をそそられた。

ジャム・セッションが夜を徹して行われ、スキャットの歌を乗せながら、曲が次第に形になっていく中で、フレディ・マーキュリーとデヴィッド・ボウイの間では様々なアイディアや歌詞がやり取りされた。「Under Pressure」(※直訳すると“プレッシャーをかけられ、追い詰められて”)のタイトルに見合う状況の中、誕生したのがこの極上の曲だ。シングルとしてリリースされた際には、クイーンにとって「Bohemian Rhapsody」に次ぐ、2枚目の全英No. 1ヒットとなった。

1981年10月にリリースされた「Under Pressure」は、『Hot Space』の先行曲と見なすにしろ、あるいは単発の曲として捉えるにしろ、アルバム全体の方向を代表していたというわけではない。(『The Game』における)ジョン・ディーコン作の「Another One Bites The Dust(邦題:地獄へ道づれ)」が放っていたダンス&ファンキー・ディスコにより、その傾向はおおよそ浮かび上がっていたものの、実際『Hot Space』における方向性の転換は、長年に渡り、クイーンのキャリアの中でも相当大きな論争の的にされていた。

アルバム・ジャケットはフレディ・マーキュリーの発案で、アンディ・ウォーホル風のシルクスクリーン版画スタイルになっており、4人のメンバーを4分割して配置。1981年のインタビューでフレディ・マーキュリーが明らかにしたところによると、彼らは仕事で四六時中一緒にいるため、プライヴェートでは以前のような付き合いをしなくなっており、コンサート会場には別々のリムジンで乗り付けていたという。しかし10年にわたり、精力的な活動を共にしてきたことを思えば、これはほとんど驚くには当たらなかった。

制作の背景にどんな事情があったにせよ、『Hot Space』はパフォーマンスとソングライティングの両方の面で、魅力的なところが非常に多いアルバムだ。 アリフ・マーディンが手掛けた“ホットかつスペーシーな”ホーン・アレンジに彩られたオープニング曲「Staying Power」は、フレディ・マーキュリー作の曲で、気持ちを駆り立てるソウル・ロックの雰囲気が充満している。このエレクトロ・ディスコ・ナンバーを引き立てているのが、ロジャーが使用したリン社のドラム・マシーンLM-1で、フレディ・マーキュリーはオーバーハイムのシンセを担当。ブライアン・メイの忠実なるレッド・スペシャルは依然として存在感を放っており、ジョン・ディーコンはベースではなくリズム・ギターを弾いている。

ブライアン・メイ作の「Dancer」は、オーバーハイムが再びベース代わりの役割を果たしているという事実にもかかわらず、ロック・パワーが炸裂する余地を残している。歌詞ではアルバム・タイトルにも触れており、実験性が際立つメタルとダンスのフュージョンとなっている。

ジョン・ディーコン作のソウルフルな「Back Chat」は、ジョン・ディーコンが再びギターを弾いているだけでなく、シンセも担当。いわゆる“クイーン・サウンド”と呼ばれるものから完全に脱却しており、それについてはメンバー内でも腹を割った話し合いが持たれた。ジョン・ディーコンはクラブ・グルーヴを効かせたミニマルで洗練されたものを求めていたが、最終的にはブライアン・メイが熱いギター・ソロを挿入することに。その妥協が間違っていなかったことが証明されている。

同じように突飛なのが「Body Language」で、フレディ・マーキュリー作のこの曲は、当時にしては際どい歌詞を備えていた(フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「Relax」が出たのは、この後だったことを考えに入れていただきたい)。この曲のミュージック・ビデオは官能的な内容が問題視され、MTVは放送を自粛。またシンセ・ベースの使用は、ギターの音を聴きたいと思っていたファンを当惑させた。

ロジャー・テイラー作の「Action This Day」では、ミュージックランド関連の電子機器をフル活用。ドラム・マシーン、ラインホルト・マック担当のシンセ・サックス・ソロ、そしてプログラミングが総動員されている。ロジャー・テイラーの歌詞は社会学的な調子を帯びているものの、フレディ・マーキュリーのヴォーカルはELO風の誇張を感じさせる伝統的なクイーン路線であり、その全てが正真正銘の80年代ロボット・ビートでひとつにまとめ上げられている。

ジョン・レノン暗殺という、愚かで無意味な行為の意味を解き明かそうと試みているのが、ブライアン・メイ作の「Put Out The Fire」だ。ジョン・レノンの殺人犯マーク・チャップマンの捻じ曲がった観点から書かれたこの曲には、粗削りなエッジがある。クイーンが大のザ・ビートルズ・ファンであったことは議論の余地がなく、続く「Life Is Real (Song For Lennon)」では、フレディ・マーキュリーも同様にジョン・レノンを追悼。ピアノのアレンジと旋律の構造は意図的にジョン・レノンの曲を想起させるものとなっており、プロダクション面においても、 壮大なステレオ・エコー・エフェクトが、ミックスに少量のフィル・スペクター風味を加えている。

ロジャー・テイラーの「Calling All Girls」は、彼が書いた曲で初めてシングル化されたもので、以前のようなバンド・サウンドに部分的に立ち返っている。4人のメンバー全員がフル稼働しているところに、ロジャー・テイラーがテクノの要素と素晴らしいアコースティック・ギター・リフを追加。トーキング・ヘッズの当時の最新アルバム『Remain In Light』を、彼が聴いていただろうことが窺える。

ブライアン・メイ作の「Los Palabras De Amor (The Words Of Love)」は、デヴィッド・ボウイとの共作曲を除けば、『Hot Spece』からカットされたシングルの中では英国で最も高い人気を誇る曲だ。ブライアン・メイがこれを書いていた時にまず念頭に置いていたのは、恐らく南米での経験だろう。BBCのチャート音楽番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出演してこの曲を歌った際には、あらゆる優れたオペラ歌手同様、フレディ・マーキュリーはタキシードを着用していた。過小評価されているものの、決して控えめとは言えないこのバラード。シンセ演奏によるアウトロのけばけばしさは、芸術の域に達している。

最後から2番目の曲「Cool Cat」は、珍しくジョン・ディーコンとフレディ・マーキュリーが共作した貴重な曲だ。フレディ・マーキュリーの最高にソウルフルなファルセットは、KC&ザ・サンシャイン・バンドや、フィリー・ソウル、ホール&オーツらのサウンドに深く根差している。ジョン・ディーコンが全楽器の演奏を担当。デヴィッド・ボウイの意に染まなかった別ヴァージョンのデモは、これとは多少異なっていて、南ロンドン出身のデヴィッド・ボウイによる無表情かつ妖艶な歌声が、そこに更なる緊張感を加えていた。いずれにせよ、ジョン・ディーコンはどちらのテイクでも優れた技を披露しており、ザ・クルセイダーズ調のグルーヴに、粋なベース・フレーズを溶け込ませている。そして、アルバムを締め括る「Under Pressure」も然り。フレディ・マーキュリーがハモンド・オルガンを、更にデヴィッド・ボウイがパーカッションとキーボードをそこに加えている。

改めて考えてみると、『Hot Space』が昔からのクイーン・ファンの一部を失望させたことは間違いないが、マイケル・ジャクソンはその逆であり、彼のアルバム『Thriller』に音楽的に多大な影響を与えた作品として、本作を挙げていた。いずれの場合にせよ、忠実なクイーン・ファンは殆ど離脱しなかったと思われる。『Hot Space』は全英チャートで4位を記録、米国ではゴールド・ディスクを達成。ロック・ディスコ・フュージョンにより慣れ親しんでいるヨーロッパのクイーン・ファンは、本作を喜んで受け入れていた。

例によって、彼らはヨーロッパ、北米、日本を回る長期のアルバム・ツアーを実施。中でも特に大規模だったのが、英中南部ミルトン・キーンズ・ボウル公演と、カナダはトロントのメープル・リーフ・ガーデン公演だ。

しかしながら、エレクトロ・ファンクとニューヨークのアーバン・グルーヴをバンドの世界に取り入れたことで強い非難を浴びていたとしても、完全な方向転換を図るつもりは彼らにはなかった。彼らはロサンゼルスのレコード・プラント・スタジオに集合。正に「Radio Ga Ga」に取り掛かろうとしていたのである。

 

– Max Bell

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