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GREENROOM FESTIVAL’26のヘッドライナー、エラ・メイの変遷と新作まで至る道のり

今年2月に3作目のスタジオ・アルバム『Do You Still Love Me?』を発表し、5月23日に横浜の横浜赤レンガ倉庫で行われる「GREENROOM FESTIVAL’26」初日のヘッドライナーを務めることが発表されたエラ・メイ(Ella Mai)。
この来日を記念して、改めてその経歴と音楽について音楽ライターの林 剛さんに寄稿いただきました。
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6年半ぶりの来日公演
エラ・メイが6年半ぶりに日本のステージへ戻ってくる。〈Greenroom Festival〉初日のヘッドライナーとして出演する今回の来日公演は、キャリアを重ねた彼女の現在地を確認する絶好の機会だ。
来日公演は今回が2度目。前回の来日はデビュー・アルバム『Ella Mai』(2018年)発表の翌年となる2019年秋で、新人らしい瑞々しさが印象的だった。あれから6年半。フル・アルバムは3作を数え、表現者としてのスキルや魅力もアップしている。
彼女の名を一躍知らしめたのが、2018年にヒットした出世曲「Boo’d Up」だ。ジョニー・ギル「There U Go」に着想を得た90年代R&Bの感触をトラップ以降の現代的なビートと結びつけたこの曲は、2010年代後半のR&Bのムードを象徴する一曲となり、2019年の第61回グラミー賞では「最優秀R&Bソング」を受賞した。その成功は、後続の女性R&Bシンガーたちへの道筋を示したとも言える。
デビューまで
1994年生まれ、英サウス・ロンドン出身。本名はエラ・メイ・ハウエル。母親がジャマイカ系、父親がアイリッシュで、12歳からアメリカのNYで暮らし、高校卒業後にイギリスに帰国した。その後、アライズ(Arize)というガール・トリオを組んで人気オーディション番組『Xファクター』に出演するが、芳しい結果を残せず解散。そこで2015年からネットに音源をアップするなどSNSを活用しながらソロとして活動を開始する。
転機となったのは、LAのプロデューサー、DJマスタード(現在は基本的に“マスタード”名義)がSNS上でエラを発見したことだった。当時「本気でR&Bを作りたい」と考えていたマスタードのレーベル〈10 Summers〉と契約し、2016〜2017年に3枚のEP(『Time』『Change』『Ready』)を発表。3枚目の『Ready』(2017年)に収録していたのが「Boo’d Up」だった。
2018年に発表したセルフ・タイトルのデビュー・アルバムには、「Trip」や、後にBJ・ザ・シカゴ・キッドがカヴァーする「Close」といった曲を収録。クリス・ブラウンやジョン・レジェンドのほか、当時同じく新進気鋭の女性R&Bシンガーとして注目を集めていたH.E.R.とコラボもあった。
プロデュースには、トータルで制作を仕切ったマスタードを軸にハーモニー・サミュエルズなどが参加。そうしてマスタードと盤石の関係を築いたエラは、UKではなくUS R&Bの文脈でキャリアを築いていく。以降、サントラ『Creed II : The Album』への参加をはじめ、ミーク・ミル、マヘリア、エド・シーラン、アッシャー、ウィズキッドなどの曲に客演。こうした活動を重ねながらシーンの中核的存在へと成長していった。
2作目のアルバム『Heart On My Sleeve』
デビュー・アルバムの後に出した本人名義のオリジナル曲は、2020年に発表した「Not Another Love Song」。今をときめくレオン・トーマスもザ・ラスカルズとして制作に関与した曲だ。が、翌2021年はコロナ禍もあって表立った活動はほとんどなかった。
次のアルバムに繋がる動きが見られたのは、2022年に入ってすぐにリリースされたシングル「DFMU」からだ。プリンス・チャールズたちと共作したこれは、マスタードと出会う前にカヴァー動画で歌っていたドネル・ジョーンズ「Where I Wanna Be」のメロディをさりげなく引用したバラード。同曲を先行シングルとして同年5月に発表したセカンド・アルバム『Heart On My Sleeve』は、そんな彼女の成熟を弱さと同時に見せ、内面をさらけ出した作品だった。
マスタードと彼の右腕ミコ・ヨハネスが総指揮を務める中、楽曲制作にはハーモニー・サミュエルズ、Dマイル、ニック・ナック、サー・ノーランなどの気鋭が関与。ゲストとして、前作にソングライティングで関わったラッキー・デイのほか、ロディ・リッチ、ラトーが参加し、「Sink Or Swim」でメアリーJ.ブライジのモノローグをフィーチャーするという隠し玉もあった。
アルバムは3曲を追加したデラックス・ヴァージョンもリリース。中でもシャラマーの80sクラシック「This Is For The Lover In You」をベースにした「This Is」が原曲のキャッチーさもあって話題を集めた。
そして、これと似た手法で作られたのが、ベイビーフェイスとの「Keeps On Fallin’」。ベイビーフェイスと気鋭の女性シンガーたちのコラボ・アルバム『Girls Night Out』(2022年)に収録された同曲はフェイス本人とDマイルのプロデュースで、かつてフェイスが書いたテヴィン・キャンベルの「Can We Talk」を換骨奪胎。これがアルバムの第一弾シングルとして出されたあたりからもエラ・メイの人気を改めて実感した。
妊娠と出産を経ての最新作
アルバムを携えたツアーを行った2023年にはキアナ・レデやクイーン・ナイジャなどの曲でエラの声が聴けたが、本人のレコーディング活動は停滞。後に判明することだが、この頃に彼女は妊娠していたのだ。2024年に誕生した男児の父親はNBAの人気選手、ジェイソン・テイタム。出産後には、11月3日、30歳の誕生日に3曲入りのEP『3』をリリース。タイトルには縁起担ぎのマジックナンバー(=3)を用い、アートワークはジェイソンが所属するボストン・セルティックスのチームカラーでもあるグリーンを基調にしていた。
収録曲のひとつ「Little Things」は、愛するパートナーのために食事を用意して待つなど日々の小さな出来事を慈しむような曲で、これはジェイソンとの関係を歌ったものと思われる。
その「Little Things」を含めて、今年2月6日にリリースしたのが新作『Do You Still Love Me?』となる。総指揮はマスタードで、鍵盤演奏にレオン・トーマスでもお馴染みのデヴィッド・フェルプスらが関わるが、プロデューサーの数は激減。ケンドリック・ラマーによる盛大なディス・ソング「Not Like Us」に加担したマスタードが、ここでは彼が単独に近い形で大半の曲を手掛けている。
サウンドもトラップ全盛期のそれとは違い、ピーター・リー・ジョンソンによるストリングスと余白を活かした構成が彼女の声の魅力を際立たせる。表立ったゲストもいない。強いて言えば、前作での「Fallen Angel」に参加していたカーク・フランクリンのクワイアが「No Angels」で再び力強い歌声を聴かせる程度だ。
出産など人生の転機を経てマチュアな雰囲気を漂わせる新作は、胸が高鳴るような人と出会った時の気持ちを歌ったという「There Goes My Heart」や息子とその父親の存在を仄めかす「Somebody’s Son」など、やはりパートナーのジェイソンとの関係をベースにしたと思われる曲が目立つ。
先行シングル「100」は、その象徴的な一曲だ。グラディス・ナイト&ザ・ピップスのモータウン・ヒット「Neither One Of Us (Wants To Be The First To Say Goodbye)」を速回しでサンプリングしたこれは、「あなたが20で私が80でも大丈夫。私が40であなたが60でも支えてくれるよね…今の余裕はどれくらい?」と、ふたりの関係を“五分五分“ではなく“合わせて100”と捉えるラヴ・ソング。支え合いをテーマにした成熟した視点を感じさせる。
また、同じく先行シングルだった「Tell Her」ではデスティニーズ・チャイルド「Say My Name」のフレーズを引用。デスチャ同様、元カノの存在がチラつくパートナーに対して「(電話口で)彼女にこの私を愛していると言って」と迫る歌だ。こうしてサンプリングやインターポレーションを通してソウルやR&Bといったジャンルにリスペクトを表明するあたりもエラ・メイらしい。
そんな最新作を携えての来日公演。前回と比べるとアルバム2枚分以上のレパートリーが増え、その点でも今回の〈Greenroom Festival〉に足を運ぶ価値は大きい。
過去にはケラーニ、アリアナ・グランデ、メアリー・J.ブライジなどのツアーにフロントアクトとして参加。単独では2019年4月にコーチェラ・フェスティヴァルにも出演している。昨年のコーチェラではマスタードのステージに登場して「Boo’d Up」と「Trip」を披露した。
彼女のライヴは派手な演出やダンスで観客を圧倒するわけではない。可憐さ滲ませながらも落ち着き払ったヴォーカルに抑揚をつけて音源に近いトーンで歌い、ゆっくりと会場の熱を高めていくタイプのものだ。その静かな熱狂こそがエラ・メイの音楽の本質を表している。〈Greenroom Festival〉の会場で「Boo’d Up」をシンガロングするオーディエンスの姿が今から目に浮かぶ。
Written By 林 剛
エラ・メイ『Do You Still Love Me?』
2026年2月6日発売
LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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