メタリカの“ブラック・アルバム”はなぜ怪物アルバムになったのか? 年に4度取材した編集者が見たもの

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メタリカが1991年8月12日に発売したバンド最大のヒット・アルバム『Metallica』、通称『ブラック・アルバム / The Black Album』。2021年9月10日に30周年を記念したリマスター盤やボックス・セットが発売となったこのアルバムについて、当時BURRN!編集部にてメタリカをこの年だけで4度も取材をした音楽評論家の増田勇一さんに寄稿いただきました。

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去る8月をもって発売から満30年を迎えたメタリカの第5作『Metallica(通称:ブラック・アルバム)』には、怪物アルバム、などという枕詞が伴いがちなところがある。単純に名盤とか代表作ではなくそう呼ばれるのは、何よりもこの作品が、その後のロック史に及ぼした影響の大きさゆえだろう。過去30年間を通じ、ジャンルを問わず他の誰のどんなアルバムよりも世界で最も高いセールスをあげてきたこの作品が塗り替えたのは、記録ばかりではないのだ。

予想をはるかに超えた怪物

80年代のメタリカは上り坂だけを進み続け、アルバムを発表するごとにセールス実績を高めていただけに、『…And Justice For All』(1988年)に続く90年代最初のアルバムが過去最大のヒット作になることは、あらかじめ想定可能だったともいえる。ただ、それは単純に「支持基盤を固め、着実に認知を拡げてきたバンドが、そろそろ人気を決定付けるような作品を発表することになるのではないか」という推察の域を超えるものではなかったはずだ。先頃、当時の日本での発売元レコード会社で彼らの作品を担当していた佐藤真澄氏のインタビュー記事をお届けしたが、その中で氏は、ブラック・アルバム発売を控えていた時期のことを振り返りながら次のように証言している。

「メタリカみたいなバンドはブラック・ゾーンだけでいいと思っていました。そのブラック・ゾーン自体をまだ掘り切れてはいなかったし、その真っ黒なゾーンが徐々に広がっていくことになれば将来的にはすごいことになるはずだ」

つまり『…And Justice For All』や、そこから生まれた「One」のシングルをもってメタリカが「マニア向け」という世の認識を脱しつつあった時点においても、まだまだコア層を開拓し切れていない、一般層に向けて一気に広めていける段階ではないと考えていた、ということになる。作品を1枚でも多く売ることを求められる立場にある関係者にも、「すごい将来」の到来がそんなにも間近に迫っているということは予測できていなかったというわけなのだ。

『Metallica』がこれほどまでの歴史的ヒット作になることは、当のメンバーたちにも予測などできていなかったはずだ。それを想定しながらこのバンドの未来図を描いていた誰かがいるとすれば、それは彼らのマネージメントであるQプライムのクリフ・バーンスタインとピーター・メンチだろう。なにしろ『Metallica』は、制作日程上の締め切りを設けることなく作られている。「いつまでに発売する」というのではなく「完全なものができあがったら世に出す」というスタンスで制作されていたのだ。つまり、レコーディング・スタジオの使用料をはじめとする費用もほぼ無制限だったということになる。

 

制作中のスタジオで見たもの

1991年3月、BURRN!誌編集部在籍時代の筆者が取材のためこのアルバムの制作現場であるロサンゼルスのONE ON ONEスタジオを訪れた際、まず目に飛び込んできたのは、塔のように高く積み上げられた使用済みドラム・ヘッドだった。ラーズ・ウルリッヒは「このままだと天井まで届きそうだね」などと言いながら屈託のない笑みを浮かべていたが、なかにはまだまだ使えそうなものもたくさんあったし、いくら良好で均一なドラム・サウンドを求めるうえでの試行錯誤の結果とはいえちょっと無駄遣いし過ぎじゃないか、と感じさせられたものだ。結果、そのうちの1枚にはラーズとジェイムズ・ヘットフィールドのサインが入り、読者プレゼント用に持ち帰らせてもらっていたりもするのだが。

スタジオ内には広いラウンジもあれば、ビリヤード台が設置されていたりもして、華美さはないものの寛げる雰囲気があり、シャワー室には何故か「ラーズ専用!」との張り紙があった。彼らはこのスタジオで寝泊まりしていたわけではなく、近くのホテルに滞在していたのだが、取材前日もラーズは深夜まで作業していたようだった。また、そのスタジオ内での様子は、クルーの手により常に小型のビデオカメラで撮影されていた。僕が彼らをインタビューしている間もずっとビデオが作動していて、当時は単なる記録用というか、のちに記事内容の虚実を示すための証拠として撮られているのだろうと考えていた。ガンズ・アンド・ローゼズが「Get In The Ring」という楽曲で多数の実名を晒しながらプレスの不誠実さを訴えていたりする例からもわかるように、当時は多くのロック・スターたちが「言ってもいないことがスキャンダラスに書き立てられること」に警戒を強めていて、取材時に「実際の発言内容以外は絶対に書かない」「インタビュー素材の二次使用はしない」といった条件が並ぶ誓約書に署名させられるケースも少なくなかった。取材部屋に設置されていた固定ビデオカメラは、それを防ぐ防犯カメラのような意味合いのものなのだろうと僕は思っていたのだ。

1992年のある日、僕は当時のソニー・ミュージック関係者から呼び出しを受けている。誓約書にサインする必要がある、というのだ。「何かやらかしてしまったのだろうか?」と少々怯えながら出向いてみると、メタリカのドキュメンタリー映像作品に自分が映り込んでいるらしく、それについて「肖像権の侵害などで訴えることをしない」という同意を求められたのだった。その年の11月に発売された『A Year and a Half in the Life of Metallica(コンプリート・シーンズ・オブ・メタリカ)』は、まさにそのタイトルが示す通り、彼らの人生におおける1年半、つまりブラック・アルバムの制作と発売に伴う時間の流れを追った内容の作品になっている。同作に伴うワールド・ツアーが終わらないうちにこうした映像作品をリリースすることができたのは、アルバム制作の初期段階からビデオカメラが彼らを追い続けていたからこそだが、それはQプライムがこのアルバムがとてつもなく重要なものになることをあらかじめ確信していたからであると同時に、制限なしで費やされたアルバム制作費を早期回収するためでもあったのかもしれない。もちろん結果的には、それが不要となるくらいアルバム自体が売れ、それに伴うツアーも終着点が見えないほど長く大盛況が続くことになったわけだが。

話がやや横道に逸れたが、とにかく重要なのはQプライムが「このアルバムがすごいものになり、すごいことを引き起こすことになる」ことを予見しながらすべてのプランを立てていたのではないか、ということだ。もちろんそれは、バンドがクリエイティヴな意味で充実した状態にあり、なおかつ従来のスタイル踏襲ではなく変化を求めていることを、同マネージメントが正確に把握できていたからこそ可能になったことだ。もっと言うならば、Qプライムが巧みにバンドを操縦しながら新たな領域に向かわせようとしていた、ということになるかもしれない。狭い領域における先駆者というポジションに留まるのではなく、より広い世界に進んでいこうとする自意識、ロック・シーン全体のトップに立ち得るバンドとしての自覚を持つよう自然に促していた、と解釈しても不自然ではないだろう。

Ross Halfin Photos

 

バンド名をつけたタイトルと“破壊的構築の10年”

そこで改めて思うのは、この作品のタイトルにバンド名がそのまま掲げられたことの重要さだ。1981年にラーズとジェイムズを軸としながら結成されたメタリカは、結成から10年を迎えようとしていた。同じ年にスタートを切ったバンドには、モトリー・クルー、スレイヤー、さらにはラウドネスなどがいる。1991年、結成10周年を迎えたモトリー・クルーは『Decade of Decadence』と題された初のベスト・アルバムを、スレイヤーは『Decade of Aggression』と銘打たれた2枚組ライヴ・アルバムを発表している。退廃的美学を追求した前者と、攻撃的侵略を重ねてきた後者、いずれも最初の10年間の経過を総括・象徴する作品に相応しい表題だといえる。それに対してメタリカにとっての最初のディケイドはどんなものだったと定義可能だろうか? やや乱暴な言い方にはなるが、『Metallica』という新たな原点に至るまでの「破壊的構築の10年」だったように筆者には思えてならない。

『Metallica』は発売当初から賛否両論を呼んだ。ただ、そうなったのはメタリカのそれまでの音楽的変遷があったからだ。『Kill ‘Em All』(1983年)の迸るような若いエネルギーに共鳴し、『Ride the Lightning』(1984年)から『Master of Puppets』(1986年)にかけての流れの中で独自の様式とでもいうべきものが確立されていくさまに心惹かれ、それがさらにプログレッシヴに研ぎ澄まされた『…And Justice For All』(1989年)のいびつな刺激を味わってきた従来の支持層の多くにとって、『Metallica』というアルバムのシンプリシティとストレートさは、想定外のものだったはずなのだ。

 

グレー・ゾーンがブラックに

このアルバムが実際にリリースされたのは1991年8月のことだが、7月末に先行シングルの「Enter Sandman」が登場した時点で、「悪い予感」を口にするファンは少なくなかった。ただ、好き嫌いを問わず一聴しただけで耳を掴まれるほど強烈なフックを持つこのシングルは、それまでメタリカについて聴かず嫌いだった音楽ファンや、「そろそろメタリカを聴いてみるかな?」と考え始めていた層を一気に吸い寄せることになった。ブラック・ゾーンにいたはずの人たちの間で疑問符が飛び交うようになるなか、グレー・ゾーンが拡がり、真っ白だったはずの領域にまで黒点が散らばるようになっていった。すると不思議なもので、それまでメタリカの音楽を「マニア向けのメタル」「一般層には受け入れられない、過激なだけのもの」と決めつけていたメディアやプレスまでもが「これぞ90年代のロック」「メタリカだけは、他のメタル・バンドとは違う」というようなスタンスを取り始めるようになっていった。

僕自身は、このブラック・アルバムはメタリカにとって「改めてのアイデンティティ確立」のためのものだったのではないかと解釈している。従来のファン層を満足させることを目指すのではなく、かといって流行りを追いかけようとしたわけでもなく、彼ら自身はごく純粋に自分たちのコアにあるものを簡潔に形にし、ライヴ・サウンドの良さを反映させたアルバムを作ることだけに徹していただけなのではないか、と。ただ、そこでプロデューサーとして起用されていたのが、ボン・ジョヴィやエアロスミス、モトリー・クルーなどとの仕事歴で知られていたボブ・ロックだったこと、「Nothing Else Matters」のようなバラード曲の存在などにより「メタリカは過去を捨て、変わってしまった」「自分たちが支持してきたバンドがどこか遠くに行こうとしている」といった印象がやや過剰に植え付けられてしまったように思えなくもない。ただ、そうしたネガティヴな反応もある一方で、その何倍も大きなプラス方向の反応を得ることになったからこそ、『Metallica』は怪物になり得たのだろう。

このアルバムの今日に至るまでの累積セールスは、全世界で3,000万枚を超えている。これほどまでの成果を上げることになるのをQプライム側が最初から見越していたとは考え難いし、実は「バンドの動きを完全にコントロールして率つもりでいた彼らの側が、本当に目覚めてしまった怪物バンドの大きさに圧倒されることになった」というのが真相なのかもしれない。

発売から30年を経た今、リマスター盤やボックスセットの登場と共に、このアルバムは改めて何度目かの再評価の機会を得ながら、この先も長く生きながらえていくに足る力を獲得することになるはずだ。そして、90年代生まれのクラシック・ロックの名作として幅広く浸透している現在も、このアルバムについてわだかまりを抱え続けているファンは少なくないわけだが、『Metallica』が怪物アルバムたる所以はそこにあるようにも思う。誰からも好かれる作品ではなく、そこに異を唱えることさえも聴き手にとっての自己主張になり得る作品。そうしたアルバムも、その人の音楽人生にとって重要な意味を持っているはずなのだ。しかも、こうして発売から長い年月を経てきたからこそ理解できること、気付かされることというのもあるに違いない。それは僕自身にとっても同じことだ。もしかすると彼ら自身にとっても。だからこそ、とてつもない情報量の詰まった今回のボックスセットを、これから自分なりに噛み砕いてみようと思っている。同時に、次に彼ら自身がこの怪物について語る時、どんな言葉が飛び出すことになるのかが楽しみでならない。

Written By 増田勇一


メタリカ『Metallica』
2021年9月10日発売
限定デラックス・ボックス・セット
6LP:リマスター・アルバム(180g 2LP)+10”ピクチャー・ディスク、ライヴ3LP
14CD:リマスター・アルバム+ライヴ音源、デモ、ラフ・ミックス、インタヴュー
6DVD:ライヴ、アウトテイク、ビハインド・ザ・シーン、公式ビデオ
120Pハードカバー・ブック、雑誌表紙リトグラフ3枚、ツアー・ラミネート4枚、ストラップ、歌詞シート入りフォルダー、ギター・ピック3枚

3枚組CD
リマスター・アルバム+ボックス・セット収録のライヴやデモ音源などから厳選してCD2枚に収録

2枚組LPCDカセット



メタリカ『Metallica Blacklist』
2021年10月1日発売
4CD

CD 1:
1. Enter Sandman – Alessia Cara & The Warning
2. Enter Sandman – Mac DeMarco
3. Enter Sandman – Ghost
4. Enter Sandman – Juanes
5. Enter Sandman – Rina Sawayama
6. Enter Sandman – Weezer
7. Sad But True (Live) – Sam Fender
8. Sad But True – Jason Isbell
9. Sad But True – Mexican Institute of Sound feat. La Perla & Gera MX
10. Sad But True – Royal Blood
11. Sad But True – St. Vincent
12. Sad But True – White Reaper
13. Sad But True – YB

CD 2:
1. Holier Than Thou – Biffy Clyro
2. Holier Than Thou – The Chats
3. Holier Than Thou – OFF!
4. Holier Than Thou – PUP
5. Holier Than Thou – Corey Taylor
6. The Unforgiven – Cage The Elephant
7. The Unforgiven – Vishal Dadlani, DIVINE, Shor Police
8. The Unforgiven – Diet Cig
9. The Unforgiven – Flatbush Zombies feat. DJ Scratch
10. The Unforgiven – Ha*Ash
11. The Unforgiven – José Madero
12. The Unforgiven – Moses Sumney

CD 3:
1. Wherever I May Roam – J Balvin
2. Wherever I May Roam – Chase & Status feat. BackRoad Gee
3. Wherever I May Roam – The Neptunes
4. Wherever I May Roam – Jon Pardi
5. Don’t Tread on Else Matters – SebastiAn
6. Don’t Tread on Me – Portugal. The Man
7. Don’t Tread on Me – Volbeat
8. Through the Never – The HU
9. Through the Never – Tomi Owó
10. Nothing Else Matters – Phoebe Bridgers
11. Nothing Else Matters – Miley Cyrus feat WATT, Elton John, Yo-Yo Ma, Robert Trujillo, Chad Smith
12. Nothing Else Matters – Dave Gahan
13. Nothing Else Matters – Mickey Guyton
14. Nothing Else Matters – Dermot Kennedy
15. Nothing Else Matters – Mon Laferte

CD 4:
1. Nothing Else Matters – Igor Levit
2. Nothing Else Matters – My Morning Jacket
3. Nothing Else Matters – PG Roxette
4. Nothing Else Matters – Darius Rucker
5. Nothing Else Matters – Chris Stapleton
6. Nothing Else Matters – TRESOR
7. Of Wolf and Man – Goodnight, Texas
8. The God That Failed – IDLES
9. The God That Failed – Imelda May
10. My Friend of Misery – Cherry Glazerr
11. My Friend of Misery – Izïa
12. My Friend of Misery – Kamasi Washington
13. The Struggle Within – Rodrigo y Gabriela




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