今こそ考えたい「史上唯一、グラミー受賞を取り消されたアーティスト」ミリ・ヴァニリのこと

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ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第21回。

今回は1990年にアメリカ音楽業界を震撼させたミリ・ヴァニリ(Milli Vanilli)による大事件とその後について。*コラムの過去回はこちら

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「史上唯一、グラミー受賞を取り消されたアーティスト」ミリ・ヴァニリ


 

その事件が起こった1990年11月から「ちょうど30年」という時期を逸し、タイミングに悩んでいたわたしのところに届いたのが「あの『ラッシュ・アワー』シリーズのブレット・ラトナーが(いろいろあったけど)この映画製作で監督復帰か!」というニュース。それは「ミリ・ヴァニリの伝記映画」というプロジェクトである。

というわけで、このグラミー・シーズンにこそ考えてみたいのだ。

「史上唯一、グラミー受賞を取り消されたアーティスト」ミリ・ヴァニリのことを。

彼らの数奇すぎる物語には、いろいろと思うところがあるから。30年以上が過ぎて振り返ると、なおさら。

 

ミリ・ヴァニリ:ロブとファブの物語

ミュンヘン育ちのロブ(Rob Pilatus)とパリ育ちのファブ(Fabrice Morvan)が出会ったのはロサンゼルスだという。彼ら二人がすぐにケミストリーを感じたのは、「黒人が絶対的マイノリティであるヨーロッパの大都市出身」という共通点によるところが大きかったようだ。

おそらく1987年。西ドイツ南部、バイエルン州の州都であるロブの故郷ミュンヘンで再合流した彼らはミリ・ヴァニリを結成する。西ドイツの小レーベルからアルバムをリリースしたらしいが、詳細はわからない。

スターを目指すも極貧生活に甘んじていた彼らの存在を知ったのが、ボニーM(Boney M.)等で知られるドイツ人プロデューサーのフランク・フェリアン(Frank Farian)ことフランツ・ロイター。ロブ&ファブをフランクフルトのスタジオに招き、「Girl You Know It’s True」と題したデモ曲を聴かせる。その時、ロブ&ファブに「歌えるか?」と問うたという。

フランク・フェリアンがミリ・ヴァニリと契約したのは1988年1月1日だ。だが、ロブとファブのヴォーカルに不満を覚えたフェリアンは、件の「Girl You Know It’s True」の最終版を、親しいセッション・シンガーとスタジオ・ミュージシャンたちで仕上げることにする。

その年の春、既にロブ&ファブはヨーロッパ中をツアーしていた。彼らが「デモ」と信じていた「Girl You Know It’s True」に合わせて、ステージ上で踊り、リップシンクするのがミッションだ。

当時のことをロブはこう語った。「いつになったらレコーディングに参加できるんだ?」と聞くと、フランクは「もうすぐな。でも、まずはプロモーションしてきてくれ」。それが彼のやり口だ……と。

1988年夏、「Girl You Know It’s True」のドイツ国内大ヒットを受けてフェリアンは他曲も書き上げ、11月にはアルバム『All or Nothing』がリリースされた。ロブ&ファブのヴォーカルが収録されることはなく。

ここに至って二人は「音楽面でのインプットを許されない、”顔”だけの存在」という真相に気づくが、フェリアンに「もう引き返せない」と言われたという。「大丈夫、うまく隠してやる。誰も気づかないよ」とも。

アメリカ向けのリパッケージ盤『Girl You Know It’s True』は1989年3月にリリース。600万枚以上を売る大ヒットとなった。だが、インタビューでロブ&ファブに接したMTV関係者たちは、彼らの英語力の貧弱さに疑いを抱いたという。「アルバムで歌いラップしている連中と本当に同一人物だろうか?」と。

コンサートでリップシンクが露呈!という事故が起きたのは同年7月21日。コネティカット州にて。機材のトラブルにより、ロブ&ファブがステージでパフォームしている本番中に、「Girl You Know It’s True」の音源が”Girl, you know it’s…Girl, you know it’s…Girl, you know it’s…Girl, you know it’s…”とリピート地獄と化したのだ! 「バレた!」と思ってステージから逃げ去った二人だが、スタッフの説得で戻ってみると、オーディエンスは何が起こったのかわかっていない様子だった。とはいえそれは、のちにロブが形容するように「ミリ・ヴァニリの終わりの始まり」だったのだが。

1990年2月21日には、第32回グラミーで新人賞を獲得。だが「ミリ・ヴァニリの終わり」は確実に進行しており、実際のレコーディングで歌唱を担当したシンガーが真相を暴露する事件も起こる。フランク・フェリアンは彼に口止め料を払ったらしいが、それでも疑惑の目をそらすことはできなかった。

同年11月14日。「本当は誰が歌ってるのだ?」という世間の疑問と「次作は俺たちに歌わせろ」というロブ&ファブの要求に追い詰められたフェリアンが真相を告白し、二人を電撃解雇。その翌週に、件のグラミー剥奪に至るわけだ。

その後の歩みをかいつまむと……

 

1991年

もともと「ミリ・ヴァニリのセカンド・アルバム」として制作が進んでいた『Keep on Running』が、ロブ&ファブではなくスタジオ・ミュージシャンたちを前面に押し出した「リアル・ミリ・ヴァニリ」のデビュー作『The Moment of Truth』としてリリースされる。

1993年

ロブ&ファブがアルバム『Rob & Fab』をアメリカの小レーベルからリリース。

1998年

ロブ&ファブとフランク・フェリアンが歩み寄り、ミリ・ヴァニリとしての復帰作『Back and In Attack』を制作。だが、ロブはドラッグと犯罪で荒れており収監される。フェリアンによって保釈されるも、新作プロモーション・ツアーに旅立つ直前の1998年4月2日、アルコールとドラッグのオーバードースで急死。アルバムもお蔵入りに。

 

分業制 is the sh..!

ここからが、今の観点でミリ・ヴァニリを振り返るパートである。

事実上、「オンライン・トーク」を主な業務としている現在のわたしにとって、仕事で出向く先はほぼ中目黒、スタジオの所在地だ。

中目黒といえばEXILEのお膝元、LDHの都。だから、このコロナ時代にあっても、駅の周りにはダンサー志望と思しき子供たちが多々いる。

だから、こんな遠い記憶を反芻することもあるのだ。

2000年前後の「日本産R&Bバブル」みたいな時代に、ZOOの元メンバーのプロデュースで(という触れ込みだったと記憶している)デビューしたグループがいた。その関係者と話したおり、わたしが「ZOOの流れを汲むグループと言えばJ Soul Brothersも」と言いかけたら、ハッキリと「一緒にしないでください」と言われたのだ。

「こちらはヴォーカル・グループ、向こうはダンサー中心のグループですから」

とはいえ、そこにこそJ Soul Brothersの天才があったのも事実である。

J Soul Brothers改めEXILEも、そして二代目も三代目のJ Soul Brothersも、あるいはEXILE TRIBEの多くのグループも。

彼らのやり方が画期的だったのは、同一グループ内でダンサーとシンガーをハッキリと分業制にした点だ。「ダンサーが歌う(少なくともそのように見せる)」という戦略がZOOに強いていた無茶な負担を省みたものなのかどうかはわからないが。

でも、分業制を先に実践していたのがミリ・ヴァニリだとは言えまいか。

もちろん、実際のレコーディング作品で聴かれる音を担当していた面々にスポットが当たらないというデメリットはあったが。

 

架空のアーティスト、非実在のグループ

しかし。

実のところ、「音楽面で作品に寄与してないメンバーが表に立つ」というグループは、過去にもたくさんいたのだ。

例えばヴィレッジ・ピープル。メンバーのほとんどは、フランス人仕掛け人とスタジオ・ミュージシャンたちが作った1977年のデビュー・アルバム『Village People』のヒット後、ライブ・パフォーマンスの必要が生じてから集められた面々だ。

シャラマーも同じく。やはり1977年、最初のシングル「Uptown Festival」の時点ではグループに実体はなく、その音はセッション・シンガー&ミュージシャンたちによるものだった。同シングルがビルボードのR&Bチャードで10位になってようやく、『ソウル・トレイン』の人気ダンサーであるジョディ・ワトリーやジェフリー・ダニエルらが「顔」として召集されるに至る。だが、シャラマーの歌心を代表するハワード・ヒュエットが参加するのは1979年まで待たねばならない。

上記からもわかるように、ディスコやダンス・ミュージック、一部のR&Bは、プロデューサー主導のシステムと、(ステージ上の人数の多さに起因する?)匿名性の高さが相まって、こうした「架空系」「非実在系」のグループが生まれやすい土壌があるように思える。

C+Cミュージック・ファクトリーとは一体、誰がそこにいればC+Cミュージック・ファクトリーとなりうるのか。

あるいは、「G線上のアリア」をサンプリングしたスウィートボックスの実体は何なのか、誰なのか。

……ね?

だが、ロック界も例外ではない。例えば、ボン・ジョヴィのデビュー曲「Runaway」は、ジョン・ボン・ジョヴィがセッション・ミュージシャンたちと録音したもの。「Runaway」のレコーディング時点ではグループとしてのボン・ジョヴィは存在しなかった、といえよう。

可哀想なのはザ・タイムの例である。デビュー・アルバム制作時点で充分に実体があるグループだったのに、当初のレコーディングに参加できたメンバーはシンガーのモーリス・デイのみ。他の音は全てプリンスの演奏によるものだ。

そもそも、プリンスにとってのザ・タイムとは「プリンスらしからぬ、よりメインストリームなファンク等を発表するためのアウトレット」として構想したもの、とも聞くから……嗚呼。

ミリ・ヴァニリを手がけたフランク・フェリアンその人にも、前歴がある。

それが、先に挙げたボニーMだ。実質的にはフェリアン自身が——低音とファルセットを使い分けて——歌うプロジェクトとして始めたのに、「Baby Do You Wanna Bump」がヒットしてからメンバーのリクルートを開始! ジャマイカやアルバ(Aruba)等、カリブ海出身のアフリカ系男女を集めて、グループとしての体裁を整える。その後もレコーディング時はフェリアン自身が多くを担っていたが、ジャケット写真等でイメージを担当するのは常に彼らアフリカ系の男女だった。

 

アルバム・アートワークの魔法

ジャケット写真といえば。

フェイス・エヴァンスがデビューしたのは90年代半ば。その美麗なジャケット(彼女の顔面の超アップ写真)に惹かれて手に取った者も多かったようだ。そういうファン層は、その何ヶ月か後に見たライブ映像に衝撃を受けたそうな。曰く、「ステージに現れたフェイスが大柄だった」から。

フェイス・エヴァンス、デビューアルバム『Faith』

だが、そもそもヴィジュアル・イメージとは人を欺くためにある。実物より良く(この場合は「万人受けしそうに」の意味)撮れているものでなければ、写真を使う意味があるか?

とはいえ、当のアーティスト自身が「人を欺くヴィジュアル・イメージ」に賛成とは限らない。

極端な例だが……マイルス・デイヴィスの1957年作『Miles Ahead』は「ヨットに乗る白人女性」ジャケットで知られるが、マイルスはそれを気に入らず、コロンビア・レコーズのエグセクティヴに向かって「Why’d you put that white bitch on there? / なぜここに白人のビッチをのせたんだ?」という質問を投げかけたという。

マイルス・デイヴィス『Miles Ahead』

架空の黒人男性ヴォーカル・クインテットが歩む60年代から80年代を追った1991年の映画『ファイブ・ハートビーツ』でも、待ちに待ったデビュー作のジャケットが、なぜか白人男性たちの写真に!という事件が勃発。マネージャーがレーベル社長に猛抗議する中、主人公(グループのメンバー)がアメリカの現状を噛みしめる……というシーンがあった。

もちろん、今では上記二例のような人種詐称ジャケット事件は起こらない。だが問題の根幹は変わったのだろうか?

マイルスにしろ、ファイブ・ハートビーツにしろ、なぜそんなことになったのかを考えてみると、「最終的にアルバムの仕様モロモロを決定する権限がアーティスト自身にないこと」に行き着く。

結局のところ、それらの作品、録音物、プロダクツは、誰のものなのだろう?

 

それがもし今ならば:メディア編

ファブ・モーヴァンその人が、近年になってあの頃のミリ・ヴァニリを振り返る……というインタビュー映像を見た。

今も若々しい外見。かつて不安視された英語力の弱さも克服し、落ち着いて語る彼。

曰く、シンガー/ラッパーとしてのインプットを拒否されたことにフラストレーションを覚えてはいたが、ミリ・ヴァニリの主体となっていたのはあくまでロブ&ファブ。プロジェクトのさまざまな側面において主体的にコミットし、特にヴィジュアル面では彼ら二人がリードした、と。

彼らのかっこよさを見れば納得できる主張だし、ミリ・ヴァニリのヒットがMTV時代とマッチしたものである以上、この貢献は小さくない。

そんなファブの発言の中で特に印象的だったのは「あの頃、今のようにSNSがあれば」というものだ。

繰り返しになるが、彼らは他人のヴォーカルの上で胡座をかくことを良しとしたわけではない。のちにロブが残した「僕たちはシンガーなのに、フランク・フェリアンに表現を阻まれた」という発言からもわかるように、「名実ともにミリ・ヴァニリ」たらんとした彼らに待ったをかけたのはプロデューサーのフランク・フェリアンであり、その事実をリークしたのもフランク・フェリアンだ。

だがSNSさえあれば、とファブは言う。

自分たちがフランク・フェリアンに先んじて事実を公表できたのではないか?

それどころか、本来は自分たちのものであるミリ・ヴァニリというプロジェクトをフェリアンに奪われること、それ自体も最初から防げたのではないか?と。

 

それがもし今ならば:ヴォーカル編

同様に、ミリ・ヴァニリのアレコレが1980年代末〜1990年代初頭ではなく、30年後の今であれば。

フランク・フェリアンがロブ&ファブのヴォーカルに多少の不満を抱いたとしても、何の問題にもならなかったかもしれない。

ここ何年か、アメリカのR&Bシーンは危機的状況にある。隣接する兄弟ジャンルであるヒップホップ側の曲調が限りなくR&B化しているうえに、ラッパーたちがオートチューンを駆使して巧みに歌ってしまうため、R&Bに対する需要がほとんどヒップホップ内で完結する……という不思議な事態になっているのだ。

新人シンガーのブレイクが困難となった現状を象徴するように、ビルボードのR&Bアルバム・チャートではプリンスやマイケル・ジャクソン、ボブ・マーリーといったクラシックな面々によるクラシックな名作(時にはベスト盤)が上位に並ぶ。かつてのR&Bチャートの激しさを知る者には、とても奇妙な光景である。

そんな現状をよく理解しているのが、シンガーにしてマルチ・ミュージシャンであるタイ・ダラー・サイン。その古典的な才能が現代に合わないことを見てとったのだろう、彼は「オートチューンの助けを借りて歌っているラッパー」の風情を醸し出すことによって、時代のムードに見事な適応を見せているのだ

ジェイZが「D.O.A. (Death of Auto-Tune)」という曲で死刑宣告してから10年余り、衰退するどころかオートチューンが日常の風景となった今。

この時代にあっては、仮にミリ・ヴァニリの二人の歌唱力に不安を抱いたところで、オートチューンでいろいろ加工すればいいだけの話である。もちろん、件のタイ・ダラー・サインと例えばリル・ヨッティを聴き比べれば分かるように(?)、オートチューンはスキルの違いを全て埋め平均化してしまう道具ではないのだが。

 

There are two sides to every story

時間を巻き戻して。

1980年代末に起こった出来事を、フランク・フェリアンの視点から語るとこうなる。

少し前に、在独アメリカ黒人のセッション・ミュージシャンたちと知り合った彼は、その才能に惹かれ、自分のプロデュースで世に出したいと思っていた。しかし、彼らセッション勢には、マーケティングに必要なヴィジュアル・イメージが決定的に欠けていたのだ。

そんな時、彼が出会ったのがロブ&ファブ。二人の顔と、件のセッション・ミュージシャンたちの才能があれば! このMTV時代、ボニーMを上回るセンセーションとなるかも!

こうして彼は、「音と顔を切り離す」という分業体制で賭けに出ることにしたのだ……。

 

もちろん、どんな話にも二つの見方があるし、フランク・フェリアンの見方は、それはそれで彼にとっては真実だろう。

しかし、ファブ・モーヴァンがミリ・ヴァニリ後の人生の多くをセッション・ミュージシャンとして過ごしてきたこと、そして、近年も素敵な歌声を聴かせてくれていることを考慮すると……違う展開があり得たのではないかと思うのだ。

関わる皆が、もう少し幸せになれるような、そんな展開が。

Written By 丸屋九兵衛


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■著者プロフィール

丸屋九兵衛(まるや きゅうべえ)

音楽情報サイト『bmr』の所有者/音楽評論家/編集者/ラジオDJ/どこでもトーカー。2020年現在、トークライブ【Q-B-CONTINUED】シリーズを展開。他トークイベントに【Soul Food Assassins】や【HOUSE OF BEEF】等。

bmr :http://bmr.jp
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