“リベラル”なヒップホップから逸脱したアーティストたち:カニエ・ウェストと政治、トランプ、右翼、保守との関わり【丸屋九兵衛連載】

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Photo: Sarah Friedman/UMG

ヒップホップやR&Bなどのブラックミュージックを専門に扱う音楽情報サイト『bmr』を所有しながら音楽評論/編集/トークイベントなど幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第11回は、アフリカン・アメリカンが多くリベラルなヒップホップのコミニュティにおいて、そこから逸脱するカニエ・ウェストや他のアーティストたちを紹介。

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ブラック・ミュージックの世界は、とても移り変わりが激しい。だが、アーティストの人格的(?)なイメージは、初登場時のインパクトのまま持続するのが普通である。それほどに、第一印象というのは変えがたいものなのだ。

数少ない例外を挙げるなら……80年代から2ライヴ・クルーを率いて全米を震撼させるほどのスケベ曲を連発しながら、その裏では恵まれない子供を支える等の善行を積んでいることが判明し、BETに讃えられたアンクル・ルークことルーサー・キャンベルがいる。

また、00年前後のニューオーリンズ・ヒップホップ躍進期に、2週間に1枚はアルバムを出すノー・リミット・レコーズを主宰していたマスター・Pことパーシー・ミラー。「ラッパーとしてはダメ」「粗製乱造の権化」と叩かれたこともあるが、スヌープからエディ・グリフィンまで様々な才能をサポートし、やはり善行を積んできたことで知られるようになった

一方、別の意味でイメージが180度回転した例もある。それがカニエ・ウェストだ。

きみ知るや、2000年ごろのカニエが「ヒップホップ界きっての知性派」と見なされていたことを。当時の彼は「ジェイ・Zが発掘した新進気鋭のプロデューサー」であり、クリーンでインテリジェントなイメージと相まって、いわばブラック・ミュージック界の若きホープだった。そして、みんながこう思っていたものだ。「プロデューサーとしては優秀なんだから、あの変なラップをやめればいいのに」。

時は流れて、いつしか彼のラップにも慣れ、アワード番組での奇行も目撃、アンバー・ローズやキム・カーデシアンとのアレコレも通過した我々は、カニエに関して滅多なことでは驚かなくなっていた。

だが、そんな我々をも驚かせたのが、カニエによるドナルド・トランプ支持表明である。

例えばカントリーは政治面で保守的なジャンルとして知られているから、ロレッタ・リンのようにトランプ大統領を支持する大物アーティストがいるのは当然だろう。出発点がカントリーでありながら、圧倒的にリベラルなテイラー・スウィフトがむしろ珍しいのだ。

ロックの世界では、アメリカン右翼として知られるテッド・ニュージェントや、政界転向も囁かれるキッド・ロックがトランプ支持派なのは理解できる。

しかし、カニエが?!

 

これがなぜ異様に見えるか説明すると……まず、アメリカは二大政党制である。大雑把な表現だが、リベラル寄りの民主党と、保守派でタカ派と言われる共和党と。

黒人には民主党支持派が多い。一説によれば90%にのぼる、とか。だから、かつて大統領候補になった黒人牧師ジェシー・ジャクソンも、「非公式な初の黒人大統領」と呼ばれたビル・クリントン(白人)も、そしてバラク・オバマも、みんな民主党だ。一方、黒人の共和党支持者(Black Republican)は、ブラック・コミュニティ内で「裏切り者」に近い扱いを受ける。1968年、政治観は保守的なジェームズ・ブラウンがヴェトナム戦争を意識して「黒人と白人は争うが、敵が来たら一緒になって追い払う」と宣言する“America Is My Home”を作って同胞たちの非難を浴びたが、そんなJBとて共和党支持者ではなかったのだ(民主党支持でもなかった)。

もっとも共和党にだって、いろいろなタイプの政治家がいる。カリフォルニア州知事時代のアーノルド・シュワルツェネッガーは中道であり、政策は民主党と近かった。しかしトランプの場合、その支持層にはKKKとナチスのエンブレムを掲げて行進してしまう連中や、南北戦争時代の奴隷制死守派である南部連合のフラッグを激愛する層が含まれており……つまり、アフリカン・アメリカンにとっては不倶戴天の敵である。

だからこそ「トランプ支持者と反対派を繋ぎたいの」と言って大統領就任式で歌ったクリセット・ミッシェルは、同胞たちからボロボロに叩かれたわけだ。その直後に彼女がリリースした――ちょいと理論武装めいた――スポークンワードもの「No Political Genius」は興味深い。件の就任式歌唱を受けて、彼女の「Black Girl Magic」をNetflixドラマ『She’s Gotta Have It』での使用をボツにしたスパイク・リーへの恨み節が炸裂……。

さて、カニエの話題に戻る。

2018年5月、カニエは自分たちアフリカン・アメリカンの先祖が経験した奴隷制について、「400年間も奴隷でいたなんて……それを選択したように聞こえる」と語り、スヌープ・ドッグやT.I.といった同業の大物たちからも激烈な批判を浴びた。その直後の6月にカニエが出したアルバム『Ye』の冒頭を飾る「I Thought About Killing You」には、「俺は奴隷でないことを選択した」というリリックが付け加えられている。

それにしても、なんでカニエはこうなったのだろう?

ジェイ・Zにフックアップされた時から(当時ご法度だったジャストサイズのTシャツを着ていたためか)業界のミスフィッツであり続けた彼が、自分の居場所を探し続けた結果か。

あるいはソニーのエグゼクティヴに向かって「俺はジャーメイン・デュプリよりビッグになる」と言い放った――そのエグゼクティヴはデュプリの父親――カニエらしい反骨が、あえて自身をブラック・コミュニティ内のはぐれ者にしたのか。

もちろん、コンサート中に「ジェイ・Z、俺を殺さないでくれ」と言い出したりする不安定な精神状態の産物という可能性もあるが……。

先に言及したT.I.も、「リベラル」というわけではない。2006年には「移民は故郷に帰るべきだ」と発言したことが報じられた。

だが、そのすぐ後の2007年には、まさに移民であるワイクリフによる、まさに移民讃歌的なアルバム『Carnival Vol. II… Memoirs Of An Immigrant』にエグゼクティヴ・プロデューサーとして参加している。

もう一度、そのT.I.の発言を見てみると「こう言うと酷に聞こえるかもしれないが……合法的に入国しようとする人々に公正であるためにも、不法移民は送還されるべきだと思う」と、ずいぶんと穏当な言い方なのだ。それですら過酷に響くのは、不法組も含めて移民たちのおかげで大きくなったのがアメリカという国家であり、彼らアフリカン・アメリカンも――決して望んで移民したわけではないが――安価な労働力として扱われてきた身だから、かもしれない。

件のT.I.は俳優としても活躍しているが、ここでその道の先輩に触れておこう。ジェイミー・フォックスだ。音楽の奨学金で大学に進み、そのあとはコメディアンとしてスタートし、R&Bシンガーとしてもデビュー、今やメジャーな俳優となった多才な男である。

彼が2002年にリリースしたスタンダップ・コメディ公演DVD『Jamie Foxx: I Might Need Security』には、歌と鍵盤の才能を活かした弾き語りも収められている。が……途中で「ファック・タリバン」と歌い出だすジェイミー。9/11の傷がまだ癒えぬ頃だから、そこまでは仕方ないだろう。しかしジェイミーは続けて「リック・フォックスも捕まえろ」とまで唱えるのだ。

Rick Foxは、バハマ人の父とイタリア系&スコットランド系カナダ人の母の間に生まれた元NBA選手で、のちにヴァネッサ・ウィリアムズと結婚する人物だ。その複雑な出自に由来する彼の独特の風貌は、確かに「中東」っぽく見えなくもない。だが、それを理由に「リック・フォックスも捕まえろ」だと? これは見当違いのヘイトを煽る行為ではないか。当時のアメリカを覆い尽くしていた「反イスラム」の暴風に突き動かされてしまったのか、ジェイミーよ……。

もっとも、同じころ彼の家族は逆方向にシフトしていた。ジェイミー(本名=エリック・ビショップ)の父であるダレル・ビショップがイスラムに改宗したのだ! 名前も変わり、今や「シャヒード・アブドゥール」である。

 

トランプの話に戻って、彼を支持する黒人ラッパーをもう一人挙げておこう。アジリア・バンクスだ。曰く「大企業と戦えるのはトランプだけ。ヒラリーは企業と結びつきすぎだし、バーニー・サンダースにはタマがない」。多くのトランプ支持派は彼の「企業家」面を賞賛するのに、面白い意見である。

なんにせよアジリアが特異なのは、彼女がトランプ支持派の一部白人たちと同様に、人種差別とヘイトを武器に大暴れすることにある。特に、パキスタンの血を引くイングランドのシンガー、元ワン・ダイレクションのゼイン・マリクとの一件は有名だ。

アジリアが「ゼインは私のMVをパクった」と言い出したことに始まるツイッター上の舌戦は、途中からアジリアによる一方的なレイシズム攻撃になった。曰く、「毛だらけのカレー臭ビッチ」「お前の母親は汚い難民(ゼインの母は白人)」「サンド・ニ●ー(西アジア系に対する蔑称。ゼインは南アジア系なので、この用法自体が間違ってる)」等々。結果、アジリアのアカウントが凍結されたことに、米ツイッター社の良心を見た気がする。

もちろん、言動で注目されるアーティストは以前からいた。50セントだって他人にビーフを仕掛けることで地位を築いた一人。だが、彼はそうした舌戦を、あくまでラップというアートに昇華していたものだ。しかし、手っ取り早くSNSで呟くだけで事が済むなら、なぜ曲にする必要がある? 殊に、音楽よりも自分自身のキャラクターの方が商品であれば、なおさらのこと。ビーフがアートにならずビーフのまま完結してしまうのは、そんな時代の象徴なのかもしれない。

 

Written by 丸屋九兵衛


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カニエ・ウエスト『JESUS IS KING』
2019年10月25日発売
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https://umj.lnk.to/KanyeWest_JesusIsKing



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■著者プロフィール

丸屋九兵衛(まるや きゅうべえ)

音楽情報サイト『bmr』の編集長を務める音楽評論家/編集者/ラジオDJ/どこでもトーカー。2018年現在、トークライブ【Q-B-CONTINUED】シリーズをサンキュータツオと共に展開。他トークイベントに【Soul Food Assassins】や【HOUSE OF BEEF】等。

bmr :http://bmr.jp
Twitter :https://twitter.com/qb_maruya
手作りサイト :https://www.qbmaruya.com/

 

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